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番外編③:普通の参拝客
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その女性は、
最初から「普通」だった。
派手な服装でもなく、
強い香水の匂いもなく、
境内に入る足取りも、
どこか遠慮がちだった。
五寸釘零子は、
拝殿の前を掃きながら、
その気配に気づいた。
(……あ)
(今日は、
違いますねぇ)
女性は、
手水舎で手を清め、
鈴を鳴らし、
丁寧に頭を下げた。
願い事は、
きっと、
家内安全か、
仕事のことか。
少なくとも、
呪いの匂いではない。
◆
参拝を終えたあと、
女性は、
社務所の前で立ち止まった。
「あの……」
声は、
少しだけ控えめ。
「はいぃ」
零子は、
顔を上げた。
「……ここ、
変わった神社だって、
聞いたんですけど」
(……あぁ)
(噂だけ、
先に来ちゃいましたかぁ)
「……普通ですよぉ」
零子は、
即答した。
「え?」
女性が、
少し困った顔をする。
「普通に、
お願いして」
「普通に、
帰る場所ですぅ」
女性は、
しばらく考え込み、
やがて、
小さく笑った。
「……ですよね」
「でも……」
一拍。
「ここ、
呪いも、
できるって」
零子は、
箒を壁に立てかけた。
「……できますよぉ」
否定しない。
女性の肩が、
わずかに揺れた。
「……実は」
零子は、
続きを促さなかった。
自分から、
引き出すことは、
しない。
「……最近」
女性は、
ぽつぽつと話し始めた。
「職場で、
うまくいかなくて」
「誰かが、
悪いわけじゃないんです」
「でも……」
言葉が、
途切れる。
(……ありますねぇ)
(呪いに、
なりきらない、
手前)
「……ここで」
女性は、
視線を落とした。
「呪えば、
楽になるのかなって」
零子は、
すぐには答えなかった。
代わりに、
縁側を指さす。
「……座りますかぁ」
◆
二人は、
並んで腰を下ろした。
風が、
境内を抜ける。
「……呪いって」
零子は、
前を見たまま言った。
「したいから、
するものじゃないですぅ」
「……え?」
「もう、
どうしていいか、
分からなくなった人が」
「最後に、
持っちゃうものですぅ」
女性は、
黙り込んだ。
「……じゃあ」
小さな声。
「私、
どうすれば」
零子は、
女性を見た。
前髪の奥。
「……今日」
ゆっくりと言う。
「ここに来て、
帰れるなら」
「それで、
十分ですぅ」
「……それだけ?」
「はいぃ」
零子は、
微笑んだ。
「まだ、
選ばなくていいです」
女性は、
しばらく、
何も言わなかった。
やがて、
立ち上がる。
「……ありがとうございました」
深く、
頭を下げる。
零子は、
何も答えなかった。
女性が、
鳥居をくぐる。
その背中には、
重さが、
少しだけ残っている。
だが。
呪いには、
なっていない。
(……普通ですねぇ)
零子は、
そう思った。
◆
夕方。
藁人形の森は、
静かだった。
新しい藁人形は、
増えていない。
(……今日は、
普通の参拝客の日)
それは、
呪いが生まれなかった日。
そして。
五寸釘零子が、
何も選ばせなかった日。
最初から「普通」だった。
派手な服装でもなく、
強い香水の匂いもなく、
境内に入る足取りも、
どこか遠慮がちだった。
五寸釘零子は、
拝殿の前を掃きながら、
その気配に気づいた。
(……あ)
(今日は、
違いますねぇ)
女性は、
手水舎で手を清め、
鈴を鳴らし、
丁寧に頭を下げた。
願い事は、
きっと、
家内安全か、
仕事のことか。
少なくとも、
呪いの匂いではない。
◆
参拝を終えたあと、
女性は、
社務所の前で立ち止まった。
「あの……」
声は、
少しだけ控えめ。
「はいぃ」
零子は、
顔を上げた。
「……ここ、
変わった神社だって、
聞いたんですけど」
(……あぁ)
(噂だけ、
先に来ちゃいましたかぁ)
「……普通ですよぉ」
零子は、
即答した。
「え?」
女性が、
少し困った顔をする。
「普通に、
お願いして」
「普通に、
帰る場所ですぅ」
女性は、
しばらく考え込み、
やがて、
小さく笑った。
「……ですよね」
「でも……」
一拍。
「ここ、
呪いも、
できるって」
零子は、
箒を壁に立てかけた。
「……できますよぉ」
否定しない。
女性の肩が、
わずかに揺れた。
「……実は」
零子は、
続きを促さなかった。
自分から、
引き出すことは、
しない。
「……最近」
女性は、
ぽつぽつと話し始めた。
「職場で、
うまくいかなくて」
「誰かが、
悪いわけじゃないんです」
「でも……」
言葉が、
途切れる。
(……ありますねぇ)
(呪いに、
なりきらない、
手前)
「……ここで」
女性は、
視線を落とした。
「呪えば、
楽になるのかなって」
零子は、
すぐには答えなかった。
代わりに、
縁側を指さす。
「……座りますかぁ」
◆
二人は、
並んで腰を下ろした。
風が、
境内を抜ける。
「……呪いって」
零子は、
前を見たまま言った。
「したいから、
するものじゃないですぅ」
「……え?」
「もう、
どうしていいか、
分からなくなった人が」
「最後に、
持っちゃうものですぅ」
女性は、
黙り込んだ。
「……じゃあ」
小さな声。
「私、
どうすれば」
零子は、
女性を見た。
前髪の奥。
「……今日」
ゆっくりと言う。
「ここに来て、
帰れるなら」
「それで、
十分ですぅ」
「……それだけ?」
「はいぃ」
零子は、
微笑んだ。
「まだ、
選ばなくていいです」
女性は、
しばらく、
何も言わなかった。
やがて、
立ち上がる。
「……ありがとうございました」
深く、
頭を下げる。
零子は、
何も答えなかった。
女性が、
鳥居をくぐる。
その背中には、
重さが、
少しだけ残っている。
だが。
呪いには、
なっていない。
(……普通ですねぇ)
零子は、
そう思った。
◆
夕方。
藁人形の森は、
静かだった。
新しい藁人形は、
増えていない。
(……今日は、
普通の参拝客の日)
それは、
呪いが生まれなかった日。
そして。
五寸釘零子が、
何も選ばせなかった日。
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