五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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番外編③:普通の参拝客

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 その女性は、
 最初から「普通」だった。

 

 派手な服装でもなく、
 強い香水の匂いもなく、
 境内に入る足取りも、
 どこか遠慮がちだった。

 

 五寸釘零子は、
 拝殿の前を掃きながら、
 その気配に気づいた。

 

(……あ)

 

(今日は、
 違いますねぇ)

  

 女性は、
 手水舎で手を清め、
 鈴を鳴らし、
 丁寧に頭を下げた。

 

 願い事は、
 きっと、
 家内安全か、
 仕事のことか。

 

 少なくとも、
 呪いの匂いではない。

 



 

 参拝を終えたあと、
 女性は、
 社務所の前で立ち止まった。

 

「あの……」

 

 声は、
 少しだけ控えめ。

 

「はいぃ」

 

 零子は、
 顔を上げた。

 

「……ここ、
 変わった神社だって、
 聞いたんですけど」

 

(……あぁ)

 

(噂だけ、
 先に来ちゃいましたかぁ)



「……普通ですよぉ」

 

 零子は、
 即答した。

 

「え?」

 

 女性が、
 少し困った顔をする。

 

「普通に、
 お願いして」

 

「普通に、
 帰る場所ですぅ」

  

 女性は、
 しばらく考え込み、
 やがて、
 小さく笑った。

 

「……ですよね」

 

「でも……」

 

 一拍。

 

「ここ、
 呪いも、
 できるって」

 

 零子は、
 箒を壁に立てかけた。

 

「……できますよぉ」

 

 否定しない。

  

 女性の肩が、
 わずかに揺れた。

 

「……実は」

  

 零子は、
 続きを促さなかった。

 

 自分から、
 引き出すことは、
 しない。

  

「……最近」

 

 女性は、
 ぽつぽつと話し始めた。

 

「職場で、
 うまくいかなくて」

 

「誰かが、
 悪いわけじゃないんです」

 

「でも……」

 
 言葉が、
 途切れる。

 
(……ありますねぇ)

 

(呪いに、
 なりきらない、
 手前)



「……ここで」

 

 女性は、
 視線を落とした。

 

「呪えば、
 楽になるのかなって」

 

 零子は、
 すぐには答えなかった。

 
 代わりに、
 縁側を指さす。

 

「……座りますかぁ」



◆ 


 二人は、
 並んで腰を下ろした。

 

 風が、
 境内を抜ける。

 
「……呪いって」

 

 零子は、
 前を見たまま言った。

 

「したいから、
 するものじゃないですぅ」

  

「……え?」

  

「もう、
 どうしていいか、
 分からなくなった人が」

 

「最後に、
 持っちゃうものですぅ」

  

 女性は、
 黙り込んだ。

  

「……じゃあ」

 

 小さな声。

 

「私、
 どうすれば」

 

 零子は、
 女性を見た。

 

 前髪の奥。

 

「……今日」

 

 ゆっくりと言う。

 

「ここに来て、
 帰れるなら」

 

「それで、
 十分ですぅ」

 

「……それだけ?」

 

「はいぃ」

 

 零子は、
 微笑んだ。

 

「まだ、
 選ばなくていいです」

 

 女性は、
 しばらく、
 何も言わなかった。

 

 やがて、
 立ち上がる。

 

「……ありがとうございました」

 

 深く、
 頭を下げる。

 

 零子は、
 何も答えなかった。

 
 女性が、
 鳥居をくぐる。

 

 その背中には、
 重さが、
 少しだけ残っている。

 

 だが。

 

 呪いには、
 なっていない。

  

(……普通ですねぇ)

 

 零子は、
 そう思った。

 



 

 夕方。

 

 藁人形の森は、
 静かだった。

 

 新しい藁人形は、
 増えていない。



(……今日は、
 普通の参拝客の日)

  

 それは、
 呪いが生まれなかった日。

 
 そして。

 
 五寸釘零子が、
 何も選ばせなかった日。
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