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本編

正に勇者って感じだな

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 クロがやってきたのは、前に魚の罠を確認に来た湖だった。
 王都に行くようになってからはいつもここで調べ物の結果を報告してくれる。

 定位置の平たい岩に座ると、クロは茶色のリボンの付いた布袋をポイっと膝に投げてきた。

「ん。土産」
「クッキーだ!」

 開いてみると、アーモンドが乗った円形のクッキーが目に飛び込んでくる。
 甘い匂いにお腹が鳴って、夕飯の前だけど遠慮なく食べることにした。
 五百円玉くらいの大きさのクッキーを摘まんで、口に放り込もうとしたその時。

「キュッキュー!」
「ゲッ」
「あ! キュウ! また来たのか!」

 高い声を出しながら黒いドラゴンの子どもが駆けてきた。
 たまに羽を広げて飛ぼうとしているのが可愛らしい。
 ジャンプしてるけど全然飛べてなくてついつい笑ってしまう。

 俺とクロの間にいつも通りちょこんと座ってきたドラゴンを見て、クロは溜息を吐いた。

「ったく、テメェは毎日毎日……てか、キュウってそのまんますぎだろ」
「分かりやすくていいだろ? ちなみに親の方はグルア」
「ほんっとに適当だな」

 呆れ返った声を出しながらも、クロの顔はちょっと笑ってしまっている。
 結構ぴったりな名前だと思うんだけどな。

 俺は布袋に顔を突っ込もうとしているキュウに、アーモンドクッキーを3枚出してやる。

 キュウとグルアはここ数日、俺とクロが湖に来るたびにやってくる。
 食べ物を持ってなくても、キュウは俺の肩や頭に乗ったりクロの尻尾で遊んだりと楽しそうだ。
 グルアはいつも湖でゆっくり水浴びしながらキュウを見守っている。

 上に乗ってるアーモンドだけをまず食べているキュウを撫でながら、俺はクロに真面目な顔を向けた。

「今日はどうだった?」
「やっぱりイマイチ分かんねぇ」

 腕を組んで、クロは唸った。

 クロは王都に毎日通って色んな文献を調べてくれている。
 でも勇者に関する文献は、歴史、政治、文化、魔法、更にはフィクションと幅が広すぎて難航中なのだという。
 手伝えないのが申し訳ない。

「けど、やっぱり勇者はそれぞれ明確に目的があって呼ばれてる。記録がなくなるのも目的が果たされてからだ」
「目的が果たされたら、記録いらないもんね」
「まぁな。でもそのまま国に居たらその後、どうなったか一言くらいあってもいいと思うけどな」

 確かに国の記録に残るような英雄のことなんだから、居たらどこに住んだかとかお墓はどこにあるとか書いてありそうだ。
 歴史の教科書に出てくる人は大昔でも、肖像画まで残ってる人がいるんだから。

「ちなみに、どんな目的で呼ばれてる勇者がいたの?」
「国同士の戦争を終わらせたり、何百年かに一度現れる邪竜を倒したり……魔王討伐とかもあったな」
「正に勇者って感じだな」

 まごうことなきヒーローだ。

 しかも、何年も掛かって達成してそう。
 その勇者たちのお話を是非とも聞いてみたい。
 きっと壮大な物語が繰り広げられているに違いない。

 楽しい気持になってきた俺とは逆に、クロは肩を落としてしまった。
 尻尾も力なくペタンと岩に寝ている。

「自分を助けてほしいなんて理由で力を使うやつ、俺くらいってことだ」

 どうやら俺の言葉をネガティブな意味で受け取ってしまったらしい。
 俺はアーモンドクッキーを掴めるだけ鷲掴みして、クロの口に詰め込んだ。

「ぐ……!」
「そういうの無し! 俺はいきなり戦争を終わらせろなんて言われなくて良かったよ!」

 心からの叫びだった。
 憧れるけど、荷が重すぎる。
 もしかしたら、願いに合わせた実力の勇者が選ばれるのかもしれない。

 クロは一生懸命口の中のものを噛み砕く。

「ゲホゲホ……何すんだよっこのバカ!」

 若干咽ながらクッキーを飲み込むのを俺とキュウで見守っていると、思いっきり怒鳴られた。

「……でも、それも、そうだな。お前みたいなひょろいやつ、すぐやられちまう」
「なんか言い方が引っかかるけど、そういうことだ!」

 いつもの憎まれ口を聞いて、俺はちょっとホッとする。
 肩の力を抜いてほしい。
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