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クロドゥルフ目線のお話
おしまい
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フィーバたちが王都の騎士団に連れて行かれた次の日、俺は昼まで寝こけていた。
村で何があったか、王太子であるクリスは知っているかもしれない。
でも今まで通り図書館でクリスが待っているかもしれないと、俺は王都へと急いだ。
「お前には世話になった。ありがとう」
案の定、図書館の机で勇者の本を読んでいたクリスに俺は頭を下げる。
「え? どうしたの急に」
「色々終わった。お前がどこまで覚えてるか分かんねぇけど、勇者は元の世界に帰った」
不思議そうにしていたクリスの目が、更に見開かれた。
そう。
目を覚ましたらアユは居なくなっていた。
いつも俺より後に起きるやつなのに、家のどこにも見当たらなくて。
胸騒ぎがして村のみんなに聞いたけど、
「クロドゥルフ、昨日は大変だったな。……え、アユ……?」
「ごめんねクロドゥルフ、アユって、誰のこと?」
「うーむ、とんと思い出せん……勇者が昨日の問題を解決してくれたのは覚えとるんじゃが……」
誰に聞いても、ハンナや村長までもが、ぼんやりとした返事しかしなかった。
昨日の乱闘は覚えているのに、アユのことは「勇者」としか覚えていないらしい。
オレは、あいつが元の世界に帰ってしまったのだと受け入れるしかなかった。
胸にぽっかり穴が空いたみたいな心地だ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、クリスは笑ってオレの肩を叩いた。
「そっか。勇者は帰れたんだね。僕も君が勇者を召喚して帰る方法を調べてたってところ以外はなんだかぼんやりとしてて……でも」
紫の瞳が笑みを深めた。
「君は、全部覚えてるんだ」
オレは頷いた。
全部全部、鮮明に覚えてる。
黒い髪に黒い目の、表情がコロコロ変わるやかましいお人好し。
出会った時から昨日寝たところまで、本当に全部覚えてる。
クリスは机にある本を指先で叩いた。
黒い表紙の本は、勇者ではなく銀狼族についての題名が書いてある。
「記録を色々みてたらさ。勇者を召喚した銀狼族はみんな戦いの最中に亡くなってるみたいなんだ」
だからどうしたんだ、と聞く前にクリスは見解を説明してくれた。
銀狼族は自分が召喚した勇者を覚えているのかもしれないと。
「そういう、ことか」
それは、確かめようのないことだ。
でもそう思えば、オレだけがアユをちゃんと覚えていることに納得がいく。
クリスは背筋を伸ばして座り直し、改めてオレの方に体を向けた。
真面目な話が始まるのかと察したオレは、足を開いて座ったままクリスの方を向いた。
「僕は王太子として、君とアユのことも記録に残したいな」
「記録って何を」
「例えばそうだなぁ……勇者と過ごした感想は?」
それって記録なのか?
クリスが聞きてぇだけじゃねぇか。
聞いてどうすんだよ。
色々と疑問しか湧いてこなかったけど、ちょっと考えてみることにした。
感想と言われると浮かんでこない。
でも、1つ言えることがある。
短い付き合いにも関わらずアユに対してオレは、今まで出会った誰よりも心を開くことができたってことだ。
本当の家族がいないオレは、村の全員が家族みたいなもんだった。
決して恨んだりはしていないけど、その家族が、村のために死のうとするオレの命を諦めたのに。
赤の他人のあいつが突っ込んできて、「止めとけ」と言った時。
なんとしてでもオレを説得しようと魔獣の違和感を説明した時。
こういうのが「友だち」かと思って、簡単に懐いちまった。
「なんか、かっこわりぃとこばっか見せて終わっちまった……ってのが感想だ。でも、オレはあいつに生かされた」
大袈裟ではなく、本当に。
「だから、多少なんかあっても『死んでもいい』とは思わないで動く」
アユに出会う前のオレなら、考えられなかったことだと思う。
怖かったけど、オレの命で誰かを救えるならそれでいいと思っていたのも本当だったから。
王太子のクリスが記録に残すなら、正式なものになるに違いない。
記憶が鮮明なうちに、全部伝えておきたい。
そう伝えると、オレの話を頷きながら聞いていたクリスの視線が温かいものになる。
「君にとって、勇者くんは心の拠り所なんだな」
なんだそれは。
そう言われると、なんだか頷けなかったけど。
きっとそうなんだろう。
否定しかけた言葉をグッと飲み込む。
オレは、首元の黒い飾りに触れた。
「オレだけは、アユのことをずっと覚えてる」
『クロ、俺はちゃんと覚えてるから』
そうやって笑っている声が、聞こえた気がした。
おしまい
村で何があったか、王太子であるクリスは知っているかもしれない。
でも今まで通り図書館でクリスが待っているかもしれないと、俺は王都へと急いだ。
「お前には世話になった。ありがとう」
案の定、図書館の机で勇者の本を読んでいたクリスに俺は頭を下げる。
「え? どうしたの急に」
「色々終わった。お前がどこまで覚えてるか分かんねぇけど、勇者は元の世界に帰った」
不思議そうにしていたクリスの目が、更に見開かれた。
そう。
目を覚ましたらアユは居なくなっていた。
いつも俺より後に起きるやつなのに、家のどこにも見当たらなくて。
胸騒ぎがして村のみんなに聞いたけど、
「クロドゥルフ、昨日は大変だったな。……え、アユ……?」
「ごめんねクロドゥルフ、アユって、誰のこと?」
「うーむ、とんと思い出せん……勇者が昨日の問題を解決してくれたのは覚えとるんじゃが……」
誰に聞いても、ハンナや村長までもが、ぼんやりとした返事しかしなかった。
昨日の乱闘は覚えているのに、アユのことは「勇者」としか覚えていないらしい。
オレは、あいつが元の世界に帰ってしまったのだと受け入れるしかなかった。
胸にぽっかり穴が空いたみたいな心地だ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、クリスは笑ってオレの肩を叩いた。
「そっか。勇者は帰れたんだね。僕も君が勇者を召喚して帰る方法を調べてたってところ以外はなんだかぼんやりとしてて……でも」
紫の瞳が笑みを深めた。
「君は、全部覚えてるんだ」
オレは頷いた。
全部全部、鮮明に覚えてる。
黒い髪に黒い目の、表情がコロコロ変わるやかましいお人好し。
出会った時から昨日寝たところまで、本当に全部覚えてる。
クリスは机にある本を指先で叩いた。
黒い表紙の本は、勇者ではなく銀狼族についての題名が書いてある。
「記録を色々みてたらさ。勇者を召喚した銀狼族はみんな戦いの最中に亡くなってるみたいなんだ」
だからどうしたんだ、と聞く前にクリスは見解を説明してくれた。
銀狼族は自分が召喚した勇者を覚えているのかもしれないと。
「そういう、ことか」
それは、確かめようのないことだ。
でもそう思えば、オレだけがアユをちゃんと覚えていることに納得がいく。
クリスは背筋を伸ばして座り直し、改めてオレの方に体を向けた。
真面目な話が始まるのかと察したオレは、足を開いて座ったままクリスの方を向いた。
「僕は王太子として、君とアユのことも記録に残したいな」
「記録って何を」
「例えばそうだなぁ……勇者と過ごした感想は?」
それって記録なのか?
クリスが聞きてぇだけじゃねぇか。
聞いてどうすんだよ。
色々と疑問しか湧いてこなかったけど、ちょっと考えてみることにした。
感想と言われると浮かんでこない。
でも、1つ言えることがある。
短い付き合いにも関わらずアユに対してオレは、今まで出会った誰よりも心を開くことができたってことだ。
本当の家族がいないオレは、村の全員が家族みたいなもんだった。
決して恨んだりはしていないけど、その家族が、村のために死のうとするオレの命を諦めたのに。
赤の他人のあいつが突っ込んできて、「止めとけ」と言った時。
なんとしてでもオレを説得しようと魔獣の違和感を説明した時。
こういうのが「友だち」かと思って、簡単に懐いちまった。
「なんか、かっこわりぃとこばっか見せて終わっちまった……ってのが感想だ。でも、オレはあいつに生かされた」
大袈裟ではなく、本当に。
「だから、多少なんかあっても『死んでもいい』とは思わないで動く」
アユに出会う前のオレなら、考えられなかったことだと思う。
怖かったけど、オレの命で誰かを救えるならそれでいいと思っていたのも本当だったから。
王太子のクリスが記録に残すなら、正式なものになるに違いない。
記憶が鮮明なうちに、全部伝えておきたい。
そう伝えると、オレの話を頷きながら聞いていたクリスの視線が温かいものになる。
「君にとって、勇者くんは心の拠り所なんだな」
なんだそれは。
そう言われると、なんだか頷けなかったけど。
きっとそうなんだろう。
否定しかけた言葉をグッと飲み込む。
オレは、首元の黒い飾りに触れた。
「オレだけは、アユのことをずっと覚えてる」
『クロ、俺はちゃんと覚えてるから』
そうやって笑っている声が、聞こえた気がした。
おしまい
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ドラゴンの生態、なるほどおお! と、クロさんのお話に、私もアユムくんと同じように驚きながら読み進めていき、特に「よく考えろ(P13)」が好きで、好きでたまらなくなりました。契約魔法を代わりにというのも好きなのですが、なにより「責任」についてがとても胸に響いて、取り方を自分で決めるという部分が本当にアユムくんの強さを表しているように感じ、私は大好きでたまりません。それからも読んでいき、勇者召喚したくなる気持ちもすごく分かり、不安になってそうした気持ちも分かって、想いが節々から伝わってきて、本当にこれからが気になってたまりません。完結まで、楽しみにしております! 全力で、応援しております!
猫宮さん
お読みいただきありがとうございますー!
おっしゃっていただいたところは物語でも大事なところかなって思ってるので本当に嬉しいです!
頑張りますのでよろしくお願いします!