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地獄編
嘘のような真実
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12時間前………
「………!」
スタンフォードは避難所に着くや否や、その惨状に絶句した。
「痛いよお…!痛いよお…!」
「誰か…誰か…」
避難所全体が悲鳴に包まれていた。
「………!」
まさか、ここに医者はいないのか。
スタンフォードは花織とクレアを寝かせると、周囲をキョロキョロと見渡した。
「……!なあ、他に医者はいないのか?!」
遠くに1人、医者らしきものを見つけ、スタンフォードは詰め寄った。
「そ!それが……医術師はみんな殺されてしまって…」
「チィ…!なんつー姑息な連中だ!」
「あ、あなたは…?」
「ベイル.スタンフォード。ここにいる奴らの人数は?」
「あ、貴方が?!」
「人数は?!」
「あ、えっと…300人です…」
「300か。…他の施設との連絡は?」
「取れてます。ですがいかんせん医術師が少なくてですね…」
「よし、回復薬を作る。それぞれの施設の人数を伝えろ。」
「はい?!そんなすぐにできるわけ…」
「俺ならできる。まずはここら辺の治療だ。治療しろ、アスクレピオス!」
スタンフォードは杖を取り出す。
魔道具、アスクレピオス。能力はごく単純。
ただ回復魔法の範囲と精密性を拡大させるだけ。
即ち、回復魔法に関しては使用者の能力にのみ委ねられる。
「……!なんて精度だ!」
部屋の悲鳴はピタリと病み、避難者の負傷は全て修復された。
「これ以上回復はできねえからな、魔導士を1人ここらに張らしとけ!どーせ医術師の手伝いに回されてんだろ。」
「は、はい!」
「取り敢えず…ここにいる奴ら全員俺が治してやる!次行くぞ!」
「で、でも僕新入りで…」
「だったら経験詰んどくんだな。くらいつけ。見て学べ。
結果は後からついてくる。」
スタンフォードは次の患者へと向かっていった。
「………!なんだ、これは!」
魔導士が魔力感知機を前に絶句する。
そこには、無数の魔力反応が表示されていた。
100や200ではなく、1000を超えるほどの。
「一体これは何…」
魔導士の首が吹き飛ばされる。
「………」
物言わぬ半透明に光る人型のそれは、次の目標である避難所を補足した。
痛い、痛い。
身体中が痛い。
生暖かい血の感触が気持ち悪い。
少年は暗雲の中にいた。
だが、その痛みは突如、彼の中から消え去った。
「え?」
「よし、大丈夫か?ガキ。」
1人の男が彼の頭を撫でる。
「うん…」
12になる彼は、子供扱いされることを嫌っていた。
だがこの時だけは、どうにも悪い気はしなかった。
「じゃ、次だ。」
男は隣のテントへと向かっていった。
誰なのだろう、彼は。どうやら凄い医者らしい。感謝はしなければ。
少年は母の姿を探す。
「…!」
ああ、そうだ。死んだんだ。目の前で頭を撃ち抜かれて。
「ウッ…!」
少年はトイレに駆け込み、嘔吐する。
自分だけ治ってもしょうがないじゃないか。
喉がヒリヒリする。吐瀉物は若干喉に残っていた。
「……?」
外が何やら騒がしい。
少年は扉を開けた。
おかしい。何故だか視界が暗い。
彼は上を向く。
そこにいたのは、こちらを上から見下ろす人型の何かだった。
少年は咄嗟に伏せる。
その直後、それが両目から発射した光線が、トイレを全て消し飛ばし、後方の畑を炎の海に変えた。
「な……!」
その時、彼は先ほどの騒がしさの正体を理解した。
避難所から悲鳴が上がっているのだ。
避難所のテントからゴロリ、と何かがはみ出る。
それは、人の死体だった、上半身と下半身が分断された女の死体。
森の中から、無数の光が彼を除く。
まさか、これは皆奴の目だというのか?
「う…あ…わあああ!」
死に物狂いで走る。
彼の目の前に、無数の人型が立ちはだかる。
そんな、さっきは居なかったのに。
通り抜けようとした彼の足首を、それらは掴んだ。
「この…!」
道端に転がっていた鋭利な石を腕にぶつける。
一瞬力が緩まった隙を狙い、少年は逃げ出した。
魔導士たちを頼るしか無い、とテントの中へ駆け込んだ。
「…!生きてたか。こっちこい。」
先ほどの医者が、テントの中で銃を構えていた。
「良いか?あそこに向かって走れ。そこに魔導士たちの車がある。別の避難所に移動するんだ。」
「おじさんは?」
「俺は……ここで奴らを足止めする。」
「そっか…わかった。」
ここで駄々を捏ねるべきではない。既に少年は悟っていた。
「一度だけ…頭を撫でさせてくれないか?」
当然の医者の要求に少年は困惑したが、すこし考えたのち
「いいよ」
と承諾した。
彼は少年の頭を優しく撫でる。
「ありがとうな。…じゃ、あばよ。」
少年の見た医者の背中は、どこか悲しげだった。
「…さて、やるか。」
スタンフォードはメスを取り出す。
「おおおおお!」
1体、2体。次々と切り裂く。
まだまだ足りない。もっと、もっとやらなければ。
死角から放たれた光線が、彼の頭部を貫いた。
「まだ…倒れない!」
己の頭を即座に修復し、再び彼は立ち上がった。
身体中を貫かれようと、四肢を欠損しようと、その度に体は元に戻る。
彼が神級たる所以の再生能力である。
本来回復魔法に発生するはずの回復能力の上限が、特異体質により彼には当てはまらないのだ。故に毒の抗体も、自身の回復力を抽出した回復薬も無尽蔵に生成できる。
これを続ければきっと……
「………?」
突如、地響きが鳴る。
何だ、と思い振り向いた。
その直後、彼の頭は吹き飛ばされた。
「…?!」
即座に修復した彼の視界に映り込んでいたのは、全長10mはあるであろう、異形の怪物だった。
半透明の体。これは魔族では無い。
怪物は口を開けると、周囲の人型たちを飲み込み始める。
「まずい…!魔力が高まって…」
止めようにも、戦闘に不向きな彼にはその術が無い。
「これは…stage6並だ。」
これは何としてでも止めないと。
歯を食いしばり、メスを突き立てる。
当然、刃が通ることはない。
怪物は腕を振る。
その一振りで、彼は地面に叩きつけられた。
バキバキ、グシャ。
身体中の骨から内臓に至るまで、全てが破壊された。
回復魔法の使用で復活できるだろう。
だが、どうやって勝つ?
満身創痍に彼は模索する。
何か、何か、何か、何か、何か………
怪物へ手を伸ばす。
俺は生まれついての天才だった。
医学の勉強は好きだし、誰かを治すのも好きだった。
ただ、どうにも周りに馴染めなかった。
周囲を見下す事でしか生きられなかったんだ。
そんな俺を変えてくれたのが君だったっけ。
「ねえ、何読んでるの?」
教室の隅で医学の本を読み耽る俺に、君は話しかけてくれた。誰が聞いてもつまらなそうなその話を、君だけは興味津々に聞いてくれた。
君がいたから、俺は医者になりたいと思えたんだ。
そして俺は魔法医術師になった。病院に入るや否や、天才だと持て囃された。
だが、その華々しい経歴とは裏腹に、俺たちの間には子供がしばらく出来なかった。
5年、6年と経っても、いつまで経っても生まれなかった。
そしてようやく診療を受け、俺が無精子だと判明した。
睾丸を一つ取り出せば妊娠できる可能性がある、言われた。
俺も医者だ。そんな事は知っている。だからその希望に縋り付いた。
その結果、努力は実った。
だが、そこからが不味かった。
「ねえ…この子ももうすぐ生まれるんだし…仕事減らせないの?」
「馬鹿言うなよ、普通の仕事とは違うんだ。」
そう言って、俺は仕事量を減らさなかった。
彼女の妊娠中のストレスと重なったんだろう。口喧嘩が多くなった。
その天罰だろうか。
俺たちの子供は、直前になって流産した。
「もう…別れよう?」
彼女の提案を、俺は
「そうだね。」
とだけ言って返した。
あの時もっと言っていられれば、もっとなんとかなったのだろうか。
そこからは仕事も上手くいかなくなった。
アルコール、ドラッグ三昧による失敗続き。
そして大学病院を解雇された。
堕ち切った俺を雇ってくれるところはもうどこにも無かった。
「んだよ?テメェ…」
ある日、俺の家にある女が尋ねに来た。
「やあやあ。」
名はクレアと言った。
彼女はそれ以来毎日家に押しかけては、医学について誇らしげに語り続けた。
一度離れた医者の世界。
その話をされるのは、苦痛で仕方がなかった。
だが、それでも俺は奴を突き放すようなことはできなかった。出来なかったんだ。
「君ってさあ…昔は天才って言われてたんだろ?」
「昔の話だよ。今は医者ですらない。」
「……それは嘘だね。」
突如奴が言い放った言葉に俺は困惑した。
「嘘?どこが嘘だってんだよ。」
「私たち医者は…まあ私は医者以外も兼ねてるんだが…。
医学に携わっている。ならば最後まで、死ぬ瞬間まで、患者のことを考え続けなきゃいけないんだ。何故なら医学を愛しているんだから。万年を超える歴史が積み重ねたその技術に悔いる無いことがないよう、治し続けるしかないんだよ。」
「お前に何がわかるってんだ?そのしょうもないエゴを俺に押し付けるな。」
「じゃあ何故君は免許を返納していないんだ?」
「!」
言い返せなかった。何一つとして。
「帰れ!」
だから、ついに奴を突き放した。
これで良い。このまま免許の更新期間が切れるのを待てば良い。
そう思っていた中、ポストにある一つの手紙が届いた。
「誰宛だ?」
名前を見る。それを見た瞬間、俺はその場から動けなくなった。
その名は、紛れもなく妻の名前だった。
「君の元に来たのはね…以来だからだよ。別れた元夫が心配だから、その間話取り持って欲しいっていう、ね。」
何処からか、クレアが現れる。
「今度、また会いたいってさ。」
涙が溢れ出した。
そうだ、俺は医学を、そして君を愛しているんだ。
それである以上、医者でなければならないんだ。
涙を拭うと、俺は手紙を読んだ。
ああ、あの少年は、
俺が治したあの少年は無事だろうか。
もし生きていたら、あんな年齢だろうなあ。
スタンフォードは立ち上がる。
「へへ…こいよバケモン。」
怪物の手が彼の腹部を貫く。
「俺が神級と言われる最大の理由はなあ…大量の毒の抗体を持ってるからだよ。そしてその抗体となる毒も体力に所持している。
中和しきらない程度に…全部の毒を送り込んでやる!」
メスで腕を目一杯に叩く。
わずかな傷がついた。これで良い。
「グォォォォォォォ!」
怪物の体が内部崩壊を始める。
これで勝った。そう確信した瞬間、怪物の溶けかかった左腕が、彼の右手足を抉り取った。しまった、もう魔力がない。回復ができない。
「グオオオオオオ!」
怪物は死に物狂いで体重をかける。
しまった。このままではこいつが車まで向かう可能性がある。
その瞬間、砲撃と斬撃が怪物を吹き飛ばした。
「…!」
そこに立っていたのは、玄式花織、クレア.アインベルツだった。
「君は…ここを全て引き留めたのか。」
「へへ…やりゃあできんだよ俺は。」
クレアはスタンフォードの手を取る。
「申し訳ないが治療は出来ない、君はここで死ぬだろう。」
「ああ……知ってるよ。」
「君の送った回復薬はきっと届く。そして多くの患者が救われるだろう。」
「なんだよいきなり。」
「この恩は忘れはしない。必ず。」
スタンフォードは目を瞑る。
積み重ねた未練が次々と頭を駆け巡る。
こんなふうに死ぬなんて思わなかった。
「君は今…何を考えてる?」
「医学のこと。」
「そうかい。」
クレアはおどけるように笑った。
「…以上が、目撃者の話だ。」
「この人数全てが彼によって…か。」
アンは患者たちを眺めながら言う。
「いや、ここだけじゃ無い。他の避難所もそうだ。数十万以上の避難者が彼によって助けられた。」
「ったく…神級を1人失うってのはどうにも寂しいぜ。」
アンナは悪態をつくように言った。
「シャーロットさんは…これで解放されるはず。」
レドは腰についた装置を起動する。組織構造を崩壊させるこれならば、体についた蝋のみを取り払うことも可能なはず。
レドが触れると、シャーロットの体の蝋が溶けていく。
「よお…こりゃどういう状況だ?」
レドは今までの状況を全て説明する。
「なるほど…じゃあその中央の塔を破壊すれば良いんだな?」
「ええ。」
「さて…行くか。」
「うん。」
アン、ノーマン、その他一同は街へと出る。
そして中央の塔へと向かう……
その時だった。
突如、高密度の魔力が塔から放たれる。
「?!」
「これは……!」
「アイルアドラくん。準備はできたかい?さあ、始めよう!」
「御意。」
アイルアドラ、ベクターは装置の取り付けられた椅子に座り込んだ。
その瞬間、魔力が周囲に拡散され、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「なんなんだ?!魔力の吸収は止めたはずじゃ…」
「まさか……この戦力が分散される状況を狙っていた?!」
その時、魔法陣から黒い影が頭を出した。
「あれは………なんだ?」
「あれは…」
メリッサが小さく呟く。
「なんなんです?!アレは一体なんなんですか!」
「アレは…悪魔だ。」
計5体の悪魔が、それぞれの目の前へと降り立った。
「…?!おい!どうなってんだこいつは!」
「しまった…なんて無能なんだ僕は…。そもそも洞窟の監視が1人だけというのがおかしいじゃないか。」
「おい、レド!」
「アンドレアさん!」
「こっちに来るな…。下に穴を掘って逃げろ。今すぐに!」
アンドレアは、目の前に出現した悪魔を前に、魔能力を発動した。
「……!行きましょう!」
「……誰だか知らんが助かった。頼むぞ。」
「シャーロットに感謝される日が来るとはね。」
アンドレアは帽子を脱ぎ捨てると、そう言った。
「よお、兄弟。これで3度目だな。決着つけようぜ?」
「メリッサ…君との決着は私がつけよう。」
「アン…優しい人…私がここで殺さなきゃ。」
「黒式、早く来い。俺とお前との決着だ。」
デウス.エクス.マキナのメンバーは、皆一斉に散らばっていった。
「………!」
スタンフォードは避難所に着くや否や、その惨状に絶句した。
「痛いよお…!痛いよお…!」
「誰か…誰か…」
避難所全体が悲鳴に包まれていた。
「………!」
まさか、ここに医者はいないのか。
スタンフォードは花織とクレアを寝かせると、周囲をキョロキョロと見渡した。
「……!なあ、他に医者はいないのか?!」
遠くに1人、医者らしきものを見つけ、スタンフォードは詰め寄った。
「そ!それが……医術師はみんな殺されてしまって…」
「チィ…!なんつー姑息な連中だ!」
「あ、あなたは…?」
「ベイル.スタンフォード。ここにいる奴らの人数は?」
「あ、貴方が?!」
「人数は?!」
「あ、えっと…300人です…」
「300か。…他の施設との連絡は?」
「取れてます。ですがいかんせん医術師が少なくてですね…」
「よし、回復薬を作る。それぞれの施設の人数を伝えろ。」
「はい?!そんなすぐにできるわけ…」
「俺ならできる。まずはここら辺の治療だ。治療しろ、アスクレピオス!」
スタンフォードは杖を取り出す。
魔道具、アスクレピオス。能力はごく単純。
ただ回復魔法の範囲と精密性を拡大させるだけ。
即ち、回復魔法に関しては使用者の能力にのみ委ねられる。
「……!なんて精度だ!」
部屋の悲鳴はピタリと病み、避難者の負傷は全て修復された。
「これ以上回復はできねえからな、魔導士を1人ここらに張らしとけ!どーせ医術師の手伝いに回されてんだろ。」
「は、はい!」
「取り敢えず…ここにいる奴ら全員俺が治してやる!次行くぞ!」
「で、でも僕新入りで…」
「だったら経験詰んどくんだな。くらいつけ。見て学べ。
結果は後からついてくる。」
スタンフォードは次の患者へと向かっていった。
「………!なんだ、これは!」
魔導士が魔力感知機を前に絶句する。
そこには、無数の魔力反応が表示されていた。
100や200ではなく、1000を超えるほどの。
「一体これは何…」
魔導士の首が吹き飛ばされる。
「………」
物言わぬ半透明に光る人型のそれは、次の目標である避難所を補足した。
痛い、痛い。
身体中が痛い。
生暖かい血の感触が気持ち悪い。
少年は暗雲の中にいた。
だが、その痛みは突如、彼の中から消え去った。
「え?」
「よし、大丈夫か?ガキ。」
1人の男が彼の頭を撫でる。
「うん…」
12になる彼は、子供扱いされることを嫌っていた。
だがこの時だけは、どうにも悪い気はしなかった。
「じゃ、次だ。」
男は隣のテントへと向かっていった。
誰なのだろう、彼は。どうやら凄い医者らしい。感謝はしなければ。
少年は母の姿を探す。
「…!」
ああ、そうだ。死んだんだ。目の前で頭を撃ち抜かれて。
「ウッ…!」
少年はトイレに駆け込み、嘔吐する。
自分だけ治ってもしょうがないじゃないか。
喉がヒリヒリする。吐瀉物は若干喉に残っていた。
「……?」
外が何やら騒がしい。
少年は扉を開けた。
おかしい。何故だか視界が暗い。
彼は上を向く。
そこにいたのは、こちらを上から見下ろす人型の何かだった。
少年は咄嗟に伏せる。
その直後、それが両目から発射した光線が、トイレを全て消し飛ばし、後方の畑を炎の海に変えた。
「な……!」
その時、彼は先ほどの騒がしさの正体を理解した。
避難所から悲鳴が上がっているのだ。
避難所のテントからゴロリ、と何かがはみ出る。
それは、人の死体だった、上半身と下半身が分断された女の死体。
森の中から、無数の光が彼を除く。
まさか、これは皆奴の目だというのか?
「う…あ…わあああ!」
死に物狂いで走る。
彼の目の前に、無数の人型が立ちはだかる。
そんな、さっきは居なかったのに。
通り抜けようとした彼の足首を、それらは掴んだ。
「この…!」
道端に転がっていた鋭利な石を腕にぶつける。
一瞬力が緩まった隙を狙い、少年は逃げ出した。
魔導士たちを頼るしか無い、とテントの中へ駆け込んだ。
「…!生きてたか。こっちこい。」
先ほどの医者が、テントの中で銃を構えていた。
「良いか?あそこに向かって走れ。そこに魔導士たちの車がある。別の避難所に移動するんだ。」
「おじさんは?」
「俺は……ここで奴らを足止めする。」
「そっか…わかった。」
ここで駄々を捏ねるべきではない。既に少年は悟っていた。
「一度だけ…頭を撫でさせてくれないか?」
当然の医者の要求に少年は困惑したが、すこし考えたのち
「いいよ」
と承諾した。
彼は少年の頭を優しく撫でる。
「ありがとうな。…じゃ、あばよ。」
少年の見た医者の背中は、どこか悲しげだった。
「…さて、やるか。」
スタンフォードはメスを取り出す。
「おおおおお!」
1体、2体。次々と切り裂く。
まだまだ足りない。もっと、もっとやらなければ。
死角から放たれた光線が、彼の頭部を貫いた。
「まだ…倒れない!」
己の頭を即座に修復し、再び彼は立ち上がった。
身体中を貫かれようと、四肢を欠損しようと、その度に体は元に戻る。
彼が神級たる所以の再生能力である。
本来回復魔法に発生するはずの回復能力の上限が、特異体質により彼には当てはまらないのだ。故に毒の抗体も、自身の回復力を抽出した回復薬も無尽蔵に生成できる。
これを続ければきっと……
「………?」
突如、地響きが鳴る。
何だ、と思い振り向いた。
その直後、彼の頭は吹き飛ばされた。
「…?!」
即座に修復した彼の視界に映り込んでいたのは、全長10mはあるであろう、異形の怪物だった。
半透明の体。これは魔族では無い。
怪物は口を開けると、周囲の人型たちを飲み込み始める。
「まずい…!魔力が高まって…」
止めようにも、戦闘に不向きな彼にはその術が無い。
「これは…stage6並だ。」
これは何としてでも止めないと。
歯を食いしばり、メスを突き立てる。
当然、刃が通ることはない。
怪物は腕を振る。
その一振りで、彼は地面に叩きつけられた。
バキバキ、グシャ。
身体中の骨から内臓に至るまで、全てが破壊された。
回復魔法の使用で復活できるだろう。
だが、どうやって勝つ?
満身創痍に彼は模索する。
何か、何か、何か、何か、何か………
怪物へ手を伸ばす。
俺は生まれついての天才だった。
医学の勉強は好きだし、誰かを治すのも好きだった。
ただ、どうにも周りに馴染めなかった。
周囲を見下す事でしか生きられなかったんだ。
そんな俺を変えてくれたのが君だったっけ。
「ねえ、何読んでるの?」
教室の隅で医学の本を読み耽る俺に、君は話しかけてくれた。誰が聞いてもつまらなそうなその話を、君だけは興味津々に聞いてくれた。
君がいたから、俺は医者になりたいと思えたんだ。
そして俺は魔法医術師になった。病院に入るや否や、天才だと持て囃された。
だが、その華々しい経歴とは裏腹に、俺たちの間には子供がしばらく出来なかった。
5年、6年と経っても、いつまで経っても生まれなかった。
そしてようやく診療を受け、俺が無精子だと判明した。
睾丸を一つ取り出せば妊娠できる可能性がある、言われた。
俺も医者だ。そんな事は知っている。だからその希望に縋り付いた。
その結果、努力は実った。
だが、そこからが不味かった。
「ねえ…この子ももうすぐ生まれるんだし…仕事減らせないの?」
「馬鹿言うなよ、普通の仕事とは違うんだ。」
そう言って、俺は仕事量を減らさなかった。
彼女の妊娠中のストレスと重なったんだろう。口喧嘩が多くなった。
その天罰だろうか。
俺たちの子供は、直前になって流産した。
「もう…別れよう?」
彼女の提案を、俺は
「そうだね。」
とだけ言って返した。
あの時もっと言っていられれば、もっとなんとかなったのだろうか。
そこからは仕事も上手くいかなくなった。
アルコール、ドラッグ三昧による失敗続き。
そして大学病院を解雇された。
堕ち切った俺を雇ってくれるところはもうどこにも無かった。
「んだよ?テメェ…」
ある日、俺の家にある女が尋ねに来た。
「やあやあ。」
名はクレアと言った。
彼女はそれ以来毎日家に押しかけては、医学について誇らしげに語り続けた。
一度離れた医者の世界。
その話をされるのは、苦痛で仕方がなかった。
だが、それでも俺は奴を突き放すようなことはできなかった。出来なかったんだ。
「君ってさあ…昔は天才って言われてたんだろ?」
「昔の話だよ。今は医者ですらない。」
「……それは嘘だね。」
突如奴が言い放った言葉に俺は困惑した。
「嘘?どこが嘘だってんだよ。」
「私たち医者は…まあ私は医者以外も兼ねてるんだが…。
医学に携わっている。ならば最後まで、死ぬ瞬間まで、患者のことを考え続けなきゃいけないんだ。何故なら医学を愛しているんだから。万年を超える歴史が積み重ねたその技術に悔いる無いことがないよう、治し続けるしかないんだよ。」
「お前に何がわかるってんだ?そのしょうもないエゴを俺に押し付けるな。」
「じゃあ何故君は免許を返納していないんだ?」
「!」
言い返せなかった。何一つとして。
「帰れ!」
だから、ついに奴を突き放した。
これで良い。このまま免許の更新期間が切れるのを待てば良い。
そう思っていた中、ポストにある一つの手紙が届いた。
「誰宛だ?」
名前を見る。それを見た瞬間、俺はその場から動けなくなった。
その名は、紛れもなく妻の名前だった。
「君の元に来たのはね…以来だからだよ。別れた元夫が心配だから、その間話取り持って欲しいっていう、ね。」
何処からか、クレアが現れる。
「今度、また会いたいってさ。」
涙が溢れ出した。
そうだ、俺は医学を、そして君を愛しているんだ。
それである以上、医者でなければならないんだ。
涙を拭うと、俺は手紙を読んだ。
ああ、あの少年は、
俺が治したあの少年は無事だろうか。
もし生きていたら、あんな年齢だろうなあ。
スタンフォードは立ち上がる。
「へへ…こいよバケモン。」
怪物の手が彼の腹部を貫く。
「俺が神級と言われる最大の理由はなあ…大量の毒の抗体を持ってるからだよ。そしてその抗体となる毒も体力に所持している。
中和しきらない程度に…全部の毒を送り込んでやる!」
メスで腕を目一杯に叩く。
わずかな傷がついた。これで良い。
「グォォォォォォォ!」
怪物の体が内部崩壊を始める。
これで勝った。そう確信した瞬間、怪物の溶けかかった左腕が、彼の右手足を抉り取った。しまった、もう魔力がない。回復ができない。
「グオオオオオオ!」
怪物は死に物狂いで体重をかける。
しまった。このままではこいつが車まで向かう可能性がある。
その瞬間、砲撃と斬撃が怪物を吹き飛ばした。
「…!」
そこに立っていたのは、玄式花織、クレア.アインベルツだった。
「君は…ここを全て引き留めたのか。」
「へへ…やりゃあできんだよ俺は。」
クレアはスタンフォードの手を取る。
「申し訳ないが治療は出来ない、君はここで死ぬだろう。」
「ああ……知ってるよ。」
「君の送った回復薬はきっと届く。そして多くの患者が救われるだろう。」
「なんだよいきなり。」
「この恩は忘れはしない。必ず。」
スタンフォードは目を瞑る。
積み重ねた未練が次々と頭を駆け巡る。
こんなふうに死ぬなんて思わなかった。
「君は今…何を考えてる?」
「医学のこと。」
「そうかい。」
クレアはおどけるように笑った。
「…以上が、目撃者の話だ。」
「この人数全てが彼によって…か。」
アンは患者たちを眺めながら言う。
「いや、ここだけじゃ無い。他の避難所もそうだ。数十万以上の避難者が彼によって助けられた。」
「ったく…神級を1人失うってのはどうにも寂しいぜ。」
アンナは悪態をつくように言った。
「シャーロットさんは…これで解放されるはず。」
レドは腰についた装置を起動する。組織構造を崩壊させるこれならば、体についた蝋のみを取り払うことも可能なはず。
レドが触れると、シャーロットの体の蝋が溶けていく。
「よお…こりゃどういう状況だ?」
レドは今までの状況を全て説明する。
「なるほど…じゃあその中央の塔を破壊すれば良いんだな?」
「ええ。」
「さて…行くか。」
「うん。」
アン、ノーマン、その他一同は街へと出る。
そして中央の塔へと向かう……
その時だった。
突如、高密度の魔力が塔から放たれる。
「?!」
「これは……!」
「アイルアドラくん。準備はできたかい?さあ、始めよう!」
「御意。」
アイルアドラ、ベクターは装置の取り付けられた椅子に座り込んだ。
その瞬間、魔力が周囲に拡散され、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「なんなんだ?!魔力の吸収は止めたはずじゃ…」
「まさか……この戦力が分散される状況を狙っていた?!」
その時、魔法陣から黒い影が頭を出した。
「あれは………なんだ?」
「あれは…」
メリッサが小さく呟く。
「なんなんです?!アレは一体なんなんですか!」
「アレは…悪魔だ。」
計5体の悪魔が、それぞれの目の前へと降り立った。
「…?!おい!どうなってんだこいつは!」
「しまった…なんて無能なんだ僕は…。そもそも洞窟の監視が1人だけというのがおかしいじゃないか。」
「おい、レド!」
「アンドレアさん!」
「こっちに来るな…。下に穴を掘って逃げろ。今すぐに!」
アンドレアは、目の前に出現した悪魔を前に、魔能力を発動した。
「……!行きましょう!」
「……誰だか知らんが助かった。頼むぞ。」
「シャーロットに感謝される日が来るとはね。」
アンドレアは帽子を脱ぎ捨てると、そう言った。
「よお、兄弟。これで3度目だな。決着つけようぜ?」
「メリッサ…君との決着は私がつけよう。」
「アン…優しい人…私がここで殺さなきゃ。」
「黒式、早く来い。俺とお前との決着だ。」
デウス.エクス.マキナのメンバーは、皆一斉に散らばっていった。
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