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第3章 死者の都
遺されしものたち 1
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……司!何故、其方がここに!……
……父上!……母上は一体!?……これは……この祝詞は……
……帰れ!……ここは其方の来るところではないわ!……
……かっ神取殿!!……
……始まったか!?……
……父上!?……母上をどうするおつもりか!?……
……其方が知る必要はない!……構わぬ、こやつを放り出せ!……
……はっ!!……司殿、こちらへ!……さあ、急ぎなされ!……
……おい!離せ、なぜ、母が『魂振り』の儀を……
……勅命なれば!……ご、御免!……
……母上……母上!!……
「母上……」左手に形成された光ディスプレイは、色褪せることもなく、在りし日の母の面影を映し出していた。『魂振り』の儀に臨む少し前に撮影したものだ。
母の遺した写真は少ない。これは、母が好んだ藤が咲き誇る春先、彼女の希望に応じて神取が撮影したものだった。
……珍しいこともあるものだ……
被写体となる事を好まなかった母。十代半ばの神取は怪訝に思いながら、シャッターを切ろうとした。
……司、お前も……手招きをするような仕草を一瞬見せたが、……いや……よい……と母は、その手を引き戻し、腹のあたりで両手を重ね、姿勢を正した。
……んー、母上、もう少し笑ってください……
……こ、こうか?……
ぎこちなく口角を上げた母が何とも可愛らしく、神取は即席カメラマンとなって、あれこれと指示してみた。が、結局、表情が然程変わることもなく……は、早よせい……と急かす母の一言で、シャッターを切った。
写真は遺影だったのだ、と後になって気づいた。この日を境に、生きた母に会う事は二度となかった。
写真の母は、慣れない微笑みの陰に、静かな覚悟を忍ばせ、春風にそよぐ藤の花のような清廉さとしなやかさを秘めたまま、時を止めている。
「母上……貴女は一体、何に命を賭けられたのです……」
……あの教祖……じきに死ぬぞ……獄中で持病を悪化させて…という筋書きだ……
暗がりから聞こえてくる声に、神取は左手をそっと握り、光ディスプレイに映し出された母の遺影をしまい込む。神取の他、人のいない夜更けの医局は、彼の机を照らす照明のみが、唯一の灯りであった。対称的に生み出された、室内の陰の中から響く声は続ける。
……共に捕えられた配下の者共も……一方は獄中で自害……もう一方は心を失う……そのように謀り、処分される……いずれ世にも喧伝されよう……
部屋の陰の一部が、次第に人の形をとりながら神取の背後へと近づく。
……そうか……やはり御所が絡んでいたか……
……うむ……
……して、その目的は?……
神取は振り向きもせず問う。陰の気配は狼狽していたが、神取は構うことなくたたみ掛ける。
……あの異界で、其方の聴いたあの声……あれはやはり母のものか?……答えよ、玄蕃!……
……相済まぬ……なれど、これ以上踏み込み、御所の知るところとなれば、叛意を疑われかねん……
……ふっ……
……お、お頭?……
……玄蕃よ……お主、死してなおも霊界に留まること600年、私に支えて15年余り……その間、何も学んでおらなんだか?……
……なっ?……
……其方は裏切りによって、生を閉じたのであろう?……
……そ……それは!!……
……忠心……誠意……確かにそれは美しい……私も其方に、その心根があればこそ信頼も置く……だが人の心も、世の中も絶えず移ろいゆくものだ……にも関わらず、其方はその事には硬く目を瞑り、己の美徳にのみに固執した……其方にもわかっているはずだ……あのとき……其方の妻と子を守りきれなかったのは……
……もうよい!!…………覚悟はあるのだな?…………御所の意向を探るはご法度……もし、この事が露呈したなら、お頭といえど……
……ふっ……其方のことだ……抜かりはあるまい?……
…………承知した……
玄蕃は再び陰に溶け込むとそのまま気配を消した。
……ほほほほ、これは愉快、愉快……
玄蕃の気配が消えるのを待っていたかのように、婀娜めく声がもう片隅の暗闇から、微かな白檀の香りとともに立ち昇る。
……盗み聞きか、彩女?……
……謀の匂い……妾が最も愛でる香り……旦那さま、是非、妾にもお役目を……
……其方は引き続き、あの娘に憑いてまわれ……
……はん!妾は、あの小娘の匂いはもう嫌じゃ!……
……ふ……其方とは相容れぬか……
……左様にございます!……あの娘、うつくしう面(おもて)ながら、腹の内は妬み、僻み、恨み辛み……
……はははは、何だ、それは其方の事ではないか?……
……何を仰せに!!……妾は、それが本性に御座います!何も隠し立ては致しませぬ!……あの娘は取り繕ってひた隠しにするゆえ、腹の内から鼻をつく匂いをさせておるのです!!……
……ふふふふ、わかった、わかった!……
……先刻も感極まって、母御の病の恨みを吐き出しておったわ……なにせ、その故があの娘の……
……ほう……神取は、意識を変性意識状態に落とし込み、彩女が見た光景へと重ねていく。
……は、あぅっ……あぁあ!……嬌声を漏らし、神取を受け入れる彩女。
……だ……旦那さまぁ……意識の溶け合いに、いつの頃からか、ひとときの高揚を覚えるようになった女式神に眉を潜めながら(同じ式神でも、玄蕃にはこの様な"癖"は一切ない)神取は彼女が持ち帰ったビジョンを探る。
……ん、これか?……聴き耳を立てるが如く、さらに己の意識を彩女の意識へと突き立てる。
……い……いぃ!……さっ……左様に……はあぁ!!……
……しっ!声を立てるな!……神取の一喝に、彩女は必死にその"声"を抑え込む。
……20年前、あの街に……私も……ママも居た…………どういうことなの……風間くんが……あの地震の…………ママは、今でも苦しんでる……
「……なるほど……あの地震の当事者と被害者……」神取は不意に椅子から立ち上がる。
……はぁ……はぁ………その瞬間、彩女の霊体に満ちた法悦は潮が引くように失われ、彩女はおもむろにその身を立て直した。
……彩女、これは使えるやもしれん……
……はぁ……はぁ……だ……はぁ……旦那……さ……ま?……
……神子だよ……彩女……
……父上!……母上は一体!?……これは……この祝詞は……
……帰れ!……ここは其方の来るところではないわ!……
……かっ神取殿!!……
……始まったか!?……
……父上!?……母上をどうするおつもりか!?……
……其方が知る必要はない!……構わぬ、こやつを放り出せ!……
……はっ!!……司殿、こちらへ!……さあ、急ぎなされ!……
……おい!離せ、なぜ、母が『魂振り』の儀を……
……勅命なれば!……ご、御免!……
……母上……母上!!……
「母上……」左手に形成された光ディスプレイは、色褪せることもなく、在りし日の母の面影を映し出していた。『魂振り』の儀に臨む少し前に撮影したものだ。
母の遺した写真は少ない。これは、母が好んだ藤が咲き誇る春先、彼女の希望に応じて神取が撮影したものだった。
……珍しいこともあるものだ……
被写体となる事を好まなかった母。十代半ばの神取は怪訝に思いながら、シャッターを切ろうとした。
……司、お前も……手招きをするような仕草を一瞬見せたが、……いや……よい……と母は、その手を引き戻し、腹のあたりで両手を重ね、姿勢を正した。
……んー、母上、もう少し笑ってください……
……こ、こうか?……
ぎこちなく口角を上げた母が何とも可愛らしく、神取は即席カメラマンとなって、あれこれと指示してみた。が、結局、表情が然程変わることもなく……は、早よせい……と急かす母の一言で、シャッターを切った。
写真は遺影だったのだ、と後になって気づいた。この日を境に、生きた母に会う事は二度となかった。
写真の母は、慣れない微笑みの陰に、静かな覚悟を忍ばせ、春風にそよぐ藤の花のような清廉さとしなやかさを秘めたまま、時を止めている。
「母上……貴女は一体、何に命を賭けられたのです……」
……あの教祖……じきに死ぬぞ……獄中で持病を悪化させて…という筋書きだ……
暗がりから聞こえてくる声に、神取は左手をそっと握り、光ディスプレイに映し出された母の遺影をしまい込む。神取の他、人のいない夜更けの医局は、彼の机を照らす照明のみが、唯一の灯りであった。対称的に生み出された、室内の陰の中から響く声は続ける。
……共に捕えられた配下の者共も……一方は獄中で自害……もう一方は心を失う……そのように謀り、処分される……いずれ世にも喧伝されよう……
部屋の陰の一部が、次第に人の形をとりながら神取の背後へと近づく。
……そうか……やはり御所が絡んでいたか……
……うむ……
……して、その目的は?……
神取は振り向きもせず問う。陰の気配は狼狽していたが、神取は構うことなくたたみ掛ける。
……あの異界で、其方の聴いたあの声……あれはやはり母のものか?……答えよ、玄蕃!……
……相済まぬ……なれど、これ以上踏み込み、御所の知るところとなれば、叛意を疑われかねん……
……ふっ……
……お、お頭?……
……玄蕃よ……お主、死してなおも霊界に留まること600年、私に支えて15年余り……その間、何も学んでおらなんだか?……
……なっ?……
……其方は裏切りによって、生を閉じたのであろう?……
……そ……それは!!……
……忠心……誠意……確かにそれは美しい……私も其方に、その心根があればこそ信頼も置く……だが人の心も、世の中も絶えず移ろいゆくものだ……にも関わらず、其方はその事には硬く目を瞑り、己の美徳にのみに固執した……其方にもわかっているはずだ……あのとき……其方の妻と子を守りきれなかったのは……
……もうよい!!…………覚悟はあるのだな?…………御所の意向を探るはご法度……もし、この事が露呈したなら、お頭といえど……
……ふっ……其方のことだ……抜かりはあるまい?……
…………承知した……
玄蕃は再び陰に溶け込むとそのまま気配を消した。
……ほほほほ、これは愉快、愉快……
玄蕃の気配が消えるのを待っていたかのように、婀娜めく声がもう片隅の暗闇から、微かな白檀の香りとともに立ち昇る。
……盗み聞きか、彩女?……
……謀の匂い……妾が最も愛でる香り……旦那さま、是非、妾にもお役目を……
……其方は引き続き、あの娘に憑いてまわれ……
……はん!妾は、あの小娘の匂いはもう嫌じゃ!……
……ふ……其方とは相容れぬか……
……左様にございます!……あの娘、うつくしう面(おもて)ながら、腹の内は妬み、僻み、恨み辛み……
……はははは、何だ、それは其方の事ではないか?……
……何を仰せに!!……妾は、それが本性に御座います!何も隠し立ては致しませぬ!……あの娘は取り繕ってひた隠しにするゆえ、腹の内から鼻をつく匂いをさせておるのです!!……
……ふふふふ、わかった、わかった!……
……先刻も感極まって、母御の病の恨みを吐き出しておったわ……なにせ、その故があの娘の……
……ほう……神取は、意識を変性意識状態に落とし込み、彩女が見た光景へと重ねていく。
……は、あぅっ……あぁあ!……嬌声を漏らし、神取を受け入れる彩女。
……だ……旦那さまぁ……意識の溶け合いに、いつの頃からか、ひとときの高揚を覚えるようになった女式神に眉を潜めながら(同じ式神でも、玄蕃にはこの様な"癖"は一切ない)神取は彼女が持ち帰ったビジョンを探る。
……ん、これか?……聴き耳を立てるが如く、さらに己の意識を彩女の意識へと突き立てる。
……い……いぃ!……さっ……左様に……はあぁ!!……
……しっ!声を立てるな!……神取の一喝に、彩女は必死にその"声"を抑え込む。
……20年前、あの街に……私も……ママも居た…………どういうことなの……風間くんが……あの地震の…………ママは、今でも苦しんでる……
「……なるほど……あの地震の当事者と被害者……」神取は不意に椅子から立ち上がる。
……はぁ……はぁ………その瞬間、彩女の霊体に満ちた法悦は潮が引くように失われ、彩女はおもむろにその身を立て直した。
……彩女、これは使えるやもしれん……
……はぁ……はぁ……だ……はぁ……旦那……さ……ま?……
……神子だよ……彩女……
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