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第3章 死者の都
遺されしものたち 2
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「お待ちしておりました!仙堂会長!」
「出迎え、傷みいる、風間君」高齢ながら人の手を借りることなく、黒塗りの高級車から降り立った和装の老人の姿を認めると、勇人(はやと)は深々と頭を下げて歓待の意を表す。
この日、風間勇人は大阪南端、和歌山との県境ほど近く、海沿いの場所に位置する『JPSIO西日本PSI総合医療センター』の建設地へ視察に赴いていた。仙堂と呼ばれたこの老人は、センターの創設にあたり、資金、及び人材などのスポンサーとなっている医療福祉教育財団『仙堂会』の会長で、仙堂保國と名乗る御仁である。年の頃は勇人より少なくとも二十は上の筈であるが、衰えを感じさせない。
仙堂から視察の申し入れがあったのは今朝の事である。40年程の付き合いになるが、彼の唐突さは今に始まった事ではなかった。
思えば、出会いからして唐突だったのだ。だが、彼のその唐突さについてきたからこそ、仙堂の政財界への影響力を利用し、遂にはJPSIO理事長の地位にまで上り詰めることができたのだと、風間は思う。
ふと、先日会った突飛な友人の顔が思い浮かぶ。そういう人間に縁があるのかと、頭に過った瞬間。
……突飛なのはお前さんもいい勝負だろう……
彼の旧友の声が窘める。思わず苦笑が溢れてしまった。
「ん?……わしの顔に何かついているかな?」怪訝そうに窺ってくる仙堂。「い、いえいえ。こちらです」と、勇人が案内しようと老人の方へ距離を詰めたその時、車のドアを開いて立っていた、黒服に身を包んだ若い男が、間に割って入る。
「良い、下がれ」仙堂が命じると、男はサッと彼の後ろへ引き下がった。
「失敬した。最近何かと物騒故な、用心棒みたいなもんじゃ」「は……はぁ……」風間はその長身の男を見上げた。いかにも、という風体だが、その顔は生気を感じさせない。
妙な男だと思いながらも、気を取り直し、風間は二人を建設中の建屋の中へと招き入れた。
「ほう、だいぶ進んでおるようではないか」
「ええ、お陰様で。何とか2か月後のオープンには間に合いそうです」
工程は、内装の仕上げと並行して外構工事に着手している。建物の基本構造部は、インナースペースを利用した転送合成技術により、3Dプリンターで『描き出す』が如く、数日(建物の規模による)でこの世に"顕在化"する。しかし人の手の入らない建物は実に無機質であり、ここからが職人達の腕の見せ所となる。この日も数十名の職人とサポートアンドロイドらが、建物に命を吹き込むべく、彼方此方で作業を続けていた。
「こちらは、PSIシンドローム長期療養棟となります。同様の施設は、日本でもまだ数は少なく、ここが完成すればIN-PSIDの施設を凌ぎ、日本最大の療養拠点となります。西日本だけではなく、全国、いや世界のPSI医療を牽引していく機関となる事でしょう!」風間は意気揚々と説明する。
「IN-PSIDか。そういえば、先日、我が仙堂会から一人、そちらへの研修を頼んでおったろう。そう……神取という男だ。君がIN-PSIDの所長とは旧知の仲だと言うので、無理を通してもらった……」
「ああ、この間の!いやいや、こちらもスタッフ集めに苦労してましたので、渡りに船でしたよ。これまでも何人か紹介して頂きましたが、彼は特に優秀なようで。先方も人手不足らしく、このままスタッフに欲しいとか言ってましたよ」
「そうか、そうか。彼の今勤めている病院との調整に時間をとられ、急な話になってしまったからな。気になっておったのだ……それは良かった」
「彼には研修明けからこの療養棟のメインスタッフとして入ってもらう予定でいます」
「うむ……」老人は悦に入った面持ちで療養棟の中を見回す。
「ときに風間君よ。そのIN-PSIDだが」
「んっ……何でしょう?」
「いや……些細な話なんだが、警察関係の知り合いからこっそり聞いた話でな……一昨日報道された事件、知っとるか?あのヴァーチャルネットの……何てったかの?……」
「『オモトワ』……ですかな?」
「そうそう、それ。どうやらあれはIN-PSIDが裏で捜査協力したようでなぁ。その甲斐あってか、あのスピード解決じゃ」
「ほほぅ」
仙堂は勇人を舐めるように見上げる。
勇人は背筋の強張りを悟られぬよう穏やかな微笑みを返す。何故か、彼の勘が事の経緯をこの老人に明かすことを躊躇わせていた。
「……それは知りませんでした。捜査協力ということだと、所長(あいつ)も話には出さないでしょうから。まぁ良かったじゃないですか。凶悪な事件でしたからねぇ」「……ん、まぁ、そうだな」
仙堂は作業現場に視線を戻す。「解決したのはいいのだが……あそこの会社の株もだいぶ持っていたのでな。……大損じゃわい」
「それはまた……」苦笑いが溢れそうになるのを風間は押し留める。
「……お前さんのほうはどうじゃい?」
「ヴァーチャルネットは国の戦略もあってJPSIOでは基幹事業に位置づけてますからね。今回の件で日本のネットシステムは、信用ガタ落ち。こっちも大慌てですよ。ただ……」「ただ?」
「私個人はどーもあの『オモトワ』ちゅうヤツだけは性に合わず……」
「んん?何か上手いことやりおったか?」
「いえ、元々一株も持っとりませんでした」
「運のいい奴め」
「運だけで生きとります」「言うようになったのう」
男達の乾いた笑い声は、未完の療養棟に響くまでも無く、現場の作業音の中へと吸い込まれていった。
「出迎え、傷みいる、風間君」高齢ながら人の手を借りることなく、黒塗りの高級車から降り立った和装の老人の姿を認めると、勇人(はやと)は深々と頭を下げて歓待の意を表す。
この日、風間勇人は大阪南端、和歌山との県境ほど近く、海沿いの場所に位置する『JPSIO西日本PSI総合医療センター』の建設地へ視察に赴いていた。仙堂と呼ばれたこの老人は、センターの創設にあたり、資金、及び人材などのスポンサーとなっている医療福祉教育財団『仙堂会』の会長で、仙堂保國と名乗る御仁である。年の頃は勇人より少なくとも二十は上の筈であるが、衰えを感じさせない。
仙堂から視察の申し入れがあったのは今朝の事である。40年程の付き合いになるが、彼の唐突さは今に始まった事ではなかった。
思えば、出会いからして唐突だったのだ。だが、彼のその唐突さについてきたからこそ、仙堂の政財界への影響力を利用し、遂にはJPSIO理事長の地位にまで上り詰めることができたのだと、風間は思う。
ふと、先日会った突飛な友人の顔が思い浮かぶ。そういう人間に縁があるのかと、頭に過った瞬間。
……突飛なのはお前さんもいい勝負だろう……
彼の旧友の声が窘める。思わず苦笑が溢れてしまった。
「ん?……わしの顔に何かついているかな?」怪訝そうに窺ってくる仙堂。「い、いえいえ。こちらです」と、勇人が案内しようと老人の方へ距離を詰めたその時、車のドアを開いて立っていた、黒服に身を包んだ若い男が、間に割って入る。
「良い、下がれ」仙堂が命じると、男はサッと彼の後ろへ引き下がった。
「失敬した。最近何かと物騒故な、用心棒みたいなもんじゃ」「は……はぁ……」風間はその長身の男を見上げた。いかにも、という風体だが、その顔は生気を感じさせない。
妙な男だと思いながらも、気を取り直し、風間は二人を建設中の建屋の中へと招き入れた。
「ほう、だいぶ進んでおるようではないか」
「ええ、お陰様で。何とか2か月後のオープンには間に合いそうです」
工程は、内装の仕上げと並行して外構工事に着手している。建物の基本構造部は、インナースペースを利用した転送合成技術により、3Dプリンターで『描き出す』が如く、数日(建物の規模による)でこの世に"顕在化"する。しかし人の手の入らない建物は実に無機質であり、ここからが職人達の腕の見せ所となる。この日も数十名の職人とサポートアンドロイドらが、建物に命を吹き込むべく、彼方此方で作業を続けていた。
「こちらは、PSIシンドローム長期療養棟となります。同様の施設は、日本でもまだ数は少なく、ここが完成すればIN-PSIDの施設を凌ぎ、日本最大の療養拠点となります。西日本だけではなく、全国、いや世界のPSI医療を牽引していく機関となる事でしょう!」風間は意気揚々と説明する。
「IN-PSIDか。そういえば、先日、我が仙堂会から一人、そちらへの研修を頼んでおったろう。そう……神取という男だ。君がIN-PSIDの所長とは旧知の仲だと言うので、無理を通してもらった……」
「ああ、この間の!いやいや、こちらもスタッフ集めに苦労してましたので、渡りに船でしたよ。これまでも何人か紹介して頂きましたが、彼は特に優秀なようで。先方も人手不足らしく、このままスタッフに欲しいとか言ってましたよ」
「そうか、そうか。彼の今勤めている病院との調整に時間をとられ、急な話になってしまったからな。気になっておったのだ……それは良かった」
「彼には研修明けからこの療養棟のメインスタッフとして入ってもらう予定でいます」
「うむ……」老人は悦に入った面持ちで療養棟の中を見回す。
「ときに風間君よ。そのIN-PSIDだが」
「んっ……何でしょう?」
「いや……些細な話なんだが、警察関係の知り合いからこっそり聞いた話でな……一昨日報道された事件、知っとるか?あのヴァーチャルネットの……何てったかの?……」
「『オモトワ』……ですかな?」
「そうそう、それ。どうやらあれはIN-PSIDが裏で捜査協力したようでなぁ。その甲斐あってか、あのスピード解決じゃ」
「ほほぅ」
仙堂は勇人を舐めるように見上げる。
勇人は背筋の強張りを悟られぬよう穏やかな微笑みを返す。何故か、彼の勘が事の経緯をこの老人に明かすことを躊躇わせていた。
「……それは知りませんでした。捜査協力ということだと、所長(あいつ)も話には出さないでしょうから。まぁ良かったじゃないですか。凶悪な事件でしたからねぇ」「……ん、まぁ、そうだな」
仙堂は作業現場に視線を戻す。「解決したのはいいのだが……あそこの会社の株もだいぶ持っていたのでな。……大損じゃわい」
「それはまた……」苦笑いが溢れそうになるのを風間は押し留める。
「……お前さんのほうはどうじゃい?」
「ヴァーチャルネットは国の戦略もあってJPSIOでは基幹事業に位置づけてますからね。今回の件で日本のネットシステムは、信用ガタ落ち。こっちも大慌てですよ。ただ……」「ただ?」
「私個人はどーもあの『オモトワ』ちゅうヤツだけは性に合わず……」
「んん?何か上手いことやりおったか?」
「いえ、元々一株も持っとりませんでした」
「運のいい奴め」
「運だけで生きとります」「言うようになったのう」
男達の乾いた笑い声は、未完の療養棟に響くまでも無く、現場の作業音の中へと吸い込まれていった。
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