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第4章 燔祭
魂を持つもの 3
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薄く開いた瞼の隙間に、心配そうに覗き込む娘の顔が浮かんでくる。
「おはよう、ママ。具合どう?」
「真世……」
実世は、ベッドの上でゆっくりと身体を起こす。ベトつく室内着を不快に感じながら、持ち上げた手を二、三度開き閉じしてみる。
「……まだ……生きてる……」
「あたりまえよ!そんなに簡単に死ねると思って?」真世は、笑顔の中で無理矢理、唇を尖らせる。そんな娘が、たまらなく愛おしい。
「そうね……貴女のウエディングドレス姿くらいは、見たいものね。ふふふ」「もう!そんなにあたしを追い出したいの?」
嫌味で返す娘をそっと引き寄せると、実世はそっと頭を撫でてやった。
「ありがとう……真世……」「……うん……」
実世は、容態の回復が見られ、三十分程前には、ICUでの治療から解放され、そのまま眠りについていた。担当の医師からは、目が覚めたら療養棟の自室に戻って良いと許可を得ていた。
「動ける?」「え……ええ、何とか」
真世は、ベッドの傍らに車椅子を準備し、母の移動を肩を貸して手伝う。のしかかる体重が、一層軽く感じた。
準警戒態勢とはいえ、IN-PSID近隣であれば、概ね自由行動を認められたインナーノーツらは、各自、所要を満たすべく、すっかり解散していた。いつもなら、直人に何かと絡んでくるサニも、友人からゼミのレポート提出期限が近いとの知らせを受け、彼女達の「勉強会」という名の女子会へと、そそくさと去っていた。
一人、行く当てもない直人は、ミッションからの帰投直前に、<アマテラス>からすっと気配を消したアムネリアが気にかかり、亜夢の居る療養棟へと、何かに突き動かされるように、再び足を運んでしまう。
アムネリアと心重ねている時間……直人は、その束の間に「完全」さを感じ始めていた。しかし、ミッションの終了と共に、「完全」は、忽ち「虚無」という素顔を曝け出す。
「……ここに来たって……」
長期療養棟、亜夢の個室は、扉が空いたまま、裳抜けの殻。アンドロイドが掃除やベッドメイキングをしているのが見える。
ICUに戻されたという事は、上の空で聞いたような気がする。ICUには、関係者でもなければ入れそうにもない。
その場でしばらく待つも、亜夢が戻りそうにない事を察し、踵を返したその時。
「あら……直人くん」
不意に呼びかけられた声に、直人は顔をあげた。
車椅子の実世が、微笑みながら手を振っていた。その後ろに付き添う真世は、驚いたように目を丸めたが、すぐに視線を横に逸らす。
「どうしたの?」「あ、いえ……ちょっと……」
実世の問いかけに、適当な答えが無かった。
「真世」実世は、後ろで素知らぬ顔をしている真世を引き寄せると、耳元で囁く。
「何かあった?」真世は首を振って否定する。
「話でもしてきたら?」「い、いいよ……それよりママ、ベッドに戻らないと。一人じゃ大変でしょ?」「そんなの、介護ロボちゃんに頼むから」
コソコソと小声で話す二人を怪訝に思いながら、直人は視線を泳がせた。ちょうど良く、晴れ渡ったプライベートガーデンが目に入ったので、そこに視線を落ち着かせていた。
「じゃ、私は部屋で休んでるわ」
「ちょ……ちょっと」実世は、車椅子を自分で操作して、引き止める真世に構わず、一人部屋へと入っていく。
「直人くん、またね」「あ、はい」
不意に声をかけられて振り向いた直人は、そこに取り残された真世と、視線がぶつかる。
「いいお天気ねぇ~~」
わざとらしい実世の声が、真世の背中を押す。
「もう、ママったら……」
ふとガーデンを見やれば、南中近くまで昇った陽の光が燦々と差し込み、瑞々しい木々の葉をキラキラと輝かせていた。
直人の方をもう一度見やると、直人は真世の視線に釣られたのか、まだ外のガーデンを眺めていた。
「外……出てみる?」「えっ?」
————
「さて……諸君にお集まり頂いたのは他でもない。あの世界的大災害から二十年、いよいよ我々IN-PSIDの真価が試される事態が迫りつつある……昨晩、我が国全域を襲った大地震によって、それは確信へと至った」
光学表示機器使用のため、窓から入る光が遮光された<イワクラ>の会議室は、薄暗がりの緊張を生み出していた。
単刀直入に切り出す藤川の初めの言葉は、会議室に集まったIN-PSID各支部代表と、フォログラム投影されたオンラインの参加者(慰霊祭に参加できなかった支部の幹部が5名、本部から参加している東と副所長片山、そして国連、PSI利用安全保障会議下、IN-PSID顧問団から1名)らを俄かに騒つかせる。
「どういう事かね、ドクター藤川」
IN-PSID顧問団長を務める、ブレナン・ウォーロックの一言が、場を鎮めた。藤川とほぼ同年代だが、大柄な体躯から発せられる重みのある声は、大勢を一度に掴む力強さがある。
「まずはコレをご覧頂きたい」
ミッションに引き続き、齋藤とアイリーンが藤川の助手を務めていた。齋藤が、<アマテラス>がインナースペースに残した多元量子マーカーから送られてくるデータ解析画像をスクリーンに示す。
模式的に描かれた映像が意味するところを一目で理解するのは、専門家である会議出席者らにとっても難しいところだ。皆、無言のまま、示された図を凝視する。
「今回の地震発生地域の中で、もっともPSI波動収束率の過密領域は、ここ、『諏訪湖』とその周辺だ。これは、この地域に相当する余剰次元の現状を時間、空間変換した模式図。ここを見てくれ……それとここも……」
藤川は、図にポインターを表示すると、幾つかの濃赤色に染め上がった箇所を指し示しながら、非常に短期間の間に現象化する可能性を示唆する。
一同は固唾を飲んで、藤川の指し示す図に注目する。
「……アイリーン、ミッションの録画を」
「はい」アイリーンは、まとめたばかりの資料から、画像処理を施し、より見やすくした動画を自端末からスクリーンに共有した。
すると、今度はどよめきが会議室を包み込む。
科学畑の出席者らであっても、感覚に直接的に訴えかけるビジュアルの方が理解が速い。こと、インナースペースは、数式よりも膨大なイメージデータから描き表す他、有効な手立てがない領域も未だ多くある。理論、理屈……そういう手法は、この現象界という限られた世界に於ける、特殊な方法論であることを藤川も、彼らも受け入れてきた。
インナースペースを科学の俎上に上げて以来、その認識には、直感、感覚、感情といった、科学の世界から締め出そうとしていた、より本能的で、情緒的な世界を感じとる力を求められてきたのである。……皮肉なものだと、藤川は思う。
「また『蛇』……か。しかもこれは……」
一同の反応が落ち着いた頃、先日のミッションに立ち会った、アメリカ支部代表のマークが口を開く。
「まさに……魔窟……」EU支部のハンナは口を戦慄かせる。昨晩のミッションといい、今目の前の光景といい、彼女は生理的な嫌悪感を禁じ得なかった。
「おはよう、ママ。具合どう?」
「真世……」
実世は、ベッドの上でゆっくりと身体を起こす。ベトつく室内着を不快に感じながら、持ち上げた手を二、三度開き閉じしてみる。
「……まだ……生きてる……」
「あたりまえよ!そんなに簡単に死ねると思って?」真世は、笑顔の中で無理矢理、唇を尖らせる。そんな娘が、たまらなく愛おしい。
「そうね……貴女のウエディングドレス姿くらいは、見たいものね。ふふふ」「もう!そんなにあたしを追い出したいの?」
嫌味で返す娘をそっと引き寄せると、実世はそっと頭を撫でてやった。
「ありがとう……真世……」「……うん……」
実世は、容態の回復が見られ、三十分程前には、ICUでの治療から解放され、そのまま眠りについていた。担当の医師からは、目が覚めたら療養棟の自室に戻って良いと許可を得ていた。
「動ける?」「え……ええ、何とか」
真世は、ベッドの傍らに車椅子を準備し、母の移動を肩を貸して手伝う。のしかかる体重が、一層軽く感じた。
準警戒態勢とはいえ、IN-PSID近隣であれば、概ね自由行動を認められたインナーノーツらは、各自、所要を満たすべく、すっかり解散していた。いつもなら、直人に何かと絡んでくるサニも、友人からゼミのレポート提出期限が近いとの知らせを受け、彼女達の「勉強会」という名の女子会へと、そそくさと去っていた。
一人、行く当てもない直人は、ミッションからの帰投直前に、<アマテラス>からすっと気配を消したアムネリアが気にかかり、亜夢の居る療養棟へと、何かに突き動かされるように、再び足を運んでしまう。
アムネリアと心重ねている時間……直人は、その束の間に「完全」さを感じ始めていた。しかし、ミッションの終了と共に、「完全」は、忽ち「虚無」という素顔を曝け出す。
「……ここに来たって……」
長期療養棟、亜夢の個室は、扉が空いたまま、裳抜けの殻。アンドロイドが掃除やベッドメイキングをしているのが見える。
ICUに戻されたという事は、上の空で聞いたような気がする。ICUには、関係者でもなければ入れそうにもない。
その場でしばらく待つも、亜夢が戻りそうにない事を察し、踵を返したその時。
「あら……直人くん」
不意に呼びかけられた声に、直人は顔をあげた。
車椅子の実世が、微笑みながら手を振っていた。その後ろに付き添う真世は、驚いたように目を丸めたが、すぐに視線を横に逸らす。
「どうしたの?」「あ、いえ……ちょっと……」
実世の問いかけに、適当な答えが無かった。
「真世」実世は、後ろで素知らぬ顔をしている真世を引き寄せると、耳元で囁く。
「何かあった?」真世は首を振って否定する。
「話でもしてきたら?」「い、いいよ……それよりママ、ベッドに戻らないと。一人じゃ大変でしょ?」「そんなの、介護ロボちゃんに頼むから」
コソコソと小声で話す二人を怪訝に思いながら、直人は視線を泳がせた。ちょうど良く、晴れ渡ったプライベートガーデンが目に入ったので、そこに視線を落ち着かせていた。
「じゃ、私は部屋で休んでるわ」
「ちょ……ちょっと」実世は、車椅子を自分で操作して、引き止める真世に構わず、一人部屋へと入っていく。
「直人くん、またね」「あ、はい」
不意に声をかけられて振り向いた直人は、そこに取り残された真世と、視線がぶつかる。
「いいお天気ねぇ~~」
わざとらしい実世の声が、真世の背中を押す。
「もう、ママったら……」
ふとガーデンを見やれば、南中近くまで昇った陽の光が燦々と差し込み、瑞々しい木々の葉をキラキラと輝かせていた。
直人の方をもう一度見やると、直人は真世の視線に釣られたのか、まだ外のガーデンを眺めていた。
「外……出てみる?」「えっ?」
————
「さて……諸君にお集まり頂いたのは他でもない。あの世界的大災害から二十年、いよいよ我々IN-PSIDの真価が試される事態が迫りつつある……昨晩、我が国全域を襲った大地震によって、それは確信へと至った」
光学表示機器使用のため、窓から入る光が遮光された<イワクラ>の会議室は、薄暗がりの緊張を生み出していた。
単刀直入に切り出す藤川の初めの言葉は、会議室に集まったIN-PSID各支部代表と、フォログラム投影されたオンラインの参加者(慰霊祭に参加できなかった支部の幹部が5名、本部から参加している東と副所長片山、そして国連、PSI利用安全保障会議下、IN-PSID顧問団から1名)らを俄かに騒つかせる。
「どういう事かね、ドクター藤川」
IN-PSID顧問団長を務める、ブレナン・ウォーロックの一言が、場を鎮めた。藤川とほぼ同年代だが、大柄な体躯から発せられる重みのある声は、大勢を一度に掴む力強さがある。
「まずはコレをご覧頂きたい」
ミッションに引き続き、齋藤とアイリーンが藤川の助手を務めていた。齋藤が、<アマテラス>がインナースペースに残した多元量子マーカーから送られてくるデータ解析画像をスクリーンに示す。
模式的に描かれた映像が意味するところを一目で理解するのは、専門家である会議出席者らにとっても難しいところだ。皆、無言のまま、示された図を凝視する。
「今回の地震発生地域の中で、もっともPSI波動収束率の過密領域は、ここ、『諏訪湖』とその周辺だ。これは、この地域に相当する余剰次元の現状を時間、空間変換した模式図。ここを見てくれ……それとここも……」
藤川は、図にポインターを表示すると、幾つかの濃赤色に染め上がった箇所を指し示しながら、非常に短期間の間に現象化する可能性を示唆する。
一同は固唾を飲んで、藤川の指し示す図に注目する。
「……アイリーン、ミッションの録画を」
「はい」アイリーンは、まとめたばかりの資料から、画像処理を施し、より見やすくした動画を自端末からスクリーンに共有した。
すると、今度はどよめきが会議室を包み込む。
科学畑の出席者らであっても、感覚に直接的に訴えかけるビジュアルの方が理解が速い。こと、インナースペースは、数式よりも膨大なイメージデータから描き表す他、有効な手立てがない領域も未だ多くある。理論、理屈……そういう手法は、この現象界という限られた世界に於ける、特殊な方法論であることを藤川も、彼らも受け入れてきた。
インナースペースを科学の俎上に上げて以来、その認識には、直感、感覚、感情といった、科学の世界から締め出そうとしていた、より本能的で、情緒的な世界を感じとる力を求められてきたのである。……皮肉なものだと、藤川は思う。
「また『蛇』……か。しかもこれは……」
一同の反応が落ち着いた頃、先日のミッションに立ち会った、アメリカ支部代表のマークが口を開く。
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