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第4章 燔祭

魂を持つもの 2

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 IMCでは、<アマテラス>の持ち帰ったミッションデータと<アマテラス>が投下した多元量子マーカーから送られてくる情報を元に、さっそく諏訪湖余剰次元時空間の解析用モデルの構築にあたっている。

「できました!東さん」「よし、メインへ出してくれ!」

 IMC中央パネルに不鮮明ながら、何とか景観と形を描く処理画像が表示される。同じ画面は、<イワクラ>オペレーションブリッジにも共有された。

 波動収束次元成分を虹色、時間成分を色の濃淡で表現した、さながらサーモグラフィーの様な映像である。僅かながら音声への変換もされているが、意味のある言葉に翻訳される事なく、異音、奇音が時々現れる程度であった。

「これで限界か?」東は、サブパネルに示された、<アマテラス>がミッションで記録した録画と比較しながら確認する。

「ええ。亜夢あの子抜きじゃ、こんなもんですよ」田中が愛想もなく言い返した。

 既に亜夢は、真世に付き添われ、収容カプセルごとICU区画へと戻されている。空になったIMCの南側半分、ミッション対象受容エリアを東は、無言で顔を顰めたまま見詰めた。

「亜夢……『メルジーネ』の力がなければ、このエリアの様相すら掴めなかったな」藤川の一言は、ムッとなる東に、さながら追い討ちとなる。

「あ、でも風間くんの生体サンプリングの解析が終われば、ビジュアル構成もいくらか再現出来ると思いますよ」田中は椅子の上で軽く身体を伸ばしながら、フォローとばかりに補足した。

 東は、面白くない顔のまま、モニターの先の藤川を見据える。

「所長。亜夢の事ですが。今回は仕方なかったにしても、今後、どうするつもりなのですか?」「またその話かね?」

「亜夢の能力は、私も認めます。今回のミッションも彼女のおかげによるところが大きい。ですが、このままズルズルと彼女に頼るようでは……」

「わかっとる……」

「それに、あの力。アレは一度は対峙した『メルジーネ』なのですよ。我々はまだアレについて、何一つわかっていないに等しい」

 背後で、自動ドアが開く。その事に気づくこともなく東は話を続けていた。

「……直人との関係も。二十年前のあの地震は、直人と『メルジーネ』の接触が引き金となった……その二人がミッションの間、魂レベルで接触する。有り体に言いますが、危険過ぎます。下手をすれば二十年前の繰り返し……」

 そう言いかけたところで、東は、藤川が何やら視線で合図している事に気づき、振り返った。

「……直人……」

 ミッション後の検査等、既定のメニューを終えたインナーノーツが、IMCへと戻ってきていた。

 東の話を大方、聞いていたのであろう。直人は、俯き視線を横に落としていた。

「……すまん」「いえ……」

「チーフ、事後プログラム、全て終わりました。全員、異常ありません」

 カミラは、何事もなかったかの様に平静のまま、ミッション終了チェック項目が示されたタブレットを手渡す。

「あ、ああ。現時刻を持って、ミッション終了とする。ただ、地震の影響はまだ全容が見えていない。それに……」

 東は、モニター全面に映し出された解析画像へと向き直る。インナーノーツも追従してモニターへと視線を向ける。

「君たちが探索し当てたコレが、いつこちらに現れるとも限らん。申し訳ないが、状況がはっきりするまで、準警戒待機とする」

 東は、インナーノーツの方にもう一度向き直り、続けた。

「帰宅、市街地への外出は構わないが、呼び出しの際は、30分以内で集合できる範囲に居るように」

「わかりました」「では解散」

 インナーノーツ一同は、入ってきた入り口からIMCを後にする。仲間から、幾分距離をおいて、後ろに続く直人が東の目に留まる。

「……な、直人っ」

 思わず呼び止めた東の声に、直人はふと立ち止まる。だが、東もかける言葉が見当たらない。

「……いいんです……」振り向きもせず、俯いたまま一言を残し、直人はその場を後にする。

 東は、ただ固く拳を握りしめる事しかできなかった。

「さて……と。ワタシも休憩してきます。イイっすよね?」朝一から張りつきっぱなしであった田中を引き止める理由もない。

「……ああ、午後は戻ってくれ」「わかってますよ」
 
 田中は、その場の空気を嫌ってか、足早に退室していった。

「東くん」モニターの向こう側から、藤川が呼びかけてくる。

「は、はい」「……ちょうど良い機会だ。今後の対応を各支部代表らと協議する。キミも片山くんと一緒に入ってくれ」「……わかりました」

 モニターの向こうで、藤川が腰を上げる。

「……今日のうちには戻る。亜夢のことは、戻ったらゆっくり話そう」そう言い残すと、会議室への案内に齋藤を伴い、藤川も<イワクラ>オペレーションブリッジから去ってゆく。

「くっ……」残された東は、やり場なく俯いたまま、<イワクラ>との通信回線を閉じようとした。

「チーフは正しいと思います。わたしは」

 澄んだ声が東の手を止めた。

「アイリーン……」

 視線を上げると、モニターの向こうで、一人残って残務処理をしていたアイリーンが、小さく微笑んでいた。

「二度と……あのような災害を起こしてはならんのだ……我々は」

 東は目を伏せ、呻くように呟く。

「ええ。わかってますよ、みんな。だからチーフみたいな人、必要なんです」

 東は、目を丸く見開いて顔を上げた。

「あ……ありがとう……アイリーン」

 呆気に取られたような東の顔がツボだったのか、アイリーンはクスクスと、小さな笑いを溢していた。

「……何か……おかしかったか?」

「い、いえ。すみません。……こちらで収集したデータ、もう少しでまとまります。出来たらすぐに送りますね」

「あ……ああ、頼む」アイリーンは、もう一度、東の方へ笑顔を向け、通信モニターを落とした。東は、暫し無言のまま、暗転したモニターを見つめていた。
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