ヴィーナスリング

ノドカ

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第1章 パペットマスター

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 畑での戦闘が終わった後、僕と虎之介はそのまま、町内にある研究施設に運ばれた。肉体的にはまったく問題が無いのだけど、脳へのダメージを心配してランド側からも人員が派遣されるなど思った以上に大事になってしまっていた。

 この町は過疎ってはいるけど実はすごい施設が2つある。1つはランドとA.iの研究施設、もう1つはランドのデータセンターだ。ランドのデータセンターは世界中にあるけど、設置場所、規模、設置数などほとんどが謎だったりする。
 噂では周りを山や谷で囲まれたとにかく広い敷地に設置され、冷却用の水源が近くにあり、大型トレーラーが行き来できる道路と検問所があり、周囲をいつも偵察用のドローンが周回していると言われている。国内にもランドのデータセンターではないかと噂されている場所がいくつかあるけど、そのどの場所よりもこの町の噂になっている敷地は大きい。
 噂になっている敷地、ほとんどが山なんだけど、とにかく広大な町の所有地だったのにいつのまにか国有地に変わっている。また、山に続く道路も元々片側1車線の狭い道路だったのに片側2車線、しかも大型トレーラーも通行できるほどの立派な道路に変わって検問所もできた。これだけでも怪しいのにさらに、建設が行われたと思われる時期にはたくさんの大型トレーラーが資材を積んで登っていったが、トレーラーの運転手によると、途中に設置された資材置き場までしか登れなかったそうだ。資材置き場では無人のパワードスーツと搬送用ドローンが動いていて人影一つ見なかったそうだし、資材の量的には十分大型施設を作れるくらいは運んだそうだ。もちろん、データセンターに必要なサーバもかなり運ばれた。これだけの情況証拠からみて、おそらく、ランドのデータセンターなんだろうと皆思っている。

 A.iとランドの研究施設は、データセンターがあると噂されている山と町のほぼ中間にあって、広大な敷地に設置されている。また、非公開のデータセンターと違って、誰にでも公開されているし、僕と美咲の両親の職場でもある。さらに地元貢献の一貫で僕らの学校にパペットシミュレーターをアップデート付きで寄贈してくれたありがたい施設だったりする。ただ、こんな田舎にすごい研究所がある事自体、ランドのデータセンターが近くにあるという証拠だよね。
 僕と虎之介が研究所に連れられてくると美咲の両親が玄関で待っててくれた。施設に入ると、簡単なセキュリティチェックを受け、僕らは別々に脳のチェックを受けることになった。

「冬弥くん、頭が痛かったり、物がダブって見えたりしないかな? 」
「いえ、問題ないです。ライラにチェックしてもらって問題なかったし、なんか大げさですよ」
「いやいや、そんなことはないよ。脳へのダメージは後から出ることだってあるし、エンジェルがわからないこともあるから、よく調べておこう、ご両親もすぐに来るから」

 美咲の親父さん、江藤辰一郎さんは物腰が柔らかく安心感がある。対して、美咲のお母さん江藤咲さんは怖いほど的確にキビキビと指示を出す、さすが美咲のお母さんと思う。虎之介は咲さんに次々と質問されて戸惑っていた。

「よし、CTやMRI、脳波は問題ないね。それにエンジェルもOKだね。虎之介くんは帰ってよし! こちらで送らせるから。それと、冬弥くんは高木さんが待ってるから、こっちに来て頂戴」
「わかりました。虎、また学校でな」

 研究所とはいえ、大病院並に検査機器が揃ってるから僕らは頭をいろいろチェックされたけど、エンジェル含め、二人共問題がなくてよかった。検査のしすぎでくらくらするけど。
 
 虎と別れて僕と咲さんは2階にある親父達の研究室までやってきた。
「お、来たか、どうだった? 」
「問題ないって。みんな騒ぎすぎなんだよ」
「また、この子は! どれだけ心配したと思っているの! 危ないミッションはやらないでって言ってたでしょ! 」
 僕も美咲の家も「かかあ天下」なので男の立場は無いらしい。

「さて、冬弥くん、最後に襲いかかってきたパペットについて教えてほしいことがあるんだけど、いいかな? 」
 辰一郎さんは皆にテーブルにつくように促すと、ライラが撮っていた映像をプロジェクターで映し始めた。

「冬弥くん、最後に戦ったこのパペットのマスターはランクSSSのリック・サムエルという、君と同い年の少年だよ。君がめった打ちされたのも仕方ない。でだ、この少年が去り際、君に対して何か言ってるようなんだが、ライラのデータでも拾えなかった。何を言われたか覚えているかい? 」
「なんだったかな? なんとかモード? になっている、だったかな」
「そうか、そんなことを言っていたのか......うむ。高木さん、タイミングが来たということかもしれないですね」
 
 親父と母さん、江藤夫妻は深刻な顔で僕を見ていた。な、なんだよ、怖い顔で見ないでよ。た、タイミングってなに?

「冬弥、お前、ライラとパペットに乗っている時に違和感を感じたことがないか? 」
「え? 特に無いよ。それにパペットの操縦はライラに任せてるし、なあ、ライラ、通信に問題なんかないよな? 」
 ライラは答えなかった。なんだよ。みんな、おかしいぞ。
「冬弥、今から言うことは他言無用。特に美咲ちゃんにな」
 親父はそういうと、僕の体に隠されている秘密を教えてくれた。

 親父たちの説明によると、僕はランクSSSであるらしい。ただ、生まれた時、体が弱かった僕は親父達によって研究中だった「自制モード」と呼ばれるランク制限を付けられたらしい。自制モードはナノマシンによって制御されており、僕の場合は「ランクA」として生活できるようにナノマシンによってランクが制限されている。ナノマシンは埋め込まれた本人にも気付かれずに動くことができる。もちろん僕は気づかずに今まで生活してきた。ただ、ライラにはナノマシンの制御や「ランククラッシュ」と呼ばれる暴走状態を防ぐために特別なプログラムが追加されている。

「えーと、何から聞いたらいいのかわからないんだけど、簡単にいえば僕は親父達からランクを制限されていて、リックにはそれを見透かされた、ということでいいの? 」
「そうだ、お前は知らんだろうが、ランクSSSは世界で10人しか確認されていない。ランクSSSはランドでは神とも言える力を発揮できるからね、国家が管理するほどの貴重な人材なんだ。お前も生まれてからずっと国から監視されている。この研究所やデータセンターがあるのもお前がいるからと言ってもいい」
 
 さてさて、変な方向に話が進み始めてるぞ。理解しようとがんばってるけど、脳がすでにオーバーフロー状態だ。

「うーん、正直、よくわからないよ。ランクSSSじゃない理由は体が弱いからというのはわかったけど、だからってなんなの? 」
「ああ、そうだな、論より証拠。お前も15だし、さっきの検査で身体的にはランクSSSに耐えられると判定されている。お前が希望するなら自制モードを解除することもできる、どうだ、ランクSSSなってみたいか? 」
「そりゃあ、興味はあるよ。あのリックってやつとも勝負ができるなら。でも、どうやったらいいの? それに、今まで抑えてていきなり開放して僕は大丈夫なの? 」
「冬弥くん、意外と賢いわね、高木さん、もう少し、詳しく説明してあげてもいいかもしれませんね」
 美咲のおふくろさん、咲さんは僕をいつも子供扱いしてるけど、今の咲さんは僕をじっと見つめて安心したように微笑んでいた。

「冬弥、ランクSSSはランドでエンジェルと同じ存在になると言ってもいい。さらに言えば、エンジェルを運用しているランド、そしてランドを統括するビーナスと直接対話ができる存在でもある。この凄さがわかるか? 」
「すごいってことはなんとなく分かるけど具体的には......」
「そうだな、じゃあ、こう考えてみろ、ランクSSSはランドで行われていることをHMD越しではなく、脳で直接理解し、現実と同じように動ける、としたら? 」
「え? それはすごいよ。僕らは見るか、聞くかでランドを感じてるだけだし、それをエンジェルと同じように理解できるなら、ランドはリアルじゃないか! 」
「そうだ、お前はランドで生きることができる。体というカセを解き放ってね。ただ、それにはいくつか不都合なことがあるんだよ」
 
 親父はそういうと、母さんに別な動画を頼んでいた。そのビデオは僕ともう一人の女の子、美咲? が一緒に遊んでいるビデオだった。

  

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