ヴィーナスリング

ノドカ

文字の大きさ
上 下
9 / 45
第1章 パペットマスター

1−8

しおりを挟む
 ビデオの中で僕らはテニスコート数面は入るであろう広いドーム空間で追いかけっこをしていた。数分後、突然、美咲が頭を抱えて苦しみだすと空間が黒く変色し始め、僕の体と美咲の体も溶け始めたところでビデオは終わっていた。

「この時のことをお前は覚えていないだろう? 美咲ちゃんとお前は3歳の時にこの研究所で遊んでいたことがある。そして、悲劇は突然起きた。美咲ちゃんが自分の力を抑えられなくなり、能力の暴発『ランククラッシュ』が起きた。ランククラッシュはランクSSSの持つ能力によって起こる事象が異なるが、多くの場合、ランドに対して何らかの強い影響が出る。美咲ちゃんの場合はランドへの干渉能力が暴発した」
「ま、待ってよ、美咲の力? もしかして美咲も? 」
「そうだ、彼女もお前と同じランクSSSだ。もちろん、今は彼女の力はナノマシンによって抑えられているけどね。ランククラッシュの結果、彼女の周りを中心にランドは破壊されていき、彼女のエンジェルも犠牲になった。お前もあと少し対応が遅かったら脳への侵食がおきて壊されていたかもしれない」
「ランドからの干渉で脳が壊れる? ありえないでしょ! そんな力が美咲に? 」
「あの当時はセキュリティが甘かったからね、ランクSSSが本気を出したらエンジェルくらい今でも破壊できるよ。ランドは防御壁が強くなっているから大丈夫だけどね。もしかしたら、人間の脳にだってトラウマとしてダメージを与えることだってできるかもしれない。それに、お前にはナノマシンが入っているからさらに危険だ。ナノマシンは脳とランドの接続を強めるから、彼女からお前の脳へ強い干渉が起きても不思議はなかったんだ。暴走した美咲ちゃんをランドから強制隔離するのが遅れていたら、お前はこの世にいなかったよ」

 その場にいた全員が僕の方を見つめていた。僕自身は何も考えられず、呆然としていた。
「正直、よく分からないことだらけだよ。そんなに危険な存在が僕と美咲? いやいや、普通に来年受験の中学生だよ。パペット戦が楽しみな中学生だよ、そんな大それた存在じゃない!」
「今日、すべてを理解しなくてもいい。覚えておいて欲しいのはランクSSSの力はものすごいものだが、自制モードで十分抑えられるってことだ。お前も美咲ちゃんもこれまでどおりの生活ができるし、お父さん達もそれを望んでいる。それと、ランクSSSの力はいくつか種類があること。例えば、美咲ちゃんは空間やモノへの干渉能力、お前は空間把握能力だ。お前がパペット戦で戦況分析を好む戦闘スタイルなのは自分の持っている能力を自然と活かそうとしていたのかもな。さて、ここまで話したのは冬弥には今日からランクSSSの力を扱うための訓練を始めてもらうからだ」

 そういうと、親父は「腕輪」を僕に手渡した。そして、右腕にはめると皮膚に溶けこむように抜けなくなった。
「え? ぬ、抜けないよ、これ、なに? 」
「それは、ビーナスリングというHMDの代わりをしてくれるデバイスだ。お前のようにナノマシンを埋め込まれた人間用に開発してきた。それをつけていればHMD無しでランドが見えるはずだが、どうだ?」
 親父から促されて周りを見てみたら、HMDが無いのにライラが目の前にいた。

「ライラがいる......ほんとにライラなの? え? ライラってこんなに柔らかかったのか?」

 僕の前にいるライラは、これまでHMDで見ていたのとは全く違う「リアルなライラ」だった。あまりにリアルだったから、つい、いろいろと触ったり、突っついてみた。そこには15歳の女の子がいて、柔らかい、それでいてハリのある皮膚があった。ライラは戸惑いながらも恥ずかしそうにしていた。僕は調子に乗って胸をつついてみた。だって、HMDで見るよりはるかに大きかったし、いや、巨乳好きってわけじゃない、女の子の胸を触ったことなんてなかったし、理性で興味を抑えられなかった。

「ど、どこを触ってるんですか! このスケベ! 」  
「い、いやいや、ご、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ。ほんとだって! 」
 目の前のリアルがリアルすぎて、頭のどこかで認めたくないという気持ちもあったし、ほんとに冗談のつもりだったんだよ。

「冬弥、わかったか。お前が見ているのが真のランドだ。そして、ビーナスリングを使ったワイヤレスリンクシステムの成果だよ。腕輪の形をしているがいろいろな形にビーナスリングは加工できる。仕組みとしては、お前の中にいるナノマシンがビーナスリングを介してランドに接続する。通信量はこれまでとは桁違いでナノマシンはデータを元に視神経など神経繊維に直接電気信号を与える、するとどうなるか? 脳はエンジェル含め見えているランドをリアルとして認識する」
「すごいんだけど、なんか気持ち悪い、ライラがうすっぺらくない、い、いやいや、エッチな意味じゃなくて、その、女の子だったんだなって思って」
「そりゃそうですよ。冬弥、私達エンジェルは電子の肉体を持っているんです。HMDだとそれがうまく伝わっていないのです。だ、だからといってさっきみたいにエッチな事はしないでください! 」

 その場にあったピンと張り詰めた雰囲気は一気になくなったけど、咲さんの一言でまた引き締まった。
「冬弥くん、美咲にもナノマシンが入っているし、自制モードにもなっている。特に美咲の場合は君と違ってエンジェルを目の前で失ってしまったのでトラウマになっているみたいなの。だから、SSSのことは絶対に口外しないで。冬弥くんがSSSの能力に慣れて、それから美咲をリードして欲しいの。危険なことだけど、冬弥くんにしか頼めない、勝手なお願いだけど聞いてくれないかしら」
 普段の強気な咲さんはそこには無く、娘を思いやる母親の顔があった。
「僕は正直、この力? というのかな、能力にまだ戸惑っているし、理解もできていません。でも、美咲が暴走して危ないことにならないよう守りたいと思っています。どこまでできるかわからないけど」
「よく言った冬弥、それでいい。じっくりと自分の能力について考えればいい。それまではビーナスリングを使ってランドとエンジェルを再認識するといい。ビーナスリングは皮膚と一体化する同化機能があるから、誰にも気づかれないよ。ただし、このシステムはまだまだ使えるところが限られている、町内なら問題なく使えるけど、町から出ると使えないところも多い。一部の人間しか知らないデバイスだから、パペット戦は出来る限りHMDをかぶって行うようにしてくれ。あと、ライラとのいちゃいちゃは節度を持ってな」
「お、親父ぃ!」

 重大なことを一気につめ込まれて僕の頭のなかは爆発寸前だった。研究所からは母さんが車で送ってくれたけど車中で何を話したか覚えていないほど頭が混乱していた。ただ一つ、美咲を守らなくちゃいけないことだけはライラと心に決めた。

 

  
 

しおりを挟む

処理中です...