ヴィーナスリング

ノドカ

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2章 パペ部

2−5

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 沙織とリューグナーの試合当日、朝練の時間よりもさらに1時間早く部室に皆集まった。沙織は昨晩からずっと、今日の戦いについて小町とシミュレーションしていたようで、目の下がちょっとくすんでいた。
「おはよう、沙織、あまり寝てないの? だめよ、少しは寝ないと」
「大丈夫だよ。美咲ちゃん。小町ちゃんも手伝ってくれたし、いい試合ができると思う」
 沙織は美咲から差し入れのサンドイッチを受け取ると、一口食べてすぐにヤーチャンと打ち合わせの続きに戻った。
 沙織はパペット戦では個人戦をあまりしない。いつも小町や美咲のバックアップとしてスナイパー要員で参加することが多い。個人戦を僕や虎之介が何度か申し込んでいるけど「興味がないの」といつも断られていた。だから、この部で沙織と個人戦をしたことがあるのは小町くらいなんだよね。自分のせいでこんな試合になってしまったけど、実は沙織の個人戦を僕は純粋に楽しみにしていたんだ。

「なあに言ってるの! 勝つのよ。冬弥はどうでもいいけど、沙織自身のために、負けちゃだめ」
 小町はムックンから沙織の戦闘パターンの改良案を受け取ると「負けない試合」のための戦闘パターンについて、サンドイッチを頬張りながら検討していた。
「勝たなくていいの。負けなければ......たぶん、彼すごく強いと思うの。私や美咲でも格闘戦で勝てるか分からない。沙織の実力はわかってるけど、やっぱり、ここは無理をせず時間いっぱい受けて受けて、隙ができるのを待つしかない」
 僕は小町の冷静な判断に驚いた。猪突猛進を体で表現しているような小町が「敵の動きを見て戦え」だなんて。小町はリューグナーの実力は分らないだろうけど、リューグナーの危険性には気づいているのかもしれない。女の勘? ってやつかな?
「小町ぃ、なんだぁ、おまえ、もしかしてビビってるのか? リューグナーがいくら色男でもパペット戦が強いとは限らないだろ? 」
 虎之介の挑発にいつもならすぐに拳で反応する小町だったが、今日はいつになく大人しかった。
「違うわよ。あんたたち気付かなかったの? 沙織と戦った時のデータ見なおしてたら、彼、ノーマルパペットの稼働率が96%を超えてるの。いいえ、正確にはノーマルパペットの稼働限界を超えてて、エンジェル側で無理やり抑えてた感じ。私や美咲ががんばったとしても85%がいいところなのに。分かる? 沙織がどんな相手と戦うことになったのか? 」
 部室は一気に静まり返り、空調やコンピュータのファンの音だけが響いている。
「まさか、そんな、だって、あいつ初心者とかいってなかったっけ?」
 僕はそう言いながらも、先日の農園での戦闘を思い出し、奴じゃないことを祈っていた。
「真相はわからない。でも、このままじゃ、沙織は勝てない、あっという間に負けちゃう。昨日からいろいろシミュレーションしてるのに全然いい戦法が出ないの、何度やっても沙織が負けちゃう......さ、沙織が、リューグナーなんかに......」
 小町が言葉に詰まるほど事は深刻さを増していた。美咲から試合の放棄も提案されたけど、沙織はあくまでも戦うことを選んでいた。
「沙織、僕にできることは多分無い、それどころか、こんなことになってほんとうにごめん、だからな、無理に試合をすることなんてないだよ......」
 沙織は何も言わずに僕をじっと見つめていた。そこにはいつものかわいい沙織じゃなくて、強い意志で戦士として戦うことを決めた沙織がいたんだ。
 ......そうか、わかった。もう何も言わない。僕も覚悟を決めた。

「勝てよ。試合まで時間はまだある、何か方法はあるはずだ。みんなで考えよう」
「まったく、バカ冬弥は、お前のせいでこうなったんでしょうが! 」
 美咲からは足蹴りを食らって骨が軋むほどの痛みがあったけど、場の空気は少し軽くなったようだ。さて、あのリューグナーにどうしたら勝てるのか。放課後まで8時間。何か方法はないか。

 午前中の授業は頭に入ってこなかった。虎之介に言わせれば「試合があってもなくても、お前はどうせ授業なんか頭に入らないだろ? 」とか言っていたがそんなことは無い。たぶん。
 お昼は部室に自然と皆が集まり、いろいろシミュレーションをしてみたけど、やはり、格闘戦で沙織がリューグナーに勝てる見込みは皆無だった。そんなとき母さんからランドでの家族(プライベート)ラインで呼び出しがあった。
「冬弥、調子はどう? 沙織ちゃん勝てそう? 」
「えっどうして知ってるの? 」
「冬弥のことならなんでも分かる、なんていってもお母さんだから! なんてのは嘘。ライラちゃんから相談を受けてたのよ。もしかしたら、冬弥が農場で攻撃を受けたリックとリューグナーくんが同一人物じゃないかって。それで、あの時のデータと前回の沙織ちゃんの戦闘データを見なおしてみたわけ」

「えっ! 農園での戦闘データは一般公開されて無いはずだけど、どこから手に入れたの?」
 母さんはランド研究者という一面の他に、凄腕ハッカーとしていろいろな方面にツテがあるらしい。そういえば、父さんも冗談っぽく話してたな「母さんを敵にしたら、リアルどころかランドでも生きていけないぞ」って。あの話冗談じゃなかったんだ......
「リューグナーくんは恐らくリックとみて間違いない。しかも、ランクSSSね。沙織ちゃんとの試合ではエンジェル、ケティ? だったっけ? 彼女がうまく隠したようだけど、母さんの目はごまかせないわ、農場で冬弥と戦った時と同じ兆候が戦闘データに見つかったもの。十中八九間違いなく彼はリックね」
「今日の試合はノーマルパペットを使うけど、ランクSSSの力は発揮される? 」
「ランクSSSの力はパペットの能力に関係無いことも多いわよ。美咲ちゃんがそうだしね。リックはパペットに影響されず、能力を自由に使える可能性を考えておいたほうがいいわ。でも、さすがに彼も大勢が見ている前で使いたくないでしょうから、うまく能力を抑えて戦うと思うけどね。それに彼の能力が操作系なら、そうね、例えば、エンジェルやパペットのセンサー系を一時的に鈍くすることも可能かも知れないし、そうなったら外部からチェックしていてもわからないかもしれない」

 ランクSSSの力はいろいろあるとは聞いたけど、まさかパペットやエンジェルを操作できるなんて思いもよらなかった。沙織のエンジェル『ヤーチャン』は、知力も鍛えているエンジェルだから、美咲や小町のエンジェルよりもハッキングには強いと思いたいけど、ランクSSSの能力からは逃げられないかもしれない。ますます、沙織が不利じゃないか。

「冬弥? 冬弥! 聞いてるの? 冬弥の力が必要になるわよ。いい? よく聞いて。貴方のランクSSSの力で試合会場だけではなく、学校周辺も含めてチェックするの、そして怪しい動きを見つけたらすぐに教えて頂戴、パペット戦への介入許可はとってあるからいつでも助けてあげる」
 母さんがいう ”僕が持つランクSSSの力” なら試合の状況はすべて分かるのかもしれない。でも、僕は力があることを今まで知らなかったわけだし、どうやったら使えるのかも分からない......母さんにそのことを伝えると「ライラが助けてくれるわよ」と言うだけだった。これまでも母さんがライラにいろいろ ”教えた(新機能追加)” ことはあるけど、”力の解放” も教わっているということか。
「えっ! ぶっつけ本番? テストしないの? 」
「大丈夫よ、ライラちゃんを信用しなさい、えっ? 母さんのプログラムだから怖い? ふふふ、母さんの力を疑っているのぉ? 冬弥、そんなこと言ってると、後でお仕置きしちゃうわよ?」
 母さんが笑いながら僕に話す時はやばい事が多い、特に目がマジなときは特に......でも、今は使えるものはなんだって使うさ、沙織の勝利のためならね。


















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