ヴィーナスリング

ノドカ

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2章 パペ部

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 昼休みをめいっぱい使って話し合った結果、沙織は序盤の格闘戦から早めに距離をとって沙織の得意な銃撃戦に持ち込み、時間いっぱい逃げ切って、時間切れを狙う作戦を選んだ。
 僕は沙織が格闘戦を苦手だから射撃戦にするんだと思っていたんだけど、小町に言わせると「沙織の格闘戦? そうね、私よりは下だけど、冬弥、アンタより確実に上よ、特にナイフなら、アンタなんか2分持たないわよ、でも、今回はより確実に戦える方を選んだほうがいい」と言うことだった。格闘で僕より上? しかもナイフで? あのやさしい沙織がナイフを持って僕を襲ってくる、想像したら背筋が凍った。射撃に優れていて、格闘もそれなりに出来る。実はパペ部で最も厄介なプレーヤーじゃないか! 

 午後の授業もやっぱり頭に入ることはなく、試合のことばかり考えていたけど、いい方法は思い浮かぶことなく放課後になってしまった。部室に行くと、試合のことがリューグナーの追っかけ女子にも広まっており、遠くからでも分かるほど廊下中に女子の声が響いていた。しかも、彼女たちはなぜか殺気立っていた。彼女たちに言わせると「沙織がリューグナーに交際を条件に試合を申し込んだ」ことになっており、真実を知っているパペ部のメンバーで誤解を解こうとしたが、まったく聞く耳を持ってもらえず、逆に彼女たちをますます煽ってしまった。
「リューグナー様に交際を申し込むなんて、なんて生意気なの! 沙織って子、大人しいように見せかけて実は肉食系だったのね。でも、リューグナー様が負けることなんて無いのよ!」
 一気に沙織が悪者になった。パペ部や男子の何人かは沙織擁護に動いてくれてるけど、数と声の大きさでかき消された。思い込みって怖いなあ。
「もう! なんで沙織が交際せまったことに! 全部、冬弥! アンタが悪いんだから! 試合終わったら覚悟しておきなさいよ! 」
 小町は自分のことのように怒っていたが、沙織はいたって平然としており、試合の準備をたんたんとこなしていた。部室の外が騒がしいと思ったら、リューグナーと見慣れない女性がやってきた。
 リューグナーと一緒にやってきた女性は僕と同じくらいの身長、リューグナーと同じきれいな金髪のロングヘアー、高そうなスーツを見事に着こなしており”できる女”を体現していた。彼女は”リューグナーの親代わり”と答えると、戦闘を行うランドへのモニター接続を要求してきた。もちろん断る理由もなく許可を出すと、データ分析室へ美咲と共に入っていった。
「じゃあ、沙織、がんばってきて、大丈夫、みんなが応援してるからね! 」
「うん、小町ちゃんありがとう、行ってくるね」
 沙織は僕を見て頷くと棺桶の中に入っていき、HMDを装着、戦闘エリアに突入した。

 戦闘エリアはいつも部活で使っている廃墟を選んだ。格闘戦に持ち込まれにくい地形だし、スナイパーが身を隠せる場所もたくさんある。戦闘エリアにはすでにリューグナーも到着しており、予告通りにレーザーロングソードを装着していた。対する沙織は、レーザーナイフとロングライフル、ただし、ロングライフルはハンドガンとオプションパーツに分解できるタイプを選んだ。分解したロングライフルはオプションパーツを体のプロテクターに偽装し、ハンドガンのみの装備に見せかける作戦をとった。
「沙織さん、戦って下さりありがとうございます。あなたに勝って、僕の沙織になってもらいますよ、ふふふ」
 リューグナーの勝利宣言は、追っかけ女子の殺意をパペ部に向けるには最高の言葉だった。あまりにおっかけ女子がエキサイトするもんだから”暴動が起きる”との理由で、新先生が別室での観戦に連れ出してくれた。
「怖えぇぇぇ、なんなんだあいつら、でも、これで落ち着いて試合が見れるな」
 余程のことがないと動じない虎之介もビビらせる、おっかけ女子、恐るべし。

 戦闘開始は17時ちょうど、僕はライラに力の発動をさせようとしたがライラから「ここで発動させると、周りの人間やエンジェルにバレる」と言われて焦った。今頃そんなこと言うなよ......ここじゃないところ、人が少ないところと行ったら、そうだ、パペ部部室からちょと離れるけど、図書準備室がいい。図書準備室なら人が来ないし、あそこの鍵は僕が預かっている。面倒な図書委員で初めて良かったと思った。

「ごめん、みんな......お腹の調子が......悪い。ちょと席外すよ、すぐ戻るから! 」
「冬弥! まったく! いいわ、アンタが居なくても沙織は勝てるんだから! 」
「小町、虎! 後は頼んだ! 」
 僕は図書準備室までダッシュで走りながら、ライラに ”力の発動” を頼んだ。ライラは初めての力を発動させるので、確認しながら慎重に設定を行い、僕が図書準備室に飛び込むと同時に力の発動に成功した。
 発動した僕の力は ”空間把握能力” だ。まだまだ ”見える” 範囲は狭いけど、慣れればどんどん広がるらしい。図書準備室からパペ部までは結構な距離だけど、ライラに言わせればこれくらい楽勝らしい。

 力が発動されると、僕は宇宙空間に放り出されたように感じた。
「お、おおお! なんだよこれ! 宇宙? そして、そこにあるのは地球? すげぇぇ」
「冬弥、冬弥! しっかりしてください! 」
 ライラの声は頭の中から響いてきた。え? ランド内ならライラが見えるはず、見えないってことはここはどこなんだよ? 
「冬弥、あなたが見ている世界はあなたの中の擬似空間、イメージです。神の視点と言ってもいい。ランドがリアルに上書きした世界を、あなた専用のカメラで見ているのです。さあ、イメージしてください。地球から日本、そして、この町、学校、パペ部、そして、沙織さんが戦っている場所へ......」
 ライラに誘導されながら徐々に目的の場所までピントがあっていく。そうか! 僕が見たいと思ったところが鮮やかになる、これが僕の力。僕はイメージ操作をいろいろと試しながら、戦闘エリアまでイメージを変えていった。
 後で母さんから聞いた話によると、慣れればイメージをすぐに切り替えることもできるし、普段の生活でも使える力らしい、しかも、僕が望めば”なんでも”見えちゃうらしく、テストの答案だろうが、女子更衣室だろうが、そして、制服の中すら見ようと思えば見えるそうだ。だから、母さんからは「この力は絶対にライラがチェックすること! 」と言明されてしまった。ほんと、僕って信用ないね?

 能力で戦闘エリアを見てみると、残念ながら沙織がひどく苦戦している姿が見えた。沙織はなんとかリューグナーから距離を取ると、射撃に切り替え、威嚇射撃をしながら移動、ロングライフルへ換装を行うと、辺りを見渡せそうな高いビルに移動してリューグナーを探し始めた。

「沙織さーーーん! 僕を探しているんでしょ? 僕はここですよぉぉ! 」
 リューグナーは戦闘エリアの中央にある広場に移動すると、どこにいるか分からない沙織に向かって両腕を広げてアピールしていた。
「馬鹿なの? ねえ、どういうことよ、虎之介! 」 
 小町もリューグナーの不可解な行動に虎之介の首を掴むと振り回していた。

「ライラ、リューグナーのパペットを見られるか? 」
「冬弥、あなたの力は外側から見えるだけじゃない、冬弥が知りたいと思ったことは見える。だから、イメージして! リューグナーのパペットを」
「リューグナーのパペットをイメージか......おお、なるほど、見えてきた」
 僕の視線は建物をどんどん通り過ぎ、ついにリューグナーのパペットにたどり着くと、リューグナーのパペットの能力が数値化して見えてきた。そして、パペットを過ぎ、リューグナー自身を見ようとした時、突然、イメージにリューグナーと一緒に来たあの女性が立ちふさがった。
「ふふふ、はははっ! まさか、本当に日本にもランクSSSがいたとは思いませんでしたわ。ふぅ。改めて、初めまして、トウヤ タカギ。私はシェルムロイバー日本支部長、『レイア レドモンド』と申します。さて、あなたの覗き見は私が防がせていただきました。リューグナーと沙織との試合に水を指すのはおやめなさい、どうしてもというなら私がお相手いたしましょう」
「ライラ、なんだあいつ、ここは俺のイメージなんだよね? なんで入ってこられる? しかも、戦うって、どうなってるの? 」
「わかりません。ただ、厳密に言えば彼女はあなたのイメージに入ってなどいません。リューグナーの防御壁として存在してるだけです。彼女には我々の位置すら分からないはずです。ここはもう少し様子を見ましょう」
「おや、 冬弥、諦めていただけましたか? 大丈夫、リューグナーを覗かないなら後は邪魔をしませんよ、ふふふ......」
 レイア レドモンドと名乗った女性はリューグナー以外を見ようとしても邪魔をしなかった。こいつは後回し、まず、沙織だ。

 沙織はリューグナーの”アピール”後すぐに射撃体勢に入った。
「沙織、リューグナーのあの行動はなにか裏があると思います、気をつけて! 」
「ええ、もちろんよ、ヤーチャン。あの挑戦的な態度、絶対何かある。でも、この距離よ、外さないわ! 」
 沙織の一撃はリューグナーの額を直撃するコースだったが、何故か大幅に脇にそれた。
「沙織さーん、そんなんじゃ、僕を倒せませんよ! ほらっ、どうしましたぁ! 僕はここにいますよぉ! 」

 沙織はその後も数発、直撃コースで撃ったが一撃も当たらなかった。
「おかしいわ、ヤーチャン、システムチェックをお願い、パペットのセンサー異常かも」
 沙織は射撃後すぐに場所を移動し、移動しながらヤーチャンはパペットのスキャンを始めたが、異常は見つからず戸惑っていた。パペットに異常はなかった、それに、沙織の腕ならあの距離で外すはずがない。しかもリューグナーは同じ場所から動いていないのだから。
 僕は沙織が射撃を外した後、すぐに彼女のパペットを見てみた。すると、バックパックに小さなICチップがあることに気づいた。ライラによれば『侵攻性のICチップ』らしい。
 侵攻性のICチップは、パペットに入ると、パペットとパペットマスターやエンジェルとの間でやりとする各種信号をすべて制御でき、必要に応じてダミー信号も出せる、違法なICチップとのことだった。沙織はこのICチップによってニセの視覚情報を元に射撃を行っており、当たるはずがないのだ。

「ヤーチャン、システムにエラーはない? そう......じゃあ、私が悪いのね。でも、困ったわ、これじゃ、攻撃しようがない......」
「悲しむことはありませんよ。沙織さん」
「えっ! いやあぁ! 」
 広場に居たはずのリューグナーだが、彼は今、レーザーロングソードを沙織のパペットの左肩に突きたてていた。
「沙織! 」
 僕は沙織を援護しようとしたが、僕の声は届かず、体も動かなかった。
「落ち着いて、冬弥! あなたは今 ”見ている” だけなのよ。触れないの! 」
「じゃあ、どうするんだよ! 沙織がやられる、あのICチップがある限り、攻撃は当たらないんだぞ、くそっ! 」

 沙織はリューグナーの隙をつき、その場を長距離ジャンプで離脱しようとするが、今度は足の制御が正常にできず、ジャンプしたつもりが肩から壁にぶつかり、武器を落としてしまった。
「くくく、沙織さん、どうしたんですかぁ、そんなに無様に転んで。そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。あと5分、僕の攻撃を防げばいいだけですから」
 そういうと、リューグナーはレーザーロングソードで沙織に斬りかかった。沙織はとっさに右手の予備オプション、アームシールドで防いだが、リューグナーは間髪入れずにパペットの左足を破壊してしまった。




















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