ヴィーナスリング

ノドカ

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5章 新型パペット

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   「ま、参りました」 

 ライラの敗北宣言で僕らは美咲に一本とられてしまった。美咲はある時からわざと盾側をゆるく動かして僕らを誘っていたらしい。攻撃スピードに惑わされて誘われているのに気付かなかった僕の責任だね。ライラも以前とは違う美咲・ヤン組に考えを新たにしていた。

 2本目は僕らが有利なる市街地戦を選んだ。市街地戦への僕の考えは至って単純。動き回るであろう美咲に隠れ、背後から攻撃する。美咲に言わせると「せこい」らしいが、格闘戦では勝負にならないし、遠距離攻撃は僕とライラにはスキルが足りない。

 いつものように建物を利用しながら美咲を探していたが一向に見つからない。おかしい、と思った時には背後を取られ、あっという間に後ろから鋭いナイフ攻撃で倒されていた。

 ヤンは僕の行動パターンから、建物に隠れて美咲を探すと読み、高台に素早く移動すると僕とライラを探しだし、ルートを先読みして背後に回りこむことに成功していた。しかも、普段使わない探索ドローンまで利用していた。まったく、ヤンが来てから美咲の戦闘スタイルが最適化されすぎて怖いくらいだな。
 「いぇーーーい。冬弥、弱すぎぃ」

 エントランスに戻ってくると美咲と小町はハイタッチをして勝利を喜んでいた。小町も虎に圧倒的な勝利をあげていた。
「ほんと男どもは弱いわねえ、そんなんでよく推薦受けようなんて思えるわよねぇ」 
「あのな、手加減って言葉を知らんのか? 1本目はお前に花を持たせてやったんだろ? 2本目だってミスがなければ逆に俺の圧勝だったじゃねえか」
「はいはい。虎さん、男の愚痴はかっこわるいですよぉ。負け負けでしょ? 」
「くそぉぉぉぉぉ」

 虎が小町に負けるシーンはこれまでにもよくあったが、虎は珍しく作戦を立てて勝負に挑んだらしい。ただ、小町の対応力の前にことごとく作戦は破れ、挙句の果てに2本目の勝負を決めるところ、虎が痛恨の攻撃ミスをして逆転勝利されたそうだ。
 はあ、女性軍の対応力の高さは何なんだろうな。普段よくやってる、「口喧嘩」で状況判断や対応力が鍛えられてるんだろうか。確かに口喧嘩ならまったく歯が立たないか......

 「みんなお疲れ様。試合すごくよかったよ。冬弥くん、虎くんは負けちゃったけど、前回よりも格段に動きがよくなってる。特に虎くんは無駄な動きがなくなってきてるから、ミスが無ければ小町ちゃんを倒せてたね。
 冬弥くんは美咲ちゃんのスピードに良くついていったけど、美咲ちゃん? ヤンくんかな? 作戦勝ちってところかな。 特に2本目。美咲ちゃん、よく冬弥くんを見つけられたよね。ほんとびっくりしちゃった。
 小町ちゃんは一つの動きを確実にこなすことができてるね。状況への対応力の進化も技がしっかりしてるからこそかな」
 「沙織ぃあんたの分析は相変わらずすごいわね。私の作戦にも気づいたなんて」
 「そんなことないよ。ライラちゃんに情報を整理したデータを見せてもらってたし」
 「え? ライラの? そうなのか、ライラ? 」

 ライラがデータを集め、それを沙織に提供していたことは知らなかった。どうも母さんのプログラムは僕が止めない限りあらゆる情報を集めるようだ。しかもそれを限定されているとはいえ他人にも見せていた。沙織はライラとの会話でデータ収集に気づき、沙織にも許可が出ていたので戦闘中にも利用したそうだ。
 「まったく、母さんといい、ライラといい、僕が知らないところでいろいろやるなよ」
 「大丈夫です、冬弥。あなたのあんなことや恥ずかしいことは誰にも公開しませんから」
 「え? なになに、他にもデータ取ってんの? 見せてよライラ」
 美咲たちは僕のデータにも興味津津でライラと密談し始めていたが、僕はライラに上位命令でデータ保全を言いつけた。
 「あら、残念、データは冬弥によって隔離されました。ごめんなさい」
 「ええぇ、冬弥のケチ。いいじゃないアンタのデータの1つや2つ」
 「あのなあ」 

 朝練は男性陣の圧倒的な敗北で終了した。しかし、ひさびさの模擬戦でそれぞれの成長が確認できたし、課題もはっきりしたいい試合となった。美咲とヤンの組み合わせは想像以上に良く、美咲の奔放な力をヤンの精密な対応でよく発揮させていたし、小町や虎もそれぞれ弱点を見据えながらも良い所を活かす方向に進み始めていた。ただ、僕だけは戦況分析をうまくライラに伝えられずもんもんとしていた。
 「冬弥、今は基礎的な戦闘能力を高めることに集中しましょう。戦況はいつでも見られるわけですから、個々の能力を上げる方が重要です」
 「そうだね、ライラの攻撃力を上げるためにカリキュラムを作ってみよう。ただ、ここ一番の得意技というか、中心となる攻撃技がないのが最大の弱点だよね。器用貧乏というか......」

 ライラはなんでも武器を使いこなすが、一撃のダメージは大きくない。使えるだけなんだよな。僕のエンジェルだからだと思うけど、特技がない。エンジェルにはマスターの性格や行動がそのまま反映される。美咲たちのように得意な戦闘スタイルがある場合はいいが、僕のように器用貧乏なタイプはパペット戦では圧倒的に不利だ。

 僕自身はどの装備が好きとか武器に対して執着がない。戦略を練る際も攻撃力だけを見て、武装の特徴は重視していない。攻撃力アップのためにも武装は決めなくちゃいけないね。

 中学三年になると受験用にカリキュラムが変更されるのは昔の中学生と何も変わらない。暗記をする必要がないだけに知識をしっかり使いこなす訓練が行われる。僕もライラから模擬問題を出してもらいながら筆記対策の勉強を続けていた。

 「なあに冬弥、そんなことも分からないの? 」
 美咲は校内でも成績がかなり良い。ヤンに代わってさらに知識の引き出しが早くなったらしく、問題解決のスピードが格段に上がっているようだった。
 「人にはそれぞれのスピードがあるんだよ。僕は推薦までにしっかりできればそれでいい」
 「そんな甘いことでどうするの、あと数ヶ月もないのにまだそんなところで引っかかってるくせに。推薦があるからって甘く見過ぎなんじゃない? 」
 「ああ、もう! わかったよ。はいはい。僕は遅いですよ。優等生の美咲さんとはできが違うんです」
 「まったく、仕方ないわね。あとで個人レッスンしてあげようか? 」
 「ん? そうだな。いやいいや、筆記はゆっくりやるよ。それより今は地区戦に向けて戦闘力アップが重要だから」
 美咲は大げさなジェスチャーで呆れてみせると「筆記をないがしろにすると試験で泣くわよ」といいながら自分の席に戻っていった。
 「よかったのですか? せっかくの美咲との個人レッスン、チャンスじゃないですか! 」
 「あのな、お前やヤンがいるのに個人レッスンもあったもんじゃないだろ? それに筆記対策はライラでもできる」
 「相変わらずわかっていませんねぇ、冬弥」

 ライラのため息が気になったが、今はどの武装で戦うのがいいかを悩むのが先だと思っていた。地区戦までに僕らの戦い方を決めなくてはいけない。

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