転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第3部:王都の陰謀と穢れの森

第24話:近衛騎士団のプライドと、世界で一番静かな模擬戦。

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姫君への謁見、そして宰相による作戦説明という、胃に穴が開きそうなほど重苦しい二日間が過ぎた。
穢れの森への出発は、三日後と定められた。その間、僕たちは王宮内に用意された一室で、客人として過ごすことになった。客人とは名ばかりで、その実態は、重要参考人か何かのように軟禁されているのに近い。

そして、出発を翌日に控えた朝。僕たちは、王宮の中庭にある広大な訓練場へと呼び出されていた。

完璧に手入れされた芝生が、朝露を弾いてきらきらと輝いている。空気はひんやりと澄み渡り、吸い込むと肺が浄化されるような清々しさがあった。訓練場のあちこちからは、若者たちの気合いの入った掛け声や、木剣が激しく打ち合う乾いた音が響き渡り、空間全体が清浄で、厳格な気で満ち満ちていた。
その、僕には眩しすぎるほどに健康的な空間の一角に、彼らはいた。

一糸乱れぬ隊列を組み、まるで彫像のように、静かに僕たちを待ち構えている一団。
その身にまとった銀色の鎧は、一点の曇りもなく磨き上げられ、昇り始めたばかりの朝日を反射して、神々しいほどの光を放っている。その立ち姿、その佇まいの一つ一つに、厳しい訓練によって培われたであろう、揺るぎない自信と誇りが満ち溢れていた。
姫・小雪を護衛するもう一つの部隊、近衛騎士団。この国の武の精鋭中の精鋭だった。

その先頭に立つ男が、僕たちの姿を認めると、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
精悍な顔つきをした、三十代半ばの男。その目には、自らが国を守る最後の砦であるという、強烈な自負が宿っている。
彼は、僕たちの前で足を止めると、玄や陽菜、そして僕には一瞥もくれず、ただ、朱鷺一人だけを、敵意を隠そうともしない目で見据えた。

「朱鷺殿。先年の御前試合以来ですな」
その声は、低く、よく響いた。
「まさか、貴殿のような、組合に身を置く『野良』と、姫様の護衛という国家の大任を、共にすることになるとは。世も末だとは思いませんか」

その言葉には、明らかな侮蔑が込められていた。朱鷺さんは、その敵意を柳に風と受け流し、いつもの完璧な笑顔で応じる。
「お久しぶりです、騎士団長殿。このような形で再びお目にかかれるとは、光栄ですわ」
騎士団長は、かつてこの国で最強の者を決める御前試合で、朱鷺さんと「天下一」の座を争い、そして、敗れた過去があった。彼にとって、組合という、いわば正規軍ではない場所に身を置きながら自分を打ち破った朱鷺さんは、許しがたい侮辱の象徴であり、その仲間である僕たちは、彼のプライドを逆撫でする、目障りな存在でしかなかったのだろう。

(あー、めんどくさいことになった)

僕は、内心で深く、深いため息をついた。
この手の、プライドだけが無駄に高くて、自分たちの常識が世界の全てだと信じて疑わないタイプ。現世の体育会系の部活で、嫌というほど見てきた。こういう人たちが一度こじらせると、話がどこまでもややこしくなることを、僕は経験則で知っていた。



「出発前に、互いの連携を確認しておく必要がある」
騎士団長は、いかにももっともらしい口調で、そう切り出した。
「特に、寄せ集めである貴殿ら冒険者と我々とでは、戦い方も、呼吸も、まるで違うでしょう。万が一にも、姫様の御身に何かあっては取り返しがつかない。故に、模擬戦という形で、互いの実力を見極めておくのが筋というもの」

その提案は、理路整然としていて、反論の余地がないように聞こえた。しかし、その言葉の裏にある本音は、僕のような人間にも透けて見えていた。「お前たちのような得体の知れない連中が、本当に姫様の護衛に値するのか、この俺が見定めてやる」と、彼の全身がそう叫んでいた。

(ああ、やっぱりだ。絶対そうなると思った)

僕の胃が、またしても自己主張を始める。
騎士団長は、その自信に満ちた視線を、僕の上で、ぴたりと止めた。

「そこの男。貴殿が、宰相閣下が『切り札』とまで言われた相田宗一郎殿か。見たところ、剣士でも、魔法使いでもないようだが。どれほどのものか、まずはこの私がお相手しよう」

(なんで俺!?)

僕の心の中で、悲鳴が上がる。
なんで、よりにもよって、一番目立たず、一番無害で、一番壁の染みになりたいと思っている僕を指名するんだ。普通、こういうのは玄さんみたいな、見るからに強そうな人を行かせるべきだろう。人選ミスだ。明らかに人選ミスだ。

「い、いえ! 僕は、その、戦闘はあまり得意ではなくて! どちらかというと後方支援というか、荷物持ちというか、お茶汲みというか!」
「宗一郎さん」

僕が、現世で培った全力の卑屈スキルを発動させて、必死に断ろうとした、その時。
背後から、朱鷺さんの、決して逆らうことを許さない、完璧な笑顔の声が響いた。

「これも、任務のうちです。受けて、差し上げなさい」

その一言で、僕の全ての逃げ道は、完全に断たれた。
僕は、まるで屠殺場に引かれていく子羊のような足取りで、だだっ広い訓練場の真ん中へと、ぽつんと立たされることになった。
僕の手には、訓練用の、何の変哲もない木剣が一本だけ。
対するは、同じく木剣を構えた騎士団長と、彼の背後に控える、選りすぐりの精鋭騎士五名。
あまりにも一方的で、あまりにも絶望的な構図。それは、もはや模擬戦というより、公開処刑と呼ぶ方が、よほどしっくりくる光景だった。



「始め!」

誰かの号令が、澄み切った朝の空気に響き渡った、その瞬間。
世界は、暴力的なまでの速度で動き出した。

「行くぞ!」

騎士団長の怒号と共に、六人の騎士が、まるで一つの生き物であるかのように、完璧な連携で僕に襲いかかってきた。
正面から、騎士団長が大上段に振りかぶった木剣が、風を切り裂く轟音と共に振り下ろされる。それは、ただの木剣とは思えぬほどの、岩をも砕くであろう凄まじい威圧感を放っていた。
左右から、二人の騎士が、槍のように鋭い突きを、僕の脇腹めがけて同時に繰り出す。
後方からは、三人の騎士が、それぞれ炎、氷、風の属性を持つ支援魔法を詠唱し、色とりどりの、しかし殺意に満ちた魔力の矢が、僕の退路を塞ぐように放たれた。

まさに、怒涛の連続攻撃。一瞬の油断も、回避の隙間すらも与えない、完璧な包囲殲滅陣。
その、絶望的なまでの暴力の奔流を前に、僕は、ただ、静かに目を閉じた。

(めんどくさいな)

僕が思ったのは、それだけだった。
恐怖でも、焦りでもない。ただ、ひたすらに、面倒くさい。
動くのも、声を出すのも、いちいち反撃するのも。
全部、面倒だ。

だから、僕は動かない。
ただ、自分の周囲、半径一ミリ。
その、僕の身体を包む、ごく薄い空気の層。その「空間」だけを、ひたすら、別のどこかへ転移させ続けることに、全神経を集中させる。
転移先は、どこでもいい。遥か上空の、何もない青空のど真ん中とか。深海の、誰にも知られることのない暗闇の底とか。

僕の周りだけが、この世界の理から、完全に切り離された。

何かが、起きた。
あるいは、何も、起きなかった。

騎士団長の剛剣が、僕の頭上で、ぴたりと、止まった。
いや、違う。止まったのではない。彼の剣の先端が、僕の髪に触れる、その寸前で、まるで蜃気楼のように、掻き消えているのだ。
左右から迫った二本の突きも、僕の服に触れる寸前で、その穂先が、まるで最初から存在しなかったかのように、虚空へと消え失せた。

シュン。シュン。

後方から放たれた、炎の矢も、氷の槍も、風の刃も。
全てが、僕の身体に届く、ほんの数ミリ手前で、まるで分厚いガラスに吸い込まれるかのように、小さな、小さな音だけを残して、次々と消滅していく。

訓練場に響き渡るのは、騎士たちの荒い息遣いと、怒号と、剣が空を切る音。
しかし、僕の周りだけは、完全に「無音」だった。
まるで、嵐の中心にいるかのように、静かだった。

「な、何が起きている!?」
「手応えが、全くない!」
「魔法障壁か!? いや、魔力の流れが一切感じられん!」

騎士たちは、自分たちの常識が全く通用しない、理解不能な現象を前に、徐々にその顔から血の気を失っていく。彼らの自信に満ちていた瞳が、恐怖と、混乱の色に染まっていく。

それでも、彼らは攻撃をやめない。プライドが、それを許さないのだろう。
何度も、何度も、角度を変え、速度を変え、連携を変え、彼らが持つ全ての技と力を、僕というただ一点に、叩きつけ続ける。
そして、その全てが、僕に届くことなく、ただ、静かに、無に還っていく。

それは、世界で一番、静かな蹂躙だった。

数分後。あるいは、数十分後だったのかもしれない。
永遠にも思えた時間が過ぎ、ようやく、騎士たちの動きが止まった。
彼らは、汗だくで、鎧は土埃に汚れ、ぜえぜえと、苦しそうに肩で息をしている。その顔には、消耗しきった疲労の色と、そして、自分たちの無力さを突きつけられた、深い絶望の色が浮かんでいた。

対する僕は、といえば。
最初から最後まで、一歩も、その場から動いていない。
汗一つ、かいていない。息も、全く切らしていない。
ただ、少し申し訳なさそうな、困った顔で、そこに立っているだけだった。

僕は、ようやく目を開けると、呆然と立ち尽くす騎士団長に向かって、ぺこり、と小さくお辞儀をした。
そして、心の底から、本心で、こう言った。

「すみません。僕、あんまり、動くの得意じゃないんで」

その、一切の悪意も、皮肉も含まれていない、ただ純粋な事実を告げただけの一言が。
この国の精鋭である、近衛騎士団の、鋼鉄の誇りと、揺るぎないプライドに、とどめの一撃を、音もなく、突き刺した。

彼らの自信に満ちていた顔が、まるで薄いガラスのように、音もなく粉々に砕け散るのを、僕は、ただ、見ていた。
残されたのは、目の前の、不可解で、陰気で、そしてあまりにも理不尽な青年に対する、純度百パーセントの、畏怖と、屈辱の色だけだった。
僕の胃は、相変わらず、キリキリと痛んでいた。
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