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しおりを挟む「…マーサ」
そう呟いた声は思いの外、小さな声だった。
マーサとは、アディリナの乳母であり、アディリナの母に長年支えてきた従者であった。
呪いを受け、この離宮に移り住んだ時にも彼女だけはその呪いの効力を知りながらも、11年間アディリナの側にいてくれた唯一の存在である。
ガチャリと、ドアノブがひねられた。
なぜなら、朝必ず声をかけるマーサの声にアディリナが返事をする事などほとんどないことを知っているからだ。
マーサ自身も返事がなくても、アディリナが呪いによって身体の力が入らず、思うように声も出せず、身体が動かないことも理解していた。
――――――――――――――――――――
アディリナの母である、フェリシナ。
フェリシナ・ル・イヴァノフは、とても美しい女性だった。
蒼銀の長い髪、白い雪の様な肌。
その微笑みは女神の様だとも言われていた。
そんなフェリシナは小さな男爵家の生まれで、決して身分は高くなかった。
しかし、その身分を歯牙にもかけない程、彼女は多くの男性を魅了したのだ。
その中で彼女を手に入れたのはこの国唯一の地位を持つ男
第65代イヴァノフ国王、イスマエル・ル・イヴァノフ。
フェリシナと出会った時、イスマエルには既に多くの妻と子がいたが、フェリシナはイスマエルの寵愛を一身に受け、1人娘のアディリナを産んだのだ。
―― 幸せ。その言葉がもっとも相応しいとされる家族だったはずだ――
アディリナが生まれて4年、
そんな幸福な時間は突如終わりをつげた。
――フェリシナの死。そして、アディリナの呪い。――
フェリシナはその美しさ故、多くの男性を魅了した。
それと同時に多くの嫉妬・妬みの対象となっていたのだ。
―――――――――――――――――――――
開け放たれたドア
しかし、マーサはその部屋に足を踏み入れることができなかった。
呪いを受け11年間ベットからほとんど出ることができなかったアディリナが、自身の足で立ち上がりこちらに視線を向けていたからだ。
「マーサ」
マーサを呼ぶ小さな声は、今度こそマーサの耳に届いていた。
「…アディリナ様っ!」
『名前を呼ぶこと』
それだけで今のマーサには精一杯だったのだ。
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