バトル・オブ・シティ

如月久

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セントラル・シティ

2.「シティ」の噂

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「え? 誰に」
 「シティ」は確かにユーザーが急激に増えている様子だったが、それはあくまでもゲーム好きの間のことだけと、リョウは思い込んでいた。だから、ゲームを全くしないジャニスからの「聞いたことがある」という告白には正直驚いた。「シティ」がそれほど一般化してきたというのだろうか。
「アルバイト先の友達。別の大学のね。その子の彼が、リョウと同じようにハマっちゃったんだって。学校にも行かず、ほとんどまともなご飯も食べずに、引きこもりみたいに部屋に閉じこもって、ずっと1日中ゲームしてるらしいわ。それを聞いた時は、リョウとヨッシーのこと知らなかったし、『ふーん』って感じで聞き流してたんだけど。確かゲームの名前は『シティ』だった。だから心配なのよ。その子の彼氏は、もう1カ月くらい、誰ともまともに接触しないで、そんな生活してるの。部屋はぐちゃぐちゃで、変な匂いがしているらしいし、着ているものも洗濯しないから、何だか浮浪者のような感じだって。体調も悪いみたい。1日中頭痛がするんだって。それでも、ゲームから離れる気はないみたい。もう別れたいって言ってたわ。でも、別れ話をしようにも、まともに受け合ってもくれないくらい、ゲームに熱中しているらしいわ」
 ジャニスの目は本当に心配している風だった。リョウは自分もほとんどその彼氏と同じような状況になりかけていることを自覚し、恐ろしくなった。その彼氏は自分より早く「シティ」を始めている。そして、多分、今は自分より大きな町、もしかしたら市を作っているかもしれない。ヨッシーの話を聞いていると、街が大きくなればなるほど、より頭を使わなければならないようだ。今よりもっと手間がかかり、さらに多くの時間をゲームに割くことになるだろう。ジャニスの懸念はもっともだった。このままハマり続けたら、その彼氏と同じになってしまう。いや、ジャニスの目には、もうほとんど同じに写っているのだ。
「ありがとう」
 リョウはジャニスの優しげな表情をみているうち、肩の力がふっと抜けるのを感じた。それは銭湯で凝りをほぐしたからではなかった。
「え?」
「だから、心配してくれて」
「だって、友達でしょう」
「助かったよ。このままハマり続けたら、その彼氏と同じになってしまう」
 ジャニスはほっとした様子で微笑んだ。午前零時を回っているということもあり、顔には疲れがにじんでいたが、リョウはその笑顔を美しいと思った。と同時に、「シティ」への熱が急速に冷めていくのを感じた。
「明日はちゃんと学校行くよ。2人で昼メシを食べよう」
「2人で?」
「そう。学校からちょっと離れているけど、いい店を見つけたんだ。見つけたと言っても、もう2カ月前で、それから一度も行ったことないけど」
 ジャニスは目を輝かせた。
「いいわ、全然。行ってみましょう」
 リョウが部屋に戻ったのは、午前1時半を回っていた。テーブルの上のパソコンに目がいったが、ジャニスの顔を思い浮かべ、今夜はこのまま寝ようと思った。ここ1週間ほどは、生活のほとんどをゲームに費やしてきたので、パソコンに触らずに寝るなんていうのは、本当に久しぶりだ。
 リョウはその夜、久々に泥のように熟睡した。
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