騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!

楠ノ木雫

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◇26 〝近衛騎士団長〟と〝リアム〟 ①


 着いた屋敷は夜であまりよく見えないけれど、ロドリエス侯爵邸と同じ大きさくらいの建物。私達の他にも、馬車がいくつも並んでいる。けれど、馬車には家紋が描かれていない。もちろん、私達が乗ってきた馬車にも。

 仮面を付けているのだから身分は明かさないのがルール。遊びではあっても、徹底てっていしているところもある。

 これから団長様達は追っている外国人商人を捕まえに行かないといけない。時間を見れば、この屋敷の外には近衛騎士団達が待機している事だろう。そして今から、近衛騎士団長を屋敷の中へ潜入させないといけない。

 私は、足手まといにならないよう大人しく言う事を聞いておこう。大丈夫、彼らは近衛騎士団だ。きっとすぐに捕まえて任務を完了すると思う。


「じゃあ、乾杯しようか」

「はい」


 きらびやかなパーティー会場。何人もの女性や男性が楽しく談話している。近くにいたボーイが持つトレイに乗った飲み物を二つ、団長様が受け取り片方を私に渡してきた。

 けれど、私の耳元で一言ささやく。


「飲まなくていい」


 私達は任務中だ。潜入なんて騎士になって初めてだけれど、一応研修は受けた。何かあってからでは取り返しがつかない事にもなる事もちゃんと習った。けれど……


「君はすぐに酔ってしまうからな。甘くなった君の姿は誰にも見せたくない」

「っ……」


 こんな事を言われて正気でいられるわけがない。それに、お酒で酔ってしまうと言われて、以前やらかした事も思い出してしまう。ダメだ、私。そう、今は任務中、任務中なんだ。近衛騎士団の任務に参加させてもらってるんだ、ヘマなんてしようもんなら大変な事になる。

 そう、これは任務、任務だ。

 何とか正気を保ちつつ、カツンとグラスを軽く当てると、飲むふりをした。隣でクスクス笑い声が聞こえてきたような気もしたけれど、今はそれどころではない。

 私達は、楽しんでいるかのように少し話した。私の方がぎこちなかったかもしれないけれど、何とか変に思われないように気を付けながら。

 けれど、偶然ぐうぜん聞こえてきた女性3人の会話に、耳をかたむけた。


「わたくし、彼から懐中時計かいちゅうどけいを頂きましたの」

「あら、あなたの瞳の色と同じ花の?」

「えぇ」

「まぁ! なんてロマンチックなの!」


 そんな話で、盛り上がっていた。

 瞳の色と、同じ花の懐中時計。それには、覚えがあった。そう、それは……隣の方が、忘れ物をした時。その忘れ物は、懐中時計。ずっと返せずにいたもの。


「瞳の色と同じ花の懐中時計、ですか?」

「あら、ご存じないの? 男性の方が相手の女性と同じ瞳の色をした花のデザインがされた懐中時計をプレゼントするのは、私と同じ時間を共に歩みましょう、という事を意味するの。すなわち、それは貴方を想っていますという事。ロマンチックでしょ?」

「まぁ! 素敵ですね!」

「でしょう? 羨ましいわ、私も殿方からそんな素敵なプレゼントをもらってみたい」


 そして……私と同じ瞳の色、青色の花だった。

 いや、まさか。そう思いつつちらりと隣の人の顔を見ると……私に微笑ほほえんでいた。その顔は、何を言っているのだろうか。

 本当に、団長様の考えている事がよく分からない。


「顔が真っ赤だ。もう酔ったのかな? 少し休憩室で休もうか」

「……はい」


 そんな団長様の提案で、私達は会場を出た。向かう先は……休憩室。

 中には誰もいないことを確認し、二人でその中へ。団長様はすぐに言ってしまうのだと思っていたから、一緒に中に入った事に少し驚いた。


「戻ってきたらノックを4回する。それまでいい子で待っていてくれ」

「……了解しました」


 今は任務中。それなのにキスを残して行ってしまった。

 そして、私は言われた通り、まず最初にかぎをかけた。

 つい、心の中でため息を吐いてしまった。けれど、まだ私の仕事は残っている。この部屋の窓に急ぎ、鍵を開けた。そして、開くと……


「ありがとう」


 予定通り下から登ってきていた近衛騎士団員二人が窓を通り休憩室に。

 団長は? と聞かれ内心ドキッとしつつも、もう向かわれましたと返した。


「おっ、ドレス似合ってるよ」

「可愛い可愛い」


 ……あなた方の団長様に選んでいただきましたとは、口が裂けても言えないな、はは。


「お気を付けて」

「ありがとう。じゃ、戸締とじまりはきっちりしておくように」

「はい」


 戸締り、の言葉に内心笑いそうになるけれど、仮面をつけたお二人を見送り鍵を閉めた。

 やっぱり、近衛騎士団はすごい。ただそんな感想だった。任務中でも私の気遣いもしてくれるんだから、それだけ心の余裕よゆうというものを持っているという事よね。


「はぁ……」


 そうため息を一つ吐きつつ、私はソファーに静かに座った。このドレスがしわにならないよう気を付けながら。

 ふと、また団長様を思い出した。任務中だというのに何を考えているんだ私は、と思っていても、頭から団長様が離れない。

 彼は一体、何を考えているのだろう。

 あの日置いていった懐中時計は、どういう事なのだろう。

 聞きたい事が沢山ありすぎて、混乱してしまう。


「はぁ……」


 最近、ため息ばかりだ。ずっと団長様に振り回されっぱなしで、ずっと頭の中は団長様の事ばかりだ。

 怖い悪魔の近衛騎士団長。そのはずなのに、何故か私の目の前にいる団長様は悪魔のような恐ろしい人に見えなくて……むしろ……


『――テレシア』


 もっと、名前を呼んでほしい。

 そう、思ってしまう。

 名前を呼んでと団長様は言うけれど、恥ずかしくて中々自分から自然に出てこない。相手は近衛騎士団長で侯爵様なのだから、身分が下の私ならご要望にお応えしなくちゃ大変なことになる、というわけではなく……

 恥ずかしくて、顔を火照らせてしまう。


「……懐中時計、いつ返そう……」


 機会をうかがっていても、団長様に振り回されて結局忘れてしまう。今日だっていきなり屋敷に連れてかれて、懐中時計どころではなかった。だから今女子寮の私の部屋にある。

 どうしよう……この後団長様が帰ってきた時、私、何て言ったらいいんだろう。あの時の微笑ほほえみは、一体どういう意味だったのだろう。

 またため息をつきつつ、座ってるソファーの背もたれに体を預けた。このドレスはスカートだから本当に慣れない。早く脱ぎたいなぁ。

 そう思っていた、その時だった。


「あれ、いたんだ」

「えっ」


 その声に、背もたれに沈めていた体を起こした。この部屋のドアが、開いてしまった。鍵はちゃんと閉めたはず。それなのに、どうして。

 入ってきたのは若い男性。淡い緑色の紳士服に、シルバーの仮面を付けている、赤い短髪の男性。赤い髪はこの国では中々いないから、どこか外国の方だろうか。外国の方、と思うと今回の任務を思い出す。けれど、それだけで判断してはいけない。

 けれど彼は今、ちゃんと私が閉めた鍵を開けて入ってきた。一体これは、どういう事だ。

 その男性は、こんばんは、と挨拶あいさつをしつつこちらに歩いてきた。そして、私の目の前にあるソファーに静かに座る。


「君、疲れちゃったのか。ここには初めて?」

「……」


 鍵はちゃんと閉めた。これは断言していい。ちゃんと閉まった事も確認した。それなのに、何故彼はこの部屋の鍵を開けられたのか。鍵を、持っていた? 今の時点では分からない。けれど、団長様が帰ってくるまで誰も中に入れてはいけないとの事だったのに、これは完全に私の失態しったいだ。

 彼の問いに、とりあえず頷いた。


「そっか。これは普通のパーティーと違うからね」


 ここから出た方がいい? でも任務が完了した時団長様がここに来て私がいないと分かれば探す羽目になってしまう。私としても、ここを出て会場に戻るのはちょっと気が引ける。パーティー自体慣れていないから、任務中の今何かやらかすのは避けたい。

 団長様と近衛騎士団員を潜入する事に成功したのだから、これから速やかに団長様と合流しこの屋敷から出るのが私の最後の役目。なら、どうしたらいい。


「君、一人で来たの?」


 その質問に頭を横に振った。

 とはいえ、何故彼が鍵のかかったこの部屋に入れたのかが引っかかる。もしかして、この方はこの家の持ち主か主催者だろうか?

 でも、もし違う人だったら?


「パートナーがいるのか。ふぅん、君をここに押し込めて自分はどこかに行ってしまうようなパートナーって事だね」

「っ!?」


 そういうわけじゃない。でも、団長様がどうして私をここに待機させたのかという理由が言えないから否定が出来ない。一人で来た、とでも言った方が良かっただろうか。けれどそれは今更だ。

 私の失態ではあるけれど、これも報告しなくてはいけないし、ここには追っていた外国人商人がまぎれ込んでいる。もしかしたらその人のお客さんかもしれないし……

 気が付けば、目の前に座っていたはずの男性が私の隣に座ってきていた。


「君を置いてけぼりにする男なんだ、そんな男より僕と楽しい事をしない?」

「……」


 楽しい事、とはどういう事だろうか? ただ話をするだけか、そこにお酒を交えるか。それとも……

 お酒の匂いはする。オレンジのような香りがする。お酒はあまり詳しくはないけれど……副団長の話を思い出した。確か、オレンジっぽいお酒をお父上に押し付けられて困ってるって言ってたっけ。副団長の実家はお酒を事業にしていると聞いた。

 副団長は甘いものは好きだけど、お酒は別であまり好きじゃない。だから先輩達に押し付けようとしていたけれど、甘いものが苦手な人達ばかりで私が引き取った。そのお酒に香りがよく似てる。

 デガルド団長にお声がけしたらしいけれど、さすがに2本は悪いだろうとのことで1本受け取ったらしい。で、もう一本が私に回ってきたというわけだ。けれど、持ち帰った時にいつもお世話になっている寮母にゆずろうとしたら断られた。


『これとっても高価なものよ! 確か◯◯国で数本しか販売されてないものだったかしら』


 と。その時はデガルド団長が1本だけで断った理由はこれだったのかと理解して、寮の子達と分け合ってありがたく飲んだんだっけ。

 もしかしたら違うかもしれないけれど……どうだろう。こういった事についてはくわしくないけれど、この仮面舞踏会で振る舞われるお酒にしてはだいぶ高価なのでは? もしかしたら、特別な方に振る舞われた、とかだろうか。

 でも彼は鍵がかかっていたこの休憩室のドアを開けられた。ならやっぱり、ここの家主とか、この主催者とか……?

 確か、団長様がこの仮面舞踏会の招待状を入手するのが難しかったと言っていた。となると、ここに外国人商人が紛れ込めたのは何故だろうという疑問が出てくる。

 そんなことを脳内で考えていると……男性は私に手を伸ばし、私の仮面に触れた。これは外してはいけないというルールがあるはず。それなのに、これを外そうとしてる?


「……結構です」

「そう言わずにさ。実は僕も一人でさ、寂しかったんだ。だから、同じく寂しくしていたんだからちょうどいいでしょ?」

「いえ、一人で大丈夫です」

「そんな寂しい事言わないでよ」


 自分の仮面をしっかり持って、彼から離れてソファーから立った。この人、一体どういうつもりなの。


「ざーんねん」


 もしかして、こういうのに慣れている方? そんな感じがする。早くこの人から離れたいところだけれど、ここにいないと団長様と早く合流出来ない。

 この男性に気付かれる事なく、そして時間稼ぎをして団長様が帰ってくるのを待つのが一番いいのだけれど……この男性はどういうつもりなのだろうか。
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