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◇30 お元気そうで何よりです
しおりを挟む晩餐会の招待状は、送った次の日に送り主から参加するという旨の手紙が送られてきた。そして、その中には違った用件のものまで。
それは、私の願い通りに事が進んでくれているという証拠だった。
そうして迎えた、ダルナード大公家で行われる晩餐会。
「本日はお越しくださりありがとうございます」
「大公妃殿下にお呼びいただけて光栄です。ご招待いただきありがとうございます」
続々とこのダルナード邸に人が集まってきた。私は旦那様と一緒に玄関ホールでお出迎えだ。
「ダルナード夫人!」
「トメラス公爵、ご夫人、来てくださりありがとうございます」
「そんな! ダルナード夫人に呼んでくださったら絶対に参上いたしますわ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
トメラスご夫妻のように、今日は皆さまご夫婦での参加となっている。欠席する人がいるのではないだろうかとも一瞬思ったけれど、相手は大公夫人だから余程の事がない限り参加してくれる事だろう。それに、皆さまは何が何でも参加しますよ精神が笑顔から滲み出ている。
だけど、まさかこうなるとは。
「あら、ごきげんようタリス公爵、ご夫人」
「ごきげん麗しゅう」
「ごきげんよう」
ばったり会ってしまったタリス夫妻とトメラス夫妻。公爵達の方は旦那様と話しているから、必然的に私と夫人達が取り残される。
私、このお二人が一緒にいるところなんて一度少しだけしか見た事がない。何となく仲があまりよろしくないようには見えるけれど……一体どんな話をするのか全く分からない。
「ごきげんよう、トメラス夫人。相変わらず何も変わっていらっしゃらないようで」
「あら、そちらは小じわが増えたようですね。となると、小言も増えたのかしら」
「品格のない物言いもお変わりないようですね。まだあのような店を続けてらっしゃるのだから仕方ありませんね。コソコソと品格のない溜まり場でお酒を楽しむだなんて、私はごめんですわ」
「あら、人間誰しも肩の力を抜く場所は必要ですわ。朝から晩まで昔の方々が勝手にお決めになった貴族の振る舞いに縛られ続けるだなんて、頭がおかしいのではなくて?」
「何ですって?」
「そろそろ中にご案内いたしますね!」
いやいやいや、こんな所で喧嘩なんてされたらたまったもんじゃないわ。そんなのはよそでやってください。……なんて言葉が出ないようお口をチャックしつつ、笑顔で中にご案内した。
今日の会場には大きく縦長のテーブルが中心に置かれ、そして先に入場された方々が周りで談話している。皆、すました顔をしていても内心ソワソワしている事だろう。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「はい、よろしくお願いします」
そして、旦那様に食堂の皆様を任せ、私はまた玄関ホールに戻った。
今頃、着席してもらっている事だろう。そして、不思議に思うはずだ。
――どうして、席が一つだけ余っているのか。
席順は、この邸宅の主である旦那様が上座のいわゆるお誕生日席となり、その斜め前に私の席となる。そして私の目の前には公爵のどちらかが座る。皆、その席にどちらが座るのかに注目していた事だろう。どちらが選ばれるのか、それが社交界で話題にまでなっていたのだから。
だけど、おかしい。公爵の二人は私の隣とその目の前に席が用意されていた。では、その席には誰が座るのか。
「お待ちしておりました」
「お久しぶりですね、姫さま。あぁいや、ダルナード夫人、でしたな」
「ふふ、私はもうシャレニア人ですよ」
丁度到着した、『私の知人』はニコニコと話しつつも私の案内の元食堂に。
扉が開き、私と一緒に入ってきた人物。その人物を見て驚く人もいれば、一体誰なのかと思う人物もいることだろう。
60代のダンディな男性。ニコニコとしているけれど、実はすごいおじさまなのだ。
「皆さま、ご紹介いたしますね。テリサ王国の、スラディ大公です」
「初めまして」
そう言いつつ、シルクハットを取っては挨拶をしたおじさま。そして、周りは勢いよく起立して頭を下げていた。
皆の様子を見ると、驚いて目ん玉が飛び出している方や、口をぽかんとする方もいらっしゃる。テリサ王国の大公が、今シャレニア王国の、こんなところにいらっしゃるのだからそれは当然の反応か。
テリサ王国は、長年この国との交流はなかった。まぁ、気難しい国ではあったから仕方のない事ではあったんだけど。それなのに、その国の権力のある方がこんな所にいる。そりゃ驚くよね。
そして、旦那様がこちらにやってくる。
「お会い出来て光栄です。オリバー・ダルナードと申します」
「こちらこそ、お会い出来て光栄です。あの過保護な陛下の頭を縦に振らせた強者は一体どんな方なのかと思っていましたが、とてもハンサムな方だったようだ。とてもお似合いですよ」
「はは、そう言っていただけて嬉しく思います」
周りの皆さんも話しかけたくてうずうずしているようだから、僭越ながら私が公爵様方をご紹介させていただき晩餐会を始める事にした。
「今日は長テーブルですか。あの丸テーブルをまた見たかったのですが、人数が多いですから仕方ありませんね」
「丸テーブル、ですか。暁明王国では丸テーブルをよく使っていらっしゃるのですか?」
あぁ、やっぱりその話題が出たな。確か、シャレニア王国の使節団の方々にはそのテーブルは使わなかったか。暁明には二回しか来た事がなかったから、長テーブルの方が落ち着くだろうと思ってそっちにしたんだっけ。
その丸テーブルはつい最近、私が提案して作ってもらったものだけど……そこまで気に入ってくれていたとは。今度用意してもらおうかしら。私としても気に入ってたし。
「丸テーブルの上に二回りほど小さな回転盤が中心にあるのですよ。その上に大皿の料理をいくつも並べて分け合って食べるのです」
「まぁ! 回転するのですか!」
中華料理店でよくあるあのテーブルだ。何回も何回も来訪される使節団の皆さんがいらっしゃったから、飽きさせないために一度考案したことがあった。それからというもの、暁明王国の食卓はそれが主流となりつつある。皆さんクルクル回転するのがそれほどまでに楽しかったらしい。
「またいらしてください。その際ご用意させていただきます」
「ほぉ、それは楽しみですな。では、クッキーを買いに来つつ、ですかな」
「ふふ、大公は耳が早いですね」
《クッキー》という単語に、驚いた人達がこの中で2人いる事だろう。招待状と一緒に手紙を送った方々だ。
そして、今回の料理は、うちでよく食べる香辛料を少なくした料理を用意した。見た目がシャレニア王国でよく食べられるものと違うから、目の前に出されると不思議に思う方々がちらほら。一体何を考えているのやらと呆れ顔をしている人もいるが。
あと、待ってましたとだいぶ喜んでおられる方もいらっしゃる。この料理を食べた事があるスラディ大公、そして何度か暁明にいらした事がある外交官の方だ。
大公が最初にナイフとフォークを手に取り嬉しそうに一口。うん、味は申し分ないようだ。この国の大公(旦那様)も嬉しそうに食べるものだから皆さん凝視していらっしゃる。
皆さんはそれを見つつもナイフとフォークを手にした。
「……!?」
「まぁ!」
「なんて、柔らかいのでしょう……!」
皆さんの口にも合ったようだ。トメラス夫人は大絶賛。対するもう一人の公爵夫人は……とても驚かれている様子。一体これは……? と言いたそうな顔で私を見てきた。
「これは、鶏肉ですか……?」
「はい。材料などは全てシャレニア王国のものを使っています。調理方法は母国のものを取り入れました。お口に合いましたでしょうか?」
「……」
タリス夫人はだんまり。だけどタリス公爵は気に入った様子だ。
「と、とっても美味しですわ……!」
「肉汁が口の中に広がって……お肉本来の味、という事でしょうか……」
「同じ食材ですのに、ここまで変わるのですね!」
皆さん、興奮しきった様子で感想を言い合い始めた。ただのローストチキンなんだけど。でもお口に合ったようで大変結構です。
だけど、口を開いたタリス夫人が私にこう質問した。
「香辛料などは使っていないのですか?」
「2種類のみですよ」
「そうですか」
そう言ってまた黙り込んだタリス夫人。きっと、高価な香辛料を嗜んでこその貴族なのにと思っているのだと思う。
お客様をもてなす際、出てくる料理や紅茶、食器などでその家の財力や富を示す。それなのに高価な香辛料を減らすだなんてこの大公家の品位を下げるも同然だと言いたいのだろう。今私の近くでこの家の家主がとても美味しそうに食べているが。
けれど、周りは信じられないと料理を凝視しているようだ。
そして、香辛料を事業として経営している方とその奥方は驚愕している。まぁ、大公家の晩餐会でこんなものが出たのだから立場的にも危うくなってくるだろう。
「いやぁ、とても美味しいですよ。さすがダルナード夫人ですな。香辛料の摂りすぎは体に毒だと教えてもらってからというものの、その通りにしたら体が軽く感じられましてね。調子がいいのです」
「それは良かったです。スラディ大公にはもっと頑張ってもらいたいですから、これからも元気でいてもらわないと困ります」
「はっはっはっ! でしたらもっと食生活に気を付けないといけませんな」
本当にそうよ。頑張ってもらわないとこっちが困る。
「もうご結婚なさいましたから仕方ないとはいえ、以前のようにスラディおじいちゃんと呼んで下さらないのが寂しいですな」
「スラディ大公、皆様の前ですよ」
ちょっと待て、余計な事は言わないで。お願いだから。……いや、これはわざとか。
「はは、妻と仲がとてもよろしいようですね」
「そうですなぁ、姫さまがこれくらいの頃にお会いしていましたからな。10歳の頃なんて本当に可愛らしかった」
「スラディ大公」
「はっはっはっ! では、この話はお酒を交えてこっそりする事にしましょうか」
「いいですね、ぜひ聞かせてください」
「旦那様」
……はぁ、これだからこのおじちゃまは。人をからかう達人だな。
周りはもう何が何だか分からず戸惑っているようで、私達の話に耳を傾ける事しか出来ないようだ。
そんなこんなで、食事は進み最後のデザート。いつもの紅茶と、それと一緒に出てきたもの。それは……
「ほぉ! クッキーですか!」
「大公は本当にクッキーがお好きですね」
「それはもちろん。手軽に食べられますし、お茶にも合いますしな」
そう、クッキーだ。以前暁明王国でよく作りお客様に振る舞った事がある。かくいうこの方も、クッキーを振る舞い虜になってしまったうちの一人だ。
「いやぁ楽しみですな。《クッキー専門店・パティスリー》の支店がここに出来るだなんて」
《クッキー専門店・パティスリー》とは、暁明王国にあるお店の名前だ。そして、それは私が作った。
本当は作るつもりはなかったのに、皆が「姫さまのお菓子が食べたい!」と何人にもせがまれ、お母様が「お店を出したら?」の一言でお店も出来ちゃって。そしたら使節団の方々が大量買いするからどんどんお店が大きくなってしまった。取り扱っているものはクッキーのみのはずなのに。
奇跡的にクッキーの作り方と分量を覚えていたのがきっかけでここまでいくとは夢にも思わなかった。
とはいっても、色々な種類があり一番人気は抹茶クッキー。まぁ暁明王国でよく飲まれてるお茶が緑茶やほうじ茶だったから分かりやすいっちゃ分かりやすい。でも他も人気ではあったけどね。
「妻も暁明王国に行くたびにクッキーを買ってきてほしいと言ってくるのですよ」
「奥様まで気に入ってくださって嬉しい限りです」
まぁ今更ではあるんだけど、お店の名前は簡単に付けちゃったから結構後悔している。こんな事になるのであればもっとちゃんと考えればよかった。
とはいえ、この際だから大いに利用させてもらおうと思いお父様である暁明王国国王陛下にお手紙を出した。支店をこっちに出したいと。
まぁしきたりやらなにやらあったのだけれど、意外と簡単に、しかもめっちゃ早くOKを出してくれたので暁明人のスタッフをこっちに連れてきてもうそろそろでオープン予定である。
その中には、新商品を作るつもりだ。でもそのためには材料を仕入れる仕入れ先が決まらなければいけない。手紙を出して、今返事を待っている状態。だからその相手次第なのだ。この中にいらっしゃるお1人の。
でも、こんな話を聞いたのだからきっと近々話をしに来てくれることだろう。お待ちしていますよ。
そうして、この晩餐会は幕を閉じた。皆さん満足げに帰って行ったけれど、その中で意味深な顔で帰っていったのはタリス夫人。また何か癪に障る事があったようだけれど、それは知らないふりをするのが一番かな。
「いやぁ楽しかったですよ。ありがとうございました、夫人」
「いえ、こちらこそ。遠路はるばる足を運んでくださってありがとうございました。助かりました」
「夫人の頼みとあっては来る以外ないでしょう。お元気そうな顔も見られて大満足です」
最後に残った大公様。だけど、何やら懐から出して私に渡してきた。これは……手紙?
「結婚祝い、に思っていただけるか分かりませんが……引き受けていただけると幸いです」
……何やら嫌な予感がするのだが。しかも、この封筒はテリサ王国の王室で使われるものだ。そして送り人は……うわ、国王陛下じゃないですか。
一体この中には、どんな面倒事が綴られているのだろうか。でも、スラディ大公は〝結婚祝い〟と言った。となると、この面倒事は後々に良い方に向くという事になるかもしれない。
私の行動次第、という事か。
「……分かりました。近々お手紙をお送りしますね」
「えぇ、分かりました」
「今度お父様に会いに行ってあげてください。寂しがっているようですから」
お父様からの手紙は、一応名前はお父様ではあったけれどお母様の代筆だった。となると……泣いてるだろうなぁ、はは。誰かなだめてあげて。
「子離れというものは中々に難しいのでしょうな。姫様の方こそ、素敵な旦那様を連れて里帰りなんていかがです?」
「忙しいのが終わって落ち着いてから、でしょうね。こんなものを頂いてしまいましたし」
中身を見たいような、見たくないような。
「はっはっはっ、では近々行くとしましょう。今日の事を土産話にしましょうか」
「よろしくお願いしますね」
「次は、シャレニア王国国王誕生祭で」
「はい、お待ちしています」
ではまた、と大公様は帰っていった。
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