イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫

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 私は、自分のタンスの中身とにらめっこしていた。

 アルバイトで恋人役をさせていただく事になった相手の湊さんは、だいぶ容姿端麗だ。女性達が集まるのも分かる。昨日お見合いが終わった後に席を立った彼はだいぶ背が高くてすらっとしていた。

 この人の恋人役を私がやってしまっていいのかと、あの後だいぶ考えてしまった。

 明日デートと称して慣れるように練習をすることになっているんだけど……おしゃれな服がない。ウチは母親のお酒代などでお金が飛んでいたから元々貧乏なわけで、そんな家におしゃれなものがあるかと言ったらNOだ。とりあえず、苦しいがシンプルイズベストと言っておこう。

 ……ごめんなさい、と心の中で謝りつつも服を選んだ。



 次の日、湊さんが車で迎えに来てくれた。着いたぞ、というメッセージが送られてきて、急いで家を出ると……


「来たか」

「あ、はい、お待たせしてしまってすみません」

「待たせる、の範囲に入らない時間だから気にするな」


 よし、時計付けてるな、と私の左手首を確認した彼は歩き出した。私もそれに付いていくと、近くに停めてあった車を見つけた。彼は慣れた手つきで助手席のドアを開けて、乗るよう促してきた。黒の乗用車で、とても彼に似合った車だと思った。

 そんな車の助手席を占領してしまった事に申し訳なさを覚えたけれど、アルバイトなんだからと割り切ろう。

 その時、ふと見た運転席。運転席のシート、一番後ろに下げてあるな。と、思ってしまった。足長っ……

 すると、彼が運転席のドアを開けて乗ってきたのですぐに視線を前に戻した。

 他人の車に乗るなんて、琳の車に乗せてもらったくらいだから結構緊張する。琳の車、と言っても運転手付きで私達二人は揃って後部座席に並んでいたから余計だ。アルバイトあるんだから乗ってけ乗ってけと車に押し込まれた記憶がある。

 車を出発させた彼に、これからどこに行くのか聞いてみると買い物に行くと言ってきた。


「来週、同僚達と飲みに行くことになったんだ。彼女を連れてこいとうるさくてな。他にも一組カップルが参加するから、という事で了承したんだが……いけるか」

「は、早くないですか……?」

「だからその前にもう一回デートを入れる。予定は?」


 手帳を開き休みを伝えると、あっさり決まってしまった。飲み会の日も大学の講義があるけれど、その時間は空いていたから即決まり。

 まぁ、こっちは大学生だから合わせやすいというのもあるけれど。

 でも、もう会うのか。ちゃんと出来るかな。

 けれど、今朝スマホで通帳を見てみたら琳が振り込みをしてくれた他に、湊さんの名前で振り込まれた形跡があった。しかも、結構な額。そこには前金と書いてあった。いいのかな、と思いつつ聞いてみると……


「だいぶ強制的でもあったからな。その謝罪も入ってる」


 ……そんな事はない。けど、ありがたくいただきます。

 
「あとは……やる気が出るだろ」

「……」


 私の事を、よく分かっていらっしゃる。確かお見合いの時に、大金で困っていて追い詰められている奴ほど扱いやすい人間はいない、と言っていたけれど……本当だった。

 はい、頑張らせていただきます。

 そうこうしている内に、車が停まった。駐車場に停めたようで、洋服店が見えた。


「支給品」

「……なるほど」


 私の洋服を買うらしい。中に入ると、とても綺麗な洋服を身に付けたマネキンに出迎えられた。他にも、たくさんの洋服が陳列されている。

 きっと、私のこの地味な服が酷すぎると思ったから連れてきたのだと思う。すみません、無駄な出費をさせてしまって。と心の中で謝っておいた。


「何色が好きだ?」

「えっ、あの、お好きなように……」

「おい、アルバイト」

「……水色、ですかね」

「スカートとパンツどっちがいい」

「……丈の長い、スカートで」


 おい、アルバイト。なんとも恐ろしい言葉だ。でも確かに、好きな色の服の方が着やすくて恋人役に専念出来そうでもある。

 彼が引っ張り出した服を押し付けられ、試着室に連れていかれ、押し込められた。


「次のデート用に、飲み会用も必要だな」

「そう、ですか……」


 そんなにいるだろうか。まぁ、同僚さん達と会う時に一緒の服だと怪しまれちゃうのもあるか。そう思いつつ着替えた。

 元々貧乏だったから、こういった綺麗な服は着た事がない。ずっと古着だったし。しいて言うなら……学生時代の、新品の制服?

 そして、試着室の大きな鏡を見てみた。……着せられてる感が、あるような、ないような。けれど、スカートをなびかせてみると、とても綺麗だ。

 すると、着替えたか、と外から彼に声をかけられた。ちょっとためらってしまったけれど、これも仕事の内だとカーテンを開けた。


「……」


 腕組みをし、黙ったまま頭から足まで観察されている。だいぶ居心地が悪いな。似合わなかっただろうか。


「着ていてどうだ。気に入ったか」

「あ、はい」

「よし、採用。次だ」


 と、手に持っていた服を渡された。またもや一式だ。

 そして、先ほどと同じように着替え、カーテンを開け、観察される。また同じような質問をしては「はい」と答えた。

 また採用と言われ、彼の手に服を持っていなかったからこれで終わりかと思ったら……


「次は靴」

「えっ」

「支給品」

「……はい」


 おい、アルバイト。その言葉を言われそうになったので、黙ることにした。

 私の意見は一切いらない。そういう事なんだろうなぁ……はは。家に置く場所、あったかな。支給品という事は最後に返すことになるし、汚さないように気を付けないと。と思いつつ、ついていった。

 いつもスニーカーの私に、彼は「ヒールは履いたことあるか」と聞かれ、ないと答えると……なら履いてみるかと言われ購入する事になった。確かに、さっき買った服にはヒールの靴が似合いそうだ。じゃあ、練習しないとだなぁ。支給品ではあるけれど、大学に行く時にでも履いてみよう。


「そういえば……ピアス穴、開けてるのか」

「あ、はい、友人に開けてもらったんです」


 確か、誕生日プレゼントだったかな。琳がピアスを送ってくれて、その時ピアス穴を彼女に開けてもらった。プレゼントされたピアスは、せっかくもらったんだからと毎日つけるようにしていて、今もつけている。

 けれど、思った。そういえば湊さんもピアスを開けているな。それも……いくつも。

 警察官なのに、意外だな。そう思ってしまった。
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