5 / 23
◇4
しおりを挟む私は、自分のタンスの中身とにらめっこしていた。
アルバイトで恋人役をさせていただく事になった相手の湊さんは、だいぶ容姿端麗だ。女性達が集まるのも分かる。昨日お見合いが終わった後に席を立った彼はだいぶ背が高くてすらっとしていた。
この人の恋人役を私がやってしまっていいのかと、あの後だいぶ考えてしまった。
明日デートと称して慣れるように練習をすることになっているんだけど……おしゃれな服がない。ウチは母親のお酒代などでお金が飛んでいたから元々貧乏なわけで、そんな家におしゃれなものがあるかと言ったらNOだ。とりあえず、苦しいがシンプルイズベストと言っておこう。
……ごめんなさい、と心の中で謝りつつも服を選んだ。
次の日、湊さんが車で迎えに来てくれた。着いたぞ、というメッセージが送られてきて、急いで家を出ると……
「来たか」
「あ、はい、お待たせしてしまってすみません」
「待たせる、の範囲に入らない時間だから気にするな」
よし、時計付けてるな、と私の左手首を確認した彼は歩き出した。私もそれに付いていくと、近くに停めてあった車を見つけた。彼は慣れた手つきで助手席のドアを開けて、乗るよう促してきた。黒の乗用車で、とても彼に似合った車だと思った。
そんな車の助手席を占領してしまった事に申し訳なさを覚えたけれど、アルバイトなんだからと割り切ろう。
その時、ふと見た運転席。運転席のシート、一番後ろに下げてあるな。と、思ってしまった。足長っ……
すると、彼が運転席のドアを開けて乗ってきたのですぐに視線を前に戻した。
他人の車に乗るなんて、琳の車に乗せてもらったくらいだから結構緊張する。琳の車、と言っても運転手付きで私達二人は揃って後部座席に並んでいたから余計だ。アルバイトあるんだから乗ってけ乗ってけと車に押し込まれた記憶がある。
車を出発させた彼に、これからどこに行くのか聞いてみると買い物に行くと言ってきた。
「来週、同僚達と飲みに行くことになったんだ。彼女を連れてこいとうるさくてな。他にも一組カップルが参加するから、という事で了承したんだが……いけるか」
「は、早くないですか……?」
「だからその前にもう一回デートを入れる。予定は?」
手帳を開き休みを伝えると、あっさり決まってしまった。飲み会の日も大学の講義があるけれど、その時間は空いていたから即決まり。
まぁ、こっちは大学生だから合わせやすいというのもあるけれど。
でも、もう会うのか。ちゃんと出来るかな。
けれど、今朝スマホで通帳を見てみたら琳が振り込みをしてくれた他に、湊さんの名前で振り込まれた形跡があった。しかも、結構な額。そこには前金と書いてあった。いいのかな、と思いつつ聞いてみると……
「だいぶ強制的でもあったからな。その謝罪も入ってる」
……そんな事はない。けど、ありがたくいただきます。
「あとは……やる気が出るだろ」
「……」
私の事を、よく分かっていらっしゃる。確かお見合いの時に、大金で困っていて追い詰められている奴ほど扱いやすい人間はいない、と言っていたけれど……本当だった。
はい、頑張らせていただきます。
そうこうしている内に、車が停まった。駐車場に停めたようで、洋服店が見えた。
「支給品」
「……なるほど」
私の洋服を買うらしい。中に入ると、とても綺麗な洋服を身に付けたマネキンに出迎えられた。他にも、たくさんの洋服が陳列されている。
きっと、私のこの地味な服が酷すぎると思ったから連れてきたのだと思う。すみません、無駄な出費をさせてしまって。と心の中で謝っておいた。
「何色が好きだ?」
「えっ、あの、お好きなように……」
「おい、アルバイト」
「……水色、ですかね」
「スカートとパンツどっちがいい」
「……丈の長い、スカートで」
おい、アルバイト。なんとも恐ろしい言葉だ。でも確かに、好きな色の服の方が着やすくて恋人役に専念出来そうでもある。
彼が引っ張り出した服を押し付けられ、試着室に連れていかれ、押し込められた。
「次のデート用に、飲み会用も必要だな」
「そう、ですか……」
そんなにいるだろうか。まぁ、同僚さん達と会う時に一緒の服だと怪しまれちゃうのもあるか。そう思いつつ着替えた。
元々貧乏だったから、こういった綺麗な服は着た事がない。ずっと古着だったし。しいて言うなら……学生時代の、新品の制服?
そして、試着室の大きな鏡を見てみた。……着せられてる感が、あるような、ないような。けれど、スカートをなびかせてみると、とても綺麗だ。
すると、着替えたか、と外から彼に声をかけられた。ちょっとためらってしまったけれど、これも仕事の内だとカーテンを開けた。
「……」
腕組みをし、黙ったまま頭から足まで観察されている。だいぶ居心地が悪いな。似合わなかっただろうか。
「着ていてどうだ。気に入ったか」
「あ、はい」
「よし、採用。次だ」
と、手に持っていた服を渡された。またもや一式だ。
そして、先ほどと同じように着替え、カーテンを開け、観察される。また同じような質問をしては「はい」と答えた。
また採用と言われ、彼の手に服を持っていなかったからこれで終わりかと思ったら……
「次は靴」
「えっ」
「支給品」
「……はい」
おい、アルバイト。その言葉を言われそうになったので、黙ることにした。
私の意見は一切いらない。そういう事なんだろうなぁ……はは。家に置く場所、あったかな。支給品という事は最後に返すことになるし、汚さないように気を付けないと。と思いつつ、ついていった。
いつもスニーカーの私に、彼は「ヒールは履いたことあるか」と聞かれ、ないと答えると……なら履いてみるかと言われ購入する事になった。確かに、さっき買った服にはヒールの靴が似合いそうだ。じゃあ、練習しないとだなぁ。支給品ではあるけれど、大学に行く時にでも履いてみよう。
「そういえば……ピアス穴、開けてるのか」
「あ、はい、友人に開けてもらったんです」
確か、誕生日プレゼントだったかな。琳がピアスを送ってくれて、その時ピアス穴を彼女に開けてもらった。プレゼントされたピアスは、せっかくもらったんだからと毎日つけるようにしていて、今もつけている。
けれど、思った。そういえば湊さんもピアスを開けているな。それも……いくつも。
警察官なのに、意外だな。そう思ってしまった。
74
あなたにおすすめの小説
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
俺様系和服社長の家庭教師になりました。
蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。
ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。
冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。
「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」
それから気づくと色の家庭教師になることに!?
期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、
俺様社長に翻弄される日々がスタートした。
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"
桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる