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一章 一ノ瀬兄弟
絶対に逃がさない 2
しおりを挟む凛を抱いてしまってから二日後の土曜日、綾瀬は航によって再び一ノ瀬家へ呼び出されていた。無言で航の部屋に通される。出張先に持っていったのか、ベッド以外の家具が何もない。
航はベッドに座った。その横に綾瀬が座る。家では普段メガネの航がコンタクトをつけていた。いつもとずいぶんと雰囲気が違う。荒んでいるというか、いつもの温和な笑顔が消え、いらいらと落ち着かない様子だった。左親指の爪をガリガリと噛んでいる。
「お前、大丈夫か……何があったんだよ」
「僕は凛が喜んでくれるなら……どんな事だってする……髪型を変えて外見を凛の好みに近づけたり、望むことは何だってやってあげる。でも、お前は何もしていないのに凛に好かれて……いいなぁ……ずるい、ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいお前ばっかりずるい」
親指の爪がはがれる寸前まで齧られていた。がじがじがじがじと爪を噛む音。恨みがましい、死んだ魚のような目で綾瀬を見る航。
こんな航は初めて見た。一体この二日で何があったのだろう。凛は一度航と向き合うと言っていた。もしかしてそのせいで……? 綾瀬はどうしていいか分からない。
「もう、お兄ちゃん! 綾瀬さん、びっくりしてるよ」
そこへなぜか凛がいきなり入ってきた。凛が入ってきたとたん、爪を噛む音が止んだ。うつむいた顔が上げられ、まるでパッと切り替えるように表情が明るいものへと変わる。
「凛……ごめんね」
「ほら、仲良くしないとダメだよ?」
「仲良く……凛が、そう言うのなら……」
「そうそう、えらいね」
凛がにこにこしながら航の頭を撫でる。一見和やかな兄弟の戯れ。しかし、なぜか恐ろしい。笑顔の裏で何をするか分からない悪魔のような男も、そいつを従えるようにして制御する凛も。綾瀬の本能が『これ以上この兄弟に関わるな』と訴えかけてくる。しかし凛はそれを見越したようにぎゅ、と綾瀬に抱きついた。
「あのね、お兄ちゃんとよく話し合った。お兄ちゃんは俺が好きだけど、他の人に抱かせたい。俺はお兄ちゃんも綾瀬さんも好き。綾瀬さんは俺が好き……じゃあ、三人で付き合おうよ」
一瞬、何を言われたか分からなかった。凛はそっと綾瀬の胸に顔を埋める。柔らかな黒髪、丸い綺麗な形の頭。ほんのり漂う花のような甘い匂い。綾瀬の心臓は早鐘を打つ。
「三人で……付き合う……そんな、そんなのおかしい……」
「おかしくないよ」
「凛がおかしくないって言うならおかしくないね。そうだろ、綾瀬?」
もう逃げられない。この兄弟はおかしい。頭では分かっているのに、抱きついてくる凛を振りほどけない。
シャツを引っ張られて頬にキスをされた。柔らかな感触、とろりととろけた瞳。そっと目を閉じてキスをねだる顔……蠱惑的な魅力にどうしても抗えない。気が付けば綾瀬は凛の顎を指で掴んで上を向かせて、貪るように口づけをしていた。
「んっ、ん、んぅ……ちゅ、はっ、はぁっ……」
航がすぐそばで見ているのに、キスが止められない。舌を絡めて、航に見せつけるように舐める。凛の舌を唇の外に誘い出して、アイスを舐めるみたいに、ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸う。まるで身体の奥深くにくすぶっていた欲望……荒々しく露骨な性欲を目覚めさせるようなキス。名残を惜しむようにそっと唇を離すと、唾液がつぅっと垂れて糸を引いた。
綾瀬の下半身は緩やかに張り詰め、兄弟にもう関わりたくないという気持ちと、抑えきれない性的欲求を発散したい気持ちが天秤にかけられる。
「はぁ、はぁ……んっ、んん、んっ……」
目の前で航と凛がキスをしていた。凛の頭を両手で抱え込み、口腔内をぺちゃぺちゃと舐める。まるで犬が餌皿を舐めまわしているような動きだ。甘い蜜を舐めとるように、頬を染めてただ一心に歯並びを舌でなぞり、柔らかな唇を食む。ドラマや映画以外で、人のキスシーンなんてそんなに見る機会はない。
二人は綾瀬が見ているのにおかまいなしでいやらしいキスをする。先ほど、自分も同じようにしていたかと思うと……綾瀬の性器が下着の中で痛いほどに締めつけられる。航もまた欲望が抑えられないらしく、キスをしながら凛の腰に下半身をこすりつける。ぷは、と唇同士が離れ、甘やかな唾液の糸が垂れて二人の唇を繋ぐ。
「はあっ、はっ、あやせさん……おにいちゃん……三人で、えっちなこと、しよ……?」
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