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第三部 三章 「愛を捨てし者」

「クロトとクロト」

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 一発の銃声が鼓膜を貫く。
 エリーはビクッと怯え硬く目を閉ざした。
 同時に、鼻を刺激する鉄の匂いも……。
 恐る恐る瞼をうっすら開け、次にエリーはそれを一気に見開いた。
 自分を押さえ込んでいたクロトの左腕に穴が空き鮮血が噴き出している。

「……やべっ」

 血が止まらない。傷が癒えない。
 そのことにクロトの姿をした偽物は危機感を強く感じた。
 傷は銃による銃痕。涙に濡れたエリーはふと、クロトの名を呟いた。
 
「…………クロト……さん?」

「――動くなクソガキ! そのままジッとしてろ!!」

 叱るように怒鳴られエリーはまたギュッと目を閉じてジッとする。
 更に銃声が鳴り頭上から銃弾が数発偽物に向け発砲された。
 エリーから手を放し後退。ある程度距離を離せば入れ替わるようにエリーの前にはクロトが振ってきた。
 その背には安心感があった。いつでも助けに来るクロトに、溜まった涙がこぼれてしまう。

「クロト、さん……っ、クロトさんっ」

「……ああ、うっさい! 何度も言わなくてもわかってんだよ!! 黙ってろ!」

 怒声を浴びせられるも嬉しさしかない。
 こんな風に自身を怒鳴りつけてでも助けに来るのはクロトしかいない。目の前の彼こそが本物だ。
 安堵のせいか急に力が抜け、エリーは壁側でへたり込んでしまう。

「…………なんだよ?」

「い、いえ……。腰が抜けてしまったみたいで……」

「なんだよそれっ? とりあえず、探したぞクソガキっ。……それと、お前もなッ!」

 再び魔銃がもう一人のクロトにへと向く。
 銃痕を刻まれた腕を抱え、偽物はまた不敵と笑い出した。

「ハハッ、意外に早かったなクロトっ。よく此処がわかったな。……どんな手品使いやがったっ?」

「うるせぇっ。んなもん、ただの勘だ! こちとらクソガキを探す手段が使えねーから苛つく奴を探してれば自然と此処に着いただけだっ」

「……運がいいって奴か? そいつはご苦労。だが俺の邪魔をしたんだ、高くつくぞ?」

「それはこっちのセリフだっ。……いつまで俺の姿でいやがる! 俺の姿で、このガキになにしようとしてた!!」

 自分が自分とは別の行動をとることに不快感が湧く。
 それも、対象をエリーとして手を出そうとしたことがなによりもクロトには腹立たしいことだ。
 腕の傷から血を払い袖で縛り止血した偽物は、またしても懲りず「キシッ」と笑う。

「何って? お前ができねーこと」

「ああっ?」

「お前の姿で、お前の声で。姫君のいろ~んなのを奪ってやるつもりでしたー。人前じゃ言えないあれこれとか教え込ませて。……なあ? お前にはできねーことだろう?」

「……なっ!」

「さっきので少し興奮しちまったぜ。姫君可愛いから、ジワジワと余すことなく味わって……、聖女な姫君を喰っちまいたくなってたところでしたー。……ああ、ガキにはちょっと刺激が強いか?」

「おまっ、お前……! 俺の姿で気色悪いこと言いやがって……っ」

「……あ、あの、クロトさん。私は話がよくわからないのですが……?」

 話の内容についていけず当事者であるエリーは不意に問いかけるも、
 どこか屈辱的に顔を赤らめるクロトがそんな問いをピシャリと叱る。

「――聞くな、黙ってろ!! 耳でも塞いでろ!!」

「は……はいっ」

「え? なに姫君? 興味あんなら俺が教えてやるからそんな奴ほっといて一緒に楽しもうぜ♪ マジこっちカモン♪」

「――お前も黙ってろ!!!」

 怒声と共にクロトは何発か撃ち放つ。
 厭らしく手招きをする偽物は瞬時に身を傾け急いで銃弾をかわした。

「うっわ、あぶね……。つーか、気色悪いとは聞き捨てならねぇな……。俺の何処にそんな要素があるって?」

「全部だ!! それも俺の姿で……っ、ぜってぇ殺すッ!」

「……これだからこのクソガキは。……いや、お前だからこそ、か? だってお前、そういうのねーもんな」

「御託はいいっつってんだよ! さっさと死ね!」

 苛立つあまりにクロトは短気と再度発砲。
 今度の偽物はそのまま悠々と立ち、そして動こうとしない。 
 かわさねば銃弾は頭を直撃する流れ。
 それを不可能にし、銃弾はパァンッと弾けて掻き消えた。

「……っ!? なっ」

 クロトは唖然として銃を下ろす。
 腕を負傷している偽物を守ったのは赤白い衣。――炎蛇の皮衣だ。
 
「驚くことはねぇだろ? コイツは俺のお気に入りで相棒だからな……。可愛い奴なんだぜ?」

 揺らぐ衣を愛でるように撫で身に纏う。
 その皮衣は本来クロトが使役している悪魔の力であり他者が気安く扱えるモノでもない。
 魔銃も使わず、偽物はそれをなんの唱えもなく顕現させていた。
 
「お前も可哀想になぁ……。あんなガキにこき使われて」

「……なんで、お前がそれをっ!」

「言っただろう? 俺のお気に入りで相棒だって……。産まれた時から俺とコイツは一心同体。お前のようなガキが気安く扱っていいような相棒じゃねーんだよっ」

 羽衣は形を炎を帯び形を変える。二つの先端が裂け幾つもの槍にへと姿を変えた。
 変幻自在とはクロトも知っていたが、このような細かな造形を相手は容易く行ってくる。
 槍はクロトに狙いを定め、瞬時に伸びて襲いかかる。
 
「くそっ!」

 クロトは急いでエリーを抱え真横にへと飛び込む。
 壁にへと向かう槍は直撃する寸前に形状を変え、今度は巨大な大蛇となってその身をくねらせる。
 造形だけではない。的確に操って襲いかかってくる。
 大蛇に向け銃弾を放つも炎蛇の皮衣はその弾を全て弾き怯むことを知らない。

「無駄だ無駄だってっ。俺の相棒にそんなもん、効くわけねーだろうがっ!」

「くっ!」

 銃をしまい、クロトは樹の間をすり抜け樹々の群れの中にへと逃げ込む。
 大蛇も入り込めず、しゅるりとほどけて戻る。

「なるほど、それなりに頭は回るか……。あの魔女が選んだだけはあるな。……ああ、久しぶりの狩りかぁっ。獲物はガキ一匹と愛しの姫君。どう料理してやろうかっ」






「……ごめんなさい、クロトさんっ。私、全然気付けなくてっ」
 
「黙ってろクソガキっ。……いや、早く気付いていれば俺が間に合わなかった。アイツらはどうした!?」
 
「ネアさんたちは、最初に別れてしまって……っ。私、あの時にクロトさんじゃないって気付いていれば、二人とはぐれなくて済んだのにっ」

「鬱陶しいから泣くなっ。とにかくアイツらを探すぞっ。……っ!?」

 エリーを抱えクロトは樹々に紛れて進んでいく。
 しかし、背後から迫る威圧が早くなり、それは視界に飛び込んでくる。
 左右から白い影が蠢き、しだいに二匹の大蛇が顔を出し牙を向けてきた。
 先ほどの大蛇を二分割したほどの大きさならこの複雑と障害物の多い場所でも動き回ってくる。動きも本物の蛇のようだ。
 捕まるまいとクロトは食らい付く蛇の牙から逃げ続ける。
 その身を何度も樹に絡ませるがもつれることもなければ何時までも追い回してくる。

「コイツらっ、限度がねーのかよ!!」

 変幻伸縮自在可能な炎蛇の皮衣。その可動領域の上限などクロトの知識にはない。
 対抗するなら同じ力だ。

「くそっ。――【纏えっ。ニーズヘッグ】」

 クロトも同じくその皮衣を顕現させようとする。
 が。引き金を引きるが、カチン……と空振りの音だけが虚しくなる。
 炎蛇の皮衣は姿を現さず、守りの要は主の命令を無視した。

「なっ! どうなってやがんだよ……!!」

 攻撃の通じない相手に逃げることだけを強いられる。
 しだいに追い込まれていく。前を断たれ、左右前後、頭上にまでも蛇の体が伸び、網のように囲まれた。
 
「――【蛇網結界じゃもうけっかい】。俺の十八番おはこに飛び込むとは、大した度胸だよっ」

「――クロトさん!」

 しがみついていたエリーが迫る影を目にし注意を呼びかける。
 だが、気付いたのは首を取られてからだった。
 そのまま樹に背をぶつけられクロトの首を男は片手で締め上げていく。
 
「あ゛っ。……放せっ」

「獲物の分際でよくほざくなぁクロト。あと姫君は返してもらうぜ。お前と一緒に殺しちまったらまずいからな」

「ひ……っ! いやあっ」

 エリーを引き剥がそうとし、エリーは必死とクロトにしがみついた。
 クロトも同様に意地でも放そうとしない。

「渡す、かよ……っ。お前、なん……かに……っ」

「お前の意見なんて聞いてねーっての。ほら姫君。手荒なことはしたくねぇからさ」

「いや、ああっ。クロトさんっ」

「――ッ!!」

 締まる首に耐え、クロトは偽物の胴体を靴裏で蹴り飛ばす。
 解放された喉は急いで酸素を求めて呼吸を荒く繰り返す。
 
「っ! テメェっ、よくも……っ」

「カハ……ッ。それは、こっちのセリフだ……っ。しつけぇんだよお前。こんなガキに御執心とは、そこらの魔族とまったく変わらねぇな」

「……俺を……そこらの魔族と同等……だとっ!? この……俺が……っ?」

 相手の怒りにクロトは火を付けた。
 殺気が結界全体から放たれ、それに逃げ道というモノはない。

「だったらいっぺん殺してやるよクロト!! ――そのガキを食い殺せ!!」

 周囲の網と化した羽衣がそれに応え無数の蛇にへと変わる。 
 雨のように降り注ぐ蛇の群れにクロトはエリーを突き飛ばしその場から逃がした。
 
「――ッ!? クロトさん!」

 その呼び声は届かなかった。
 クロトの手足、胴体にそれらは噛みつき牙を食い込ませる。
 苦痛に藻掻くクロトの絶叫が周囲にこだまし周囲を揺るがした。
 エリーは思わず耳を塞ぎ損ね、その光景を目の当たりにしてしまう。
 肉を食いちぎり骨を砕くほどの残虐な殺し方。

「燃えろ……、クロトっ」

 蛇たちの口から炎が溢れる。それはクロトの全身を噛みつきながら燃やし炎上。
 強い火力が人肉を焼き、吹き消えるとそこにはクロトの焼死体が。しかし、それで簡単に命を落すクロトではない。再び炎を全身に纏い、傷を癒やして息を吹き返す。

「……はぁっ! あっ!」

「……さすがに、殺してもしなねーか。だが、体に与えられた痛みを刻みつけることはできる。どうだよ? 燃やされて死んだ感想は?」

 クロトの体はまだ炎を感じたまま熱くある。
 体中の水分が蒸発するかのような感覚。少しでも熱を冷ます空気を求めて全身で呼吸を繰り返す。
 
「クロトさんっ、クロトさん! ……大丈夫、ですか?」

「あっ、はぁ……っ。大丈夫に見えんのかよっ」
 
 傷が癒え生き返るも与えられたモノは消えない。
 血液を沸騰させ蒸発させられ、肉を焦がし炎に包まれた感覚。早々取り除けられない死因を体が覚えてしまっている。
 
「……っ、くそっ。疑っていたが……どうも最悪ってやつか」

「あ? なんだよ?」

「お前の正体がわかったって言ってんだよっ、クソが! ここまで力見せびらかして、おまけに力も使えねぇようにしやがって。まさかバレないとでも思っていたのか!?」

「……ああ、そういうことか。ははっ、なんだよクロト。じゃあ言ってみろよ、――この俺の正体をっ」

 炎上した体を起こし、クロトは立ち上がって銃を偽物に向ける。
 ……いや。その者にだ。
 
「炎の蛇……。そうだろう? 俺の魔銃にいた悪魔……。――【】っ」

 名を答えられ、男は手を鳴らして笑う。
 
「ハハッ。……当たりだクロト」

 正解したことに拍手を送り、男の周囲を炎が覆う。 
 火柱が燃え上がり、そこから出てきたのは赤い衣と羽衣を纏う背の高い男。焼け焦げたような髪色をなびかせ、腹部を大胆に露出させた男は腕を広げ、金色の瞳を開く。



「初めまして姫君。そして我が主よ。我が名は【炎蛇のニーズヘッグ】。四の王に属せし、業火の蛇。――ニーズヘッグ様だっ」
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