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第五部 五章「変わらぬ想い」

「安眠の華」

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 【猛華のアリトド】。彼女が魔王として名を広める前から、魔界の樹海の王として君臨していた。
 植物という浸食の速さは尋常ではなく、瞬く間に魔界に樹海を形成し、陣地を広げた。
 彼女の感情というモノは自然そのもの。ただ樹海に咲く、一凛の華でしかなかった。
 その均衡を崩したのが、突如襲来した一体の蟲。名もなく、ただ飢えに苦しむだけの存在。それにアリトドは施しを与え続けてきた。
 果実などが豊富であり、食料には一切問題がない。
 飢餓が治まれば、蟲は理性を回復させアリトドの傍に居座り続ける。
 いつしか、蟲は自身の配下を作り自らの領地を広めてゆく。巣立つようで名残惜しいという気もしてしまう。
 蟲と過ごす日々は、アリトドにとって得たものが多くあった。特に、感情と言うものだ。
 会話をするたびに芽生える幾多もの感情。喜怒哀楽。時に嫉妬も。アリトドは供物を出すだけでそれらの大きなものを得続けてきた。
 親しい仲である内に、蟲は名を上げ、十三魔王とまで昇格した。力も抜かれ、蟲の誘いでアリトドも魔王として認められる。
 蟲は暴食として恐れられ、これまでの供物では物足りなくなってしまっていた。
 アリトドもまた、彼に見放されないために、気に入る供物を用意するのみ。
 ……止める気はなかった。止められないのもまた、今更という気でしかなく、何処か複雑な感情すらもあった。
 いつかは、この流れを変えねばならない。そうとすら思っていたのだが……蟲が無残な事に散った時に押し寄せた衝動は根強くある。
 
 ――許すことができない。これが終わって……事を選んだとしても。

   ◆

 兎の根城。ソフラは席に着き、書類にへと目を通し、鼻歌を奏でながら印を押してゆく。
 機嫌よくニーズヘッグの帰りを待つ間。平穏なひと時を過ごしていれば、彼女の長く垂れた耳が、ぴくっと反応した。
 
「……あらぁ。珍しいお客様ですことでぇ。どうかなさいましたかぁ? ――二番席魔王様ぁん」

 音もなく、扉を利用せず。一瞬にして違和感もなくソフラの前に現れたのは、二番席魔王――【時遊びのクロノス】だ。
 クロノスは一つ、銀時計を揺らし、ソフラに目を細める。
 それは、威嚇行為にも捉えられた。
 
「いや~ん、そんな怖い顔せんといてぇなぁ~。ウチ、怖くて泣いちゃう~」

 茶化すようにソフラはわめく。
 すると、呆れたクロノスはため息と共に銀時計をおろす。

「心にもない事を言うな。……言いたいことはわかっているはずだぞ?」

「ええ~? なんのことですぅ??」

「とぼけても無駄だぞ。この性悪獣が……。よくもまあ誘導してくれたものだな、――

 クロノスは冷たくあしらい、ソフラを十二の王の名で呼ぶ。
 
「……此処ではそう呼ばないでいただけますぅ? ウチはソフラ・ハスブリム。此処の管理人なのでぇ」

はな。だが、お前はソファレの分けた一部、だ。お前とソファレは中身が共有されている。それぞれで誘導しおって、なんのつもりだ?」

「そない怒らんといてくださいなぁ。……ゆっくりお話しますので」

   ◆

 幾多の岩を砕く激しい音が彼女の怒りを物語る。
 アリトドを中心に、その猛華が振るわれた。
 緑と化した荒野を数多の触手が鞭の如く暴れまわり、土台となっていた荒野の岩山を尽く砕き続けてゆく。
 狙いはただ一つ。赤き炎を纏う――炎蛇だ。

「くっそっ! 暴れすぎなんだよ!!」

 直撃するだけで死に至るであろう猛攻。それだけでアリトドの怒りと殺意が行動に現れている。
 皮衣で焼き切り、直撃を免れるも束の間。すぐに次が来るため休む暇がない。
 
 ――全部燃やせば楽なんだろうが、こうも激しいと力を溜められねぇんだよ! ただでさえ魔力制限受けてんだからよぉ!

 周辺一帯を燃やすためには時間がかかる。猛攻を逃れる事をおろそかにもできず、炎のみに力を注ぐことは困難でもある。
 名ばかりだけではなく、アリトドには魔王としての実力もある。
 その事を見越して、こちらに余裕を与えないようにしていた。
 周囲の植物はアリトドの目であり耳でもある。何処へ向かおうが彼女の領域に逃れる場所などない。
 
『許さない』『許さない』『許さない!』

 周囲の草花がアリトドの声を無数に響かせる。
 怒りに満ちた憎しみの声。その声はニーズヘッグの思考を乱すものでもある。
 
 ――ああ、知ってるよ。お前があの蟲野郎にぞっこんだったのも。それを殺した俺が憎いのも、わかってんだよっ。

 負い目がアリトドへの敵意を鈍らせる。
 アリトドのこの感情をニーズヘッグも実感したことがあるからこそ、否定などできるはずもない。
 
 ――大事だったんだろ? 俺だって失った時の痛みや後悔くらい、お前に負けないくらい知ってる。お前には救われた事もあるし、此処でお前に敵対するのが恩を仇で返す事になるのも、全部わかってる。

 できる事なら、穏便に謝る事ができればと思う。
 しかし、今のアリトドにそれを言ったとしても逆効果だろう。
 この激情を止めぬ限り、攻撃が止むこともない。
 
 ――……なあ? お前ならこういう時、どうする?

 ニーズヘッグは、ふと問いかける。
 それは自分の内に。それは意識すらない内なる者に。
 応えるはずもない、もう一つの宿る魂。その者から、何故か頭に返答が返ってきた。



 ――知るかよ。相手がなんだろうが、俺は俺のためだけに行動する。



 それはとても身勝手な言葉。相手の事など気にも留めず、己のためだけに生きようとする者の言葉。
 その者なら……。――クロトならそう必ず応えるだろうという考えが、返答の様にニーズヘッグに放たれる。
 
 ――ああ。やっぱそうだよな……。

 呆れつつも、ニーズヘッグは納得と、何処か羨ましくすら感じた。
 ろくでなし。だが、今その言葉がどれだけニーズヘッグを前進させられたか。
 下手な慰めよりも、欲しい意志だ。
 
「いけるかどうかわからねーが……、試してみっか」

 ニーズヘッグは金の瞳を光らせる。
 負い目を捨て、ただ己がために踏み出し炎を纏う。
 
「往生際の悪い蛇めっ。潰して苗床にしてくれるっ」

「物騒な事言うなよっ。俺ばっかに集中してっと、周りが見えなくなるぞ?」

「減らず口をっ。お前に我が領域を燃やしきる余裕など――」

 ――与えるはずがない。
 そうアリトドは強く宣言できるほど、その猛威を振るう。……っていた、はずだった。
 アリトドは次に目を疑い、何度も目を見開き言葉を詰まらせてしまう。
 
「――なっ!?」

 アリトドの周囲は既に火の海だった。
 草花は炎上し、彼女の周囲は魔界の暗闇を払う業火に燃え上がっている。
 熱が本体にまでも届き、肌を焦がす事に気付くのすら遅れてしまうほど、驚愕でしかない。
 
「う……嘘だっ。何故、燃えている!? たった一瞬でも……私の……!?」

 絶望感に圧倒され、混乱するアリトドは次に襲ったのは、突然とした肌が感じ取った冷気。
 ハッと我に返ってみれば、アリトドの視界から火の海は消え、無意識に猛攻を止めてしまった自分が呆気に取られてしまっていた。
 
「……今のは、……幻覚……だとぉ!?」

 そう気づいた時には、既にニーズヘッグがアリトド本体の目の前まで来ていた。
 皮衣がアリトドとニーズヘッグを覆い、ニーズヘッグが合図を出せば、瞬く間に炎を吹き出し二人を業火に包む。
 魂すら燃やす業火を直に浴びせられれば、魔王とて無傷ではいられない。焼ける苦しみに悶えながら、アリトドは大輪の花からその身を地上にへと落下させてしまう。 
 アリトドとの接続が切れれば、周囲の草木は急激に枯れ落ち、わずかな風で散ってゆく。
 
   ◆

「……で? なんで炎蛇はんとアリトドはんを鉢合わせさせたか……やっけ? それって言う意味ありますぅ? クロノスはんなら言うまでもなくわかる事ではありません?」

 ――ソフラ・ハスブリム。
 十二の王の属にして、十二の王が分けた分身の一体。性格、口調、姿はソファレと瓜二つを宿し、その魂すらも互いに共有しあう【器】個体。
 故に彼女はもう一体の十二の王でもある。
 堂々と、悪びれもなく意地の悪い性格を平然と出す。

「お前の思考や心まで読めるほど、私は万能ではない。行動理由がお前は理解できんのだ」

「それはお褒めの言葉でよろしいんですよね? ……まあ、アリトドはんのためでもあるんですよぉ? そして、クロノスはんもこれは好都合と思っとるん違うん? いい加減、アリトドはんの鬱憤を晴らしたいところもあったんやろ?」

 クロノスは、後ろめたい様子で目を逸らす。
 事象を見る事のできるクロノスと違い、ソフラは内側を読むことに長けている。
 それは思考を読み解くことで行動の先読みをするという、未来予知に近いものだ。
 
「はい、大当たりぃ~♪ アリトドはんの今の状況はよろしくない。それは魔界の均衡にも関わってくる。なら、しばらく安定のために眠ってもらうのが一番。……せやかて、今のアリトドはんがそれを快く受け止めると? そないな事ないよねぇ。せめて残りそうな未練を果たす、もしくはそれをかき消すほどの事象がない限り。……せやから、ウチは炎蛇はんを差し向けたんよ」

「その結果、炎蛇が死ぬことになってもか?」

「あっはは。ウチ、炎蛇はんが負けるとは思ってへんよぉ。負ける賭けはせぇへんもん。さすがのアリトドはんも、憎い対象に敗北したなら、少しは納得いくんちゃいます?」

「……なるほど。お前の予想も大当たりだ」

「大盤振る舞い待ったなしやね。後はお任せいたしますよぉ」

 クロノスの問いに全て応えきったソフラは上機嫌に扇子で頬を仰ぐ。
 要は済んだのだろうが、なかなか帰ろうとせずクロノスは奥の部屋に少し睨む。

「……厄災の娘は、お前が預かっているのだろう?」

「……ええ。せやけど、なんですぅ?」

「…………」

「――今のうちに、殺されます? それが魔界のためなら、ウチもしゃーないと思いますけど」

「…………っ。いや、いい。今それをすれば、

   ◆

 地に這いつくばり、アリトドはある限りの力でなんとか動こうとする。
 しかし、それは微々たるものだ。
 彼女の全身は酷い火傷を負っている。植物の化身である彼女にとって、火による傷は簡単に癒えるものでもない。
 息がある事には不思議とすら思えた。すぐに止めを刺すと思っていたが、肝心の炎蛇も地に横たわってしまっている。
 負傷している様子はないが、ニーズヘッグもまたうまく身動きが取れずにいた。

「……どうした炎蛇? 何故お前も倒れている?」

「うるせぇ……。お前から隙を作るために、周囲のお前の目に邪眼を使ったからな……。さすがに量が多すぎだ。アレ苦手だから、すんげー気分悪いんだよ」

 ニーズヘッグは自身の目を抑える。
 炎蛇の力の一つ。対象の相手に幻覚を見せる――邪眼。
 視覚だけでなく五感すらも一時的に支配できるもの。
 扱えるも、ニーズヘッグにとってそれは使い勝手が難しくあり、普段なら絶対に使用しないものだ。それも、一つにではなく、アリトドが共有する草花全ての目に向けた。その数の多さはニーズヘッグの気力を多く削ぎ落す結果にへとなった。
 
「……あ~、吐きそう。……つーか、そういうお前も俺に止め刺さないのな」

「此処まで焼いておいて、よく言う。……お前のせいで私はしばらく動けそうにない」

 悔しさよりも、アリトドからは乾いた笑い声が漏れる。

「無様だろ? さぞいい気味でいるのだろう? お前も……あの魔女も……。厄災の娘も……。愚かだと蔑め。八番席は……この程度なのだと。魔王の……恥さらしとでも」

 アリトドは、自身の愚かさをよく理解していた。
 表では虚勢をはり、自身の抱く憎悪を否定することができなかった。
 しかし、その裏ではその愚かさを認めてすらいた。
 ニーズヘッグは知っている。アリトドは表向きな悪評が目立ってしまうだけで、本当は自分を責め続けている、魔王の中でも良心的な存在であることを。
 一度とはいえ、救われた本人だからこそ、ニーズヘッグはそれを強く言える。
 
「……感情に流されやすいって、俺らも人間と変わらないよな。正直、俺はあの蟲野郎嫌いだったけど、お前の大事なもん燃やした事はすまねーって思ってる。でもな、俺だって大事なもんがあるんだよ。お前に負けねーくらいのがな。……あと、安心しろ。お前が言う【厄災の姫】はな、笑っちまうくらいの善人だからよ。お前をもし殺そうとすれば、絶対止めるくらいで、敵にも情けかけるんだぜ? 狙ったお前の事くらい、余裕で許すっての」

「……」

「だから、頼む。イブリースも結果出してんだろ? これ以上、姫君に関わんな」

 やる事を終え、達成感に満ちた炎蛇にとって、その場で長居する理由などもない。
 ニーズヘッグは身を起こし、アリトドを残してその場を立ち去る。
 




 残されたアリトドは呆然と天を見上げる。
 抱いていた憎悪が嘘のように晴れてもいた。
 何処か晴れない気持ちが全くなく、爽快なものですらある。
 見事に打ちのめされた事で、吹っ切れが付いたのかもしれない。

「……笑うほどの善人……か。愚かだな。……どいつもこいつも……私も」

 

「――本当に、余計な事をしないでいただけますかぁ? アリトド様」



 忽然と聞こえた声は不快と聞こえるも、この時は嫌悪より驚愕が勝っていた。
 天を見上げて横たわるアリトドを見下ろすのは幼き少女――魔女だ。
 姿を直視してから、「いつからいた?」など、問い詰めたい事が頭の中で生まれるも、言葉に出すことができないほど虚を突かれてしまった。
 呆気に取られるアリトドを見て、魔女は嘲笑う。

「私の予定にない行動をとられますと、困りますわ。もしも、に何かあったら、どうするおつもりで?」

「……予定……だと?」

「そういう往生際の悪さは本当にあの鋼殻蟲と同じですね。……一声かけてくだされば、セントゥールと同じようによき段取りを立てたのに」
 
「……っ。貴様……。やはり、貴様がセントゥールを……利用したのだなっ。この悪女がっ」

「怒られてもまったく怖くありませんわ」

 次に魔女は、その赤い瞳から冷たい視線を放つ。
 今まで下手に出ていた魔女とは違い、この眼差しこそがこの魔女の本心なのだと、痛く実感する。
 
「本当に愚かな魔王たち。……イブリースが宣言したなら、もう使えそうにないわね。残念だわ」

 最初っから。この魔女は最初っから魔王に敬意など払っていない。
 下手に出て、いいように利用しようとしていた、正に害悪の魔女。
 
「でも、まあいいわ。その程度の障害」

 魔女は手をかざす。
 その手には一冊の本を顕現させた。分厚い本。表紙にはまがまがしい装飾を施したそれをアリトドにへと向ける。

「……何を……するつもりだっ」

 ゴクリと喉を鳴らし問うも、魔女が返すのは不快な愛らしい笑み。


「楽しかったわアリトド様♪ 反抗的で私に抗って………………――本当に愚かな魔王」








 開かれてゆく本。
 アリトドは抱いた恐怖により視界を固く閉ざす。
 それから数秒、変化がない事に戸惑い、恐る恐る視界を開いてみれば、またしても驚かされる光景が。
 魔女の首には大鎌の刃と、虚空を揺れる銀時計が煌めく。
 
「……あら。何か御用ですか? 

 魔女に刃を向け、鋭い眼光を飛ばすのは二体の魔王。
 冥界の王――【冥王のハーデス】。
 時の管理人――【時遊びのクロノス】。
 二番席と三番席が、一緒になってこの事態にへと割り込んできていた。
 少しでも妙な行動をとれば、魔女の首をハーデスは狩れることができる。例えそれを免れたとしても、控えるクロノスが許すとも思えない。
 魔女はおとなしく本をおろし、視界から消し去る。

「お前こそなんのつもりだ? 雑草とはいえ、魔王に手を出すことが何を意味するか……そこまで愚かではあるまい?」

「あらあら。まるで私がアリトド様をどうこうしようとしていたみたいに言わないでください。心外ですわ」

「なら、直接魂に問いただそうか? 魔女と冥府で語り合うも、悪くないが?」

 大鎌は触れるか触れないかまで迫っている。
 魔女は一度言葉を慎み、ため息に近い呼吸がこぼれる。

「……わかりましたわ。さすがにお二人相手は面倒ですもの。そこまで暇でもありませんし、退かせていただきますわ」

 魔女の首が解放される。 
 二体の魔王は彼女が遠ざかり、姿と気配を消すまでをその場で待つ。
 深追いはしない。クロノスたちの目的は、アリトドにあったからだ。





 魔女が消えれば、次に両者はアリトドを見下ろす。
 
「…………なんだ? 笑いにでもきたのか?」

「口が減らんのぉ……。これでも助けたつもりなのだがなぁ」

「私はそんなつもりないぞ? むしろ笑ってやるつもりでいたが、それすら呆れるくらい無様なものだな。……まあ、こうなる事は既に知っていた」

「……礼は……言わんぞ? 特にクロノスには」

「だ、そうだぞ? ワシは構わんが、クロノスはもう少し思いやりがあっても良いと思うのだが?」

「うるさい。……アリトド、お前はこの後、どうせハーデスに頼み込むつもりでいたのだろ? なら此処で終わらせるべきだ」

 その言葉に、アリトドは一瞬目を見開くも、どこか落ち着いた様子で受け止めた。
 
「……イブリースも、それを望んでいるのか?」

「イブリースは何も言っていない。ただ、今の感情が不安定なお前のせいで魔界の均衡が崩れるのは迷惑なのだ。お前の浸食性は強い。苦情も幾つか表に出てないがある。百年間それをお前が堪え切れるとも思えんからな。……それに、お前もこのままでいる事を快く思っていないのだろ? だからソファレにアレを用意させた。……もうお前の用も済んでいるのなら、後は――」

「――魂をハーデスに差し出して、しばらくの間は眠りにつく。……わかっている。これ以上生き恥は晒せないからな」

「アリトドもセントゥールと同様ワシと契約している。既に来世の器を用意し、継承できるなら、しばしその魂をワシが預かり、時が来れば器へ。……それでよいのだな?」

 アリトドは、静かに頷く。 
 
「セントゥールのいない世は、私にとって酷なものだ。心の何処かで、いつかセントゥールをリセットできればとすら思っていても、やはり憎悪という感情は、こうも私を乱すのだな。……次に目が覚めた時には、またセントゥールに……会えるか?」

「……不快だが、未来は潰さぬ様にしたいつもりだ。しばらくは……鬱陶しいのが減るな」

 確証はなくとも、アリトドにわずかな希望を与える。
 アリトドは穏やかにその魂をハーデスにへと差し出す。淡い魂の炎が肉体から抜ければ、アリトドの身は枯れ落ち、一生を終えた華の如く散る。
 しかし、後悔などはなかっただろう。
 未練もない。ただ素直な澄んだ魂を手に、ハーデスは冥府にへと無事送り届けた。
 せめてセントゥールの傍にへと。
 
「……?」

 ハーデスはふと首を傾ける。
 つられてクロノスも、彼と同じ方にへと目を向ける。
 視線の先には、愛らしく着飾った草色の髪を宿すが、じっと見ていた。
 
「……確か、アリトドが供物として差し出していた、【食用華】たちだったか?」

 少女たちは、こくりと頷く。
 
「アリトド様は?」
「死んだの?」

 少女たちはぽつぽつと、呟く。
 ハーデスとクロノス。両者はその事実を偽る事なく、この少女たちにへと伝える。

「ああ。……次に目覚めるのは百年ほど後だ。……許せない、という気持ちでもあるのか?」

 例え【食用華】でも、親であるアリトドを死に誘ったのだ。子である少女たちに、その感情があってもおかしくはない。
 ……のだが。

「べつに」
「むしろやっと吹っ切れやがりましたか」
「毎回寝室で悶えられても困るのですよね」
「優柔不断もいいところでした」
「……ぷっ」

 と。心配どころか、無表情ながらもこの棘のある発言だ。
 それに対し、可愛くないとすら思えてしまう。
 
「それで、しばらくはお前たちがアリトドの領地を管理するようになるのだが?」

「……誰がやるんです?」
「やってもいいけど、特に何もしないし」
「アリトド様にできるなら簡単でしょ?」
「人間界に行ってみたいです」

 セントゥールとアリトドなき今。彼女たちが供物の役目背負う事はない。
 この事象の前に、既に彼女たちはその責務をアリトドから解約されられている。
 生きるも何処へ行くも。与えられた自由を妙に戸惑いつつも好奇心が溢れてしまう。

「急に自由を得た途端投げやりだな。……まあ、好きにするがいい」

「「はいはい」」

 少女たちは最後に敬意を払って一礼すると、仲良く駆け出してゆく。
 アリトドの安らぎが成就された事を喜びながら。

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『やくまが 次回予告』

クロノス
「時折、十二の奴には振舞わされて面倒だ。結末はわかるも行動の考えが理解に苦しむところがある」

ソファレ
「あら~、クロノスはんどないされましたぁ? ウチの事、噂されてました~?」

クロノス
「わかっていて言うな。お前の思考が面倒だと言っているんだ」

ソファレ
「嫌やわ~。こんなか弱いウサギのウチを無下に扱って。ウチ悲しくて泣いてまいますよぉ~」

クロノス
「泣くなら泣いてみろ。嘘泣きは認めんからな? お前がこの後ガチで泣く可能性0%だからな?」

ソファレ
「…………それよりアリトドはんの件、うまい事いってよかったですねぇ。これで落ち着いて過ごせますわ」

クロノス
「話を切り替えるな。そういうところが不快なのだ」

ソファレ
「こんな愛らしいウサギの何処に不快要素があると?」

クロノス
「……なんか、もういい。この後も適当にあしらわれるからもういい」

ソファレ
「なんでもかんでもわかってたらつまらんよぉ? 次で第五部もラストやし、魔界編も折り返し地点よぉ。……出番なくなるわ~」

クロノス
「ようやくか。あの連中にはとっととこの魔界から出て行ってもらいたいものだ」

ソファレ
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第五部 六章「友人A」。ウチらも何か親しい呼び名考えへん? クロろん……とかぁ♪」

クロノス
「後も前も怖い目にあいたいのか?」

ソファレ
「……冗談やって」
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