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第六部 三章 「繋がれた少年」

「繋がり」

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 エリーは何度も闇精霊シェイドに問いかける。
 だが、やはり口だけのせいか、闇精霊シェイドにはまったく話が通じず……。
 数回の間にニーズヘッグが炎を出すも、一時期の怯えだけで終わってしまう。
 このまま待つか、ニーズヘッグとフレズベルグ、どちらかが主を引きずり出すか。この二択を強いらされている。
 
「アアッ! クッソ!! やっぱコイツ燃やすぞ!! 一匹精霊焼いたくらいでこいつらの数なんて減りもしねーだろうが!!!」

 もはやニーズヘッグが言っているのか、クロトが言っているのかわからないほどの暴言っぷりだ。クロトでもあり得る発言なのが困るところでもある。
 見せしめの一環としては当然なのだろうが、フレズベルグが強く肯定できないのはエリーの目があるからだ。
 フレズベルグがニーズヘッグを止めようとするなど、これで何度目か。

「いい加減にしろ愚か者。異端者はどうしようもないが、他二人は見つければなんとかすればいい。姫が無事目覚めたのは幸いだ。こちら側から干渉ができない立場だったからな」

「それはそうだがフレズベルグっ。ここまでコケにされて黙って見過ごせってのか!?」

「むしろ、この状況下で打破すれば、それこそこ奴らにとって屈辱的な事はないだろう? そう思えば解決後はざまーみろだ」

 ニーズヘッグは唸りながら、なんとかその言葉に納得をする。言いたい事が山ほどあるのだろうが、苦い味を呑み込むような顔をしている。
 
 ならば彼らにできるのは。と、自分たちの作業を再始動させた。

「じゃあ、もっかい俺が見てくる。もしかしたら変化があるかもだからな」

「承知した」

 うん。と、フレズベルグは頷くと、ニーズヘッグは目を閉じ、しんと静まる。
 数秒間、その様を見守る。
 ……が。すぐに変化が起きた。
 ニーズヘッグは突然眉をしかめ、「ん?」と声をもらす。
 いったい何があったのかと眺めていれば、すぐにニーズヘッグが目を開き、若干険しい顔をする。

「……え~っ、とぉ?」

「どうしたニーズヘッグ。何を悩んでいる、鬱陶しい」

「一言余計だ……っ。なんつーか、……ちょっとフレズベルグに聞きたい事あんだけど……いいか?」

 戸惑いながらの質問。フレズベルグはこの状況のため「さっさと言え」とキツく応答。
 心なしかニーズヘッグは身を少しばかり遠ざけてから、落ち着いて問いかける。

「フレズベルグってさ、探す時に……そのガキいたか?」

「いたらとっくに起こしているだろうが」

「そうじゃなくて。……例えば、寝てる姿はあったとか……そういうの」

「言っている意味がわからんな。こちらは姿形すら一切見ていない」

 フレズベルグは淡々と答えていく。打って変わって、ニーズヘッグは躊躇い口調だ。
 まるでフレズベルグの返答とは違い事象が起きている様。

「そう言うお前はどうなのだ?」

 答えれば次はフレズベルグの質問がニーズヘッグの心にグサッと刺さる。
 苦虫を噛みしめた、青ざめた表情でしばらくは口を閉ざしたまま。しかし、状況もあってか言わなければいけないのだろう。
 まずニーズヘッグがとった行動は、地面に額を押し当てる土下座の姿勢。最初に謝っておきたいというものだ。
 クロトなら絶対にしない姿勢に、エリーとフレズベルグは身を固めてしまう。

「……いやさ。実は姫君が起きる前まではな、爆睡してるクロトがいてな……、中身だけがどっかいってんじゃねーかって探してたんっすよ。でも今見たらいねーんだよアイツ。マジで姿形すらねー感じで……」

 泣き言を呟くように、くもった声でニーズヘッグは語っていゆく。
 フレズベルグとは違い、ニーズヘッグはクロトの姿を見かけていた事となる。
 眠っていたのだ。だから更に意識が別の場所、つまりは悪夢に行ってしまっているのだという解釈で、ニーズヘッグは眠るクロトを蚊帳の外にしていた。
 結果。クロトの姿は消えてしまっていた。
 先ほど闇精霊シェイドは一人悪夢にようやく落ちたと言っていた。
 タイミング的に、間違いないとフレズベルグは考える。

「つまりお前は起こせたかもしれない奴をほったらかしにして馬鹿な探索をしていたというのか。愚かな頭脳はしていると思っていたが、ここまでアホだとは、友人としてドン引きだぞ愚かなクソ蛇がぁあああっ!」

 これにはフレズベルグも御立腹だ。
 気付けていれば、クロトも目を覚まし、今よりは楽に事を解決できていただろう。
 ニーズヘッグは何度も額を地にぶつけて謝罪を繰り返す。……クロトの外見で。

「すんません、すんません!! だから怒んないでフレちゃん! 俺だって悪気があったわけじゃねーんだよ! 一生懸命起こそうと頑張ってんだよ!」

 土下座するクロトニーズヘッグ。それを見下すイロハフレズベルグ。 
 違和感しかない光景。怒気を滲ませ、それになんとか許してもらおうとし、傍らで闇精霊シェイドが馬鹿笑いをしていた。
 ニーズヘッグの勘違いに笑いが堪えられないのだろう。
 エリーは何となく話を受け止めるだけで、どう反応していいのかわからないものだ。
 
「悪化したのはお前のせいだニーズヘッグ。どうにかしろ、潰すぞ?」

「善処します! つーか、うるせーぞクソ精霊!! 根本はお前らが悪いんだからな!?」

「やだ~。自分の失態をこっちに向けないでもみっともない~」

「うるせー!!! ……くそ~、何かしらクロトの悪夢に繋がるもんがあればいいんだが」

「何それ。確かに同じ悪夢という形では一緒だけど、早々他人の悪夢と繋がられるわけないでしょうが。無理あるって」

 少しの希望も、反論でかき消されていく。
 他の選択肢を探す事は困難なのか。諦めが脳裏をかすめるが、ふとエリーが呟いた。

「……そんなに、難しい事なんですか? 私、クロトさんを何度も見かけてたんですけど……」

 不思議とするエリーを、一同が沈黙して目を見開く。
 だが、エリーの悪夢なら見る事はあっただろうと、ニーズヘッグは思った。

「そ、そりゃあ、姫君の場合は……見かける事はあるだろうな。だって例の場面だったらアイツもいただろうし……。悪い意味で」

 何も不思議な事ではない。エリーが見た記憶の中に、当時の光景にクロトが映るのはおかしくはないからだ。
 それはエリーにも理解の範囲なのだが、腑に落ちないようでいた。
 まだ何かが引っかかっている。

「……それは、わかるんですけど。少し変だな~って思った事がありまして」

「変?」

「なんと言いますか……。私の記憶のはずなのに……、別の人の記憶があったような…………。それこそ、クロトさんが見ていたもの
 ……とか」

 エリーが知るはずのない光景。クロトの行動の一部。そこに自分がいない箇所はあった。
 それはエリーの記憶ではなく、クロトの記憶なのではないだろうか。そう考えているのだろう。
 確かに、それはおかしな点だ。

「つまり、姫君の悪夢にクロトの記憶も混じってた……ってことか」

「悪夢なら記憶だけでなく、悪化させた作り物も混じっているだろうが……、もう一つ考えが浮かんだぞニーズヘッグ」

 フレズベルグが、すっと人差し指を立てる。


「――魔銃使いが完全に悪夢へ落ちたのは姫が目覚めた後。可能性として、姫の悪夢に魔銃使いが混じっていたため、魔銃使いは己の悪夢に強く影響を受けていなかったのではないか? 他人の悪夢に引かれ、それが切れた事で落ちた。という説だ」


 フレズベルグの仮説。だがそれも一理ある。
 エリーが目覚めた後にクロトは入れ替わるように己の悪夢に落ちてしまったのだ。あり得る話ではある。
 
「つまり、姫君とクロトの悪夢は繋がっていた可能性がある……か。だが、姫君は目覚めちまったし、糸も切れたとなると難しくないか? それこそ、繋がってた本人がクロトの精神に潜り込む必要…………が…………」

 ふと、ニーズヘッグが理論を呟くうちに、何かに気づきだす。
 他者の精神に介入する手段。それにニーズヘッグは心当たりがあった。
 だが……、その手段を口にすることを躊躇う。
 
「……ニーズヘッグさん。何か考えがあるなら、言ってください。私に何か、できる事ありませんか?」

「…………っ」

 ニーズヘッグは手で口を塞ぎ、顔を逸らす。
 口にしない、という事は何かしらの手段を知っているという事。
 ニーズヘッグは嘘が嫌いだ。嘘までついて逃れようとはしない。
 まっすぐと、エリーはニーズヘッグを見る。その眼差しから背け続ける事は長くはなかった。
 すぐに断念したのか、深いため息が出てしまう。

「……ニーズヘッグ。その手段は危険なものか?」

 念には念をと、フレズベルグは問いかける。
 
「危険がない……とは言い切れないな。俺やフレズベルグとは違い、肉体を共有してない姫君に頼む事になるやつだからな」

「わ、私にできる事ですかっ」

「待て、姫。危険があるのなら私もそう簡単に了承は……」

「言ってもダメだと思うぞ【友人A】。悪魔に話し合いを持ち込んだ姫君だぞ? 意外と頑固なとこもあっからよ。……それに、もしかしたら姫君の方が上手くやってくれるかもしんねーしな」

 誉め言葉として、ニーズヘッグはエリーの頭を撫でる。
 実行者として最適ならと、フレズベルグも渋々静かに頷く。

「私はどうすればいいんですか?」

「姫君にはクロトの世界に、つまり精神世界に入ってもらう。クロトと姫君は俺の魔力で繋がってることもあってな、ヴァイスレットではこの逆を可能にした。……だが、今回は精霊結晶エスプリスタがない。…………よって」

 金の瞳が、何処か落ち着きのない精霊を睨みつける。
 大方、この可能性を気づかれた事に焦っているのだろう。無駄に反論し、この希望をつもうとしていたのだ。
 性悪精霊もまともに目を合わせられない。

「お前にも協力してもらうぞクソ精霊」

「な、なによぉっ。何させる気よ!?」

「簡単な話だ。姫君が精神に潜るための道をお前が作れ。悪夢の扉を開く。そこからは姫君が繋がりをたどってクロトの悪夢へ。……正直、これは危険な賭けでもある。最悪姫君はまた悪夢の中、それも他人の悪夢に入るんだ。何が起こるかはわからない。……お前らの悪夢が勝つか、俺らの姫君が勝つかの二択だ。どうする?」

「……っ」

 闇精霊シェイドは唇を噛みしめ、上で待機している同胞を見上げる。
 その他の闇精霊シェイドたちも審議をしているのか、答えに時間をかけた。

「い……言っとくけど嫌よ? 最初はその子が厄災の子だって知らない事でやってたけど、今度は知っててやって、オリジンに怒られるなんて嫌なんだから!?」

「じゃあ、言い訳として俺らを出してもいいぞ? 俺らに強制させられたって事にすれば問題なしだろ? 今からオリジンに落とし前付けさせに行ってやってもいいんだぞ? こっちは嘘偽りなくお前らの性悪を暴露してやるんだからなっ?」

 これは脅しだ。
 正直なところ、九番席であるオリジンの居場所など簡単に行けるわけもない。
 ニーズヘッグとしては知り合いの精霊を使い、交渉までにいくら時間がかかるかわかったものではない。
 だが、オリジンの名を出せば効果は強い。
 慌てふためく闇精霊シェイドたち。さすがにオリジンの耳に入るのはまずいらしい。
 
「わ、わかったわよ! どうなっても知らないんだからね!?」

 交渉成立。
 危険のある賭けだが、この場はエリーに任せる事となった。

 
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