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第六部 四章 「愛情と言う名の鎖」

「存在しない終点」

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「……人格否定?」

「そうそう。自己否定でもいいかな?」

 クロトとエリーの共通点。その答えを語ると、闇精霊シェイドはつっかえていた物が取れた気分でいた。
 人格否定。自己否定。どちらにせよ、己を否定した結果。
 最初、ニーズヘッグはその解答に首を傾けたものだ。
 ――何処が一緒なのか? そう思ったと同時だっただろう。
 この解答による二人の共通点は確かなものである。
 
 ――否定……な。確かに妥当な共通点だ。

 まず、クロトとエリー。この二人の過去には大きな事象がある。
 クロトは魔女に唆され、感情の一部を切り捨てて魔銃使いにへとなった。
 クロトは切り捨てた感情を酷く嫌悪している。それは優しさにあった【愛情】という感情。長く束縛された事でその感情を否定し、人格が変貌してしまっている。
 前後の差が歴然。まさに、過去の己を否定し殺したようなものだ。
 もう一人。エリーもまた前後に差がある存在である。
 生まれてから疎まれ続け、他者だけでなく己にも嫌悪感を抱いていただろう。なら、記憶を失ったのはある意味本人の否定といった望みだったのやもしれない。
 救いのない己の過去を否定し記憶を消去した。
 その直前にあったのが、あの崩壊事件だ。
 これもある意味己を否定した、自己否定にあたる。
 
 ――以外な共通点だよ。それも、当時の事象が悪夢に繋がっていれば、繋がりは更に足される。

 生い立ちが違えど、強く己を否定し、その人格を大きく変えたという共通点。
 納得は行くが、それでお終いだ。

「……ってな事言われてもなぁ」

「例え共通があったとしても、そこからなにも進まないものだ。……まあ、時間つぶし程度の会話なだけだな」

 と。ニーズヘッグとフレズベルグはこの話を打ち切る。
 だが、闇精霊シェイドは不服そうに頬を膨らませていた。

「正直なこと言っちゃうと、面倒なのよねっ」

「……どれが面倒って?」

 なにか闇精霊シェイドに不都合がある様子。
 先ほどの話のどの辺に不都合な点があるというのか。その汚点とも思われる点を無意識に探ろうと思考を巡らせてしまう。
 予想や憶測が出るよりも先に、闇精霊シェイドがすんなり面倒事を口にした。

「この二人、よりにもよって悪夢の核である事象に過去の人格を切り離してるのよっ。一人でも目覚めるなんて低確率なのに、厄災の子は最初に戻ってきたっ。つまり、切り離した人格が悪夢の影響で接触、干渉してきてる。悪夢を打ち切ったのもこの人格だとすれば、そっちの子のもこっちの範囲外で余計な事してるに決まってる! 目覚めないところを見るとこっちは起こす気ないみたいだけど、勝手な事されるとむしゃくしゃしちゃうのよぉー!」

 檻の中でジタバタと暴れ出す。
 要は自分の仕掛けた罠を勝手にいじられているというもの。それに腹を立てているのだろう。
 
「つまり、クロトはまだ目覚めやすい状況にあるって事か? その別人格をどうにかすれば、出られるってわけだ」

 更なる希望に未来が明るく見えてきた。
 運よくエリーがその人格をどうにかできればどうにかなる。期待に心が晴れるが、苛立つ闇精霊シェイドの不穏な言葉に思考が停止したのは、この直後だった。

「さっきも言ったけど、それが勝手してるなら、マジで他人の夢に入ってタダで済むとは思えないわね。見るだけのものが、見るだけじゃなくなることだってあるんだから。部外者に干渉しようとするなら、不純物を排除して二度と意識が戻ってこれなくなると思っておくことね」

 その言葉に、凍てつく感覚を得た。
 ニーズヘッグの腕の中で眠るエリー。握っていた手が、この時力なく滑り落ちる。

   ◆

 ――母さん。なんで誰もいないの?

 少年は不思議と問う。
 問われた母は穏やかに答える。

「それはね。貴方が傷つかないためよ……」

 少年のために。少年を想って。母はこの決断に悔いはなくあった。
 母がそう決めたのならと、少年はそれ以上問う事はしなかった。
 背を向けた母は穏やかそうに見えて、何かに怯えている様にも見えた。
 遠ざかる時、少年は先ほど母がいた部屋の扉にへと目を傾ける。
 わずかな隙間。暗い空間からは心なしか懸念を感じる鉄臭い刺激臭がある。
 そっと、その部屋を隙間から覗いた時。少年は全てを察した。
 察した直後。考える事を放棄し、何事もなかったよう閉め忘れた扉を固く閉ざす。

 その事実を受け止めても、自分には何もできない事がわかったからこそ、黙る事しかできなかった。

 ――それが嫌だった。

 見て見ぬふりをして。指摘することもできず。
 ただ自分の中にしまい込んで母と接する。
 何も知らない様子を見せれば、母は安心して落ち着いていられるのだから。

 ――それも嫌だった。

 自分の思いを殺し、母を傷つけたくない気持ちが煩わしい。
 母は本当に自分の事を考えているのか? 本当は母自身のためだけであって、騙されているのではないのだろうか?
 疑惑を積もらせて過ごした閉じ込められる日々。
 本当はこんな所から出たいのに……。

 ――全部、嫌だった。

 嫌な事を嫌と言えない。何がそうさせているのかわからない。
 何をどうすれば解放されるのかも分からない。
 爆発しそうな焦燥を閉じ込めようと、何かがいっぱい絡みついてくる。
 その身だけでなく心までも束縛する。その正体はなんなのか……。
 
 ――それは【  】だ。

 気付かされた時。気付いた時。真っ先にその不必要なものを排除しようと思った。
 手渡された、初めて触れる凶器を片手に、当たり前の事として引き金を引く。
 不思議と手に馴染んだものだ。まるで初めて手にしたとは思えない凶器。使い方などとても簡単で、的を狙撃した。
 これで気持ちが軽くなった。自由を手にした。
 心なしか祝福の手を打つ音が聞こえてくるような気もした。
 
 ――そう。これでよかった。

 自分に必要ないモノを捨てればいい。ただそれだけの事。
 簡単で呆気ない解答に、なぜ今まで悩まされていたのか。
 こんなモノは切り捨てればよかった。
 
 そう。その的を見直した時、少年の心臓は強く脈打った。



 ――なんで……がそこにいる?



 そこにいたのは、不必要なモノではなく、幼い少女だった。
 眠る顔は穏やかでも、胸の中心は赤く、それはしだいに広がっていく。
 不意に凶器が手から滑り落ちた。
 
 ――違う。……これは…………まだ…………っ。

 願ったのは、これではない。
 自由を願ったはずが、自ら自由を放棄してしまった瞬間。
 失望が思考を妨げて何も考えられない。
 どうしてこうなった? どうしてこうした?
 自問自答が無数に頭に響く最中、一際澄んだ声が囁く。

『あーあ。……なんでそんなふうにしているのさ?』

 囁く声。少年はそれに気付くことができず、絶望と狼狽に頭を抱えている。
 それでも、声は誘う様に続ける。

『まだんだね。……それは不必要なモノだろ? あの時願ったじゃないか。思い出すまで続けよう。愛情と言う名の鎖を断ち切って。――例え自分が死ぬ未来でも、それを含めたのがあの時の【願い】なんだからさ』

 視界を暗闇が覆う。
 深く沈んでゆく感覚と一緒に、感情が鎮まってゆく。
 
 そして、何も覚えず、あの部屋に戻って過ごす日々が始まる。
 
***********************

『やくまが 次回予告』

 繰り返される悪夢。
 何処までも深く堕ち、己の願いを思い出すまで終わらない悪夢に、再び星は飛び込む。
 
 ――何度でも繰り返そう。あの日の願いを思い出すために。
 
 ――何度でも繰り返そう。貴方を取り戻すために。

 星は探す。少年を悪夢から、この束縛から解き放つ術を。
 そのために必要なのは……

【厄災の姫と魔銃使い:リメイク】第六部 五章 「起点」】
 
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