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第八部 一章「祝星祭」

「祭りの前日 1」

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 魔銃使いことクロトが顔をしかめるのには理由がある。だれでも同じだろうが、クロトはその動作が多く見受けられる。
 落ち着かない。気に入らない。自分にとって不利益である。
 ……結局のとこ、おおまかに一括りにしてしまえば、不快と感じたという事が表情にすぐ出てしまうというもの。
 クロトのそういうところは正直であり、とてもわかりやすい。
 そして今、クロトを不快にさせているのは周囲の環境にあった。
 レガルから西。軍の目の届かぬ様距離を取りつつ中央に向け移動した一行。まだ気候や大気が安定している、元クレイディアント領地にある穏やかな街にへと移った。
 が。その場所がクロトにとって良くなかったのか。今の表情に至っている。
 街は何処か通常とは思えない活気に満ち溢れており、大通りでは屋台といった小さな店が幾つも繋がり、準備などに人の数が多くあった。
 要は、祭りでも行われるかの様。その準備の真っ最中だ。
 
「……なんだ此処は? 地獄か?」

 と。クロトはわけのわからない独り言を呟く。
 ただ祭りの準備と、それに活気立ち、後の楽しみが待てずと言わんばかりの笑み数々溢れる光景。その他者の幸福なひと時を地獄と称するのは、この場でクロトくらいだろう。
 それも心にしまっておくだけにとどまらず、言葉として出してしまっている。
 他者の至福の数だけクロトにとっては不快であった。
 この言葉を近くで聞いてしまったエリーは聞かなかった事として流すしかなく、それでも苦笑しながら「そんな事ないですよ」と心で呟く。
 しかし、クロトと同様、人混みの中でイロハも落ち着かない様子でいる。人の多いところはイロハも苦手なのだろう。

「なんかボク此処やだ……。外に出ていい?」

「ま、待ってくださいイロハさん。大丈夫ですから」

 人の群れ=悪い環境などという印象を根付かせないよう、エリーはイロハをどうにか説得しようとする。
 その三人。少し離れた位置ではネアがひたすら通信機で誰かと連絡を取り合っていた。

「……ええ、そう。ありがとうアキネ。そっちはそっちで楽しんでちょうだい」

 何を話しているのか。何度か首肯を繰り返しつつ通話。そしてようやく終わったのか、こちらにへと颯爽と戻ってきた。

「朗報朗報! 聞いてエリーちゃん! あと野郎ども」

 明るい笑みでネアは上機嫌な様子。いったい何をそんなに喜んでいるのかと、三人は首を傾ける。
 「ふふん」と得意気にネアは胸をはって、朗報たる情報を打ち明ける。

「なんと! 明日の夜にすんごいイベントがあるんですって!」

「……いべんと?」

 聞き慣れない言葉に、エリーとイロハは一緒になって再度小首を傾ける。

「お姉さん。いべんと……ってなに?」

「要はお祭りよ。お祭り!」

「……おまつり?」

 またしても、両者の首が傾く。
 
「ネアさん。おまつりとは、どういうものなのですか? ひょっとして、今皆さんがとても楽しそうなのがそうなんですか?」

 直後。ネアは「え!?」と狼狽した声をあげる。
 イロハはともかくエリーまでも祭りというモノを知らない様子でいる。
 しかし、よくよく考えれば、確かにエリーが知らなくてもおかしくはなかった。
 元王女の身であっても普段から部屋にいるのみ。海すら知らなかったのだから祭りというものも知らないのやもしれない。
 すぐに納得して、ネアはまず「こほん」と咳払いをしてから説明にへと入る。





「つまり、明日の夜は100年に一度と言われているとってもすごい日なの。100年に一度なんて、生きている間に見れるか見れないかっていう、とーっても貴重なものなのよ。大気のマナが天にへと昇り、空からは眩い流星群が降り注ぎ、人々は星に願いを込めるのよ。それはもう見るだけでもすごい事で、それに伴い各国でも盛大に祭りを行うっていう、要は恒例行事なわけ」

 ネアは看板に利用予定である黒板にへと今回の祭りに関する事を記し、説明を淡々と行っていく。
 そこにはエリーやイロハだけでなく、暇を持て余していた街の子供たちですら石畳の上に座り込んで聞きこんでしまう。
 今の子供にとっては理解が追いつかない祭りになるためか、ネアの語りにつられて興味を示し始めている。
 終えた頃には全員から拍手が送られた。その中で、一人大きなイロハがとても目立つ。
 
「へー、そうなんだ。お姉さんよく知ってるね」

「……ふ。馬鹿にしないで頂戴。まさかもう明日だったとは私もうっかりしてたけど、見れるからにはしっかり堪能しないと。もう二度と見れないだろうし」

 確かにそうだ。
 100年に一度。明日を終えれば次にその現象が起きるのもまた100年後となる。
 人にとっては長い年月だ。
 ネアが盛大な拍手を送られているのを少し離れた位置で眺めていたクロトは、ある事を察してしまった。同時に、ニーズヘッグも気付いた事だろう。
 ここまで語り、エリーとイロハの興味も向いている。そしてネアはその現象を見る気満々でいる。
 
 ――……あ。これもうこのままこの街に居座って祭りを楽しむ気だなコイツ……。

『奇遇だなぁ、我が主。俺もそう思ってたとこなんっすよ。安心しろ俺はお前の味方だからな。俺もあんま人間の多いところ好きじゃねーし、ばっくれるのもアリって思ってるっての』

「……まあ、お前らみたいな悪魔なんざ100年程度ってとこで見飽きたもんなんだろ? 俺も興味ねーし」

『ん~、いや。俺はまともに見た事ねーな。なんせ魔界じゃ見れねーし、寝ている間に終わっちまってる時もあるし。魔界じゃ確かこの日は余計な事しねぇように魔王の目も厳しかったらしいからな』

「…………どういう環境だよ」

『大気が大きく動く時は色々あんだとよ。とにかく、俺は見た事ねーっす』

 見なくても損はないとでも言う様子だ。
 クロトも同様。この祭りにも明日の現象にも興味がない。ならこの祭りなど参加する意味などないのだが…………

『あの電気女このままじゃこの街に滞在するつもりだぞ? せめて姫君だけでも連れて離れようぜ? どの街もこんな感じなら野宿で勘弁すっからよぉ。……とにかく、人間が多すぎる』

 うざい。とは言わず遠まわしな口調ではあるがクロトもそうしたい。そんな考えがありもしたが、クロトはその提案を鼻で笑う。
 いったいどういう意味でそうなったのか。ニーズヘッグは「ん?」と首を傾けて不思議とする。
 クロトならそんな不利益な提案など聞き入れず、ネアに反発してもいい頃合いだ。にも関わらず、その素振りが見受けられない。

「クソ蛇。一つお前に言っておいてやる。――コイツネアがこう言い出したら、……最終的にはその意見が通る」

 未来を見据えた様子でクロトは得意気だ。
 いつの間にかクロトは縄で縛りあげられ、逃げられない様にネアに引きずられている。

「いいでしょクロトぉ。宿代くらい私が払ってあげるから付き合いなさい。せっかくのイベントなんだから体験しなきゃ損よ損♪」

 問うわりには決まったかのように話を進めるではないか。
 
「よーっし! 行くわよ~♪」

 ネアはクロトを引きずり。エリーとイロハも置いて行かれぬ様についていく。
 そして炎蛇は主の言い分が理解できた。
 口論になれば罵倒にへと続き、そして最終的には武力行使へ。勝つのはいつもネアである。
 クロトはわかっていたのだ。口論から武力への流れがどれだけ無駄な事か。自分の意見が通らないだけでなく痛い目を被るなど損しかない。クロトの言う自分のためと思えばこの程度慣れで乗り切れるものなのだろう。
 そこには成長したや、大人になったなと、褒めてやりたい思いと一緒に、哀れみを感じてしまう。

『クロト。俺そういう人間の慣れって、すんげーこえーなって思うよ。ホント』
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