焚火の聖女

石原こま

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(挿話)魔女の母娘※エルヴィラ

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「ママ!やっと会えた!聞いて、エリクったら酷いのよ!散々尽くした私のことを裏切りやがった!」



 十年にも及ぶ長過ぎた恋に敗れた私が、最愛のママの元へ辿り着けたのは、あの国を出て一ヶ月以上が経った頃だった。

 魔女に国境はない。

 自由を愛する魔女は定住を好まないし、その中でもママは日によって家を変えるくらい移動好きだから、たどり着くのは本当に大変だった。

 ママの何箇所かある家の一つであるこの美しい湖を見渡す家を訪れたのだって、今回が初めてじゃない。

 でも、先週、この地方で雪が降ったと耳にして、きっとママはここへ来ると思って、待っていたのだ。

 この家から見る冬景色は本当に素晴らしいから。



「・・・この馬鹿娘!」



 久々の再会だというのに、ママは抱き止めた私の背中をバンっと思いっきり叩くと、そう吐き捨てた。

 ものすごい機嫌が悪い。



「ママ?」



 ママは驚いて顔を上げた私の目を見つめ、今度は包み込むように優しくハグしてくれた。



「だから言ったじゃない。結婚に固執するなんて、魔女の名折れよ。魔女はもっと自由でいなくちゃ。」



 自分でもそう思う。

 魔女は国にも法律にも縛られない存在。

 だから、私はもっと自由でいなくちゃいけなかった。

 なのに、たった一人に固執して、愚かにも結婚なんてものを夢見てしまったのは本当に魔女らしくない。

 本当はずっと前から分かってた。

 エリクは、もう私のことなんて見てなかった。

 でも、それでも諦められなかった。

 子供の頃読んだ絵本の物語のように、綺麗なウェディングドレスを着て祭壇に立つのが、最高の幸せなんだって思ってたから。



「だって・・・今年のマダム・オリエールのコレクション、本当に素敵だったのよ。」



 散々眺めた最新のウェディングドレスの目録を思い出し、思わず泣きそうになる。

 今年こそ、それを注文するつもりだったのに。



「だから馬鹿だって言うのよ。あんたは、結婚がしたかったんじゃない。『結婚式』がしたかっただけでしょ?ウェディングドレスなんて、好きな時に着たらいいのよ。魔女なんだから!」



 ママに言われて、改めて自分の考えの浅はかさに気づく。

 確かに、私は『結婚式』のことは散々考えたけど、その後のことは考えたことがなかった。

 美しく着飾った私の隣に立つ人物としてエリクが必要だっただけで、エリク自身が必要だったわけではないのかもしれない。

 そういえば、最近のエリクの顔なんて、碌に見てなかった。



「それに、なんであんな面倒な呪いにしたのよ。危うくヴィンスが死ぬところだったじゃない!大魔女様が、そりゃもうすごいご立腹で、ヴィンスにもしものことがあったら、あんたも私もただじゃ済まなかったわよ!」



 ママはそう言って、私の背中をもう一度思い切り叩いた。

 叩かれた衝撃で、一瞬息が詰まる。



「え?なんで?私、ちゃんとヴィンスの目の前に落としたわよ!」



 ママから体を離して、そう言い返す。

 いくら怒りで頭がいっぱいだったとはいえ、たった一人の可愛い弟を呪うわけない。

 それに、一族の長である大魔女様は、唯一の男子であるヴィンスを、そりゃもう可愛がっていたから、もしものことなんてあったら洒落にならない。

 勢い余ってヴィンスの分も作ってしまったのは悪かったけど、元々、撒くつもりなんてなかった。

 そんな私を一瞥すると、ママは呆れたようにため息を落とした。



「あんた・・・あの子の性格わかってないわ。」



 ママはそう言って、着ていた外套を脱ぎ、ソファに座った。

 促されて、私もその向かいに座る。



「まさか・・・すぐ燃やさなかったの?」



 私の言葉に、ママがこくりと頷いた。

 ソファに身を沈め、頭痛でもするのか、頭を抑えている。



「男は、変なところで義理立てするのよね。あの子のことだから、自分だけ先に助かったら悪いとか思ったんじゃないの?ご丁寧に、ずっと最後まで大事に持ってたみたいよ。」



 ママの言葉に、私も頭を抑えた。

 そういえばそうだった。

 ヴィンスは変なところで王子なのだ。

 いつも上の兄たちに遠慮して、第八番目の王子だという序列を弁えていた。

 それがあの国の王宮での生き方なのかもしれないけれど、本当になんで男っていう生き物はそう面倒臭くできているんだろう。



「でも、なんで?種は聖女が見つけて、処分されたって聞いたけど。」



 怒りに任せて作り、撒いてしまった種だけど、そのヤバさは分かってたから、そもそも簡単に芽が出るような場所には撒かなかったはず。

 最初、エリクの分だけは地中に埋めてやろうかとも思ったけれど、エリクと同じ色の瞳を持つ彼の妹クロエのことを考えたら、それはできなかった。

 だから、何かの聖女の力で全部見つかったと聞いて、密かに安堵していたのに。



「ええ、他の種は聖女が見つけたそうよ。でも、あの子は自分で持ってたから、そもそも聖女に赤の種を探すよう頼んでいなかったみたい。で、こともあろうか、赤の種を落としたらしいの。」



「え、なんで!」



 私は思わずソファから立ち上がった。

 種から芽が出たらどうなるか、ヴィンスは分かってたはず。

 それを落とすなんて。



 青ざめる私を見て、ママはもう一度深くため息を落とした。



「あの子の大事なものの隠し場所、あんたも知ってるでしょ?」



 そう言って、ママは左胸を指さした。

 あの子の子供の頃からの宝物の隠し場所・・・。



「まさか、また胸ポケットに入れてたって言うの?!」



 ゆっくり頷くママの顔を見つめながら、私は気を失いそうになった。

 あの子の子供の頃からの宝物の隠し場所。

 そこに入れるようになった原因は私にあるので、文句は言えないところだけど、それにしたって。。。



「男って、いくつになっても子供なのね。大魔女様からそれを聞いた時、私も思わず卒倒しそうになったわよ。」



 ママはそう言って、呆れたように笑った。

 あの子がそこに入れるようになった理由。

 それはまだ私が一人前の魔女になる前、魔力を暴発させて何度も家を火事にしてしまったから。

 あの子が大事に家に保管していた宝物を何度も燃やしてしまっているうちに、いつしかヴィンスは大事なものは身につけて持つようになってしまったのだ。

 それにしたって、未だにそうしていたとは・・・。



 声も出せず、呆然と立ち尽くす私に、ママが続ける。



「まあ、結局はその聖女が赤の種も見つけて、処分してくれたそうだから良かったけど、そもそも、そんな大仰な呪いをかけるあんたが馬鹿なのよ。いつも言ってるけど、男なんて星の数ほどいるのよ?別れた男にかける呪いは、『禿げる呪い』とか『醜く太る呪い』とかで十分よ。」



 ママはそう言って、いつの間にか準備したティーカップを手に、優雅に微笑んだ。



「ああ、ママがヴィンスの父親にかけたアレね?」



 ヴィンスの父親は、その昔『美男王』として大陸に名を馳せたらしいのだけれど、ママと別れた今、その面影は全く残っていない。

 魔女に不実を働いた罪は重いのだ。



「でも、私の十年を無駄にしたのよ!それくらいじゃ軽すぎるわ!」



『美男王』だったという父親のおかげが、やたらと美形だったエリクの顔を思い出して、再び怒りが込み上げてくる。

 あいつを禿げ上がった頭にしてやるにもいいかもしれないけれど、それくらいじゃ私の十年には足りない。



 思わず唇を噛み締める。

 けれど、そんな私を見て、ママはまた悠然と微笑んだ。



「あんたは、本当に馬鹿な子ね!女の若さに何の価値があるって言うのよ。いつも言ってるでしょ?『魔女は四十から』って!」



 そう言って、ママは笑った。

 私を優しく見つめるママは、女の私の目から見ても確かに綺麗だった。

 ママはもう五十代後半だけれど、その美貌はちっとも衰えてなんかいない。

 逆に、ますます磨きがかかるようだ。

 確か、ママの今の恋人はヴィンスよりも若かったはず。

 その新しい恋のおかげなのか、ママの美しさは内側から光り輝いているようにも見える。



 けれど・・・思わず両目から涙が溢れた。



「ママ・・・私本気だったのよ。」



 十年前、まだ幼さ残る十八歳になったばかりのエリクから、爵位を得たら結婚して欲しいと言われた時のことを思い出す。

 ヴィンスの兄としてしか認識していなかったエリクにそう言われた時、まるで世界が色づくように感じた。

 魔女である私に『結婚してほしい』って言ってくれる人が現れるなんて、思っていなかったから。

 ママに連れられて、王宮に移り住んで十年目のことだった。

 ママが王と喧嘩して去った後も、ヴィンスの独り立ちを見届けるまではと思っていた私に、エリクはそう言ってくれたのだ。

 だから、ずっとその日を夢見ていたのに。



「エルヴィラ、あなたはちゃんと本気の恋をした。それは魔女として誇るべきことよ!だから、さっさと昔の恋は忘れて、次に行きなさい。『口が臭くなる呪い』のやり方も教えてあげるから!」



 ママが再び私を抱きしめた。

 その優しい温もりに涙が溢れる。

 魔女は強く、自由でいなくちゃいけない。

 いつまでも昔の恋を引きずるなんて、馬鹿げてる!



「『禿げる呪い』と『醜く太る呪い』も教えて。」



 ママの背中に手を回し、私はそう呟いた。

 魔女の恋心を弄んだ罪は重いのだから。
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