美味しい珈琲と魔法の蝶

石原こま

文字の大きさ
22 / 50

21.魔法の蝶(3)※ルバート

しおりを挟む
 それから数時間後、森全体がだんだんと淡い光に包まれ始めた。
 ゴルゴーンオオルリアゲハの一斉羽化が始まったのだ。
 研究室で羽化する姿は何度も見たはずなのに、ベレヌスの森で見る羽化は全く違って見えた。
 光が強いようだ。
 心なしか、魔力も強くなっているのを感じる。
 野生だからか?それとも、この森と関係あるのか・・・。
 色々思案していると、アメリアがサラサラとメモを書いているのが見えた。
 羽化するサナギの姿をスケッチして、そこにメモ書きを足している。
 魔石を嵌め込んだルーペで辺りを見る。
 やはり魔力が濃い。研究室で観察したよりも緑がかった銀色の光だ。
 取れる限りのサンプルを採取し、調べられる限りのデータを取る。
 少し気温が下がってきたなと思っていると、アメリアが両腕をさするようにするのが見えた。
 上着を脱いで、肩にかけてやる。

「ありがとうございます」
 
 上目遣いで振り返ったアメリアの表情に、心臓が飛び跳ねた。

 なんて顔してるんだ・・・。

 アメリアは魔力に当てられているのか、酒に酔ったような赤い顔をしていた。
 そういえば、アメリアにはあまり中和薬を飲ませていないんだったと思い出す。
 ほんのりと色づいた頬が愛らしく、とても直視できない。
 こんな姿、絶対誰にも見せたくないと思った。

「アメリアが魔力酔いしているようだから、先に連れて帰る。悪いが、片付けを頼む。」

 そう言い置いて、アメリアと森を出た。

 森の外に出ると、村の方向が分からないくらい霧が出ていた。
 なんとか道を見つけて、歩き出す。
 村祭りの笛の音が聞こえてきたので、こちらの方角で良さそうだ。

 歩き出してしばらくすると、アメリアが急に声を出して笑った。
 大丈夫かと声をかけて、顔を覗き込むと、アメリアが見つめ返してきた。
 普段はあまり目を合わせないアメリアが、じっとこちらを見ていて、息を止めた。
 しばらくしてからアメリアは、ふにゃっと子供のような顔で笑い、

「ルバート様。私、魔力に当てられちゃったみたいです。」

 と言った。
 そして、その次の瞬間には転びそうになっている。
 抱きとめると、アメリアの髪から、散々振りかけた魔法薬の香りがした。
 かなり酔っているようだった。
 抱きかかえて歩いても良かったのだが、それは最後の手段とすることにして、まずは手を引いて歩くことにした。
 アメリアは繋いだ手を子供のようにブンブンと振って、軽くハミングしながら隣を歩いている。

「ずいぶん楽しそうだな。俺はあまり魔力に酔わないから、一度くらいは体験してみたいが、どんな感じだ?」

 俺が問うと、アメリアはまた屈託のない笑顔を浮かべ、

「そうですね・・・。なんて言うんでしょうか、心の底からどんどん楽しくなってくるというか、この世界の全てが美しく輝いて見えて、踊り出したくなるような感じでしょうか。」

 と答えた。
 アメリアが楽しそうに微笑みながら、隣を歩いている。
 冷たい小さな手を少し力を込めて握る。
 ああ、このまま時が止まればいいのに。

「踊ろう」

 俺がそう言ってアメリアの両手を取ると、アメリアは恥ずかしそうに微笑んで頷いた。

 昔習ったことを思い出して、アメリアの腰に手を回す。
 昔はダンスの練習なんて大嫌いだったのに、こんなに踊るのが楽しいなんて思わなかった。
 俺もゴルゴーンオオルリアゲハの魔力に酔い始めていたのだろう。
 アメリアが俺の腕の中にいて、俺を見つめている。
 夢を見ているんじゃないかと思った。
 ずっと踊っていたいと思った。

 けれど、しばらく踊っていると、アメリアの足がもつれてくるのが分かった。
 徹夜して疲れているだろうしと思い、踊るのをやめる。
 アメリアは社交ダンスを踊るのは初めてだったとのことで、「結構疲れるんですね」と言って、笑った。

 と、その時、ヒラヒラとゴルゴーンオオルリアゲハが飛んできた。

 魔力を含んだ鱗粉をその身に纏い、朝靄の中を飛んできた蝶は、まるでそこを目指して飛んで来たかのように、アメリアの肩に止まった。
 そこに止まっているのが当然とばかりに、アメリアの肩で羽を休めている。

 アメリアがじっと蝶を見つめていた。

 宿の主人の言葉が一瞬頭をかすめたが、気づかなかったフリをしようと思った時、アメリアが不意に俺の袖を掴んで、

「何か、お願い事をされないのですか?」

 と聞いてきた。

 下を向いていて、その表情は見えなかったが、耳まで真っ赤に染まっていた。
 俺は少し躊躇ったものの、アメリアのしっとりと濡れた前髪に触れる。
 そして、これからもずっと一緒にいられますようにと願いを込め、アメリアの額にそっと口付けた。
 そんな俺たちを見届けたように、ゴルゴーンオオルリアゲハが飛び立つ羽音がした。

 名残惜しく思いながらも、アメリアから離れた俺は、照れ隠しに自分の髪をかき上げた。

「あー、あれだな。霧は思ったより濡れるな。」

 自分の髪も濡れていることに気づいて、そう言うと、アメリアもぎこちなく動き出し、

「そ、そうですね。うちの農園も霧が出るのですが、父が言うには、霧がコーヒーの実に少しずつ水分を与えてくれるから美味しくなるんだそうですよ。」

 アメリアがうわずったような声で答えた。

 確かに、一度訪れたアメリアの実家は霧が濃く出る場所だったなと思い出していると、突然、俺の頭の中に一つの考えが浮かんだ。

「霧だ。」
「あ、はい。霧ですね。」

 真っ赤な顔をしているアメリアと目が合う。
 思わず、アメリアを抱き上げた。

「アメリア!霧だ!クロノスサバクネズミは、クロノスコリファンタから霧を介して魔力を得ているんだ!」

 空中に飛散されたクロノスコリファンタの魔力は霧となって地中に染み込み、そこに眠るクロノスサバクネズミに少しずつ注いでいるのではないか。
 魔力と水は相性がいい。その可能性は高い。
 確かに、クロノスコリファンタの開花を見届けたあの朝も霧が濃かった。
 クロノスサバクネズミの覚醒が、開花から時間がかかった理由もこれで説明がつく。
 そして今も、霧はゴルゴーンオオルリアゲハの魔力を取り込んで、森から離れたこの村にも魔力を漂わせているのだ。
 それに、霧ならば姫の様子を確認しながら、少しずつ魔法薬の濃度を上げていくことも可能だ。
 やはり、ゴルゴーンオオルリアゲハは幸運の蝶だと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

ふしあわせに、殿下

古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。 最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。 どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。 そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。 ──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。 ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか? ならば話は簡単。 くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。 ※カクヨムにも掲載しています。

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。 彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。 直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。 だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。 責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。 「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」 これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

処理中です...