Jet Black Witches - 4萠動 -

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第9話 焦燥と捻れ 〜 帰国直後ⅲ

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 追いかけてきたマコトを視認すると、大急ぎでソフィアを積み込み車を出そうとする連れ去り犯。
 エンジン始動し車は動き出す。

 全速で駆けるマコトは如意棒で走り出す車を突き刺す……つもりだったが、不意のアクシデント回避のため、魔力で加速疾走中のマコトの不安定な状態から伸びる如意棒は、天井や柱にぶつかり、その反動を受けるマコトは激しく転倒する。

 ずざぁぁぁっ! ガァーン……ゴロゴロゴロゴロ……

 血みどろになり、手足も骨折は免れないほどの激しい衝突に見舞われる。動けず、失血と激痛に襲われるマコトは意識が朦朧とし始める。

―― い、痛い……え……ママ……助けられない? ……こうなったら……もう……。

 マコトは全力を開放してでも止めようと考える。

 冷静でない、しかも意識が定まらない今の状況で、もしもマコトが無作為に全力を放ったら、おそらくこの立体駐車場も無事では済まない。その付近にもしも人がいたら巻き添えで死傷者を出してしまうかもしれないほどの力をマコトは有している。マコトも朦朧としながらもそれはわかっている。

 ただもしも何かしでかしたとしても何とかできるかもしれないという思い、今を逃せばソフィアとの接点は永久に失われる、そんな天秤にかければ、自ずと浮かび上がる一択。ソフィアを失うことがあってはならない。その一点の思いに行き着き発動しようとする……が……。

 どーーん! ぐぎゃぎゃぎゃ! バン!

 再び走り出したはずの連れ去り犯の車が、どこからともなく何かの衝撃を受けて舵を失い付近の柱にぶつかる音だった。まだ何もしていないマコトは驚く。
―― え? まだ……なにも……誰かが……パパ? ……

 そこへ表れる男女の二人組。その男性から、カタコトの日本語で声を掛けられる。

「へい! だいじょーぶですか?」

―― ……知らない人……でも助かった……

 マコトはどこの誰だかわからないが、止めてくれたのだと認識し、そのことに感謝して、ソフィアの救出を願う。

「あ……ありがとう……ございます。どなたか……知りませんが、あの……車の中の大きなバッグに……母が……いるので……出して……もらえませんか……ハァハァ」

 激しい痛みをおし、息絶え絶えの掠れるような声を絞り出すマコトは、少なくない出血が溢れる床に伏せ、そこから頭をもたげるだけでも精一杯の狼狽状態だった。

 男性は必死に話すマコトの意思を汲み、日本語の節々の単語から懸命に意図を読み取り、理解した内容を英語で返す。

「バッグ? いる? だす? ……oh! human in luggage. OK!……わかた。まてて」

 外国人と知り、マコトは改めて英語でソフィアの救出を願う。

「あ……外国……人? …… yes! please …… help …… my mother! …… ハァハァ」

 男性は、痛々しく掠れるような声から言葉を拾い上げると、すぐさまもう一人の女性に英語で指示を出す。

「シエラ? あの車の中のバッグに人が入っているらしいから、出してあげて。どうも母親らしい」

 そう言いながら、状況理解の確度が増すこの男性は、車が動かないようにタイヤと連れ去り犯の足を狙い撃つ。

 どしゅっ、どしゅっ、どしゅっ。

 これは拳銃などではない。どうやら特殊な力のようだが、たまを放つわけではなく、おそらく空気の凝縮した塊のようなものを超高速で放つことができるようだ。

「はーい。ヴィルさま。ちょっとお待ちください」

 女性のほうは、すぐさまクラッシュした車に向けて駆けていく。
 その後姿を見送りながら男性はマコトに近寄る。その全身を見るやいなや片膝を着いて負傷の具合を確かめながら話しかける。

「君の方は、凄いケガだね。ちょっと待ってて。あ、英語はわかるかな?」
「……は……い……うぅ……イタイ……ハァハァ……」

 すると、この男性は癒やしのようなものを掛け始める。

「……ハァハァ……イタイ……あ、あれ? 痛みが引いて……ふゎぁ……あったかぃなぁ……ぁぁ……スースー……」

 意識が遠のきながらもマコトは、ソフィアとはまた違う癒やしの温かさに身を任せながら安心したのかそのまま気を失う。

 一方、シエラという名の女性はバッグごと、なんとか車外に持ち出し移動してバッグを倒し、開いてソフィアの身体をゆっくりとバッグの外に出す。そんな動作にもソフィアの意識はピクリとも反応しない。ソフィアの口あたりからクスリの匂いがすることに気付くと、まずは男性のほうに報告を上げる。

「ヴィルさま? こちらの、えっと、髪色は違うけれど……お母さまなのですね。特にケガなどはされていないようですが、おそらくクスリで眠らされてバッグに詰め込まれた様子ですね。なんてひどいことをするのでしょう」

「あー、どうしてなんだろうな」

 シエラもヴィルジールも、まだ詳しい状況は掴めていないが、この親子と連れ去り犯の構図から加担すべきがどちらなのかは自ずとわかるから、親子を救う側に立っている。

 しかしヴィルジールの視点は別にあり、わからないまでも思考は巡らせていた。

 連れ去り犯の行動で、複数人で車とクスリまで使って、しかもわざわざ準備したバッグに人間を詰め込むなど、あからさまに組織的計画的な行動を取っているとしか思えない。そこにヴィルジールの組織が関わっていないことは明白だが、わざわざ母親だけを攫う意図、それを為そうとする組織、いったいこの母親に何が、攫うほどのどれほどの価値を見出しているというのか? などを脳裏で巡らせながら、シエラには不可解さの疑問だけを返す。すると、シエラから今得た情報が告げられる。

「それとこの人たちは気を失っているようですが、所持品を見る限り、どうもV国諜報員ではないかと思いますね。私達を狙ってなのかと最初は思いましたけど、どうも違う目的のようです。まぁ、私たちのことがバレるにはまだまだ時間がかかるはずですしね」

 V国諜報員、のワードにピクリと反応するヴィルジール。半日ほど前に、テロ組織、エニシダはV国の軍事衛星のレーザー砲を拝借しただけでなく、その使用に対する反撃を受けて、V国の軍事衛星のレーザー砲は破壊されてしまった。破壊したのはマコトたちだが、ちゃっかり拝借への屈辱と無惨にも破壊されてしまったことに怒り狂うV国は全力でエニシダを叩き潰そうと躍起になっている状況なのだが、それに身構える反応ではなかった。もちろん躱すための対策を講じる必要はあるが、怯む気持ちは微塵も持ち合わせていない。

「そうか。では我らもあまり関わるわけにはいかないな」

 しかし、共にあるシエラも同じ認識とは限らないため、関わらない、の言葉でヴィルジールは意識の共有を図る。シエラは頷くと、今度は少し困ったような表情を浮かべつつ別の話題を切り出す。

「それはそうとヴィルさま。この子のお母さまですが、何かおかしいですね」

「ん? どうした? 何かが気になるのだな?」

 ヴィルジールは、少し困り顔のシエラを見上げるが、瞳の奥には何か言いたげな表情を感じ取り、その先を促す。

「はい。特にケガや病気の類ではないのですが、何か「気」の流れというのか、もしかしたら魔力の流れなのかもしれないですが、うまく循環できていない気がしますね。おそらく病院ではわからないようなトラブルがこの人には起きているんじゃないですかね?」

 シエラならではの繊細な異能の感性で浮き彫りとなる様子が目に浮かぶヴィルジールは、その成長振りに嬉しさを憶えながら、小さく頷きを繰り返す。話し終え、やりたそうなシエラにヴィルジールはGOサインを返す。

「おぉ、そうなのか。流石はシエラちゃん。電気信号だけじゃなく、そういう微妙な流れがわかるようになってきてるんだな。もし治せるなら整えてあげるといいよ」

 同意を得られたシエラは嬉しそうに返事する。

「承知しました!!」

 シエラは小難しそうな顔をしながらも、謎解きのような充足感でも感じているのか、やけに愉しげだ。

「うーんと、どうやったらこんな風にねじれるのかしら?」

 肩幅程度に広げた手のひらの間、ソフィアがその中心点付近となるよう、両手のひらでかざし挟み込むように視たいところを走査していく。

「最近起こった何かだけじゃなく、何年も前に同じような何かがあって、なんか相当にこじれた状態だわ。普通にしてたらこんな風にはなるはずない気がするんだけどなぁ」

 両手間の距離や動きの向き、回転、速さなどを巧みに操る様子のシエラだが、周りからは、その操る先のモノは見えない。シエラだけが視えるのか、それとも感じ取っているのかは不明だ。

 しかし、今のようなシエラの気持ちが乗っている場合、手のひらを反対の回転方向にひねったり、時には指を使った細やかな操作から、掴んだりなめしたり整える、その視えていない何かが、あたかもそこにあり、視えているような錯覚に陥らせる。

「でもまぁ、たぶん困ってらしたと思うから、シエラに出会えてこの方ラッキーだったかもね?」

 それゆえに、ヴィルジールにも、ソフィアの魔力の流れの筋のようなものがねじれて絡まり、流れが滞る状態から、円滑に循環していけるような流れへと、徐々にほぐされていく様子がなんとなく知覚できたようだ。


 そして、こんな稀有な能力に磨きがかかり、またそれを目の当たりにできたことを喜び、その恩恵にあずかれる目の前の女性、ソフィアの幸運を羨むヴィルジールでもあった。

「ほんとにそうだな……」

 話の区切りと捉えて、ヴィルジールは、当初の目的でもある妖精の話題を切り出す。

「それよりシエラ。やはりこの子たち、もしかしたら、もしかするかもだぞ?」

 目的に大きく近付いたかもしれないからか、ヴィルジールの目は喜びを隠せない。頬も僅かにつり上がり緩みがちだ。

「え? それは、もしかして……あの妖精さんのことですか?」

 シエラも目的は忘れていないから、直ぐに思い当たり、そうなのかと確認する。ヴィルジールは自身の考察内容を説明する。

「あぁ、さっき見ていた範囲でもこの子がここまで転んでしまう元は、きっと焦ってたんだろうけど、こんな障害物だらけの状況だ。この周りの状況と自分の状態を考えないで、特殊な力を放った結果だと思うからな。普通の人に出せる力じゃないことは間違いないな」

 説明を聞きながらもソフィアへの整合作業を継続していたシエラは、満足げに完了を告げる。

「なるほど……はーい。整いましたぁ。ヴィルさま。終わりました。たぶん相当うまく出来たと思いますよ。うふふん」

「おお、ありがとう。流石シエラだ」

 他では出会うことのない特殊な状況ながら、うまくやり切れた感と、だからこその、それがどのようになるのかの結末を確かめたい衝動に駆られるシエラ。

「どこかが悪い状態だったのだろうけど、今のシエラにそれがわからないから、何かが良くなったその結果が知りたいな。あ! まだクスリが効いているから当分は起きないですよね?」

 早く結果が知りたいと気がくシエラだが、クスリを嗅がされたソフィアだから、まだ意識が戻らないことに気が付く。

「そうだな。癒やしてクスリの効果を軽減させることもできそうだが、まぁ、この子の気が付いてからだな。そうじゃないと話がややこしくなりそうだ」

 ヴィルジールの『話がややこしく~』の言葉がシエラの琴線に触れる。

「そうですよね。状況が状況だから、勘違いしますものね。でも言葉を尽くせば誠意は伝わるとは思いますけどね~。言葉も大事ですからね~」

「あー、おい! まだそこに引っかかってるのか。悪いって謝っただろう?」

「いーえ、そーゆー話じゃないんですぅー」
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