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第12話 結像と発現 〜 帰国直後ⅵ
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空港の駐車場で攫われかけるソフィアを救ったヴィルジール。
そのソフィアの体内で気の循環不順を見抜き整えてみせたシエラ。
ただ、意識を失ったままの状態のソフィアだから、シエラはどこがどう悪かったのかが気になって仕方がない。
しかし、イルは気の流れの滞りと聞き、記憶喪失との関連性が気にかかる。一見関係しないが、なぜか引っかかり、それを尋ねてみる。
すると、間接的になら、陥っている状況に影響を与えている可能性があることをシエラは告げる。
そんな会話をしているうちにも、ソフィアへの癒やしは進み、ふと変化の兆しが訪れる。
瞼や指先。いままでピクリともしなかった部分に僅かな変化が表れたのだ。
そうしてついに頭が僅かに動き、ソフィアの口元から吐息とともに声が漏れる。
「ふぅ……ん? ……んーん……」
緩む瞼から漏れる淡い明かりがソフィアの意識をゆっくり引き戻していく。そんな変化にまずはヴィルジールが気付く。
「おぉ、気付いたようだな」
「あ! ソフィー! 気付いたのね?」
微睡む視界が次第に像を捉え、見えてきた天井、その左右からせり出すように加わる顔。
声を伴うその一つはよく知る人物と認識したからか、ソフィアはそちらに顔を向け、その瞳に柔らかな笑みを宿す。
それと同時に、その笑む瞳はキラキラときめ細やかな煌めきを纏い、それを見た者は等しく吸い込まれるような、視線を外してはいけないような感覚に陥る。
「うゎゎ、キラキラ……きれい……」
「ほぅぅ……」
「ふぅゎぁ……」
そうやって瞳が奪われるほんの僅かな時間のこと。その煌めきは次第に全身を包み込み、ソフィアの見た目に大きな変化が現れる。髪が金髪に瞳が碧眼にスゥーっと変化したのだ。
「あれ? え? えぇぇ! 髪と瞳が戻った!」
ソフィアのそんな変化の様子に驚くイル。
「な、なんと! か、神? いや、まさか女神なのか?」
「はゎゎ……め、女神さま?」
一方、初めて見る、そんな神々しい状況を目の当たりにするヴィルジールとシエラは驚きを隠せず瞳を戦慄かせながら吃驚する。
そして、ソフィアのそんな煌めきが解けた頃、ハッと夢見心地から我に帰るソフィアの口から、慌てるように言葉が溢れ出す。
「あれ? ここは? 車が……え、駐車場? イルちゃ? 私は一体」
「え? ソフィー? イルがわかるの?」
記憶を失いながらも、暫く共に過ごした周りの面々の顔と名前は知っていて当然だが、『イルちゃ』と呼ぶのは記憶を失う前のソフィアだ。
そんな些細だが明確な違いに気付いたイルは、驚きを隠せず確かめずにはいられない。もちろん髪色が戻ったという大きな変化は確信を深める。
しかし、慕って止まないソフィアが記憶を失ったこと自体、楽しかった記憶、共に過ごした繋がりまでも失われたに等しく、マコトと同じくらい、イルにとっても衝撃的過ぎる悲しい出来事だったのだ。
それだけに、何をやってもどうにもならない状況は、より大きな落胆を重ねていく。これからかかる病院の本格検査で原因究明できて快方に向かう、という一縷の望みにかける反面、もう戻ることはないのでは? と思うほどの乖離的現状に、表面上は明るく取り繕っていても、イルの心の中は悲しみに暮れる。そんな状況は自ずとイルに否定的な猜疑心を刻み込み、まずは疑う、そんな癖が染み付いているようにも見えた。
一方、今のソフィアにとっては当たり前過ぎる問いに首を傾げながら、本来のソフィアのマシンガントークが繰り広げられる。
「当たり前じゃない。あれ? そこに横たわっているのはもしかしてマコちゃ? え! あら大変! 大怪我してるじゃない。何があったのイルちゃ?」
そう言いながら飛び起き、いやもう既にソフィアはマコトの傍らで、癒やしを掛け始めるところだ。
「あ、あら。あらー。ひどい怪我したみたいだけど誰かが癒やしをかけてくれたのかしら? 大体治ってそうね。でも、この左腕。何があったか知らないけれど痛かったわね、マコちゃ……。おそらく骨折したのね。ここも癒やしかけてくれているけど、これはひどい。こんな接合状態、少し曲がった状態だと一生後悔することになるじゃない。お嫁にいけなくなっちゃうわ。もう! すぐ直しちゃう。まだ接合して間もないから治せそうだけど、一体誰がこんな……ジンなのかしら?」
一頻り喋りまくるソフィアのトークの区切りを捉え、ヴィルジールが口を挟む。
「あー、我なんだが、そんなにひどいのか、それ」
不意に放たれた言葉の主に顔を向けるソフィアは、初めて見る顔に驚く。
「え? あなた誰? いつからそこに?」
「あ! え? 我は最初から……」
全く認識もされていなかったことに驚き慌てるヴィルジール。元々知り合いでもないからこそ、何を言ってよいかも戸惑いがちに口籠る。
「ぷっ」
目の前のやりとりにイルは思わず噴き出す。それに気付いたソフィアとヴィルジールはやや怪訝な顔付きで振り向く。
シャカリキに再稼働を始めたソフィアを実感し、嬉しさに瞳を潤ませ、目の前の歯車が噛み合わない可笑しさに頬を震わせながら、イルは状況を見かねて補足する。瞳を濡らしながらも、話し出しながらも、今のおかしさから来る笑いはどうにも抑えきれないようだ。
「すすん。ふふふっ。ああ、ソフィー? ふふっ……たぶん憶えて……いえ、知るはずはないよね? ふふふふっ。この方達がソフィーを助けてくれたんだよ」
「え?」
今記憶を取り戻したとはいえ、意識を失っていた間の出来事を知る由もないソフィアだから、ただただ唖然とする。
「ソフィーは記憶喪失になっていたのね」
「ん? ……んん?」
イルの唐突な言葉にまずは付いていけないソフィア。
「それで、日本に到着して今ここは空港なのだけど、ソフィーはV国の諜報員? の人たちに連れ去られようとしていて……」
「ぇえ?」
ソフィアは連れ去りのワードに過剰に反応を示す。
「マコちゃんはそれを食い止めようとしたときに何か失敗したのか、大怪我を負ったみたいなの……」
「ええぇ?」
何を置いても大切な娘の大怪我とその経緯にソフィアは大きく反応する。
「それでたまたま現場に居合わせたこのお二人が連れ去りからソフィーを救ってくれたの」
「あぁぁ、だからマコちゃは……」
寝起きで、しかもいっぺんに大量の情報が飛び込んでくるから整理は直ぐには追い付かない。ソフィアは、今、追い付き処理中のマコトの状況にだけ納得を返す。
一瞬遅れて、耳に飛び込んでいた内容が自身を指していることに気付き、大きく見開き驚く。
「え? わわ私?」
まだ話しきれない情報を残すイルは頷きながら被せ気味に続ける。
「うん。それにね、なんとこちらのシエラさんがソフィーの内側の気の流れが滞っているらしいことに気付いてくれて、それを整えてくれたの」
「ん? ……気? ……流れ?」
またまた新たな情報追加に、超優秀なはずのソフィアの頭脳は、全く付いていけてない。
「正確なことはわからないけど、そのお陰で今ソフィーは記憶を取り戻しているように見えるから、たぶんそういうことで合っていると思うの。どう? いろいろなことを思い出せる?」
ソフィアの中で、記憶と、その喪失、気の流れ、がまだ曖昧ではあるが、なんとなくな関連性の構図が浮かび上がる。
「え? あれ? そういえばさっきも記憶がどうとか……」
それと共に紐付きが急速に整合し始める。イルにより積み重ねられた記憶に関する説明が、ようやくソフィアの中で像を結んだようだ。
「私……そう……記憶を失っていたのね」
かつてのソフィアは一度記憶を無くした経験があり、今回が2度目となる。
前回、それほどに大きな衝撃を受けたためだが、ジンとの出会いにより、不完全ながらも記憶を取り戻し、新しい生活を歩み始めたソフィアだった。
今回も相応の衝撃を受けたのだと自覚するソフィアの脳裏には、様々な情景がフラッシュバックする。
前回は、民間機撃墜事件から乗客を救うために魔力を振り絞った後、現場を南へ大きく離脱し、遠く離れたアフリカ南部のS国に枯渇寸前の魔力で不時着し、ジンと出会った状況だ。
今回は、S国から日本に向かう旅客機の中、テロ組織エニシダの仕掛ける謀略により、V国のレーザー砲を放つ軍事衛星に対し、分身体に意識を移したソフィアとマコトが機転を働かせてなんとか凌いだ状況だった。
しかし、さらなる追撃を検知し、それを回避すべく、一瞬の予断も許されない迫り来る状況から、緊急時とはいえ、自身の制御限界を、抑止する暇も、抗うほどの力も不足する状態で、咄嗟に上方移動するマコトにより強引に突破させられる。大気圏外まで急激に引き離されたことで、分身体と本体を繋ぐオーラの分断直前の危機的状況となる。
分身体とは、生体エネルギーでもあるオーラから練り上げられた写し身のこと。そこに主たる意識を移す間も、本体と分身体はオーラで結ばれている状態だが、それが抜けきることは、生体エネルギーの枯渇、即ち死んだも同然の状態と言える。
そこから意識が途切れ、慌てるマコトはなんとかオーラを繋ぎとめるようエネルギー補強しながら本体のある旅客機へと戻るが、ソフィアの意識は戻らない。
エニシダの猛攻を凌ぎきり、なんとか日本に到着したところで意識を取り戻すも、このときのソフィアは既に記憶を失う状況となっていた。
そこまでのソフィアの記憶に残る状況が新旧融合を経て、超速送りでソフィアの脳裏を駆け巡る。
「そうなの。戻ったのよー。良かったぁ、ホントに良かった。マコちゃん責任感じて大変だったんだよ?」
記憶が戻ったことを告げられ、今度は、自身の意識の向こう側にある記憶を辿ってみるソフィア。
ジンと結婚して以降は比較的明瞭だが、それより前はあちこちに不明瞭感があり、事細かに思い出すことが難しい状況だったことをソフィアは思い出す。
しかし今、するすると過去の記憶がシームレスに鮮烈に蘇ることを実感するソフィア。その瞳は大きく揺らぎ、ふと涙が零れ落ちる。
「うぅ……そうなの……すすん。なんか不思議……すっきりいろいろなことが思い出せるわ。シエラさん。あなたは恩人ね。そもそもお二人、えーっと……」
「ヴィルジールさんって仰る方よ」
名前がおぼつかないソフィアにイルが助け舟を出す。
「そう、ヴィルジールさんとシエラさんは、そもそもわたしをV国の魔の手から救い出してくれたのね。本当にありがとうございます。もう大恩人ね。なんてお礼を言ったら良いのか……」
ヴィルジールはその真の経緯上、複雑な思いはあるが、眼の前の美しく女神にも等しき存在からの感謝にやや照れる様子で頷きを返す。シエラも裏方の立場上、経緯は知っているが、神々しきソフィアに今はただ見惚れながらウンウンと涙目で頷くばかりだ。
感極まりながらも、ソフィアは視界に入るマコトの手当てが必要なことを思い返し、そちらを優先することを告げる。
「あ、ごめんなさい。こちら……わたしの娘、マコちゃ、ううん、マコトの癒やしもそろそろ終わりそうだから先に仕上げにかからないと……」
話しながら、マコトの癒やしを進めながら、マコトの安心しきった表情を見て、ソフィアはマコトに施してくれたことへの感謝の念を滲ませる。
「ああ、でも、そういうことね。マコちゃの手当てもしてくださった、そして癒やしをかけていただいた、ということね。おそらく相当な激痛が伴ったはずのその痛みから開放してくれたから、こんなにも穏やかな寝顔なのね。さっきは失礼な物言いでしたね。改めてありがとうございました」
最愛の娘に心を砕いてくれたこと。その先に得た全くこわばりのない安心しきったマコトの表情。トラブルに見舞われた事実と、それでケガを負った今のマコトの痛ましさはあれど、何もかも取り戻せた、何一つ失っていない今の状況に、心が満たされ、祝福のような力、その粒子のようなものが無意識にもソフィアからじんわり溢れ出す。
それは無色透明で誰の眼にも映ることはない。ただ境界面で光の屈折率が変化するのか、揺らぐようなチラつきが視える者には認識されるようだ。ソフィアを中心に球体状にゆっくり膨張するそれは、半径30m程度を境に解け霧散していく。膨張は続けるが、薄れて周囲との境界は不明瞭となる感じだ。
また、この力は僅かに暖かく、その範囲内にいるものは主にその変化で気付く者も多いようだが、その本質は心の在りように影響を与える。
心といった、捉えどころのないものを御する訳ではないが、意図せず放つこととなった、ソフィアの慈しみの感情が高まった結果の慈愛の力は、各々の心のわだかまりのような凝りをゆっくりと解しながら沁みていく。
誰に対しても、そう、例え相手がテロリストであっても、それは周囲にある者に等しく響き渡る。
そのソフィアの体内で気の循環不順を見抜き整えてみせたシエラ。
ただ、意識を失ったままの状態のソフィアだから、シエラはどこがどう悪かったのかが気になって仕方がない。
しかし、イルは気の流れの滞りと聞き、記憶喪失との関連性が気にかかる。一見関係しないが、なぜか引っかかり、それを尋ねてみる。
すると、間接的になら、陥っている状況に影響を与えている可能性があることをシエラは告げる。
そんな会話をしているうちにも、ソフィアへの癒やしは進み、ふと変化の兆しが訪れる。
瞼や指先。いままでピクリともしなかった部分に僅かな変化が表れたのだ。
そうしてついに頭が僅かに動き、ソフィアの口元から吐息とともに声が漏れる。
「ふぅ……ん? ……んーん……」
緩む瞼から漏れる淡い明かりがソフィアの意識をゆっくり引き戻していく。そんな変化にまずはヴィルジールが気付く。
「おぉ、気付いたようだな」
「あ! ソフィー! 気付いたのね?」
微睡む視界が次第に像を捉え、見えてきた天井、その左右からせり出すように加わる顔。
声を伴うその一つはよく知る人物と認識したからか、ソフィアはそちらに顔を向け、その瞳に柔らかな笑みを宿す。
それと同時に、その笑む瞳はキラキラときめ細やかな煌めきを纏い、それを見た者は等しく吸い込まれるような、視線を外してはいけないような感覚に陥る。
「うゎゎ、キラキラ……きれい……」
「ほぅぅ……」
「ふぅゎぁ……」
そうやって瞳が奪われるほんの僅かな時間のこと。その煌めきは次第に全身を包み込み、ソフィアの見た目に大きな変化が現れる。髪が金髪に瞳が碧眼にスゥーっと変化したのだ。
「あれ? え? えぇぇ! 髪と瞳が戻った!」
ソフィアのそんな変化の様子に驚くイル。
「な、なんと! か、神? いや、まさか女神なのか?」
「はゎゎ……め、女神さま?」
一方、初めて見る、そんな神々しい状況を目の当たりにするヴィルジールとシエラは驚きを隠せず瞳を戦慄かせながら吃驚する。
そして、ソフィアのそんな煌めきが解けた頃、ハッと夢見心地から我に帰るソフィアの口から、慌てるように言葉が溢れ出す。
「あれ? ここは? 車が……え、駐車場? イルちゃ? 私は一体」
「え? ソフィー? イルがわかるの?」
記憶を失いながらも、暫く共に過ごした周りの面々の顔と名前は知っていて当然だが、『イルちゃ』と呼ぶのは記憶を失う前のソフィアだ。
そんな些細だが明確な違いに気付いたイルは、驚きを隠せず確かめずにはいられない。もちろん髪色が戻ったという大きな変化は確信を深める。
しかし、慕って止まないソフィアが記憶を失ったこと自体、楽しかった記憶、共に過ごした繋がりまでも失われたに等しく、マコトと同じくらい、イルにとっても衝撃的過ぎる悲しい出来事だったのだ。
それだけに、何をやってもどうにもならない状況は、より大きな落胆を重ねていく。これからかかる病院の本格検査で原因究明できて快方に向かう、という一縷の望みにかける反面、もう戻ることはないのでは? と思うほどの乖離的現状に、表面上は明るく取り繕っていても、イルの心の中は悲しみに暮れる。そんな状況は自ずとイルに否定的な猜疑心を刻み込み、まずは疑う、そんな癖が染み付いているようにも見えた。
一方、今のソフィアにとっては当たり前過ぎる問いに首を傾げながら、本来のソフィアのマシンガントークが繰り広げられる。
「当たり前じゃない。あれ? そこに横たわっているのはもしかしてマコちゃ? え! あら大変! 大怪我してるじゃない。何があったのイルちゃ?」
そう言いながら飛び起き、いやもう既にソフィアはマコトの傍らで、癒やしを掛け始めるところだ。
「あ、あら。あらー。ひどい怪我したみたいだけど誰かが癒やしをかけてくれたのかしら? 大体治ってそうね。でも、この左腕。何があったか知らないけれど痛かったわね、マコちゃ……。おそらく骨折したのね。ここも癒やしかけてくれているけど、これはひどい。こんな接合状態、少し曲がった状態だと一生後悔することになるじゃない。お嫁にいけなくなっちゃうわ。もう! すぐ直しちゃう。まだ接合して間もないから治せそうだけど、一体誰がこんな……ジンなのかしら?」
一頻り喋りまくるソフィアのトークの区切りを捉え、ヴィルジールが口を挟む。
「あー、我なんだが、そんなにひどいのか、それ」
不意に放たれた言葉の主に顔を向けるソフィアは、初めて見る顔に驚く。
「え? あなた誰? いつからそこに?」
「あ! え? 我は最初から……」
全く認識もされていなかったことに驚き慌てるヴィルジール。元々知り合いでもないからこそ、何を言ってよいかも戸惑いがちに口籠る。
「ぷっ」
目の前のやりとりにイルは思わず噴き出す。それに気付いたソフィアとヴィルジールはやや怪訝な顔付きで振り向く。
シャカリキに再稼働を始めたソフィアを実感し、嬉しさに瞳を潤ませ、目の前の歯車が噛み合わない可笑しさに頬を震わせながら、イルは状況を見かねて補足する。瞳を濡らしながらも、話し出しながらも、今のおかしさから来る笑いはどうにも抑えきれないようだ。
「すすん。ふふふっ。ああ、ソフィー? ふふっ……たぶん憶えて……いえ、知るはずはないよね? ふふふふっ。この方達がソフィーを助けてくれたんだよ」
「え?」
今記憶を取り戻したとはいえ、意識を失っていた間の出来事を知る由もないソフィアだから、ただただ唖然とする。
「ソフィーは記憶喪失になっていたのね」
「ん? ……んん?」
イルの唐突な言葉にまずは付いていけないソフィア。
「それで、日本に到着して今ここは空港なのだけど、ソフィーはV国の諜報員? の人たちに連れ去られようとしていて……」
「ぇえ?」
ソフィアは連れ去りのワードに過剰に反応を示す。
「マコちゃんはそれを食い止めようとしたときに何か失敗したのか、大怪我を負ったみたいなの……」
「ええぇ?」
何を置いても大切な娘の大怪我とその経緯にソフィアは大きく反応する。
「それでたまたま現場に居合わせたこのお二人が連れ去りからソフィーを救ってくれたの」
「あぁぁ、だからマコちゃは……」
寝起きで、しかもいっぺんに大量の情報が飛び込んでくるから整理は直ぐには追い付かない。ソフィアは、今、追い付き処理中のマコトの状況にだけ納得を返す。
一瞬遅れて、耳に飛び込んでいた内容が自身を指していることに気付き、大きく見開き驚く。
「え? わわ私?」
まだ話しきれない情報を残すイルは頷きながら被せ気味に続ける。
「うん。それにね、なんとこちらのシエラさんがソフィーの内側の気の流れが滞っているらしいことに気付いてくれて、それを整えてくれたの」
「ん? ……気? ……流れ?」
またまた新たな情報追加に、超優秀なはずのソフィアの頭脳は、全く付いていけてない。
「正確なことはわからないけど、そのお陰で今ソフィーは記憶を取り戻しているように見えるから、たぶんそういうことで合っていると思うの。どう? いろいろなことを思い出せる?」
ソフィアの中で、記憶と、その喪失、気の流れ、がまだ曖昧ではあるが、なんとなくな関連性の構図が浮かび上がる。
「え? あれ? そういえばさっきも記憶がどうとか……」
それと共に紐付きが急速に整合し始める。イルにより積み重ねられた記憶に関する説明が、ようやくソフィアの中で像を結んだようだ。
「私……そう……記憶を失っていたのね」
かつてのソフィアは一度記憶を無くした経験があり、今回が2度目となる。
前回、それほどに大きな衝撃を受けたためだが、ジンとの出会いにより、不完全ながらも記憶を取り戻し、新しい生活を歩み始めたソフィアだった。
今回も相応の衝撃を受けたのだと自覚するソフィアの脳裏には、様々な情景がフラッシュバックする。
前回は、民間機撃墜事件から乗客を救うために魔力を振り絞った後、現場を南へ大きく離脱し、遠く離れたアフリカ南部のS国に枯渇寸前の魔力で不時着し、ジンと出会った状況だ。
今回は、S国から日本に向かう旅客機の中、テロ組織エニシダの仕掛ける謀略により、V国のレーザー砲を放つ軍事衛星に対し、分身体に意識を移したソフィアとマコトが機転を働かせてなんとか凌いだ状況だった。
しかし、さらなる追撃を検知し、それを回避すべく、一瞬の予断も許されない迫り来る状況から、緊急時とはいえ、自身の制御限界を、抑止する暇も、抗うほどの力も不足する状態で、咄嗟に上方移動するマコトにより強引に突破させられる。大気圏外まで急激に引き離されたことで、分身体と本体を繋ぐオーラの分断直前の危機的状況となる。
分身体とは、生体エネルギーでもあるオーラから練り上げられた写し身のこと。そこに主たる意識を移す間も、本体と分身体はオーラで結ばれている状態だが、それが抜けきることは、生体エネルギーの枯渇、即ち死んだも同然の状態と言える。
そこから意識が途切れ、慌てるマコトはなんとかオーラを繋ぎとめるようエネルギー補強しながら本体のある旅客機へと戻るが、ソフィアの意識は戻らない。
エニシダの猛攻を凌ぎきり、なんとか日本に到着したところで意識を取り戻すも、このときのソフィアは既に記憶を失う状況となっていた。
そこまでのソフィアの記憶に残る状況が新旧融合を経て、超速送りでソフィアの脳裏を駆け巡る。
「そうなの。戻ったのよー。良かったぁ、ホントに良かった。マコちゃん責任感じて大変だったんだよ?」
記憶が戻ったことを告げられ、今度は、自身の意識の向こう側にある記憶を辿ってみるソフィア。
ジンと結婚して以降は比較的明瞭だが、それより前はあちこちに不明瞭感があり、事細かに思い出すことが難しい状況だったことをソフィアは思い出す。
しかし今、するすると過去の記憶がシームレスに鮮烈に蘇ることを実感するソフィア。その瞳は大きく揺らぎ、ふと涙が零れ落ちる。
「うぅ……そうなの……すすん。なんか不思議……すっきりいろいろなことが思い出せるわ。シエラさん。あなたは恩人ね。そもそもお二人、えーっと……」
「ヴィルジールさんって仰る方よ」
名前がおぼつかないソフィアにイルが助け舟を出す。
「そう、ヴィルジールさんとシエラさんは、そもそもわたしをV国の魔の手から救い出してくれたのね。本当にありがとうございます。もう大恩人ね。なんてお礼を言ったら良いのか……」
ヴィルジールはその真の経緯上、複雑な思いはあるが、眼の前の美しく女神にも等しき存在からの感謝にやや照れる様子で頷きを返す。シエラも裏方の立場上、経緯は知っているが、神々しきソフィアに今はただ見惚れながらウンウンと涙目で頷くばかりだ。
感極まりながらも、ソフィアは視界に入るマコトの手当てが必要なことを思い返し、そちらを優先することを告げる。
「あ、ごめんなさい。こちら……わたしの娘、マコちゃ、ううん、マコトの癒やしもそろそろ終わりそうだから先に仕上げにかからないと……」
話しながら、マコトの癒やしを進めながら、マコトの安心しきった表情を見て、ソフィアはマコトに施してくれたことへの感謝の念を滲ませる。
「ああ、でも、そういうことね。マコちゃの手当てもしてくださった、そして癒やしをかけていただいた、ということね。おそらく相当な激痛が伴ったはずのその痛みから開放してくれたから、こんなにも穏やかな寝顔なのね。さっきは失礼な物言いでしたね。改めてありがとうございました」
最愛の娘に心を砕いてくれたこと。その先に得た全くこわばりのない安心しきったマコトの表情。トラブルに見舞われた事実と、それでケガを負った今のマコトの痛ましさはあれど、何もかも取り戻せた、何一つ失っていない今の状況に、心が満たされ、祝福のような力、その粒子のようなものが無意識にもソフィアからじんわり溢れ出す。
それは無色透明で誰の眼にも映ることはない。ただ境界面で光の屈折率が変化するのか、揺らぐようなチラつきが視える者には認識されるようだ。ソフィアを中心に球体状にゆっくり膨張するそれは、半径30m程度を境に解け霧散していく。膨張は続けるが、薄れて周囲との境界は不明瞭となる感じだ。
また、この力は僅かに暖かく、その範囲内にいるものは主にその変化で気付く者も多いようだが、その本質は心の在りように影響を与える。
心といった、捉えどころのないものを御する訳ではないが、意図せず放つこととなった、ソフィアの慈しみの感情が高まった結果の慈愛の力は、各々の心のわだかまりのような凝りをゆっくりと解しながら沁みていく。
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