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第8話 爆弾騒動
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日本向けの機上で起きたハイジャック事件は、制圧も怪我の治療も一段落し、ソフィアから自席に戻ることを問いかけられるが、マコトとの約束を思い出すジンは機長に話し掛ける。
「ああ、そうだ。機長さん? 娘がパイロットに憧れていてコックピットを見たいと言っているんだけど、あぁ、まぁ、もう見てるけど、着陸後にでもコックピットを見せていただけないかな? と思いまして。そこでいろいろな説明も併せてやってもらえると助かります」
「あぁ、そういうことなら、あなた達は特別だよ。普通はハイジャック防止の観点から航行中にコックピットに入れたりはしないが、窮地を救ってくれたあなた達に今さら何の心配が必要かという話だ。今このまま好きなだけいてくれて問題ないよ。むしろ私の個人的感情からは、いてくれた方が嬉しいくらいだ。なんなら空いているその席に座ってくれてもかまわないよ」
「え? 機長さん、ホント? 嬉しい!」
パァーーーッ。キラキラキラ~。
マコトは顔いっぱいに満面の笑みを咲かせる。よほど嬉しかったのか、笑顔とともに魔力まで溢れだし、そのキラキラ度合いもハンパない。見えないが、その残滓は強く印象を刻み込む。
グハッ!
こんな超弩級なキラキラ混じりの笑顔を向けられたら、機長はたまらない。一瞬だけ視線を向けたつもりが、固着し、疎かになる操縦で、僅かに傾く航空機。瞳が揺れ、相好を思いっきり崩しそうになるが、プルプルしながら踏み堪える機長。ハッと慌てて機体を立て直す。
「ふぅゎーっ。あ、あぁ、どうぞ。うん、とても素敵な笑顔だね。ジンさん? 今日はマコちゃん、連れ帰っても?」
操縦に余念なく正面を向く真剣な眼差しと、マコトを向き、目に入れても痛くない孫を見るような眼を百面相のように忙しなく切り替える機長。その不意打ちな一言に驚くジン。
「え? えぇーっ、だ、だめに決まってるじゃないですか」
当たり前だが、マコトを渡せるはずがないジンは、冗談と思いつつもきっぱり却下で返す。
「きゃー、機長。その気持ちスッゴくわかります。マコちゃん、可愛すぎますもの」
マコトから放たれる満面の笑み (超弩級キラキラテイスト入り)をしっかりと見逃さなかったパーサーの紗栄子。すっかりマコトの虜になってるようだ。
「え、あ、コホン。いやそうだよね。まぁ、言ってみたかっただけだ。それと普通は飛行中に座らせるなどあり得ないことだが、あなた達は本機全体の恩人達だ。全面的に信用しているし、そんな命の恩人が仮に少しばかり羽目を外したとて、誰にも責める資格はないさ」
「いや、羽目を外すって? どこまで許容するつもり?」
ジンの突っ込みに慌てて我を取り戻す機長。咄嗟に最もらしい言い訳を取り繕う。
「じょ、冗談だよ。ゴホン。それにまだ、副操縦士は復帰できていない。顔色からもすっかりよくなったことはわかるが、身体にはかなりの負担がかかったのだろう。まだ意識が戻らないならもう少しだけ寝かせてやりたいし、もし今起きても本調子にはほど遠いはずだから、暫くは空いていることになる。それまでなら、そこに座ってても問題はないってことだ。おっ、そうだ。パイロットに憧れてるって言ってたね。なんなら着陸まで座っているかい?」
「あー、それ、すごく嬉しいけど、それならパパも操縦士の資格を持っているらしいから、パパが座ればいいんじゃない。マコはまだ小さいから、座席に座っても逆に見えなくなるし、立って後ろから見てるほうがよく見える気がする。今はそれで十分だし」
幼児の背丈では、操縦席に座ると窓の外が見えないばかりか、計器も下半分しかよく見えない。そんな話の流れからジンが有資格者と知った機長の興味はジンのほうに向けられる。
「おぉ! なんと! ジンさんはパイロットだったのか?」
「え、えぇ、昔自衛隊で訓練を受けたので事業用操縦士の資格はあります」
恥ずかしがるべきではないが、パイロットを専門職としていないジンにとっては、百戦錬磨の機長から見ればパイロットとしては赤子にも等しいため、大手を振って言えない心情でもある。それゆえに控えめな態度のジンだったが、機長にとって、この状況でのパイロットを1名確保できることはこの上なく心強いことでもあったから、嬉しさを前面にお願いを持ちかける。
「おぉ丁度よい。その資格があるなら副操縦士としての要件は満たされる。いや本機で着陸まで座ってもらえると助かるよ。まぁ、殆どの操作はこっちでやるから心配はいらないしね」
「えぇ? 本当に? 私も大型民間機の操縦は未経験なので興味深いですが、あれっ? 機長さん? ATCコードが7500のままですよ? あぁ、まだ終結してないからいいのか」
「お、あまりに楽しくて事態終結の確認も報告もまだじゃった。片桐君。状況を確認してきてくれるか?」
「わかりました。機長」
コックピットを後にする紗栄子さん。と思ったら直ぐに戻ってきた。ジェイムズを伴って。
「機長、こちらS国警察のジェイムズさんです。ジンさんと協力してコックピットの外側の制圧にご尽力いただいた方で、直接ご報告したいとのことで、ジンさんと顔見知りの方なので問題ないかと勝手ながら入室していただきました」
「あぁ、ジンさんの協力者なら、当事件では身内のようなものだからかまわんよ。話を始める前に、事態を終結したいから、まずは状況を教えてもらえるだろうか?」
「わかりました。初めましてジェイムズです。犯人はこちらの2人を含め11人。外の9人は捕縛完了し部下に見張らせています。軽く尋問したところ、どうもテロ組織が深く絡んでいるようで、ここではこれ以上の尋問は難しく着陸後に空港警察に引き渡したいと考えています」
「む? テロ組織か。確かに継続は厳し……それなら爆弾や毒物を隠し持ってるかもだな?」
会話の流れを捉え、緊急と判断したジンは、直ぐに念波でマコトに指示を出す。
『マコト? 聞いてたと思うが、ちょっと犯人達を確認してくれないか? 銃や刃物はもちろんだが、針とか怪しい液体、それと爆弾になりそうな固形物だ』
『うん、話聞いてたからもう見ている。あいつらは、今は手を動かせないから何もできないと思うけど、とりあえず舌を噛めないようにまずは棒みたいなのを作って噛ませてるよ?』
マコトもこういうときの機転は利く方なのか、既に分身で動いていたらしい。
『おぉ! ホントにそつがないな、マコトは』
『でしょでしょ? 今スキャンしてるからちょっと待ってて?』
『マコトはホントに頼りになるよ。任せたよ?』
『えへん。任された!』
『ホントに可愛いよ。マコト。愛してる。あ! そうそう、捕縛はしたが、相手は人の命をなんとも思わない極悪人だ。気を抜くと反撃もありえる。なにかあれば直ぐに言うんだぞ?』
『デヘヘ。嬉しいな。念波? サイコー! うん。気は抜かないから大丈夫』
『あぁ。わかった』
マコトのそんな行動原理には、もしかすると、この念波のジンのそんな言葉が聞きたかったことも含まれるのかもしれない。確認作業に勤しみながらもマコトの頬は緩んだ状態だった。
「なるほど。このあと、徹底的に身体検査する必要がありますね?」
「あぁ、念には念を入れた方がいいな。よろしく頼みます。ジェイムズさん」
「承知しました」
コックピットで方針が固まり動き出す頃には、マコトは調べ終わり、慌てる回答を返す。
『パパ、パパ、大変!』
『なんだ? どうした、マコト?』
『まずは所持物。半分位の人は刃物や手榴弾っぽいのがあちこちのポケットに入ってるよ』
『なに? それは危険だな? でもその言い方は、他にもあるってことだな?』
『うん。どうも、爆弾のような気がするし、ちょっとヤバいし、たぶん急いだほうがいいと思うから、今みんなの前で直接喋っていい?』
『わかった。ちょっと待ってて』
動き出す皆を引き止め、マコトの至急の報を伝えるべく切り出すジン。
「機長。ジェイムズ。ソフィアとスチュワーデスさん。緊急事態かもで聞いて欲しいんだが」
「なに? どうした、早く話してくれ」
「さっきの話を聞いたから、直ぐにマコトに犯人達を探ってもらったんだ」
その場にいたリアルなマコトの存在が意識下にあったジェイムズにとって、それとは違うマコトの話をしているように聞こえ、ジェイムズの違和感は言葉になって漏れ出す。
「え? マコちゃんはここにずっといたよね?」
「あぁ、ジェイムズ。後で話そうとしていた秘密に関わるところだが、オレ達には特殊な力があって、詳細は後から話すとして、今はしっかり聞いて欲しいんだ」
「ん? あ、あぁ、わかった」
コックピットにいる皆の聞く態勢が整ったところで、ジンはマコトに話を振った。
「マコト、話してくれ」
「りょ。パパは少し重複するけど」
「あぁ、かまわない。最初から話してくれるか?」
「うん。まずは所持物。半分位の人は刃物や手榴弾っぽいものがあちこちのポケットに入ってるみたい。ただ今の時点では拘束されて大半は気絶してるからたぶん大丈夫。これが時間経過で拘束が緩んだり協力プレイで触られると厄介だから、最初に除去しとくのが一番だよね?」
手榴弾と聞いて、大慌てのジェイムズはすぐ駆け出しそうになる。
「それは大変だっ! 至急……」
「ちょ、ちょっと待って! ジェイムズさん。話はここからが本番なの」
「え? あぁ、そうか、すまん。続けてくれ」
「今から話すことは大きく二点。どちらもおそらくだけど、爆弾かもしれない話」
爆弾、と聞けば、当然、響めきの空間ができあがる。反応はそれぞれだが、会話が成立していたジェイムズが顕著な反応だ。あり得ないくらい見開いて、大きく歯切れ良い返しだ。
「え! ば、爆弾?」
「そう。大事だからよく聞いてね?」
「わ、わかった。続けてくれ」
いったん注意を引きつけられたところで、マコトは落ち着いてゆっくりと話し出す。
「勘違いならいいのだけど、一つめは、あいつらの座席だと思うところ、空席が固まって人数分空いてたからね。そこの荷物の中に時限爆弾みたいなものを2つ見つけたの。ハッキリはわからないし、時限爆弾ならそのタイミングも不明だから、先に直接確認して欲しいのね?」
状況を鑑み、この爆弾に関しては、先にパーサーを手配すべきと、機長は指示を出す。
「厄介だな。スミス君、片桐君、至急犯人達の手荷物を持ってきてくれないか? 急ぐがショックを与えてはいけないし、他の乗客に悟られぬよう優雅な振る舞いでな。混乱を招かないためにも他のパーサーには言わないこと。あぁ、もしも何かあったら直ぐに手を止めて戻ること。決して自分だけで抱え込もうとするんじゃないぞ? わかったら至急掛かってくれ」
「「はいっ!」」
パーサー2人は、聞きながら気を引き締め、切れの良い返事とともに駆けだしていった。
「二つめね。犯人のうちの2人の体内に時限爆弾のようなものが埋め込まれているっぽいの」
「なっ! そ、それは……本当なのか?」
職業柄か明確な反応を示すのはやはりジェイムズだが、体内埋込と聞けば皆、顔が歪む。
「わからないけど、明らかに異質なものが体内にあるみたい。これはママにしかできないジャンルな気がするから、ママに聞いてて欲しかったの」
「そ、そういうことなのね」
医療行為と癒しの施術は全く違うし、爆弾とも聞けば不安要素しかないが、この面子なら、癒しの力を持つ分だけ適任となることを認識するソフィア。
「本当だとすればなんてえげつないことをするんだ。ハイジャックが成功しようが失敗しようがこの飛行機の乗客は生存確率はゼロということか。これがテロ組織のやり方なのか。くそ」
バンッ
悔しそうに壁を叩きつけるジェイムズ。
「落ち着け、ジェイムズ」
「これが落ち着いていられるか。テロ組織の人の命をなんとも思わない残虐な手口にも腹が立つが、それで命を失うのはオレ達なんだ。ここはおそらくインド洋のど真ん中。その一万メートル上空なんだ。為すすべもなく死んでいくなんて歯痒いにもほどがある」
荒ぶるジェイムズを宥めるジン。何故かジンだけは慌てる様子もなく落ち着き払っている。
「だから落ち着けって、まずは情報収集が先だ。機長さん。まだコトは判明していないから、くれぐれも連絡はしないでくれますか?」
「わかった」
場が鎮まったところで、まずは緊急着陸の可否確認を機長に打診するジン。爆発する前に、近くに早く着陸できるなら、それが一番の安全策だからだ。
「それでもしもここから緊急着陸に向かうならどこがありますか? そこまでの時間も教えてください。あぁ、このまま進路、高度、速度を保持すればいいだけなら操縦を代わりますよ」
「ちょっと待っててくれ。あぁ、代わってもらえるのか? 一応自動操縦にはなっているから動かすことはないと思うが、見張りだけはしっかり頼むよ」
「承知しました。アイハブコントロール」
「ユーハブコントロール」
機長は現在位置を航空地図にプロットし、一番近い空港への距離と速度から時間を割り出す。
「うーん、どんなに近くともインド方面、直行航路でざっと2時間、実際に行くなら3時間はみた方がいいな。乗客の避難と爆発物の処理の対応にさらに1時間か。対応してもらえるかどうかは微妙だが。あぁ、もう大丈夫だ、代わろうか。アイハブ」
「ユーバブコントロール」
パーサー達が戻ってきた。先ほどまでとは打って変わって悲壮な眼差しだ。
「ありました。一通り、犯人たちの手荷物を開いて中を確認したら、マコちゃんの言ったとおり、該当すると思われる手荷物は2つで、こちらです。ジェイムズさん、ご確認願います」
「うーん。私も専門外だから詳しくはないが、この外見的にフェイクじゃなきゃ、十中八九、時限爆弾だな。なんと、ご丁寧に2個とも時間がズラしてあって、1時間後と1時間半後。即ちどこかに辿り着くこともなく爆発するって寸法だ。しかも分解できないようになのか、溶接してるし、おそらく衝撃を与えても起爆する仕組みだろうから迂闊に壊せもしない。せめてもの救いは手荷物に忍ばせるために小さく作られている分、爆発の力は大きくはないことだ。それでもこの飛行機の胴体を真っ二つに吹き飛ばすには充分過ぎる破壊力を備えているはず」
既に爆弾かもと知らされていたため、時限爆弾と聞いて驚きはなく、不幸が確定したことへの残念さから、皆、目を伏せがちに溜息をつくのが主な反応だった。
「止めることはできないのか?」
「あぁ、もしも爆弾処理班がここにいて、道具が揃っているなら、1時間もあれば対応できるかもしれないな。即ち刻々と時間が過ぎていく今、爆発を妨げる方法はないってことだ」
時間考察からも無事着陸することは叶わないことを皆が刻み込む。一息置いてジェイムズは続ける。その表情は険しくも、鋭い眼光は難事件に立ち向かう警察官のそれだった。
「それを踏まえた対策で今思いつくものは二つか? 一つはドアか壁を壊して捨てる方法。穴の開いた飛行機がそのまま継続して飛行できるかはわからんがな。もう一つは着水して海面に投げ捨てる。飛行機はもう飛び上がれないしおそらく沈んでしまうから、ボートに乗り移って漂流することになるな。そもそもこんなデカい飛行機が無事着水できるのかは疑問なんだが」
ジェイムズの対策案と見立てに感心しつつ、機長がパイロットとしての見解を返す。
「うん。ジェイムズさんの見立ては大体合ってるよ。着水は訓練できないからぶっつけ本番になるし、外洋は海面のうねりも大きく、それが判別しづらいからうまくできるかはやってみるまでわからない。だから最終手段だと思って欲しい。やるならば、扉というか、ガラスを壊して捨てる方法がいいかと思う。ただその後は抵抗が大きく高速では飛行できないし、そうなると燃料が持たないから代替飛行場への緊急着陸は必須だが、届くかは緻密な再計算してみないと何とも言えないがな」
そんな張り詰めた空気の中で、一人だけ落ち着いた表情のジンがジェイムズに確認する。
「えーとジェイムズ? 爆発の威力は乗用車が吹き飛ぶくらいだと理解したが合ってるか?」
「あぁ、そうだな。多く見積もってもバス。それでもこの飛行機をへし折るには充分だがな」
「あー、大体わかりました。お二人とも、ありがとうございます。そうであるなら大丈夫。この2つの時限爆弾は私に預からせてください。何とかするんで心配不要です」
突拍子のないジンの大丈夫宣言に皆が唖然とした。たった今、捨てるほかに方策がないことを皆で確認したばかりだからだ。大丈夫の言葉は優しく響くし受け入れやすいが、ただの気休めだったなら、助かりたい者には迷惑この上ない。機長はジンに確認の念を押す。
「ジンさん、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、機長はいったん通常運行に専念していただけますか? それより時間がないので、もうひとつの人体埋め込みの爆弾の対策にかかりましょう。この2人の犯人も移動させながら、機長以外はひとまずコックピットの外へ出ましょう? この爆弾は私が持っていきますね」
機長と副操縦士を置き去りにみんなでコックピットを出て行く。根拠の見えないジンの大丈夫の一言に、マコトとソフィアを除く面々は、不安からくる表情の陰りは隠せない様子だ。
「ああ、そうだ。機長さん? 娘がパイロットに憧れていてコックピットを見たいと言っているんだけど、あぁ、まぁ、もう見てるけど、着陸後にでもコックピットを見せていただけないかな? と思いまして。そこでいろいろな説明も併せてやってもらえると助かります」
「あぁ、そういうことなら、あなた達は特別だよ。普通はハイジャック防止の観点から航行中にコックピットに入れたりはしないが、窮地を救ってくれたあなた達に今さら何の心配が必要かという話だ。今このまま好きなだけいてくれて問題ないよ。むしろ私の個人的感情からは、いてくれた方が嬉しいくらいだ。なんなら空いているその席に座ってくれてもかまわないよ」
「え? 機長さん、ホント? 嬉しい!」
パァーーーッ。キラキラキラ~。
マコトは顔いっぱいに満面の笑みを咲かせる。よほど嬉しかったのか、笑顔とともに魔力まで溢れだし、そのキラキラ度合いもハンパない。見えないが、その残滓は強く印象を刻み込む。
グハッ!
こんな超弩級なキラキラ混じりの笑顔を向けられたら、機長はたまらない。一瞬だけ視線を向けたつもりが、固着し、疎かになる操縦で、僅かに傾く航空機。瞳が揺れ、相好を思いっきり崩しそうになるが、プルプルしながら踏み堪える機長。ハッと慌てて機体を立て直す。
「ふぅゎーっ。あ、あぁ、どうぞ。うん、とても素敵な笑顔だね。ジンさん? 今日はマコちゃん、連れ帰っても?」
操縦に余念なく正面を向く真剣な眼差しと、マコトを向き、目に入れても痛くない孫を見るような眼を百面相のように忙しなく切り替える機長。その不意打ちな一言に驚くジン。
「え? えぇーっ、だ、だめに決まってるじゃないですか」
当たり前だが、マコトを渡せるはずがないジンは、冗談と思いつつもきっぱり却下で返す。
「きゃー、機長。その気持ちスッゴくわかります。マコちゃん、可愛すぎますもの」
マコトから放たれる満面の笑み (超弩級キラキラテイスト入り)をしっかりと見逃さなかったパーサーの紗栄子。すっかりマコトの虜になってるようだ。
「え、あ、コホン。いやそうだよね。まぁ、言ってみたかっただけだ。それと普通は飛行中に座らせるなどあり得ないことだが、あなた達は本機全体の恩人達だ。全面的に信用しているし、そんな命の恩人が仮に少しばかり羽目を外したとて、誰にも責める資格はないさ」
「いや、羽目を外すって? どこまで許容するつもり?」
ジンの突っ込みに慌てて我を取り戻す機長。咄嗟に最もらしい言い訳を取り繕う。
「じょ、冗談だよ。ゴホン。それにまだ、副操縦士は復帰できていない。顔色からもすっかりよくなったことはわかるが、身体にはかなりの負担がかかったのだろう。まだ意識が戻らないならもう少しだけ寝かせてやりたいし、もし今起きても本調子にはほど遠いはずだから、暫くは空いていることになる。それまでなら、そこに座ってても問題はないってことだ。おっ、そうだ。パイロットに憧れてるって言ってたね。なんなら着陸まで座っているかい?」
「あー、それ、すごく嬉しいけど、それならパパも操縦士の資格を持っているらしいから、パパが座ればいいんじゃない。マコはまだ小さいから、座席に座っても逆に見えなくなるし、立って後ろから見てるほうがよく見える気がする。今はそれで十分だし」
幼児の背丈では、操縦席に座ると窓の外が見えないばかりか、計器も下半分しかよく見えない。そんな話の流れからジンが有資格者と知った機長の興味はジンのほうに向けられる。
「おぉ! なんと! ジンさんはパイロットだったのか?」
「え、えぇ、昔自衛隊で訓練を受けたので事業用操縦士の資格はあります」
恥ずかしがるべきではないが、パイロットを専門職としていないジンにとっては、百戦錬磨の機長から見ればパイロットとしては赤子にも等しいため、大手を振って言えない心情でもある。それゆえに控えめな態度のジンだったが、機長にとって、この状況でのパイロットを1名確保できることはこの上なく心強いことでもあったから、嬉しさを前面にお願いを持ちかける。
「おぉ丁度よい。その資格があるなら副操縦士としての要件は満たされる。いや本機で着陸まで座ってもらえると助かるよ。まぁ、殆どの操作はこっちでやるから心配はいらないしね」
「えぇ? 本当に? 私も大型民間機の操縦は未経験なので興味深いですが、あれっ? 機長さん? ATCコードが7500のままですよ? あぁ、まだ終結してないからいいのか」
「お、あまりに楽しくて事態終結の確認も報告もまだじゃった。片桐君。状況を確認してきてくれるか?」
「わかりました。機長」
コックピットを後にする紗栄子さん。と思ったら直ぐに戻ってきた。ジェイムズを伴って。
「機長、こちらS国警察のジェイムズさんです。ジンさんと協力してコックピットの外側の制圧にご尽力いただいた方で、直接ご報告したいとのことで、ジンさんと顔見知りの方なので問題ないかと勝手ながら入室していただきました」
「あぁ、ジンさんの協力者なら、当事件では身内のようなものだからかまわんよ。話を始める前に、事態を終結したいから、まずは状況を教えてもらえるだろうか?」
「わかりました。初めましてジェイムズです。犯人はこちらの2人を含め11人。外の9人は捕縛完了し部下に見張らせています。軽く尋問したところ、どうもテロ組織が深く絡んでいるようで、ここではこれ以上の尋問は難しく着陸後に空港警察に引き渡したいと考えています」
「む? テロ組織か。確かに継続は厳し……それなら爆弾や毒物を隠し持ってるかもだな?」
会話の流れを捉え、緊急と判断したジンは、直ぐに念波でマコトに指示を出す。
『マコト? 聞いてたと思うが、ちょっと犯人達を確認してくれないか? 銃や刃物はもちろんだが、針とか怪しい液体、それと爆弾になりそうな固形物だ』
『うん、話聞いてたからもう見ている。あいつらは、今は手を動かせないから何もできないと思うけど、とりあえず舌を噛めないようにまずは棒みたいなのを作って噛ませてるよ?』
マコトもこういうときの機転は利く方なのか、既に分身で動いていたらしい。
『おぉ! ホントにそつがないな、マコトは』
『でしょでしょ? 今スキャンしてるからちょっと待ってて?』
『マコトはホントに頼りになるよ。任せたよ?』
『えへん。任された!』
『ホントに可愛いよ。マコト。愛してる。あ! そうそう、捕縛はしたが、相手は人の命をなんとも思わない極悪人だ。気を抜くと反撃もありえる。なにかあれば直ぐに言うんだぞ?』
『デヘヘ。嬉しいな。念波? サイコー! うん。気は抜かないから大丈夫』
『あぁ。わかった』
マコトのそんな行動原理には、もしかすると、この念波のジンのそんな言葉が聞きたかったことも含まれるのかもしれない。確認作業に勤しみながらもマコトの頬は緩んだ状態だった。
「なるほど。このあと、徹底的に身体検査する必要がありますね?」
「あぁ、念には念を入れた方がいいな。よろしく頼みます。ジェイムズさん」
「承知しました」
コックピットで方針が固まり動き出す頃には、マコトは調べ終わり、慌てる回答を返す。
『パパ、パパ、大変!』
『なんだ? どうした、マコト?』
『まずは所持物。半分位の人は刃物や手榴弾っぽいのがあちこちのポケットに入ってるよ』
『なに? それは危険だな? でもその言い方は、他にもあるってことだな?』
『うん。どうも、爆弾のような気がするし、ちょっとヤバいし、たぶん急いだほうがいいと思うから、今みんなの前で直接喋っていい?』
『わかった。ちょっと待ってて』
動き出す皆を引き止め、マコトの至急の報を伝えるべく切り出すジン。
「機長。ジェイムズ。ソフィアとスチュワーデスさん。緊急事態かもで聞いて欲しいんだが」
「なに? どうした、早く話してくれ」
「さっきの話を聞いたから、直ぐにマコトに犯人達を探ってもらったんだ」
その場にいたリアルなマコトの存在が意識下にあったジェイムズにとって、それとは違うマコトの話をしているように聞こえ、ジェイムズの違和感は言葉になって漏れ出す。
「え? マコちゃんはここにずっといたよね?」
「あぁ、ジェイムズ。後で話そうとしていた秘密に関わるところだが、オレ達には特殊な力があって、詳細は後から話すとして、今はしっかり聞いて欲しいんだ」
「ん? あ、あぁ、わかった」
コックピットにいる皆の聞く態勢が整ったところで、ジンはマコトに話を振った。
「マコト、話してくれ」
「りょ。パパは少し重複するけど」
「あぁ、かまわない。最初から話してくれるか?」
「うん。まずは所持物。半分位の人は刃物や手榴弾っぽいものがあちこちのポケットに入ってるみたい。ただ今の時点では拘束されて大半は気絶してるからたぶん大丈夫。これが時間経過で拘束が緩んだり協力プレイで触られると厄介だから、最初に除去しとくのが一番だよね?」
手榴弾と聞いて、大慌てのジェイムズはすぐ駆け出しそうになる。
「それは大変だっ! 至急……」
「ちょ、ちょっと待って! ジェイムズさん。話はここからが本番なの」
「え? あぁ、そうか、すまん。続けてくれ」
「今から話すことは大きく二点。どちらもおそらくだけど、爆弾かもしれない話」
爆弾、と聞けば、当然、響めきの空間ができあがる。反応はそれぞれだが、会話が成立していたジェイムズが顕著な反応だ。あり得ないくらい見開いて、大きく歯切れ良い返しだ。
「え! ば、爆弾?」
「そう。大事だからよく聞いてね?」
「わ、わかった。続けてくれ」
いったん注意を引きつけられたところで、マコトは落ち着いてゆっくりと話し出す。
「勘違いならいいのだけど、一つめは、あいつらの座席だと思うところ、空席が固まって人数分空いてたからね。そこの荷物の中に時限爆弾みたいなものを2つ見つけたの。ハッキリはわからないし、時限爆弾ならそのタイミングも不明だから、先に直接確認して欲しいのね?」
状況を鑑み、この爆弾に関しては、先にパーサーを手配すべきと、機長は指示を出す。
「厄介だな。スミス君、片桐君、至急犯人達の手荷物を持ってきてくれないか? 急ぐがショックを与えてはいけないし、他の乗客に悟られぬよう優雅な振る舞いでな。混乱を招かないためにも他のパーサーには言わないこと。あぁ、もしも何かあったら直ぐに手を止めて戻ること。決して自分だけで抱え込もうとするんじゃないぞ? わかったら至急掛かってくれ」
「「はいっ!」」
パーサー2人は、聞きながら気を引き締め、切れの良い返事とともに駆けだしていった。
「二つめね。犯人のうちの2人の体内に時限爆弾のようなものが埋め込まれているっぽいの」
「なっ! そ、それは……本当なのか?」
職業柄か明確な反応を示すのはやはりジェイムズだが、体内埋込と聞けば皆、顔が歪む。
「わからないけど、明らかに異質なものが体内にあるみたい。これはママにしかできないジャンルな気がするから、ママに聞いてて欲しかったの」
「そ、そういうことなのね」
医療行為と癒しの施術は全く違うし、爆弾とも聞けば不安要素しかないが、この面子なら、癒しの力を持つ分だけ適任となることを認識するソフィア。
「本当だとすればなんてえげつないことをするんだ。ハイジャックが成功しようが失敗しようがこの飛行機の乗客は生存確率はゼロということか。これがテロ組織のやり方なのか。くそ」
バンッ
悔しそうに壁を叩きつけるジェイムズ。
「落ち着け、ジェイムズ」
「これが落ち着いていられるか。テロ組織の人の命をなんとも思わない残虐な手口にも腹が立つが、それで命を失うのはオレ達なんだ。ここはおそらくインド洋のど真ん中。その一万メートル上空なんだ。為すすべもなく死んでいくなんて歯痒いにもほどがある」
荒ぶるジェイムズを宥めるジン。何故かジンだけは慌てる様子もなく落ち着き払っている。
「だから落ち着けって、まずは情報収集が先だ。機長さん。まだコトは判明していないから、くれぐれも連絡はしないでくれますか?」
「わかった」
場が鎮まったところで、まずは緊急着陸の可否確認を機長に打診するジン。爆発する前に、近くに早く着陸できるなら、それが一番の安全策だからだ。
「それでもしもここから緊急着陸に向かうならどこがありますか? そこまでの時間も教えてください。あぁ、このまま進路、高度、速度を保持すればいいだけなら操縦を代わりますよ」
「ちょっと待っててくれ。あぁ、代わってもらえるのか? 一応自動操縦にはなっているから動かすことはないと思うが、見張りだけはしっかり頼むよ」
「承知しました。アイハブコントロール」
「ユーハブコントロール」
機長は現在位置を航空地図にプロットし、一番近い空港への距離と速度から時間を割り出す。
「うーん、どんなに近くともインド方面、直行航路でざっと2時間、実際に行くなら3時間はみた方がいいな。乗客の避難と爆発物の処理の対応にさらに1時間か。対応してもらえるかどうかは微妙だが。あぁ、もう大丈夫だ、代わろうか。アイハブ」
「ユーバブコントロール」
パーサー達が戻ってきた。先ほどまでとは打って変わって悲壮な眼差しだ。
「ありました。一通り、犯人たちの手荷物を開いて中を確認したら、マコちゃんの言ったとおり、該当すると思われる手荷物は2つで、こちらです。ジェイムズさん、ご確認願います」
「うーん。私も専門外だから詳しくはないが、この外見的にフェイクじゃなきゃ、十中八九、時限爆弾だな。なんと、ご丁寧に2個とも時間がズラしてあって、1時間後と1時間半後。即ちどこかに辿り着くこともなく爆発するって寸法だ。しかも分解できないようになのか、溶接してるし、おそらく衝撃を与えても起爆する仕組みだろうから迂闊に壊せもしない。せめてもの救いは手荷物に忍ばせるために小さく作られている分、爆発の力は大きくはないことだ。それでもこの飛行機の胴体を真っ二つに吹き飛ばすには充分過ぎる破壊力を備えているはず」
既に爆弾かもと知らされていたため、時限爆弾と聞いて驚きはなく、不幸が確定したことへの残念さから、皆、目を伏せがちに溜息をつくのが主な反応だった。
「止めることはできないのか?」
「あぁ、もしも爆弾処理班がここにいて、道具が揃っているなら、1時間もあれば対応できるかもしれないな。即ち刻々と時間が過ぎていく今、爆発を妨げる方法はないってことだ」
時間考察からも無事着陸することは叶わないことを皆が刻み込む。一息置いてジェイムズは続ける。その表情は険しくも、鋭い眼光は難事件に立ち向かう警察官のそれだった。
「それを踏まえた対策で今思いつくものは二つか? 一つはドアか壁を壊して捨てる方法。穴の開いた飛行機がそのまま継続して飛行できるかはわからんがな。もう一つは着水して海面に投げ捨てる。飛行機はもう飛び上がれないしおそらく沈んでしまうから、ボートに乗り移って漂流することになるな。そもそもこんなデカい飛行機が無事着水できるのかは疑問なんだが」
ジェイムズの対策案と見立てに感心しつつ、機長がパイロットとしての見解を返す。
「うん。ジェイムズさんの見立ては大体合ってるよ。着水は訓練できないからぶっつけ本番になるし、外洋は海面のうねりも大きく、それが判別しづらいからうまくできるかはやってみるまでわからない。だから最終手段だと思って欲しい。やるならば、扉というか、ガラスを壊して捨てる方法がいいかと思う。ただその後は抵抗が大きく高速では飛行できないし、そうなると燃料が持たないから代替飛行場への緊急着陸は必須だが、届くかは緻密な再計算してみないと何とも言えないがな」
そんな張り詰めた空気の中で、一人だけ落ち着いた表情のジンがジェイムズに確認する。
「えーとジェイムズ? 爆発の威力は乗用車が吹き飛ぶくらいだと理解したが合ってるか?」
「あぁ、そうだな。多く見積もってもバス。それでもこの飛行機をへし折るには充分だがな」
「あー、大体わかりました。お二人とも、ありがとうございます。そうであるなら大丈夫。この2つの時限爆弾は私に預からせてください。何とかするんで心配不要です」
突拍子のないジンの大丈夫宣言に皆が唖然とした。たった今、捨てるほかに方策がないことを皆で確認したばかりだからだ。大丈夫の言葉は優しく響くし受け入れやすいが、ただの気休めだったなら、助かりたい者には迷惑この上ない。機長はジンに確認の念を押す。
「ジンさん、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、機長はいったん通常運行に専念していただけますか? それより時間がないので、もうひとつの人体埋め込みの爆弾の対策にかかりましょう。この2人の犯人も移動させながら、機長以外はひとまずコックピットの外へ出ましょう? この爆弾は私が持っていきますね」
機長と副操縦士を置き去りにみんなでコックピットを出て行く。根拠の見えないジンの大丈夫の一言に、マコトとソフィアを除く面々は、不安からくる表情の陰りは隠せない様子だ。
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