ふたりの灯台ラブストーリー

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第五話 ドッキドキ! 初デート♥という話

§8 - 四月第一週の土曜日、午後四時。

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「うわっつ!!」

 大声を出して目を覚ますと、ベンチに木陰が差していた。太陽が西に傾いている。道理でひんやり感じるはずだ。あれ、でもなんだか身体が重い。何があった?

「ううう……兵頭さん……えへへ」

 視線を下ろせば、磯上くんがオレにしがみついて爆睡している。ここは公園のベンチで、公共の場所なのだが。いったい何があった。

(もしかして、公然わいせつで逮捕される流れ?)

 キョロキョロと周囲を見回す。桜のシーズンが終わったこともあり、ほとんど人はいない。犬の散歩をしている女性や、いちゃつきながら歩くカップル、泣きわめく女児をなだめる父親と叱りつける母親……。みんな、こちらを気にしている様子は無さそうだ。

「あ、あのさ、磯上くん……」

 オレに抱きついて眠り続ける磯上くんにおずおずと声をかけたところ、

「んあ……へへへ…………あっ! あああああーっつ!!」

 がばっと起き上がった。着衣の乱れは無い。良かった。事案が発生しなくて安心した。

「す、すいません兵頭さん! お、おれ、なんてことを!!」
「い、いやオレは大丈夫だけど……」

 ベンチの端に、水と麦茶のペットボトルが見えた。ああそうか、磯上くんが飲み物を買いに行ってくれてたんだっけ。待ってる間にオレが居眠りしたのか。

「実は、兵頭さんのバッグとか財布とか盗まれないようにって思って見守っていたんですけど……いつの間にか、おれまで寝ちゃってたんですね。しかも、兵頭さんにしがみついて……」

 磯上くんはがっくりと項垂れ、しおしおとしょげてしまった。いやいやこれはデートの途中で寝ちまったオレの方が悪いだろ?!

「起こせばよかったのに」

 うっかりして、歯に衣着せぬ物言いをしてしまった。身内でもないのに、ヤバい。心証を悪くしてしまったか?! ところが磯上くんはオレの不躾さを気にも留めず、

「でも、ずっと既読つくのが深夜だったから、きっと兵頭さん忙しくて寝てないだろうなって思って」

 や……優しい。

 確かにまだ仕事が忙しくて、残業できないから家に帰ったあと調べものをしていたせいで、スマホの確認が遅くなってたけれど。でも、でもさあ、十八歳だよね磯上くん?! なんでそこまでオレの事情を配慮できるの?

「なんか、すいません。折角のお休みなのに無理やりデートに誘ったりして」

 ぺこりと頭を下げられてしまった。ちーがーうー!! 誤解だーーーっつ!!

「い、いや、そんなことない! 楽しみにしてたし、休日出勤を断れたし!!」

 ちょっと声を荒らげてしまった。ヤバい。どんどん素の自分が出ている。それなのに磯上くんは、

「おれの家族ってみんな高卒だから、大学で困ったことがあっても相談できる相手いなくて……。今日、兵頭さんにいろいろ話ができて良かったです。すごく安心しました」

 いつものように微笑んでくれた。

(どうしよう…………やっぱり、好きだ……)

 この時、オレは1000%恋に落ちた。磯上くんの素直な瞳で心を完全に射抜かれた。でも。

(万が一……ヤリモクだったら……?)

 さっき見た夢を思い出す。あの時みたいに、また勝手に盛り上がって思い込んでるとしたら?

(それに、大学の授業が始まったら友達もできて、オレのことなんて忘れて……女の子と付き合うかもしれないし……)

 嫌な想像が心を冷やす。ゴクリと音を立ててつばを飲み込む。どんな顔したらいい? 何を言えば正解? オレは今なにをするべき? 軽いパニックを起こしていると。

「兵頭さん」

 磯上くんの、まっすぐな瞳。

「おれ……上手くできるか自信ないけど、これからも会ってもらえませんか?」

 こっ……これって、告白? “上手くできるか”って、セックスのこと??

「い、磯上くん……」

 なんて言えばいいんだろう。混乱する。いろいろな言葉が頭に浮かんでは消えていく。

「あ、あのさ……ゆっくり……ゆっくり関係を築いていければ……」

 平常心がどっかに吹き飛んだオレは、得体のしれない言葉で本心を伝えてしまった。

「ゆっくりって、どういう意味ですか?」

 小首をかしげた磯上くんが質問する。だよね。そうですよね。感情表現が苦手な理系の言葉は伝わらないよね!? ポエムじゃないし!

「えっと、要するに、なんていうか……セフレみたいなのは、嫌なんだ……けど……」
「ぐえっつ?!」

 今度は磯上くんが目をひん剥いて驚いてしまった。あ、言葉の選び方を間違えたか?

「あ、あの、おれ、童貞だし、そそそそんなつもりは……ないです……」

 オレの目の前で、磯上くんが真っ赤になって滝のように汗を流している……?! あっ!!

「そ、その節は、失礼いたしましたっつ!!」

 思わず叫んで頭を下げていた。ああ、オレってば灯台で童貞の子にフェラしてしまっていたのか……っていうか、そう考えるのが自然だろ?! なんで今まで気付かない!!

 すると磯上くんは頬を赤く染めたまま慌てた口調で、

「え、あ、いやいや、その、それは前にも言ったんですけど問題なくて、でも、あの、オレ、そういうこと全部ビギナーなんで、兵頭さんにご迷惑をおかけするかもしれないんですけど……」

 あああああーっつ! 遊び人と思われていた?! それはなんかヒドい誤解です! 

「あ、あのさ、ちょっと待った」

 磯上くんの誤解を解かねば。

「ええと、灯台でのことは、その……オレも初めてで……」
「え?」
「ゴメンナサイ。魔が差しました」
「ええ??」

 磯上くんの目がまんまるになってる。なんかフクロウみたいで可愛いな……って、違う! ちゃんと説明しろ兵頭睦月! 平常心、平常心を保つんだ!!

「実はオレ、恋人いない歴イコール年齢の人です。で、あの日はなんていうか勢いというか雰囲気というか流されてしまって磯上くんにあんなことしちゃったんですけど、会ったばかりの人を車に載せたのも初めてだし、誰かにフェラしたのも初めてで……」

 語り出したら平常心がどこかへ飛んでしまい、ですます調になってしまった。そもそも二十六歳のリーマンが男子大学生に語る内容じゃないよな……と冷や汗を垂らす。あれ? 磯上くんが固まっているぞ。

「い、いそがみくん……」

 しっかりして、という思いで磯上くんの両肩を掴むと、ビクッと動いて顔を上げた。

「あ、あのさ、だからオレ……」

 まっすぐな瞳が近づいてくる。まぶたがゆっくり閉じられる。



 そして一瞬。くちびるに、電気。



「へへっ。ごめんなさい。嬉しすぎて、キスしちゃった」

 オレの目の前に、磯上くんの笑顔。

「でも、これ、おれのファーストキスです」

 少し照れたように笑うのが好きだ。

「実はおれ、兵頭さんが初めて好きになった人なんです」

 まっすぐな瞳で真剣に語るのも好きだ。

「おれ、どんなことも、初めては兵頭さんとがいいです。ダメですか?」

 本当に、オレでいいの? 頭は混乱してショート寸前だけど。



「…………ダメじゃないです」



 四月第一週の土曜日、午後四時。生まれて初めて恋人ができた。

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