31文字から作る短編小説集。

セツナ

文字の大きさ
2 / 2

【題詠2019短歌小説】歓迎されるべき君へ【歓】

しおりを挟む
2019-002:歓
君の目に浮かぶ涙を見逃さぬ歓迎慣れぬ若きホープよ

***

 私の会社に新入社員がやってきた。
 若さが目立つけれど、真面目で真剣で見ていて微笑ましくなる。
 そんな若い男の子だ。

 そんな彼の教育係に任命されたのは、社歴10年のベテランの男性社員だった。
 頼れる先輩社員だが、いかんせん気難しい所があり、表情が読めない。
 自分に対しても、仕事に対しても厳しい人で、それがつい他人への厳しさに転じてしまう。
 先輩はそんな人だ。

 私は入社5年目で、順当に行けば私が教育係をするべきなのだろうが、異性ということや業務内容が少し違うという事で、同じ業務を行う直近の先輩が教育担当になった。
 私達が勤める会社は、私の入社以来5年間も新入社員を取っていない小さな会社で、その中に突如やってきた新入社員の彼は、私達の希望の星だった。
 かけてしまう期待も、自然と大きくなってしまう。

 それもあったのだろう。
 入社して間も無く、事務仕事で彼はミスをしてしまった。
 それを先輩社員は厳しく注意し、新入社員の彼はかなり落ち込んでしまった。
 トイレに行ってきます、と言って席を離れた彼を、私は放っておけず。
 私もトイレへ、と言って席を立った。

 彼は会社の喫煙所で缶コーヒーを飲んでいた。
 彼が煙草を吸わないのは分かっていたが、会社で1人になれるのはここくらいなので、私の勘は当たったわけだ。

「大変だったね」

 そう彼に声をかけながら、私は喫煙所内の自販機でお茶を買う。

 顔を上げた彼は、力なく笑った。

「いえ、僕が悪いので」

「新人だもの。ミスくらいするよ。気にしないのよ」

 そう言って、私は彼の隣に腰掛けた。

「そう言えば、今週末に歓迎会を開くんだけど、是非参加してくれないかしら」

 君のための、歓迎会なのよ。と付け加えると、彼はパッと目を輝かせ、頷いた。

「ありがとうございます! 是非、参加させてください!」

 うんうん、やっぱり君はその笑顔がいいな。と、ようやく笑顔が戻った彼に私は微笑みかけ、立ち上がった。

「じゃあ、私は先に戻るから。落ち着いたら帰ってきなさいね」

「はい! すぐ戻ります!」

 元気よく返事をする彼を背に、私は喫煙所を去ったのだった。

 そしてその週末。
 新入社員の彼を歓迎する会が、居酒屋で行われた。

 人が集まり、いざ乾杯の場面になった時、その音頭をとったのは、新入社員の教育係をしている、例の先輩だった。

 立ち上がった先輩は、まず全員に向かってお辞儀をした。

「お疲れ様です。この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」

 顔を上げた先輩は手にビールのグラスを持ったまま、言葉を続けた。

「皆さんご存知かと思いますが、この度我が社に新入社員がやって来ました。5年ぶりの新入社員です。若い彼ですが、時には失敗もしますが、毎日一生懸命に仕事に取り組んでいます。そんな彼を見ながら、私も自分が入社した時の事を思い返す毎日です」

 そう言って、先輩は新入社員の彼を見ると、ほら。と声をかけた。

「――君からも、自己紹介を」

 声をかけられた彼はバッと勢いよく立ち上がると、ハキハキと自己紹介をして、最後によろしくお願いします。と締めくくった。
 全員の視線は先輩社員に戻り、その視線に応えるかのように先輩社員はグラスを掲げた。

「――君の入社を歓迎して、乾杯」

「乾杯!!」

 ビールを頼んでいた社員の泡が無くなるほど長い挨拶だったが、文句を言う者は誰もいなかった。
 あの、気難しい先輩がこんな事を言うとは思ってなかった私は、正直驚きながらもみんなと乾杯のグラスを合わせた。

 そして、新入社員の彼とグラスを合わせると同時に「よろしく」と笑いかけた。
 その時に、彼の目に少し涙が滲んでいた事を、私は見逃さなかった。

 君の入社に、乾杯。
 心の中でもう一度呟き、歓迎の夜は暮れていくのだった。


-END-
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...