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【題詠2019短歌小説】歓迎されるべき君へ【歓】
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2019-002:歓
君の目に浮かぶ涙を見逃さぬ歓迎慣れぬ若きホープよ
***
私の会社に新入社員がやってきた。
若さが目立つけれど、真面目で真剣で見ていて微笑ましくなる。
そんな若い男の子だ。
そんな彼の教育係に任命されたのは、社歴10年のベテランの男性社員だった。
頼れる先輩社員だが、いかんせん気難しい所があり、表情が読めない。
自分に対しても、仕事に対しても厳しい人で、それがつい他人への厳しさに転じてしまう。
先輩はそんな人だ。
私は入社5年目で、順当に行けば私が教育係をするべきなのだろうが、異性ということや業務内容が少し違うという事で、同じ業務を行う直近の先輩が教育担当になった。
私達が勤める会社は、私の入社以来5年間も新入社員を取っていない小さな会社で、その中に突如やってきた新入社員の彼は、私達の希望の星だった。
かけてしまう期待も、自然と大きくなってしまう。
それもあったのだろう。
入社して間も無く、事務仕事で彼はミスをしてしまった。
それを先輩社員は厳しく注意し、新入社員の彼はかなり落ち込んでしまった。
トイレに行ってきます、と言って席を離れた彼を、私は放っておけず。
私もトイレへ、と言って席を立った。
彼は会社の喫煙所で缶コーヒーを飲んでいた。
彼が煙草を吸わないのは分かっていたが、会社で1人になれるのはここくらいなので、私の勘は当たったわけだ。
「大変だったね」
そう彼に声をかけながら、私は喫煙所内の自販機でお茶を買う。
顔を上げた彼は、力なく笑った。
「いえ、僕が悪いので」
「新人だもの。ミスくらいするよ。気にしないのよ」
そう言って、私は彼の隣に腰掛けた。
「そう言えば、今週末に歓迎会を開くんだけど、是非参加してくれないかしら」
君のための、歓迎会なのよ。と付け加えると、彼はパッと目を輝かせ、頷いた。
「ありがとうございます! 是非、参加させてください!」
うんうん、やっぱり君はその笑顔がいいな。と、ようやく笑顔が戻った彼に私は微笑みかけ、立ち上がった。
「じゃあ、私は先に戻るから。落ち着いたら帰ってきなさいね」
「はい! すぐ戻ります!」
元気よく返事をする彼を背に、私は喫煙所を去ったのだった。
そしてその週末。
新入社員の彼を歓迎する会が、居酒屋で行われた。
人が集まり、いざ乾杯の場面になった時、その音頭をとったのは、新入社員の教育係をしている、例の先輩だった。
立ち上がった先輩は、まず全員に向かってお辞儀をした。
「お疲れ様です。この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
顔を上げた先輩は手にビールのグラスを持ったまま、言葉を続けた。
「皆さんご存知かと思いますが、この度我が社に新入社員がやって来ました。5年ぶりの新入社員です。若い彼ですが、時には失敗もしますが、毎日一生懸命に仕事に取り組んでいます。そんな彼を見ながら、私も自分が入社した時の事を思い返す毎日です」
そう言って、先輩は新入社員の彼を見ると、ほら。と声をかけた。
「――君からも、自己紹介を」
声をかけられた彼はバッと勢いよく立ち上がると、ハキハキと自己紹介をして、最後によろしくお願いします。と締めくくった。
全員の視線は先輩社員に戻り、その視線に応えるかのように先輩社員はグラスを掲げた。
「――君の入社を歓迎して、乾杯」
「乾杯!!」
ビールを頼んでいた社員の泡が無くなるほど長い挨拶だったが、文句を言う者は誰もいなかった。
あの、気難しい先輩がこんな事を言うとは思ってなかった私は、正直驚きながらもみんなと乾杯のグラスを合わせた。
そして、新入社員の彼とグラスを合わせると同時に「よろしく」と笑いかけた。
その時に、彼の目に少し涙が滲んでいた事を、私は見逃さなかった。
君の入社に、乾杯。
心の中でもう一度呟き、歓迎の夜は暮れていくのだった。
-END-
君の目に浮かぶ涙を見逃さぬ歓迎慣れぬ若きホープよ
***
私の会社に新入社員がやってきた。
若さが目立つけれど、真面目で真剣で見ていて微笑ましくなる。
そんな若い男の子だ。
そんな彼の教育係に任命されたのは、社歴10年のベテランの男性社員だった。
頼れる先輩社員だが、いかんせん気難しい所があり、表情が読めない。
自分に対しても、仕事に対しても厳しい人で、それがつい他人への厳しさに転じてしまう。
先輩はそんな人だ。
私は入社5年目で、順当に行けば私が教育係をするべきなのだろうが、異性ということや業務内容が少し違うという事で、同じ業務を行う直近の先輩が教育担当になった。
私達が勤める会社は、私の入社以来5年間も新入社員を取っていない小さな会社で、その中に突如やってきた新入社員の彼は、私達の希望の星だった。
かけてしまう期待も、自然と大きくなってしまう。
それもあったのだろう。
入社して間も無く、事務仕事で彼はミスをしてしまった。
それを先輩社員は厳しく注意し、新入社員の彼はかなり落ち込んでしまった。
トイレに行ってきます、と言って席を離れた彼を、私は放っておけず。
私もトイレへ、と言って席を立った。
彼は会社の喫煙所で缶コーヒーを飲んでいた。
彼が煙草を吸わないのは分かっていたが、会社で1人になれるのはここくらいなので、私の勘は当たったわけだ。
「大変だったね」
そう彼に声をかけながら、私は喫煙所内の自販機でお茶を買う。
顔を上げた彼は、力なく笑った。
「いえ、僕が悪いので」
「新人だもの。ミスくらいするよ。気にしないのよ」
そう言って、私は彼の隣に腰掛けた。
「そう言えば、今週末に歓迎会を開くんだけど、是非参加してくれないかしら」
君のための、歓迎会なのよ。と付け加えると、彼はパッと目を輝かせ、頷いた。
「ありがとうございます! 是非、参加させてください!」
うんうん、やっぱり君はその笑顔がいいな。と、ようやく笑顔が戻った彼に私は微笑みかけ、立ち上がった。
「じゃあ、私は先に戻るから。落ち着いたら帰ってきなさいね」
「はい! すぐ戻ります!」
元気よく返事をする彼を背に、私は喫煙所を去ったのだった。
そしてその週末。
新入社員の彼を歓迎する会が、居酒屋で行われた。
人が集まり、いざ乾杯の場面になった時、その音頭をとったのは、新入社員の教育係をしている、例の先輩だった。
立ち上がった先輩は、まず全員に向かってお辞儀をした。
「お疲れ様です。この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
顔を上げた先輩は手にビールのグラスを持ったまま、言葉を続けた。
「皆さんご存知かと思いますが、この度我が社に新入社員がやって来ました。5年ぶりの新入社員です。若い彼ですが、時には失敗もしますが、毎日一生懸命に仕事に取り組んでいます。そんな彼を見ながら、私も自分が入社した時の事を思い返す毎日です」
そう言って、先輩は新入社員の彼を見ると、ほら。と声をかけた。
「――君からも、自己紹介を」
声をかけられた彼はバッと勢いよく立ち上がると、ハキハキと自己紹介をして、最後によろしくお願いします。と締めくくった。
全員の視線は先輩社員に戻り、その視線に応えるかのように先輩社員はグラスを掲げた。
「――君の入社を歓迎して、乾杯」
「乾杯!!」
ビールを頼んでいた社員の泡が無くなるほど長い挨拶だったが、文句を言う者は誰もいなかった。
あの、気難しい先輩がこんな事を言うとは思ってなかった私は、正直驚きながらもみんなと乾杯のグラスを合わせた。
そして、新入社員の彼とグラスを合わせると同時に「よろしく」と笑いかけた。
その時に、彼の目に少し涙が滲んでいた事を、私は見逃さなかった。
君の入社に、乾杯。
心の中でもう一度呟き、歓迎の夜は暮れていくのだった。
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