クルスの調べ

緋霧

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一章

第1話 転生

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 私は、ごく普通の女の子だった。 
 両親がいて、年の離れた弟がいて、友達もそれなりにいて。
 充実していたなんて自覚はなかったけれど、今思えばまぁ、充実していたんだろうと思う。

 しかしそんな日々は唐突に終わった。

 13歳の誕生日に、私のバースデーケーキを買いに行った両親と弟が事故で死んだ。
 その日は日曜日だったけれど、私は部活でいなかった。
 私のためなんて言いながら、まだ5歳だった弟が何のケーキにしようかなと、朝嬉しそうに話していたのを横目に家を出たのを覚えている。
 原型を留めていなかった車内には、同じく原型を留めていなかったケーキがあったらしい。弟が何のケーキを選んだのか私は見ていない。そもそも何のケーキか分からなそうなそれを見たくなかった。
 私のせいで。そんな風に自分を責める日々が続いた。
 私を心配して学校の先生や親戚、近所の人たちが声をかけてくれたが、誰から何と言われようが、何の慰めにもならなかった。

 家族が死んでからは隣町に住んでいた母の妹に引き取られた。
 叔母は独り身なのもあり、私をあからさまに煙たがっていた。事故の保険金から生活に必要な分だけを都度私に渡し、ほとんど家には帰ってこなかった。男のところにでも行っていたんだろう。
 もともと家事はできるし叔母がいなくても何1つ困らなかったが、転校先の学校にはなじめなかった。家族の死から立ち直ることもできなかった。
 同級生は1人塞ぎこんでいる私を好奇の目で見てきて、あげくにいじめてくるようになった。
 先生は見て見ぬふりをしていた。叔母ももちろん助けてくれない。もう、誰も信じられなかった。
 最初は義務感でなんとか学校に行っていたけれど、エスカレートしていくいじめや、明らかに自分を見ながら「今あたなのことを嘲笑っているんですよ」とクスクスやっている様を見て、そのうち学校に行くのも嫌になった。

 それからは家に閉じこもって漫画やゲームに明け暮れた。いっそ死んでしまおうかと思ったけれど、情けないことにそんな勇気は出なかった。
 叔母もそんな私に何も言わなかった。どうでもよかったんだろう。

 私はMMOが好き。
 ファンタジーの世界観も現実を忘れることができて好きだし、顔も名前もリアルの性別すら知らない人たちと関わるのは気が楽でいい。
 決まった時間に決まった仲間と毎日遊んでいた。画面の中にだけは姿形にとらわれない本当の友情がある気がした。

 さすがに20歳になったらアルバイトを始めた。
 お金は有限だし、一生このままというわけにもいかないだろうから。
 いきなり人と接する仕事は無理そうなので、作業系のアルバイトを選んだ。要はライン系の仕事。
 自分の持ち場で自分のやるべきことをひたすら繰り返す。ただそれだけの仕事。
 午前だけとか午後だけとかにして短時間勤務にしている。

 半日アルバイトをして、残りの時間は自由に過ごす。そんな生活が始まって1年程経った。思い起こせばよく1年もバイトを続けられたなと思う。
 仕事自体は簡単だから慣れてしまえばなんてことなかったし、人との関わりも最低限だけで済んでいる。それがよかったのだろう。
 私がいないところで悪口でも言われていそうではあるが、目と耳に入らなければいい。今日は私の21歳の誕生日だ。がんばった自分へのプレゼントに課金でもしよう。そんなことを考えてバイトの帰り道、青信号の横断歩道を渡った。

 鳴り響くクラクションの音に、目前に迫るトラック。そして体に感じた一瞬の強い衝撃。
 それが最後の記憶だった。



 目が、覚めた。
 覚めたのだけど、目が見えなかった。
 白く眩しく光っていて何も見えない。
 私は一体どうなったんだっけ?
 あの状況からしてトラックに轢かれたのかな?
 その後遺症で目が見えなくなったとか?
 しかも体も上手く動かない。
 なにこれ。え、まじ?

 こんな状態で助かるなら、いっそ死んでしまいたかった。
 きっと叔母もそう思うだろうな。
 そう考えていたら声が聞こえた。

 なんて言っているのか聞き取れなかった。
 耳をすます。
 何人かいるみたいだ。
 男性と複数の女性。聞き覚えのない声だった。病院の医師と看護師かな?
 何かを話しているんだけど、その言葉が全くわからない。
 日本語じゃない。かといって英語でも中国語でもない。
 聞いたこともない言葉。
 どういうことだ?
 しかも誰かに抱かれている感覚がある。

「あ~」

 すみません、と言おうとしたのだけれど、舌も口も上手く動かせずに言葉が出なかった。
 私が声を発すると、周りの人間が口々に何かを言う。

 言葉がわからない。
 状況が理解できない。
 私はどうなっているのだ?ここはどこ?この人たちが話している言語は何?
 
 どこかへと運ばれる感覚がある。
 ストレッチャーの感じではない。本当に抱っこされているかのような。
 どこかに寝かされて体を拭かれている。ずいぶんと自分の体の面積が狭い気がするんだけど気のせいだろうか。

 何かにくるまれ、再び抱き上げられたと思ったら、口に何かが押し込まれた。
 そうしようと思ったわけでもないのに、私はそれを反射的に吸った。
 牛乳をすごく薄めてすごく甘くしたみたいな味をした液体が出てきた。

 咄嗟に口を離す。
 すると何か声が聞こえた後、再び口に押し込まれた。
 それをまた反射的に吸う。
 口に何かが触れると考える間もなく口が勝手に吸う動作をする。
 私は別段美味しくもないその液体を飲みながら考えを巡らせる。

 栄養剤か何かかな?
 でも口に含んでいるものの柔らかさ、このやたらと甘い謎の液体。
 口に触れたものを反射的に吸う感覚。
 ストローを吸うのとはまた違った吸い方。こんな吸い方を私は知らない。知らないのに勝手にやっている。
 耳は聞こえるけど目は見えない。体も上手く動かない。
 なんだかまるでこれは…赤ちゃんがするような…。

 どういうことだ?
 意味がわからない。
 私は一体どうなったというのか。

 まさか生まれ変わったとか?
 前世の記憶を保持したまま、別の人間として?

 いや、そんな漫画みたいなことがあるわけない。
 あるわけないけどそう考えると辻褄が合う。
 信じられないけど、とりあえず生まれ変わったと仮定してみよう。
 事故の後助かって病院にいるとは思えない状況だし。
 生まれ変わったとして、聞いたこともない言語。
 一体どこの国の人間に生まれ変わったというんだろう?
 生まれ変わるならまた日本人がよかったな。
 というか、なんだか眠い。すごく眠い。
 抗えない眠気に、私は意識を手放した。



 目が覚めた。
 相変わらず目は見えない。

「あ~あぁ~」

 口が上手く動かず言葉を発せられない。
 自分が赤ちゃんに生まれ変わったとして、考察を続けよう。
 強くてニューゲーム。誰しも一度は夢見たことがあるはずだ。
 
 誰かが、何かをやっている。たぶんこれはオムツの交換だ。
 弟のを見ていたので何となくわかる。
 赤ちゃんな以上、当然トイレには自力で行けない。
 これは中々に屈辱的なことだった。
 21歳としてのプライドがそう感じさせるのかな。
 というか、何か変な感じがする。
 元来あるはずのないものがある気がする。
 いや、具体的に言おう。
 
 たぶん、私、男になってる。

 正直この事実を受け止められない。
 心は女なのに体が男なんて、これからどうやってやっていけばいいというのか。
 詰んだ。
 私は0歳にして人生詰んだ。
 強くてニューゲームの世界で、私はなぜそこを間違ってしまったのか。
 どうしよう。どうしよう私。

 いや、どうしようもない。
 もう私はこれでやっていくしかない。
 両方の性別を体験できるなんて、普通はありえない。これはこれで楽しんでみるとしよう。
 私は男だ。ネトゲで男キャラを使ってると思って男を演じきろう。できる。私はできる。

 声を出せば誰かが来る。母親と思わしき人が当然一番多い。
 たまに男の人がやってきて私を抱き上げる。父親なんだろうな。
 そのぎこちない抱き方は非常に不快で、とりあえず暴れると母親と交代する。
 母親の抱き方は心地よかった。声も、匂いもすべてが心地いい。
 オムツを替えて、母乳を与えられて、眠くなったら眠る。
 その繰り返しだった。

 どれくらい経ったのかわからない。
 言葉はまだあまり理解できない。
 でも何度も耳にする「シエル」という単語。どうやらこれが私の名前らしいというのはわかった。 
 そしてだんだん目も見えるようになってきた。
 ぼやけていた視界が次第にクリアになり、私を覗き込む両親の顔なら認識できるようになった。

 両親はこんな顔をしていたんだな、と思う前におかしいものが目に付いた。
 両親の耳が尖っている。
 これは漫画やゲームでよく目にするエルフという人種にそっくりだった。

 地球上に、そんな人種が存在しているとは思えない。
 どういうこと?
 まさかそんなファンタジー世界に生まれ変わったとでもいうのか?
 だいぶ上手く動くようになってきた手で自分の耳を触る。

 …尖ってるわこれ。

 ここは異世界ファンタジー世界で、私はエルフとして生まれ変わった。
 そういうことでいいの?
 そんな非現実的なことが、今実際起こっていると?
 いや、前世の記憶を持ったまま生まれ変わったことがすでにもう、非現実的ではあるけれど。
 どうしよう、すごくわくわくする。
 魔法とかあるのかな?使いたい!

 遠くが見えるようになってくるにつれ、この世界に魔法があることが確実になってきた。
 まず前世で言う電気に当たるものは、石に向かって何か力を込めて光らせていた。
 部屋の天井からいくつか石がぶら下がっていて、それに力を込めるとそれらが光る。もう一度力を込めると光が消える。
 水は、手から自然に溢れ出ていた。
 でも呪文らしきものは唱えていないし、杖も持っていない。
 ということは念じたらできるのかしら。
 と思って水を溢れさせるイメージでやってみたけれど、何も起こらなかった。そうだよね。世界は甘くないわ。
 そうそう、この世界にはなんとお風呂がある。
 お風呂の水を溜める時には、両親の手から最適な温度に温められたお湯が湧き出てきて、それを湯船に張っていた。
 すごい。私もそれやりたい。

 両親はどちらも端正な顔立ちをしていた。
 母親は見事な金髪に、宝石のような青い瞳を持っていた。
 父親は少し茶色がかった髪に、これまた宝石のような緑の瞳を持っていた。
 自分自身の姿は、ハイハイで動けるようになってやっと鏡で見ることができた。
 はっきり言って、私は可愛かった。クリックリの二重で女の子みたい。
 髪と目の色は父親譲りだ。茶髪に緑の瞳。せっかくなら母親みたいに金髪碧眼がよかったけれどしかたがない。
 私の世界にこんな可愛いのがいたら確実に誘拐されるね。
 
 1歳を過ぎた頃にはもう言葉はだいぶ分かるようになっていた。
 ただ、これを発音するとなるとまた難しい。
 拙い発音で会話する様は、両親にとって何ら疑問もわかないごく普通の1歳児であったことだろう。
 そのくらいにはヨチヨチと歩くことができるようになり、外に出ることも増えた。
 ここは、THE・森の中という感じ。
 森の中に家がポツポツと建っている。
 地面に近いところに建っている家もあれば、太い木の幹の上に建っている家もある。
 私の家は地面に近いところに建っている。現代で言えば、木でできたコテージといった感じだ。
 私の両親も含めて、出会うエルフはみんな二十代半ばくらいの見た目をしている。
 それ以上の見た目の人もいないし、それ以下の見た目の人も私の他にいない。
 エルフと言ったら長命の種族であることは元の世界でもセオリーではあったし、ここでもそういうことなのかな。
 遊び相手も遊ぶ手段にも乏しいこの森で、私は日々のんびりと過ごしていた。

 私は3歳になり、言葉も完全に理解し話せるようになった。
 母に文字の読み書きを教わったので、それも完璧だ。

 私の名前は前述した通り"シエル"
 父親の名前は"リンクス"
 母親の名前は"ルイーナ"

 父は、日々他のエルフの男たちと森の奥に行き、動物を狩ってくる。
 たまに川で魚を獲ってくることもある。
 獲ってきた動物や魚を物々交換し、畑で野菜を育てているところから野菜をもらう。
 母は、たまに森で薬草を採り、それを調合して薬を作っていた。
 数日に一度、森の中では手に入らないような品物を売りに街から夫婦のエルフがくる。
 石鹸などの日用品や、調味料、小麦粉のようなもの、服だったりと様々だ。
 母はその商人に作った薬を売り、その金で日用品などを買う。
 生活には困っていなさそうだった。

「そろそろ、お前にも色々と教えよう」

 ある日、狩りから帰ってきた父が私に言った。

「魔法ですか!?」

 父の話に、今日まで退屈な日々を過ごしていた私は目を輝かせた。

 絶賛ネナベプレイ中の私は、ひとまず敬語キャラでいくことに決めた。
 いいところの坊ちゃん風である。この家はいいところってほど裕福でもなさそうだけれど。
 まぁ、でも敬語はどんな人にも失礼がなく、男のフリを無理にする必要もなく、当たり障りがない。

「そうだ、お前は大人びていて聡明だ。本来なら5歳くらいから始めるんだが、お前にならもういいだろう」

 そういうと父は外に出て、歩き出した。私も後に続く。
 しばらく森の中を歩き、川の側まで来た。
 この澄んだ川には魚がたくさんいる。父もたまにそれを獲ってくるけれど、どの魚も淡白でおいしい。

「難しいことは今はいい。とりあえずまずはその身に力を感じることから始める」

 父がそういうと、川に手をかざした。
 すぐに水面が揺れ、父の手に向かって水柱を作る。
 おぉ、すごい。これを今から教えてくれると言うのか。

「魔法を使うためには、どの力をどんな風に作用させ、どんな形を作るかを体へ指示する。それをわかりやすく行えるものが詠唱だ」

 詠唱!魔法使いっぽい!

「詠唱に決まりはない。自分が何をどうしたいのかを言葉持って指定さえできればいい。この場合"地に澄み渡る水よ、我が手に集まれ"これでいい」

「水よ、だけではダメなのですか?」

 "地に澄み渡る"とかまぁ、かっこいいけど"水"だけで済むならその分詠唱も短縮されるのに。

「この川の水を使うことを明確に体に伝えられるならそれだけでもいい。川の水を使うのと、一から水を生み出すことの区別のためにそうしているだけだからな。まぁ、やってみるのが早い。やってみろ」

 なるほど。
 早速私も父と同じように川に手をかざす。

「地に澄み渡る水よ」

 詠唱を口にしたら体がポワーっと暖かくなり、全身を巡っていた何かがザワザワと手の平に集まるような感じがする。なんだろうこの感覚は。今まで感じたことのない感覚だ。

「我が手に集まれ」

 父ほどではない細い水柱が私の手に向かってきた。
 しかしそれは一瞬で弾け飛び、雨のように水面を叩きつけた。

「おぉ、初めてでいきなりできるとは。才能があるぞ!」

 興奮気味に父が言う。
 私としては父と同等のことをしたかったのだけれども、やはりいきなりは無理なのかな。

「これを何度も練習するんだ。使えば使うほど精度も上がってくる」

 言われた通り何度も繰り返すと、だんだん水柱を保てる時間が延びてきた。
 集中し、精度を上げていく。
 どれくらいの時間そうしていたのかはわからないけれど、父は黙って私に付き合ってくれていた。
 そうしているうちに、上がったはずの精度が明らかに落ちてきて、ひどく疲労を感じるようになった。
 息が上がる。

「疲れたか?」

 その様子を見て父が言う。

「はい」

「だいぶ魔力を消耗したからな。このまま空になるまで使うんだ。魔力は使えば使うほど増える」

「はい」

 そこから何度か魔法を使うと、急にひどい眩暈がしてきた。
 息もひどく苦しい。
 これはやばい。

「父様、ぼく」

 と言いながら振り返ると、そのまま視界が歪み、私は意識を失った。
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