クルスの調べ

緋霧

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一章

第2話 世界の理

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 目が覚めるとそこは自分の部屋だった。
 体を起こすとまだひどくだるい。
 私は重い体を引きずって部屋を出た。

「シエル」

 リビングに行くと、料理をしていた母が私に気づき寄ってきた。

「目が覚めたのね。もう、父さんったらいきなり無茶をさせるんだから…」

「でも楽しかったです!僕、もっとたくさん魔法を使えるようになりたいです!」

 私がそういうと母は呆れたように笑った。

「父さん譲りね…本当に」

 確かにあの熱意ぶりはすごい。
 まだ3歳の息子に魔法の練習を倒れるまでやらせるんだから。
 でもずっと漫画やゲームで目にしてきたファンタジー世界、憧れだった魔法。何もかもが今は楽しい。
 別に前世の生活が苦痛だったわけではないけれど(引きこもりだったし)、非現実的であったことが現実のこの世界は私にとっての理想の世界だ。



 10歳になった。
 魔法の練習は自分1人でもできるということで、父は私に「どんな方法でもいいから攻撃を回避する」ということ幼少期から徹底的に叩きこんだ。
 例えば地の魔法で盾を作ってもいい。走って避けてもいい。魔法で相殺してもいい。とにかく、どんな方法でも相手の攻撃を回避できればいい。
 最初は父が繰り出してくる魔法や体術、剣技のようなものも何も避けられず生傷が絶えなかったが、やっとここまできて努力が実を結んできた感じがする。
 でもこれはこれから先一番大事なことだと思うので、父から教えてもらえる限りこの練習は続けていきたい。

 他には、空いている時間で母から薬草の知識を教わり、調合の勉強もした。
 それに伴い、生きていくために必要な計算のやり方も教わった。足し算、引き算、掛け算、割り算。どこの世界でもそれは変わらないようで、その辺は前世で学んできたのですんなりと理解できた。
 母が作っている薬は、傷の治癒力を高める塗り薬と、熱さましの薬、毒を中和する薬の3種だった。
 どれもこれも前世のゲームの世界だったら魔法でパッと治せそうなものだったので、母に回復魔法的なものはあるのかと聞いたら、あるにはあるがその適正を持つ者は少なく、いつでもすぐに治癒できるものではないらしい。エルフにはそもそもその適正を持つものが存在せず、薬は重要なんだということだった。
 今私が住んでいるこの森には、その材料となる薬草が豊富に生えそろっている。
 でも見た目が類似しているものも多く、中には毒になるものもあるため判別には難儀する。
 それこそが経験によるものなんだと、母は言っていた。
 覚えておいて損はないので必死にやっているけれども、私にはこの方面の才能はないのかもしれない。
 10歳の今まで教わり続けて、やっと傷薬くらいなら間違いもなく作れるようになった。
 毒を中和する薬も作れるようになりたいけど、これが難しい。
 いくつもの薬草を組み合わせて調合しなければならないのに、そのどれもが何かと似ていて、その何かは毒にもなりうる。
 1つでも間違えば効果が変わる。
 私には薬草の見分けがつかなかった。見た目も、匂いも、味も似すぎている。

 前世で憧れてきたので、魔法の練習は何年続けていても楽しくて仕方がなかった。
 火、水、風、地、この4つの元素はエルフに特性があるらしく、どれも等しく扱うことができるようになった。
 そしてやっていくうちに難度の高い魔法もそこそこ使えるようになってきた。
 簡単な魔法なら詠唱も必要ない。
 魔法を無詠唱で行うには、頭の中で何をどのようにしたいのかをイメージして、それを体に伝える。
 詠唱して魔法を使ってイメージを掴み、そのイメージを体に伝えて無詠唱で魔法を放つ。
 それは早い段階で簡単にできた。
 そのことに父はとても驚き、普通は何年もその魔法を使い続けてやっとできるもんなんだと言っていた。
 習い事は幼少期に始めると才能が開花することも多い。きっと早くに始めたことが功を奏したのだろう。
 そして毎回毎回魔力切れで倒れるまで魔法を使い続けていたので、魔力総量も驚くほど増えた。
 周りの大人たちが自分たち以上の実力だと、驚いているくらいに。
 父は、そんな私の練習にとことん付き合ってくれた。めっちゃいい人。

 最近では狩りに同行させてもらい、動物を魔法で仕留めたりしている。
 狩りでは、食料にするための動物と、倒してそのままにする動物がいる。
 倒してそのままにする動物は、前世で言うところのモンスター。
 動物とモンスターの違いは何なのかと聞いたら、こちらから手を出さない状態で襲ってくるか来ないか、らしい。
 モンスターは食べられないことはないが、食料に適した他の動物がいるのであえて食べないとのことだった。

「シエル、今日は世界の理を教える」

 ある日突然、父はそう言って授業を始めた。
 世界の理には私も興味があるので、黙って従う。

「生きとし生けるものは皆、属性を持っている。神属性と魔属性。すべてのものは、このどちらかに属している。動物も、魚も、植物も」

 属性。
 父は私に魔法を教える時に、火とか水とかのことを属性という意味合いでは使わなかった。
 今までやってきたゲームなんかだと、それぞれを属性として捉えていたが、どうも父の言い方はそういう感じではなかった。
 だから私はそれを、日本語で"元素"と置き換えていた。
 今父が話している内容は、これこそが日本語で置き換えると"属性"と等しきものだ。
 神属性と魔属性なんて厨二っぽくて素敵。

「我々エルフはすべて神属性だ。逆に魔属性を持っているエルフはダークエルフという種族になる」

 次々飛び出す厨二用語にニヤニヤしてしまいそうになる。
 本当にゲームの中のようだ。

「神属性を持つものは神力を、魔属性を持つものは魔力をそれぞれ有している。その二つの本質は同じだが性質が異なり、どちらの力でも出来ることもあれば、どちらかの力でしか出来ないこともある。この力は体内を循環し、常に一定量を取り込み一定量を放出している。この力が体内から極めて少なくなると体は動かなくなる。お前はよくわかっているよな。昔はそうやって意識を失っていたんだから」

「なるほど」

 体内になくてはならない存在。第2の血液みたいだ。さながら属性は血液型と言ったところかな。
 というか、今まで日本語で"魔法"や"魔力"と置き換えてきたものは、私が使えるものではなかった。
 私に備わっているのは魔力ではなく、神力だったわけだ。

 神属性に連なる者が神力を用いて元素を操るのが神術。
 魔属性に連なる者が魔力を用いて元素を操るのが魔術。
 こんなところかな。

「この世界は天界・アルディナ、地界・ミトス、魔界・ルブラの3つで構成されている。2000年ほど前まではこの3つの世界は別々に存在していたが、ある日突然融合したんだ」

 ある日突然融合。一体何があったというのだろう。

「今俺たちがいるこの地は、地界・ミトスの一部にあり、地界で生まれ出ずる種族は地族、天界で生まれ出ずる種族は天族、魔界で生まれ出ずる種族は魔族と呼ばれる。融合前は言語もバラバラだったが、近年は天界と魔界の中間に位置する地界の言語で統一化されてきている。もちろん天界や魔界ではまだ昔の言語も用いてはいるようだが」

 天界、魔界。やっぱりそういうのが存在するのね。
 天族ってピンとこないけど天使とかかな?背中に羽が生えてるイメージ。

「地界で一番数が多い種族がヒューマだ。エルフがみな神属性であるように、通常は種族ごとに属性が異なるが、ヒューマだけは違う。個体ごとに属性が異なり、神術や魔術などは詠唱と触媒がなければ行うことができない。体が弱く、平均寿命は80年ほどだ」

 前世にいる人間と一緒ということか。
 こちらの世界でも前世と同じくらいの寿命なんだな。

「エルフは、先程言ったようにすべて神属性だ。4大元素を操ることに長けており、詠唱も触媒も必要なく神術を扱うことができる。寿命は長く、千年単位で生きることもできる。それを数えている者もいないのでどれくらいまで生きられるのかはわからない」

 千年単位!?
 長い!ヒューマとずいぶん違うんだな。
 私もそれくらい生きられるのだろうか。

「ダークエルフ。魔属性を持つエルフ。属性が違うだけで俺たちと違いはない。エルフは、ヒューマと交わり子孫を残すことができる。エルフとヒューマの混血の種族をハーフエルフと呼ぶ。ハーフエルフの寿命は短く、500年ほどだと言われている」

 エルフである父からしたら短いんだろうけど、私からしたらとんでもなく長い。
 知らなかっただけでこの里にもハーフエルフはいるのかな?

「ドワーフ、すべてが魔属性。背が小さく鉱山に住んでいる。武器や装飾品を作ることに長けていて、魔術はあまり使えない。寿命は300年ほど」

 ドワーフは、前世のゲームや漫画の世界に存在していたものとほぼ相違がない。
 しかしハーフエルフより寿命が短いとは。鉱山で発掘とかしてるからかな?

「獣人族。地族の獣人はすべて神属性だ。獣人は種類がたくさんあり、俺はよくわからない。寿命は100年ほど。地族ではない獣人もいるが、それは魔族だ」

 猫耳とか犬耳がいるのかな?
 ちょっとモフモフしてみたい。

「以上が地族に生息する主な"人間"だな。天族や魔族は種族が多くて俺にはよくわからん。ヒューマと変わらない見た目のものから、特殊なものまで様々だ。街に行けば天族も魔族も普通にいる。いつか直接見てみるといい」

「天族も魔族も普通に街にいるのですか?」

 天族はよくわからないけど、魔族と言ったら敵というイメージだった。
 この世界における魔族はそうではないのかな?

「そうだ。地界の侵略行為は天界と魔界の盟約により禁じられている。天族だから、魔族だからと言っていきなり敵意を向けてくることはない。地界では天族も魔族も地族も、みな普通に生活している」

「そうなのですね」

 じゃあ天族と仲良くなったり、魔族と仲良くなったりできるということかな。面白い。
 いつか旅に出たら、天族や魔族と仲間になれるといいな。

「地界には、神力と魔力が同等に存在している。だから力を使っても地界に存在する神力や魔力を取り込むことで回復できる。だが天界では魔力が、魔界には神力が存在しない。我々神属性の者が魔界に行けば神力を取り込むことができずに、放出しつづけるだけになって、いつか動けなくなる。地界と違って問答無用で仕掛けてくるやつも多いだろうからな。くれぐれも魔界には行くな」

「わかりました」

 魔界には行けないのかぁ…残念。
 でもそういうことならしょうがない。死にに行くようなもんだし。

「どうだシエル、ここまで理解できたか?」

「はい、父さん、ありがとうございます」

「難しい内容だったが、やはりお前は天才だな!」

 そりゃあ、スタートが21歳ですから。
 それを長く生きているであろう父が疑いもしないところを見るに、転生者というのは存在自体がレアすぎるのかな。
 不用意にそんなことを口にして捨てられても今は困る。ここまできて今さらかもしれないが、これ以上怪しまれないようにしないと。
 私は喜ぶ父を横目に、今教わったことをメモに書き記した。

「リンクス、いるか?」

 突然、声が響いた。誰か来たようだ。
 父と共に玄関に向かうと、そこには普段父と一緒に狩りに行っているダインという男性が血相を変えて立っていた。

「ダイン、どうした?」

「森の入り口で、カイたちの死体が発見されたらしい…!」

「なんだって!?」

 カイはここと街とを往復している商人のエルフだ。
 シェリーという女性と夫婦で、数日に一度いつも二人でやってくる。
 母もよく二人に薬を売っているし、その二人から日用品などを買っている。

「そんな…カイとシェリーが…!」

 母の顔が青白い。
 付き合いも長かったんだろうし当然だろう。
 私は母の手をそっと握った。少しでも慰めになれば。

「行ってくる!シエル、母さんを頼んだぞ!」

 こちらの返事は聞かないまま、父はダインと出て行った。
 しばらく母はドアを見つめたまま動かなかったけど、私が手を強く握ると私を抱きしめて頭を撫でた。何も言わない。
 私も何も言わずにただ母の側についていた。

 父が戻って来たのは夜も更けてだいぶ経った頃だった。
 森の入り口で発見された2人の遺体は里へと運ばれ、公会堂に安置された。
 2人は鋭利な刃物で傷つけられており、野盗に襲われたのではないかという結論に至ったらしい。
 翌日2人は火葬され、里の共同墓地に埋葬された。
 驚いたことに里の誰もそれ以降、この件についてこれ以上の進展を望まなかった。
 犯人を捜すこともなく、2人の遺品を探すこともなく、ただしょうがなかったと残念だったと言うだけだった。
 たしかに前世の世界とは違い、指紋を採取したり足跡から科学的に捜査することはできないとは思う。でもあまりにもアッサリしすぎではないだろうか。仲間が2人死んでも、しょうがないで終わるなんて。
 日本で生まれ育った私からすれば違和感しかない。
 この世界はこれが常識だというのか?

 弱肉強食。ただ、それだけの世界だと。


 
 あれから数か月、定期的に里にくる商人がいなくなったことにより、里の人間が交代で街まで往復するようになった。
 父もその内の一人で、私の神術の練習に付き合う時間が以前より取れなくなっていた。
 まぁ、仕方のないことだ。

「父さん、混合神術をやってみたいのですが」

 翌日から出発する予定の父に、私は切り出した。
 混合神術とは異なる元素を組み合わせて一つの効果を作り出す術。たとえば水の元素に火の元素を混合してお湯にしたり、風の元素に火の元素を混合して温風にしたりする。生活の中で需要も高い要素だ。
 今まで単体での神術しか教えてもらっていなかったけど、そろそろ目新しいことがやりたいし、父がいない間の自主練にもいい。

「混合神術か、別にあえて教えることもない。お前には呪文を唱えるだけで簡単にできるだろう」

 そう言うと父は、手の平を上に向けた。
 すぐにその手の平から水が湧き出る。

「火よ、我が手の水脈を熱せよ」

 湧き出た水から湯気が出てきた。お湯になったようだ。

「ここでどれくらい火の要素を作用させるかで温度も変わる。火傷しないように最初は少しずつやるんだ」

「はい」

 手の平を上に向け、水を湧き出させる。これはもう私でも無詠唱ですんなりできる。

「火よ、我が手の水脈を熱せよ…あつっ!」

 軽く力を込めただけなのにずいぶんと熱くなった。これはやばい、適温にするには結構調整が難しそう。

「手加減が難しいだろう。お前はちょっと高度な術を体得しすぎたな…」

 父が苦笑する。
 悔しいけどこれはいい練習材料になりそう。

「水に熱を与えれば熱湯になる。水から熱を奪えば氷になる。風に熱を与えれば熱風になる。火の元素は様々なものに作用するんだ。便利だぞ」

「なるほど、火で熱を奪って氷にするんですね」

 火から氷って想像できなかったけど、熱を奪うのは火の要素なのか。なるほどなぁ。
 いろいろ試してみよう。

 父が出発してからは1人で神術の練習に明け暮れた。
 神術を使っていくうちに、わかってきたことがある。
 この世界ではどういう訳か、MPを使うと同じ割合でHPを消費する。
 つまりMPを10%消費する神術を使ったらHPも10%消費される。MPが0になるとHPも0になってしまうので、MPが残り5%くらいになったら気を失うように体が勝手にリミットをかける。
 HPの消費は加算されるので、動いたり怪我をしたりしてHPだけを消費した状態で、MP消費の高い神術を使うと危険。HPが残り20%の時にMP消費が30%の神術を使ったらリミッターが発動せずにおそらく死ぬ。
 まぁ、実際のところもし自分のHPとMPを数値に表すなら、HP2000/MP10000くらいで、MPの30%を消費する神術なんて、使うことはない。
 使えないことはないのだろうけれど、その規模の神術を使うなら詠唱は必須だし、発動までの時間も相当かかるので、その間に敵に逃げられるか逆にやられる勢い。 
 父はそのために、毎日神力切れで倒れるまでやらせて神力総量を増やさせたのだろう。正直、神力が減ってきたことによる体力消費は半端なく苦しい。呼吸が苦しくなって激しい眩暈がするのだ。それを毎日やっていたのだからどれだけマゾかって話よ。
 まぁ、その努力の結果HPの総量が少ないが、MPの総量が多いお陰で神術を使うことによるHP消費は抑えられる。HPが残り少ない状態でうっかりそれ以上消費する神術を使って死ぬという間抜けな事態には陥らないはずだ。
 正直この原理を最初に説明してほしかったけどね。子供には難しいと判断したのか、体に覚えさせるのが一番だったのか。
 どっちにしろここまでの神力総量を手に入れられたので、父には感謝しないと。
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