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一章
第3話 触媒
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術には決まりがない。
元素をどういう風に作用させるのかは全部自分のイメージで決めることができる。
そのイメージを体に伝えるためのものが詠唱であり、詠唱で細かく体へ指示することでより緻密な術を放つことができる。
細かく指示をすればするほど、規模を大きくすればするほど、消費する神力も多くなる。
なので、敵を仕留めるために放つ神術においては、コストパフォーマンスに優れたテンプレート的なものがいくつか存在する。
MP消費と威力を最も抑えた攻撃神術は元素を球状にして放つものである。これを初級神術とする。
実際に術名を口に出す訳じゃないけど、もしゲームっぽく言うのであれば「ファイアーボール」とか「ウォーターボール」、「ストーンボール」とかかな。風は目に見えないので、人それぞれ最適な形は違い、この限りではない。
これを私が使うとしたら、大きさにもよるけど大体平均として球1つ生成するに当たり、MPの消費量は5くらい。一度に5個生成して撃つと仮定すると、MP消費は25。計算上は400回ほど撃てることになるが、神力は地界にいる限り自然回復していくので、実際やるならもっと撃てる。
次に中級神術。元素を円錐状にして放つ。要するに杭の形。
ゲームっぽく言うなら「ファイアーランス」とか「ウォーターランス」、「ストーンランス」。
自分の手元から放つとしたら、平均的なMP消費は杭1つ当たり10。相手の足元や頭上に発生させるとなるとイメージが緻密になり、消費はもっと多くなる。
最後に上級神術だけど、これは元素ごとに違ってくる。
火だったら爆発を起こす。ゲームっぽく言うなら「エクスプロージョン」とか。
水だったら水柱を起こして「スプラッシュ」とか?地だったら隕石落として「メテオ」とかかなぁ。風なら竜巻を起こして「トルネード」とか。うーん、難しい。
上級は規模が大きすぎて、こんなところで術を放ったら地形が変わってしまうため、実際にやったことはない。
必要があればやれるだけの経験と知識はあるつもりではいるけれど。
私はもうすぐ15歳になるところまできた。
エルフの世界では15歳が成人らしく、私はその日を心待ちにしていた。
というのも、成人するまで里から外に出ることは許されていなかったからだ。
どんだけ過保護なんだろう、と思いつつも私はずっとそれに従ってきた。
やっと外の世界に飛び出せる。混合神術も5年練習すればさすがにもうお手の物になり、つまらない毎日を過ごしていたけれど、それも終わりだ。
「シエル、もうすぐ成人だな。成人の儀のことについて話をしよう」
ある日の夕飯時に、父が唐突に言いだした。
成人の儀?そんなものがあるのか。
私以外にこの里に未成年はいなかったので、そんなものを目にする機会すらなかった。
「これをお前に」
父は一つの宝石をテーブルに置いた。
それはキラキラしていて、角度によって違う色に見えた。虹色とはまさしくこのことだろう。
「これは触媒だ。ヒューマはこの触媒がなければ術を使うことはできない。俺たちエルフには本来必要のないものではある」
そういえば、この宝石がついたアクセサリーをこの里の人間はみな身に付けている。
腕輪だったり、首飾りだったり人によってその形は異なっているけれど。
特にそれを気にしたこともなかったので、尋ねたりもしたことがなかった。
ただみんなお揃いのファッションの一環なのかと思っていた。
これが触媒だったとは。
「では、なぜこれをみんな身に付けているのでしょう?」
純粋な疑問を問う。
エルフにとって必要のないものなら、身に付ける必要性を感じない。
「触媒には力を増幅させる作用もある。つまり同じ術を同じ力で放ってもこれがあるなしで威力が変わる」
なるほど。それは便利だ。
威力の高い術をより少ない神力量で放てるということか。
総神力量には自信があるけど、消費が抑えられるものがあるのならば使わない手はない。
「これを自分の好きな形で身に付けられるように加工するんだ。そしてそれを清めることを成人の儀とする」
なるほど。だから腕輪だったり首飾りだったりするのか。
魔法使いの触媒と言ったら杖が定番ではあるけど、持ち歩く必要もあるし、アクセサリーの方がいいのは頷ける。
ちなみに父も母も腕輪にしているみたいだ。
だからこそお揃いのアクセサリーなのかと勘違いしていた。
「いろいろな人のを見せてもらって自分に合うものを作るといい。ちなみに俺たちは二人とも腕輪だな」
「そうですね。僕も腕輪が一番よさそうに思えますが、せっかくなので他の人のも見せてもらおうと思います」
昼過ぎ。狩りに出た人たちが戻ってきて、なおかつあまり忙しくなさそうな時分だ。
私はまず最初に父と一番仲がいい、ダインという男の人の家に向かった。
ダインは茶髪に青い目をしていて、背が高い。そこそこイケメン。エイリーンという奥さんがいる。なかなか美人。
この2人には子供がいない。何でも、長命な種族ほど出生率は低いらしい。
私はこの里にとってずいぶんと久しぶりの子供だったようだ。
「ダインさん、ちょっといいですか?」
庭で薪を割っていたダインに声をかける。
「シエルか、どうした」
父とダインは同年代らしく、兄弟同然に育ったと聞く。
私が小さいころからこの人はよく家に来ていたため、もう1人のお父さん的存在である。
「成人の儀で作る触媒について調べているのですが、ダインさんのを見せてもらいたくて」
「そうか、お前ももう成人か…」
そう言って服の袖をまくる。
ダインも腕輪だった。
「リンクスと一緒に作ったんだ。どっちが上手くできるかってあの時は競ってたな」
懐かしそうに笑う。
2人は子供の頃から一緒だったと聞く。
「なるほど、2人は仲がいいですもんね。ちなみにエイリーンさんはどんな形なんですか?」
「エイリーンは髪飾りだな。髪は体の中で神力を一番クリアに通す。長ければ長いほどいい。女性なら髪飾りはいいと思うがな」
そうなんだ。そんな事実初耳。だから里の女性は髪が長い人が多いのか。
女として生まれてたなら髪飾りもよかったなぁ。
「ありがとうございます。もう少し見て回って考えてみます」
ダインにお礼を言って立ち去る。
次は父とダインの狩りによく一緒に同行しているギルバードという男の人の元に向かう。
ギルバードは、黒い髪に茶色の目をしている。この里には明るい髪色の人が多いので、黒髪は珍しい。
結婚はしておらず、独り身。なかなかイケメンだと思うんだけど、なぜ結婚しないのだろう。
というか、この里にいるエルフはみんな顔が整っている。エルフってそういうものなのだろうか。
父とダインよりは年下のエルフらしく、母と歳が近いと聞く。
正直、誰が何歳なのかは当人たちも数えていないみたいで、正確な歳はわからないのだけど、父は大体300歳くらいらしい。母は230歳くらい。私からしたら考えられないほど長生きしている。
父と母の年齢差は70歳ほどあるのだけど、そういうのはあまり気にならないのかな?
まぁ、見た目がみんな同じくらいで止まるから、それだけ長く生きてれば誤差の範囲って感じなのだろうか。
ギルバードの家の扉を開ける。
この里ではみな家に鍵はあまりかけない。誰かが来てもいきなり入ってくる。日本とは大違いだ。
「ギルバードさん、いますか?」
玄関から中を覗いて声をかける。
すぐに奥からギルバードが顔を出した。
「ん?シエルか。どうした?」
「もうすぐ成人の儀なので、触媒をみせてもらいたくて。今忙しいですか?」
「いや、大丈夫だ」
私の側まで来てギルバードは首飾りを取り出した。
色とりどりの木でできたビーズのようなものが通され、トップに木枠に嵌った触媒がある。
「ギルバードさんはなぜ首飾りにしたんですか?」
「簡単だから。俺、器用じゃなくてなぁ」
なるほど。わかる。わかるよギルバード。
腕輪を自分で作るとなると結構な難易度だもんね。
「シエルは何にする予定なんだ?」
「今のところは腕輪がいいかなって思ってますが、首飾りもいいですね」
「そうだな。まぁ、自分の器用さと相談だな」
そうなるよね。簡単なのは首飾りの方だと思うけど、どうしようかなぁ。
ひとまずギルバードにお礼を言って、立ち去る。
次はこの里の診療所に向かった。
この世界はファンタジー世界のお決まりとは少し違って、回復魔法的なものを使える人種が少ない。
というか、エルフはまず使えない。
この世界では術を使うには何でも適性が必要で、それはヒューマを除き、大体種族ごとに決まっている。
エルフは火・水・風・地の元素を扱う適正はあるけど、回復術は使えない。
ヒューマは回復術の適性がある者もいれば、元素の適性を持つ者もいる。
地族で回復術を使える適性を持つのは、そのヒューマの一部のみ。
なので、元の世界ほどではないけれど、私が持っていたファンタジー世界のイメージよりは医療は発達している。この里の診療所にも点滴や注射の類があって、薬も豊富に揃っている。大怪我をすれば麻酔をかけて縫合したりもする。
ただ、この里の医者は外科医だ。内科的治療が必要になったら、大きい街に出て回復術を使える人に頼みに行くらしい。
「先生、いますか?」
さすがに診療所なので扉をノックして反応を待つ。
「入れ」
中からすぐ声が返ってくる。
扉を開けて中に入ると、薬品の匂いがした。この世界の病院も匂いは元の世界と変わらない。
診療所はさほど広くはなく、ベッドが部屋の中央に二台並び、壁に備え付けられた棚には、数々の薬品が陳列されている。
今は患者は誰もいないようだ。
奥には机があり、そこの椅子に先生は腰かけて本を読んでいた。
ルザリー。それがこの里の医者の名前である。
銀色のウェーブがかった長い髪に、緑の目をしている女性の先生。
歳は知らない。結婚はしていないらしい。
すっごい美人。大人の女性としての落ち着いた雰囲気を醸し出し、できる女という感じがする。かと言って性格的に嫌味なところもないので、先生のことは結構好き。
「シエルか。どうした?」
本を閉じて私に目をやる。
この里では本はあまり見ない。複製する技術がないんだとは思うけど。しかしこの診療所には数冊の本がある。医療関係の本だろうか。
「もうすぐ成人の儀なので、今みんなに触媒を見せてもらっているんです。よろしければ先生のもお見せいただけないかと」
言いながら先生の側まで歩く。
私は子供のころ父との特訓で生傷が絶えなかったので、先生には大変お世話になった。
「そうか、お前ももう成人か」
この先生、とても美人なのだけれど、言葉遣いは男性的だ。でもそれがまたかっこいい。
大人な雰囲気に威厳のある話し方がよく合っている。
「私は髪飾りだな」
そう言うと先生は後ろに一本に縛っていた髪飾りを取りった。髪がなびき、いい匂いが漂う。私の中身は女なのに何故かちょっとドキドキする。
その髪飾りは、アラベスク模様のように掘られた豪華な木枠に触媒が嵌り、それに髪を縛るための紐がついていた。
「この木枠を先生が自分で作ったんですか?」
「ああ」
「すごい」
さすが外科医。器用。ちょっとこれは私にはできない。
残念だけど見本にはならないなぁ。これが作れるならかっこいいのだけれど。
「ありがとうございました」
「ああ。いいものができるといいな」
優しく微笑んで先生が言う。好き。
その後も何人かに見せてもらったけど、男性は腕輪、女性は髪飾りが多かった。
器用でない私には何を作るにしても難易度が高い。
一番簡単なのは首飾りかな。しかし動くには少々邪魔に思えそうな気がする。となると、腕輪一択になってしまう。
でも一生使うものだし、時間をかけて作り上げてみてもいいかもしれない。
「何にするか決まった?」
ダイニングテーブルの椅子に座って考え事をしていた私にルイーナが声をかけてきた。
母は腕輪だったな。
女性は髪飾りが多かったけど、どうして腕輪にしたのだろう。
「母さん、なぜ母さんは腕輪にしたのですか?」
「そのとき髪が短かったからね」
「なるほど」
大した理由はないようだった。
母は飲み物を二人分持って、私の向かいの席に座った。
私の側に飲み物を置く。
ミルクだ。どの家も大体ヤギに似たブルッサという名の家畜を飼っていて、朝乳搾りをする。私の家も例外ではない。
元の世界で飲んでいた牛乳よりは味が薄く、例えるなら低脂肪牛乳と言った感じだ。
私はお礼を言ってミルクに口をつけた。暖かくて優しい味がする。
そんな私を母は優しく微笑んで見つめていた。
母は綺麗だ。ルザリー先生が艶やかな綺麗さだとしたら、ルイーナは可憐な綺麗さだ。
そして、私も年を重ねるごとに、母に似てきた。髪と目の色は違うけれど、母を幼くした感じ。
こんな美少年に生んでくれて正直感謝している。
「僕も腕輪にしようかと思ってますが、できるかな…」
「大丈夫よ、シエルならできるわ」
母は即答した。
私、小さいころから大して器用じゃなかったし、それは母も知っているはずなのに何を根拠に言うのだろうか。
「ねぇ、シエル。成人の儀が終わったら、どうするの?」
脈絡もなくいきなり母がそう切り出した。
成人の儀が終わったからと言って、何かをしなければいけないわけでもない。
でも母は、何か確信を持って聞いている気がした。私が外に出ようと思っていることを見抜いているのだろう。
「旅に、出ようと思ってます」
隠してもしょうがないので素直に言う。こういうことは母親には隠せないものだからな。
案の定、それを聞いた母は寂しそうに笑った。
「そうだろうと思っていたわ。エルフの子供はみんな成人すると一度は旅に出るのよね。リンクスだって、私だってそう」
そりゃあこの里は退屈すぎるからな。
ただ狩りをして、薬を作って、その毎日を繰り返す。
大人は時たま街へと出たりしているけれど、子供は成人するまで里の外に出ることは許されない。
誰だって飽きる。
「あなたはしっかりしているし、神術も私なんかよりもよっぽどできるし、外に出ても大丈夫だとは思うけど、やっぱり親としては心配でね」
「…そう、ですか。でも僕は外の世界を見たいのです」
そうですかと言うのも変な返事だとは思ったけれど、それしか言えない。だからと言って行かないというわけでもないし。
「わかっているわ。行かないでと言っているわけじゃないのよ。外の世界を知ることは大切なことだしね」
どこか寂しそうに笑う。
これが親ってものなんだろうな。私もいつか親になったらその気持ちがわかるんだろうか。
「父さんも、僕が旅に出たいということはわかっているんでしょうか?」
「そうね。そうだろうという話は何度かしているわ」
「そうなのですね」
二人がそのつもりでいてくれたなら話は早い。
まぁ、ダメと言われたら勝手に出ていくつもりではあったんだけど。
15年。私はよく我慢したと思う。代わり映えのない生活だった。
この里の人たちは、なぜずっとここに留まっているんだろう。
ヒューマと同じように寿命が80年程っていうのなら平穏な日々を送るのはまだわかるけど、果てしないほどの寿命があるというのに。
そう考えを巡らせて結局答えは出ずに、いつものように1日は静かに終わった。
元素をどういう風に作用させるのかは全部自分のイメージで決めることができる。
そのイメージを体に伝えるためのものが詠唱であり、詠唱で細かく体へ指示することでより緻密な術を放つことができる。
細かく指示をすればするほど、規模を大きくすればするほど、消費する神力も多くなる。
なので、敵を仕留めるために放つ神術においては、コストパフォーマンスに優れたテンプレート的なものがいくつか存在する。
MP消費と威力を最も抑えた攻撃神術は元素を球状にして放つものである。これを初級神術とする。
実際に術名を口に出す訳じゃないけど、もしゲームっぽく言うのであれば「ファイアーボール」とか「ウォーターボール」、「ストーンボール」とかかな。風は目に見えないので、人それぞれ最適な形は違い、この限りではない。
これを私が使うとしたら、大きさにもよるけど大体平均として球1つ生成するに当たり、MPの消費量は5くらい。一度に5個生成して撃つと仮定すると、MP消費は25。計算上は400回ほど撃てることになるが、神力は地界にいる限り自然回復していくので、実際やるならもっと撃てる。
次に中級神術。元素を円錐状にして放つ。要するに杭の形。
ゲームっぽく言うなら「ファイアーランス」とか「ウォーターランス」、「ストーンランス」。
自分の手元から放つとしたら、平均的なMP消費は杭1つ当たり10。相手の足元や頭上に発生させるとなるとイメージが緻密になり、消費はもっと多くなる。
最後に上級神術だけど、これは元素ごとに違ってくる。
火だったら爆発を起こす。ゲームっぽく言うなら「エクスプロージョン」とか。
水だったら水柱を起こして「スプラッシュ」とか?地だったら隕石落として「メテオ」とかかなぁ。風なら竜巻を起こして「トルネード」とか。うーん、難しい。
上級は規模が大きすぎて、こんなところで術を放ったら地形が変わってしまうため、実際にやったことはない。
必要があればやれるだけの経験と知識はあるつもりではいるけれど。
私はもうすぐ15歳になるところまできた。
エルフの世界では15歳が成人らしく、私はその日を心待ちにしていた。
というのも、成人するまで里から外に出ることは許されていなかったからだ。
どんだけ過保護なんだろう、と思いつつも私はずっとそれに従ってきた。
やっと外の世界に飛び出せる。混合神術も5年練習すればさすがにもうお手の物になり、つまらない毎日を過ごしていたけれど、それも終わりだ。
「シエル、もうすぐ成人だな。成人の儀のことについて話をしよう」
ある日の夕飯時に、父が唐突に言いだした。
成人の儀?そんなものがあるのか。
私以外にこの里に未成年はいなかったので、そんなものを目にする機会すらなかった。
「これをお前に」
父は一つの宝石をテーブルに置いた。
それはキラキラしていて、角度によって違う色に見えた。虹色とはまさしくこのことだろう。
「これは触媒だ。ヒューマはこの触媒がなければ術を使うことはできない。俺たちエルフには本来必要のないものではある」
そういえば、この宝石がついたアクセサリーをこの里の人間はみな身に付けている。
腕輪だったり、首飾りだったり人によってその形は異なっているけれど。
特にそれを気にしたこともなかったので、尋ねたりもしたことがなかった。
ただみんなお揃いのファッションの一環なのかと思っていた。
これが触媒だったとは。
「では、なぜこれをみんな身に付けているのでしょう?」
純粋な疑問を問う。
エルフにとって必要のないものなら、身に付ける必要性を感じない。
「触媒には力を増幅させる作用もある。つまり同じ術を同じ力で放ってもこれがあるなしで威力が変わる」
なるほど。それは便利だ。
威力の高い術をより少ない神力量で放てるということか。
総神力量には自信があるけど、消費が抑えられるものがあるのならば使わない手はない。
「これを自分の好きな形で身に付けられるように加工するんだ。そしてそれを清めることを成人の儀とする」
なるほど。だから腕輪だったり首飾りだったりするのか。
魔法使いの触媒と言ったら杖が定番ではあるけど、持ち歩く必要もあるし、アクセサリーの方がいいのは頷ける。
ちなみに父も母も腕輪にしているみたいだ。
だからこそお揃いのアクセサリーなのかと勘違いしていた。
「いろいろな人のを見せてもらって自分に合うものを作るといい。ちなみに俺たちは二人とも腕輪だな」
「そうですね。僕も腕輪が一番よさそうに思えますが、せっかくなので他の人のも見せてもらおうと思います」
昼過ぎ。狩りに出た人たちが戻ってきて、なおかつあまり忙しくなさそうな時分だ。
私はまず最初に父と一番仲がいい、ダインという男の人の家に向かった。
ダインは茶髪に青い目をしていて、背が高い。そこそこイケメン。エイリーンという奥さんがいる。なかなか美人。
この2人には子供がいない。何でも、長命な種族ほど出生率は低いらしい。
私はこの里にとってずいぶんと久しぶりの子供だったようだ。
「ダインさん、ちょっといいですか?」
庭で薪を割っていたダインに声をかける。
「シエルか、どうした」
父とダインは同年代らしく、兄弟同然に育ったと聞く。
私が小さいころからこの人はよく家に来ていたため、もう1人のお父さん的存在である。
「成人の儀で作る触媒について調べているのですが、ダインさんのを見せてもらいたくて」
「そうか、お前ももう成人か…」
そう言って服の袖をまくる。
ダインも腕輪だった。
「リンクスと一緒に作ったんだ。どっちが上手くできるかってあの時は競ってたな」
懐かしそうに笑う。
2人は子供の頃から一緒だったと聞く。
「なるほど、2人は仲がいいですもんね。ちなみにエイリーンさんはどんな形なんですか?」
「エイリーンは髪飾りだな。髪は体の中で神力を一番クリアに通す。長ければ長いほどいい。女性なら髪飾りはいいと思うがな」
そうなんだ。そんな事実初耳。だから里の女性は髪が長い人が多いのか。
女として生まれてたなら髪飾りもよかったなぁ。
「ありがとうございます。もう少し見て回って考えてみます」
ダインにお礼を言って立ち去る。
次は父とダインの狩りによく一緒に同行しているギルバードという男の人の元に向かう。
ギルバードは、黒い髪に茶色の目をしている。この里には明るい髪色の人が多いので、黒髪は珍しい。
結婚はしておらず、独り身。なかなかイケメンだと思うんだけど、なぜ結婚しないのだろう。
というか、この里にいるエルフはみんな顔が整っている。エルフってそういうものなのだろうか。
父とダインよりは年下のエルフらしく、母と歳が近いと聞く。
正直、誰が何歳なのかは当人たちも数えていないみたいで、正確な歳はわからないのだけど、父は大体300歳くらいらしい。母は230歳くらい。私からしたら考えられないほど長生きしている。
父と母の年齢差は70歳ほどあるのだけど、そういうのはあまり気にならないのかな?
まぁ、見た目がみんな同じくらいで止まるから、それだけ長く生きてれば誤差の範囲って感じなのだろうか。
ギルバードの家の扉を開ける。
この里ではみな家に鍵はあまりかけない。誰かが来てもいきなり入ってくる。日本とは大違いだ。
「ギルバードさん、いますか?」
玄関から中を覗いて声をかける。
すぐに奥からギルバードが顔を出した。
「ん?シエルか。どうした?」
「もうすぐ成人の儀なので、触媒をみせてもらいたくて。今忙しいですか?」
「いや、大丈夫だ」
私の側まで来てギルバードは首飾りを取り出した。
色とりどりの木でできたビーズのようなものが通され、トップに木枠に嵌った触媒がある。
「ギルバードさんはなぜ首飾りにしたんですか?」
「簡単だから。俺、器用じゃなくてなぁ」
なるほど。わかる。わかるよギルバード。
腕輪を自分で作るとなると結構な難易度だもんね。
「シエルは何にする予定なんだ?」
「今のところは腕輪がいいかなって思ってますが、首飾りもいいですね」
「そうだな。まぁ、自分の器用さと相談だな」
そうなるよね。簡単なのは首飾りの方だと思うけど、どうしようかなぁ。
ひとまずギルバードにお礼を言って、立ち去る。
次はこの里の診療所に向かった。
この世界はファンタジー世界のお決まりとは少し違って、回復魔法的なものを使える人種が少ない。
というか、エルフはまず使えない。
この世界では術を使うには何でも適性が必要で、それはヒューマを除き、大体種族ごとに決まっている。
エルフは火・水・風・地の元素を扱う適正はあるけど、回復術は使えない。
ヒューマは回復術の適性がある者もいれば、元素の適性を持つ者もいる。
地族で回復術を使える適性を持つのは、そのヒューマの一部のみ。
なので、元の世界ほどではないけれど、私が持っていたファンタジー世界のイメージよりは医療は発達している。この里の診療所にも点滴や注射の類があって、薬も豊富に揃っている。大怪我をすれば麻酔をかけて縫合したりもする。
ただ、この里の医者は外科医だ。内科的治療が必要になったら、大きい街に出て回復術を使える人に頼みに行くらしい。
「先生、いますか?」
さすがに診療所なので扉をノックして反応を待つ。
「入れ」
中からすぐ声が返ってくる。
扉を開けて中に入ると、薬品の匂いがした。この世界の病院も匂いは元の世界と変わらない。
診療所はさほど広くはなく、ベッドが部屋の中央に二台並び、壁に備え付けられた棚には、数々の薬品が陳列されている。
今は患者は誰もいないようだ。
奥には机があり、そこの椅子に先生は腰かけて本を読んでいた。
ルザリー。それがこの里の医者の名前である。
銀色のウェーブがかった長い髪に、緑の目をしている女性の先生。
歳は知らない。結婚はしていないらしい。
すっごい美人。大人の女性としての落ち着いた雰囲気を醸し出し、できる女という感じがする。かと言って性格的に嫌味なところもないので、先生のことは結構好き。
「シエルか。どうした?」
本を閉じて私に目をやる。
この里では本はあまり見ない。複製する技術がないんだとは思うけど。しかしこの診療所には数冊の本がある。医療関係の本だろうか。
「もうすぐ成人の儀なので、今みんなに触媒を見せてもらっているんです。よろしければ先生のもお見せいただけないかと」
言いながら先生の側まで歩く。
私は子供のころ父との特訓で生傷が絶えなかったので、先生には大変お世話になった。
「そうか、お前ももう成人か」
この先生、とても美人なのだけれど、言葉遣いは男性的だ。でもそれがまたかっこいい。
大人な雰囲気に威厳のある話し方がよく合っている。
「私は髪飾りだな」
そう言うと先生は後ろに一本に縛っていた髪飾りを取りった。髪がなびき、いい匂いが漂う。私の中身は女なのに何故かちょっとドキドキする。
その髪飾りは、アラベスク模様のように掘られた豪華な木枠に触媒が嵌り、それに髪を縛るための紐がついていた。
「この木枠を先生が自分で作ったんですか?」
「ああ」
「すごい」
さすが外科医。器用。ちょっとこれは私にはできない。
残念だけど見本にはならないなぁ。これが作れるならかっこいいのだけれど。
「ありがとうございました」
「ああ。いいものができるといいな」
優しく微笑んで先生が言う。好き。
その後も何人かに見せてもらったけど、男性は腕輪、女性は髪飾りが多かった。
器用でない私には何を作るにしても難易度が高い。
一番簡単なのは首飾りかな。しかし動くには少々邪魔に思えそうな気がする。となると、腕輪一択になってしまう。
でも一生使うものだし、時間をかけて作り上げてみてもいいかもしれない。
「何にするか決まった?」
ダイニングテーブルの椅子に座って考え事をしていた私にルイーナが声をかけてきた。
母は腕輪だったな。
女性は髪飾りが多かったけど、どうして腕輪にしたのだろう。
「母さん、なぜ母さんは腕輪にしたのですか?」
「そのとき髪が短かったからね」
「なるほど」
大した理由はないようだった。
母は飲み物を二人分持って、私の向かいの席に座った。
私の側に飲み物を置く。
ミルクだ。どの家も大体ヤギに似たブルッサという名の家畜を飼っていて、朝乳搾りをする。私の家も例外ではない。
元の世界で飲んでいた牛乳よりは味が薄く、例えるなら低脂肪牛乳と言った感じだ。
私はお礼を言ってミルクに口をつけた。暖かくて優しい味がする。
そんな私を母は優しく微笑んで見つめていた。
母は綺麗だ。ルザリー先生が艶やかな綺麗さだとしたら、ルイーナは可憐な綺麗さだ。
そして、私も年を重ねるごとに、母に似てきた。髪と目の色は違うけれど、母を幼くした感じ。
こんな美少年に生んでくれて正直感謝している。
「僕も腕輪にしようかと思ってますが、できるかな…」
「大丈夫よ、シエルならできるわ」
母は即答した。
私、小さいころから大して器用じゃなかったし、それは母も知っているはずなのに何を根拠に言うのだろうか。
「ねぇ、シエル。成人の儀が終わったら、どうするの?」
脈絡もなくいきなり母がそう切り出した。
成人の儀が終わったからと言って、何かをしなければいけないわけでもない。
でも母は、何か確信を持って聞いている気がした。私が外に出ようと思っていることを見抜いているのだろう。
「旅に、出ようと思ってます」
隠してもしょうがないので素直に言う。こういうことは母親には隠せないものだからな。
案の定、それを聞いた母は寂しそうに笑った。
「そうだろうと思っていたわ。エルフの子供はみんな成人すると一度は旅に出るのよね。リンクスだって、私だってそう」
そりゃあこの里は退屈すぎるからな。
ただ狩りをして、薬を作って、その毎日を繰り返す。
大人は時たま街へと出たりしているけれど、子供は成人するまで里の外に出ることは許されない。
誰だって飽きる。
「あなたはしっかりしているし、神術も私なんかよりもよっぽどできるし、外に出ても大丈夫だとは思うけど、やっぱり親としては心配でね」
「…そう、ですか。でも僕は外の世界を見たいのです」
そうですかと言うのも変な返事だとは思ったけれど、それしか言えない。だからと言って行かないというわけでもないし。
「わかっているわ。行かないでと言っているわけじゃないのよ。外の世界を知ることは大切なことだしね」
どこか寂しそうに笑う。
これが親ってものなんだろうな。私もいつか親になったらその気持ちがわかるんだろうか。
「父さんも、僕が旅に出たいということはわかっているんでしょうか?」
「そうね。そうだろうという話は何度かしているわ」
「そうなのですね」
二人がそのつもりでいてくれたなら話は早い。
まぁ、ダメと言われたら勝手に出ていくつもりではあったんだけど。
15年。私はよく我慢したと思う。代わり映えのない生活だった。
この里の人たちは、なぜずっとここに留まっているんだろう。
ヒューマと同じように寿命が80年程っていうのなら平穏な日々を送るのはまだわかるけど、果てしないほどの寿命があるというのに。
そう考えを巡らせて結局答えは出ずに、いつものように1日は静かに終わった。
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