クルスの調べ

緋霧

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二章

第16話 特訓

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 夜は意外にもよく眠れた。疲れていたというのもあるのかもしれないが、意識しても意味がないことにやっと体が気づいたのかもしれない。
 朝、3班と4班合同で朝食を摂った。4班の面々も学校を卒業したてのヒューマが多いのだが、年若いドワーフの男の子もいた。一言で言うのならばショタ。小さくて可愛らしい。オンラインゲームでこういう見た目の種族がいたら女の子がよく使いそう。だが見た目に反して力持ちで大ぶりの剣を振り回すという。それはそれで見てみたくはある。
 
 朝ご飯を食べたら今日は各自自由行動だ。
 私は約束通り、ニコラと特訓をするため駐屯地側の森に赴いた。

「特訓なんて言ったけど、どうすればいいのかわからないな」

 なんせ人に教えたことなどない。幼少時から、ひたすら使い続けて体に覚えさせるというやり方で上達したので、具体的にどうすればいいのかもわからない。

「シエルは無詠唱でできるんだよね?それは最初からそうなの?」

「いや、最初は詠唱して体にイメージを叩きこんで、だんだん無詠唱でできるようになっていったんだ」

「体にイメージを叩きこむ…?」

 ニコラにはピンとこないようだ。しかしこれ以上説明のしようもない。だがヒューマは無詠唱ではできないと聞く。ならばそれを練習したところで意味はない。

「どっちにしろ上達するにはひたすら使い続けるしかないんじゃないかな。緻密なものを作り出してみるとか」

「緻密なもの…」

「地の神術を練習する時は小さ目の石つぶてを全部同じ大きさに何個も作り上げる練習をしてる。意外とこれが難しいんだ」

 手を前に突き出し、パチンコ玉くらいの大きさの石つぶてを5個、空中に作り出した。手を下ろすと宙に浮いていた石つぶてが落ち、コロコロと地面を転がっていく。

「すごい、どれも同じ大きさだ」

 落ちた石つぶてを拾い上げ、ニコラが言う。

「詠唱をするなら、何か身近なものと同じ形になるようにするといいよ。例えば銅貨でもいいと思う」

 ポケットから銅貨を取り出し、それを見ながら再び空中に石つぶてを5個作り出す。今度は銅貨と同じ大きさで同じ薄さだ。パラパラと地面に落ちたそれを1つ拾い上げ、銅貨と重ねる。

「同じでしょ?ほら」

 ぴったり重なったそれをニコラに手渡すとニコラは驚きの表情を浮かべた。

「すごい、石でできた銅貨だ…。今までこんな風に石つぶてを作り出したことなんてなかったよ」

「確かに攻撃するためって考えたらこんな形は不向きだろうね。でも身近なものと同じ形に形成することはすごく練習になる。やってみるといいよ」

 ニコラは銅貨を左の手の平に乗せ、それを見ながら意識を集中しだした。

「地よ、我が声を聞け。この手の銅貨と同形に5つ現れ給え」

 私がやったのと同じように、空中に5つ平べったい石つぶてが浮かび上がった。ニコラが地面にパラパラと落ちた5枚を拾い上げて見比べる。

「うーん、大きさや薄さがバラバラだ」

 ニコラから銅貨と一緒に手渡された5枚の岩石を私も見比べる。確かに大きさもバラバラだし、薄いものから厚いものと形は不揃いだ。

「最初から5枚も作らなくていいと思うよ。1枚を何度も同じ形に作れるようになってから枚数を増やしたほうがいい」

「あ、そっか。そうだね」

 それからニコラは何度も同じことを繰り返し、銅貨と同じ形の岩石を作り出した。初めは大きさや厚さが不安定だったが、やっていくうちに徐々に同じように作れるようになってきた。きっとすでに基礎ができているから上達が早いのだろう。
 私はそれをただひたすらに見守っているだけだったけど、意外と退屈ではない。ニコラの上達が早いからというのもあるし、子供を見守る親のような気持ちになっているというのもあるかもしれない。父もこんな気持ちで私の練習に付き合っていたのだろうか。

「ニコラ」

 練習を続けているニコラに声をかける。だが集中しているのか声は届いていないようだ。

「ニコラ!」

「えっ、な、なに!?」

 大きめの声で呼んだのがびっくりしたのか、ニコラが素っ頓狂な声を上げた。

「ニコラ、そろそろ終わりにした方がいい。倒れちゃうよ」

「え?」

 だいぶ息が上がっている。作り出しているものは小さいが、それを緻密に形成しているせいで神力の消耗は激しいはずだ。そしておそらくニコラはそれに気づいていない。

「はぁ…はぁ…確かに、疲れた…いつの間にかずいぶん魔力を消耗しちゃったみたいだ…」

「明日から任務が始まるからね。今日はもう終わりにしよう。魔力を回復しておかないと明日に支障が出る」

「うん…そうだね…」

「でもニコラ、この短時間ですごい上達ぶりだよ。自分でもわかるでしょ?」

 銅貨と同じ大きさ、同じ薄さに形成された岩石が何枚も地面に転がっている。ニコラはそれを数枚拾い上げて、嬉しそうに笑った。かわいい。

「うん、自分でもびっくりだ…地は苦手だと思ってたけど、こんな風にできるなんて…。シエルのおかげだよ。ありがとう」

「ううん、ニコラの実力だよ。よかったね」

 しかし学校ではどんな教え方をしているのだろうか。こんな風に練習すれば苦手としていた元素だって短時間で上達するのに、効率の良い術式の練習しかしないのかな。
 そんなことを考えながら、ちょうど昼食の時間だったのでそのまま2人で食堂へと向かった。
 ニコラは相当疲れているのかあまり食が進まないようだったが、それを心配したパーシヴァルに聞かれてもあいまいに笑ってごまかしていた。
 午後はニコラと部屋でのんびりして過ごし、お風呂も何とかやり過ごして1日を終えた。

 次の日の朝、班長のガヴェインから3班のメンバーが呼び出された。隊長のヴィクトールから説明を受けた部屋がある建物で、その中の少人数用の会議室みたいな部屋だった。ここは3班専用の打ち合わせ室だという。
 そんなことより、この部屋にはガヴェインと3班のメンバー以外にもう1人いる。全く見覚えのない男性だ。見た目的にヒューマと思わしきこの人物は、おそらく班専属の治癒術師なのだろう。
 青い瞳に、肩より少し長い透き通るような水色の髪をしている。言葉にするのが難しいのだけれど、水は透明だが集まると水色に見える、という感じの綺麗な水色だ。まぁ、実際には透明じゃないのだろうけど。背も中々高く、顔も整っている。つまりイケメン。
 おかしなことに、治癒術師なはずなのに腰に帯剣している。かと言って鎧は身に付けておらず、白いシャツに前面を開いた黒いロングコート、黒いズボンと前衛と言っていいのか後衛と言っていいのかわからない見た目だ。
 誰も口にはしないが"この人は一体"という疑問を皆も浮かべているようだ。部屋が物々しい空気に包まれている。

「さて、紹介しよう。彼が3班の治癒術師だ。本来はベリシア騎士団の治癒術師が配属されるのだが、欠員が出てな。彼はヴィクトール隊長の依頼により、君たちより2週間早く3班の治癒術師として入ってくれている冒険者だ。この3か月の任務を一緒にすることになる」

 班長のガヴェインが口を開いた。冒険者?治癒術師の欠員が出たら騎士団から補充されるのではないのだろうか。それにしても治癒術師の欠員とはどういうことだろう。欠員ということは、亡くなったという意味だろうか。まさか前線に出て戦ったとでもいうのか。

「初めまして。セス・フォルジュ、天族だ。本職は剣士なのだが、今回は治癒術師として依頼されてここにいる。騎士団の人間ではないので、どうか気さくに接してほしい。よろしく」

 男性が自己紹介をした。
 それを聞いて若干のざわめきが起こる。天族というところにみんなびっくりしているのかもしれないけれど、私的にはセスがイケボすぎてざわついた。いつまでも聞いていたくなるような、心地いい声色だ。むしろその透き通るような髪色とイケメンとイケボに、天族って言われて納得したくらい。

「天族と言っても治癒術は適性があるから使えるだけで、それを本職としている人よりだいぶ劣る。外れの治癒術師で申し訳ないが、その分戦闘のサポートで補わせてもらう」

 ざわめきを聞いてか、セスが申し訳なさそうに言った。
 剣士が本職だと言うならば、単純に戦力が1人増えると考えていいのだろうか。それで治癒もできるのだから、外れと言うよりもむしろ当たりな気がする。

「セスはSランクの冒険者だ。戦力としては彼1人でデッドライン前の討伐ができるくらいなのだろうが、あくまでもサポートだからな、甘えないように」

 Sランク!?それはすごい。長く生きている父でもAランクだった。Dランクの自分からしたらSランクなんて雲の上の存在だ。
 皆も同様なのだろう、再び室内がざわついた。

「ガヴェイン、それは言いすぎだ。確かにSランクではあるが、俺は天族だからただ長く生きているだけなんだ。あまり期待しすぎないでほしい」

「しかしどうして治癒術師に欠員が出たのですか?」

 こちら側からも一通り自己紹介を済ませた後、フィリオが聞いた。それは全員が疑問に思っていたことだろう。本来なら横穴に待機しているのだろうし、欠員が出るなんてよほどのことがあったとしか思えない。

「神力残量が少ない状態で、助かるかどうか瀬戸際の者を無理に助けて命を落としたのだと聞いた。本来ならそれは規約に反する」

 自分の神力残量以上の治癒術を使って亡くなったということか。他人のためにそこまでできるなんて…。それとも、何か特別な関係だったのだろうか。

「規約に反するとは?」

「治癒術師は班全体の治癒術師だ。その場ですぐ代わりを補充できるわけでもない。よって助かるかどうかわからないくらいの怪我を負った者は無理に治癒せず、他の者のために神力を温存するのが決まりだ」

 パーシヴァルの質問に、ガヴェインは淡々と答える。それはもう残酷なくらい淡々と。
 沈黙が流れた。
 確かに班のためを考えたらガヴェインの言う通りなのだろうけれども、目の前で傷ついた人を見捨てろというのはあまりに残酷だ。治癒術師にとっても、そういう怪我を負う可能性を持っている私たちにとっても。しかし戦場ではそうしなければ犠牲が増えるということなのだろう。

「…それで、なぜその補充要員が騎士団の人ではなく、冒険者なのですか?」

 沈黙を破ったのはリーゼロッテだった。

「治癒術師はもともと数が少ない上に、デッドライン派遣に志願する者も少ない。突然の欠員ですぐに見つからなくてな。今回はヴィクトール隊長の知り合いだったセスに急遽要請したというわけだ」

「そうだったのですね」

 こういう組織は命令して強制的に派遣させられるものと思っていたけれど、そうじゃないんだな。というか、志願する者が少ないのか…治癒術師は需要が多いからわざわざこんな辺境で仕事をしたくないということかな。

「質問がなければこれで解散とするが何かあるか?」

「1ついいですか?」

「なんだ?アイゼン」

「セスさん、騎士団の人間ではないあなたに聞きたい。あなたも、助かるかどうかわからない人は治癒せず力を温存するんですか?」

 再び沈黙が流れた。
 セスは、別段表情を変えずにアイゼンを見つめている。アイゼンもまた、真剣な目でセスを真っ直ぐに見つめていた。

「…そうだね。申し訳ないが俺もそうする。俺の実力ではそうせざるを得ない、と言ったほうがいいかな」

「なるほど、わかりました」

 アイゼンはなぜそれを聞いたのだろう。セスの返答によって何がどう変わるというのだろうか。

「他に質問はあるか?」

 ガヴェインの言葉に手を上げる者はおらず、解散となった。
 今日の夜から任務が始まるため、午後からは眠らなければならない。いったん部屋に戻った私とニコラだが、緊張からか妙に落ち着かなかったため、午前中はちょっとしたトレーニングをすることにして部屋を後にした。

 宿舎から出たところで、少し先の広場に人が集まっているのが見えた。その中にセスの姿もある。
 3か月の任務を終えた前3班かな。 

「きっとあれ、任務が終わった前の3班だよね。これから帰るのかな」

「うん、きっとそうだろうね」

 ニコラの言葉に、「僕たちも帰る時はあんな風に全員そろって帰ろう」と口にしようとして寸前で止めた。あの3班はあの場にちょうど10人いることから班員に欠員は出ていなさそうだけれども、治癒術師が亡くなっている。
 長い期間を共にした仲間だったんだろうし、任務が終わっても手放しで喜べないだろうな。ましてや、班員の誰かを助けるために命を落としてしまったのだから。
 騎士団の規約としては見捨ててでも力を温存するのが決まりだと言うけれども、私は自分の命を懸けてまで他人を助けた治癒術師はすごいと思うし、敬意を払うべきだと思う。私だったらきっと誰かのためにそんなことはできない。

「…行こうか」

 あまり見ているのもなんなので、さっさと立ち去ることにした。
 これから任務なので無理をせず、ニコラと2人で軽く体を動かしたりして過ごした。術師と言えど体力は必要だ。毎日山登りをすることにもなるのだし。

 昼食を摂り、また部屋へ戻ってベッドへと入った。
 この世界は目ざまし時計もないし、寝坊したらどうしようなんて考えていたが、いきなり昼に眠れと言われてもさすがに眠れなかった。
 たびたび寝返りを打つ音が、ニコラからも聞こえてくる。
 結局私もニコラもあまり眠れずに、夕食の時間になってしまった。

 食堂には3班のメンバーだけでなく、ガヴェインもセスもいた。一緒に食べるようだ。
 席に着くと、やはりみんなあまり眠れなかったみたいで口々にそんな報告が聞こえてくる。

「まぁ、初日はしょうがないな。次からは疲れて嫌でも眠れるようになる」

 ガヴェインが苦笑いしながら言う。
 それはそうだろうな。山登りして討伐して下山だもん。疲れるに決まってる。
 
 C時間は23時~7時という時間であることから、お弁当は持って行かないらしい。
 まぁ、確かに行く前に夕食を食べて、帰ってきてから朝食を食べればいいだけだ。

「お弁当を向こうで食べる時って、交代で食べるんですか?」

「ああ、2人ずつだな。30分ずつ5回に分ける。まぁ、普段であれば治癒術師は外に出てこないからどのタイミングでもいいんだが、今回はセスに戦闘のサポートもしてもらうからな」

 パーシヴァルの質問にガヴェインが答える。
 となると、8時間のうち、2時間半は誰かしら欠けているということになるのか。それを踏まえての人数構成なんだろうな、たぶん。

「セスさんはずっとパーティーの一員として戦闘に参加してくれるんですか?」

「そのつもりだよ。この前の討伐班ではそうしていたしね。それと、俺のことはセスと呼んでほしい。敬語も必要ない。君たちと俺は同じ立場だから」

 フィリオの質問にセスはそう答えた。
 と言ってもセスは天族でずいぶんと長く生きているのではなかっただろうか。何歳なのか知らないけれど、ガヴェインやヴィクトールよりも全然年上なんだろうし。

「わかった。んじゃよろしくセス」

 そんな心配をよそにアイゼンは軽く頷いた。
 でもそれでいいのかもしれない。アイゼンのお陰で今後はみんな気を遣わずにセスと接することができそうだし。

 食べ終え、パーティー分けをし、いよいよ出発となった。
 武器や身の回りの確認をして、初めての任務が始まった。
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