クルスの調べ

緋霧

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二章

第15話 駐屯地

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 デッドライン麓の駐屯地は、パーシヴァルが言っていたように森を切り開かれて作られていた。
 一言で言うならば、RPGでよくある"小さな村"という感じの場所だ。どの建物も石で作られていて、無機質さを際立たせている。その中でも一番大きな建物が宿舎なのだろう、数十人が一度に寝泊まりできるくらいの大きさだ。

 着いて最初に案内されたのはその宿舎だった。
 班長がそれぞれの班員を引き連れ、各部屋へと案内する。1班に付き4人部屋が3部屋あてがわれており、班の男女がどんな人数編成になっても男女別に泊まれるようになっている。
 3班は男5人、女3人なので、女性は3人で1部屋、男性は2人と3人に分かれることになった。前衛組と後衛組で分ければいいんじゃない?というアイゼンの適当な意見に、それでいいねと誰も異論を唱えることなく決まった。つまり私はニコラと2人。正直男性と2人だけというのも緊張するのだけれど、私は男なわけだしニコラは草食系男子なので若干の安心感はある。というか心配しなくても男なんだから襲われることなんてないんだよね…きっと。たぶん。あったら困る。

 荷物を置き、次に向かったのは食堂がある建物だ。
 ちょうどそこでは今現在討伐に当たっている討伐隊の班員が昼食を摂っていた。食べたらすぐ出発し、15時~23時まで討伐に当たるのだそうだ。
 思いの外立派な厨房があり、数人がそこで従事している。私たちの食事も夜から出るらしい。

 次はお風呂場。部屋にお風呂がなかったのでそうだとは思ったけれど、大浴場である。いつでも入れるように、火と水の混合術を使えるお風呂係がいた。
 そんなことより問題なのは大浴場ということである。他の男性たちと一緒に入らなければならない状況になることは間違いない。どうしよう。目のやり場にどうしよう。自分の裸や父の裸は見慣れているとは言え、やはりそれとは別問題だ。慣れるしかないし、変に挙動不審になってもいけないのはわかるけどどうしよう。どうしようもないんだけどどうしよう…。いや、がんばるしかない。がんばろう。私は男。そう、男だから。

 そしてまた別の建物に移動し、今回の討伐について隊長から詳しい説明がなされた。
 討伐は3交代で行われる。

 A:7時~15時
 B:15時~23時
 C:23時~7時
 D:休み

 これを1日1つずつずらして行く方式だ。

 1日目:1班A、2班B、3班C、4班D
 2日目:1班B、2班C、3班D、4班A
 3日目:1班C、2班D、3班A、4班B
 4日目:1班D、2班A、3班B、4班C

 このような感じで3日に1度休みになる。
 休みと言ってもその日の朝までは討伐しているのだから、休みと言っていいのか微妙だ。丸1日の休みは実質ない。
 駐屯地からワープポイントまでの山登りが片道1時間らしいので、出発は開始時刻の1時間前だ。討伐時間中に食事を挟む回は、お弁当が用意されるらしい。正直現地で食べてる余裕があるというのも驚きだ。
 開始は明後日のA時間からで明日は1日休み。4班は2日連続休みになって不公平に思うかもしれないが、その分1班は3か月後に一番最初に帰れるのだ、と隊長は説明していた。その辺りについては別に誰からも不満の声は上がらなかった。

 ワープポイント前は山肌を不自然にくりぬいたように開けた場所になっており、そこで戦闘をするらしい。
 飛行系のモンスターは術師が迎撃する、とのことなのだが、あの時にニルヴァも言っていた通りなかなか難易度が高いのではなかろうか。まぁ、それで撃ち漏らされた飛行系のモンスターが街道まで来ることになるんだろうけど。

「ワープポイントから出てくるモンスターは4種類だ。1つはバジリスク、これは爬虫類系のモンスターだ。バジリスクだけならDランク1人でも余裕で倒せる」

 ヴィクトールの説明に、何となく前世でやっていたMMOの敵を思い浮かべる。きっとトカゲみたいなやつなんだろう。

「2つめ、スネーク。巨大なヘビだ。図体の割に動きは素早い。毒は持っていないが牙が鋭いので注意するように」

 うわぁ。ヘビかぁ…。もともと苦手なのに巨大ときたもんだ。大丈夫かなぁ…。

「3つめ、ワイバーン。小型の竜のようなもので、集団で行動している。出てくるときも集団で出てきてそのまま勢いで飛んで行ってしまう。全てとは言わないがなるべく迎撃するように」

 街道で出くわしたやつか。個々の強さはそれほどでもなさそうだった。ただまぁ、あの速さで飛び出して来たら迎撃が間に合いそうにはない気がする。

「ワープポイント前で戦闘をしなければならないのはこのワイバーンがいるからだ。本来ならばわざわざワープポイント前という危険な場所ではなく、離れた場所まで誘導して各個撃破に持ち込むのが定石だが、そうすればワイバーンを撃ち漏らしてしまう。よってより安全性を高めるために4人ずつワープポイントの左右に分かれて討伐を行う」

 なるほど。確かに別の場所に誘導していたのではワイバーンは100%迎撃できないだろう。そうでなくても5匹も街道に来たのだ。危険な場所で戦わなければならないのは致し方ないということか。

「4つめ、リザードマン。2足歩行のモンスターだが会話は通じない。滅多に出てはこないが、両手を鋭い刃に変質させる能力を持つ。動きも速く大変に危険だ。水や氷の術は無効化する。術師を優先的に狙ってくるので、この派遣依頼で死者が出る時は大体こいつだ。熟練の二刀流の剣士を相手にしていると思え」

 リザードマンの説明に多数の者が息を飲んだ。今までの3種類とは格別に違う感じだ。相当やばそう。術師から狙われるとかやばい。出てこないことを祈る。

「スネークとリザードマンはバジリスクを餌としている。よって逃げてきたバジリスクを追ってスネークやリザードマンが一緒にルブラからこちらへと来ることが多々ある。気を付けるように」

 リザードマンはただでさえやばいのにバジリスクとセットで来るのか…。誰がバジリスクを相手にして誰がリザードマンを相手にするのか役割分担を決めておかないと苦戦しそうだ。

「質問です」

 違う班のヒューマっぽい青年が手を挙げた。

「なんだ?」

「モンスターはルブラから偶然にワープポイントを通ってこちらに来るのですよね。ならば偶然またワープポイントから帰っていくことはないのでしょうか?」

「ないと考えていいだろう。ワープポイント前は常に人がいるし、何よりこちら側から見えるワープポイントと、向こう側から見えるワープポイントは形状が違う」

 ということは実際に誰かがワープポイントを通ってルブラに行ってみたのだろうか。あぁ、そうだ、確かデッドラインのワープポイントは相互リンクで、同じ場所に出て同じ場所へと帰って来れるんだっけ。最初に行った人は勇気がある。帰って来れるかもわからないのに。

「こちら側のワープポイントは山肌に入った亀裂だが、向こうはそうじゃない。広い湿原のど真ん中に地面から空まで円柱状に伸びている。その柱に触れるとこちらへとワープするのだ。だからワイバーンも飛んでいる勢いのままこちらに来る」

 地面から空まで円柱状に伸びている?なんだかよく分からない。光の柱のようなものが湿原の真ん中に立っていて、それに触れただけでワープするってことかな?なんだか思っていたワープポイントと違う。

「こちらからルブラへ帰るとしたら山肌の亀裂へと入らなければならない。知能が低いモンスターと言えど、亀裂へ引き返すとは考えにくい。実際俺が任務に当たっていた時に引き返した事例はない」

 向こうからは通り道にあるワープポイントに偶然触れてくるのだろうけれど、こちらから帰るとしたら意図を持って亀裂へ入らなければならないってことか。確かにそれは可能性として0に近いだろう。

「なるほど、そういうことなのですね。ありがとうございます」

 青年も納得したのか、素直に頷いた。

「他に質問があるものはいるか?」

 ヴィクトールが尋ねるが、正直そう聞かれても何がわからないのかもわからない。実際に行ってみたら疑問は出てくるのかもしれないけれど。
 他の人も同様なのか、誰からも手が上がらなかった。

「ないなら次の説明に移るぞ。討伐には各班1人ずつ、治癒術師が専属で付く。各班の治癒術師は後程班長より紹介させる。ワープポイント前の広場に横穴を掘ってあり、そこが食事休憩や怪我人の治療に当たるスペースだ」

 すごい、班に治癒術師が専属で1人付くのか。ということはそれほど怪我の頻度が高いということだろうか。

 その後は食事の時間や、お風呂の時間についての説明だった。他の班と重ならないように、このシフトの時にはこの時間、という感じで割り振られている。
 そして洗濯の頼み方や、受け取り方など3か月生活していく上で必要な事項を説明し終えて解散となった。

 今日と明日は別の討伐隊の任務期間なので、その隊員たちと重ならないように行動しなければならない。班長の指示でお風呂と食事の時間が割り振られ、3班はすぐにお風呂に入ることとなった。



「お前、顔赤いぞ?のぼせてるんじゃないか?」

 なるべく周りを見ないように、なるべく考えないようにとがんばっていたお風呂タイム。湯船に浸かって目を閉じていたら突然アイゼンに声をかけられた。

「そ、そうかも、もう上がろうかな。先上がるね!」

「え、おい…」

 これはいいタイミングとさっさと上がることにした。
 3班の男子はみんな美形だ。そんな美形たちとお風呂タイムなんて耐えられない。せっかくなんだから見ればいいのにと頭で思っても体が拒否する。
 これから3か月もこんな感じで耐えなければならないなんて…。大浴場のみじゃなくてシャワールームみたいなものがあればよかったのに。疲れをとるためのお風呂なのに余計に疲れそうだ。多くは語りたくないのでもう考えるのはやめよう。

 夕食。班長もいるのかと思いきや、3班のメンバーのみだった。

「明日は休みと言っても特にやることがないよな」

「そうだな。つまらんな」

 アイゼンの言葉にすぐさま頷いたのはベルナだ。派遣依頼に面白いも何もないと思うのだけれどもベルナは戦闘好きなのだろうか。確かに野生の猫という感じはする。

「体を休めるための休みですからね…。ここに来るまでの旅で疲れていないんですか?」

「疲れてないな。むしろこれで疲れたなんて言っていて3か月やれるのか?」

「頼もしいですねベルナ」

 やたら元気をあり余しているベルナにフィリオも苦笑いだ。
 やはり獣人だからなのだろうか。私はエルフだけど疲れたかと問われれば疲れたと答える。

「なら手合せでもするか?ベルナ」

「ほぅ、アイゼン、それはいい案だな」

「2人とも元気ですね…」

 やる気満々のベルナとアイゼンにさすがにみんな呆れ顔である。ベルナとアイゼンから言わせれば、ヒューマやエルフが軟弱ということなのだろうけれど。
 その後はフィリオやパーシヴァルを含めて4人で剣技について盛り上がりを見せていた。最初はそれを食べながら聞き流していた私だが、気になる単語が出てきた。

 "気"である。

 4人の会話から頻繁に出てくるこの単語は、エルフの里にいた時には聞かなかったものだ。

「ねぇ、"気"って何?」

 4人の会話が一瞬途切れたところを狙って思い切って聞いてみる。4人は一斉に私を見て不思議そうな顔をした。

「そうか、シエルは学校に行ってないから知らないのか」

 パーシヴァルが思いついたように言う。なるほど、学校で習うようなことだったのか。

「この世界に生きるものはみな、神力か魔力かのどちらかを保有しているのは知っていますよね。"気"というのは、この神力や魔力と同じものです」

「え、神力や魔力と同じ?どういうこと?」

 フィリオが説明をしてくれたが意味がわからない。それならば"気"と表現する必要性はあるのだろうか。

「シエルはエルフなので、神力を使って元素を扱うことに長けていると思いますが、我々のようにそうではないものもいます。ですが我々はそれを苦手とする代わりに、神力や魔力をそのまま放出することに長けています。それが"気"です」

「神力や魔力をそのまま放出?」

「例えば水の触媒に神力や魔力を流して水を出しますよね。"神力や魔力を流す"ということは、"神力や魔力をそのまま放出する"ということであり、それがすなわち"気を放出する"ということです」

「なるほど。神力を使って元素を扱うことに長けているか、神力をそのまま放出することに長けているかの違いってことか」

 その説明についてはわかりやすい。
 確かに神力をそのまま放出しろと言われても、私には触媒に流すくらいしかできないし。

「そうです。で、その"気"で何ができるかというと、殺気を上手く消したり、衝撃波を放ったり、剣に気を纏わせて岩を砕いたりできるのです」

「え、なにそれすごい」

「神術や魔術に長けている者ほど気を操ることは苦手だと聞きます。前衛と後衛のバランスが取れているとも言えますね。まぁ、あくまでも地族の話ではあるのですが」

「なるほどなぁ…」

 術を使えない人たちは気を扱えるから術師にも劣らないということか。そうでなくても術師は懐に入られれば弱いんだし、武に長けている者の方が分があるような気がするんだけど。まぁ、前衛と後衛の役割がはっきりしているってことかな。ゲームでもそうだもんね。

「天族や魔族には気も扱えて術にも長けている者なんて五万といるわ。術を使ってきたからと言って油断はだめよ」

 エレンが口を挟む。言っていることはわかるのだが、なぜ天族や魔族と戦うことが前提なのだろうか。

「天族や魔族は器用ってことだね。覚えておくよ」

 突っ込むとまたこじれそうなので曖昧に頷いておこう。エレンもそれ以上に何かを言うことはなかった。
 その後はまた前衛組で気について盛り上がっている。それに引き替え後衛組はあまり会話がない。もともとニコラは大人しいタイプだし、エレンとリーゼロッテはあまり話さない。私も別段話を振るようなタイプではないので自然と静かになってしまう。たまにニコラとエレンが何かを話しているが、大体が学校のことであった。

 夜、ニコラと2人きりの部屋。
 変に意識をしてしまって若干挙動不審だ。当たり前だがニコラはそんなことには気づいていないようで、穏やかに過ごしていた。

「ねぇ、シエル。明日はどうするの?」

 ニコラが聞いてくる。ニコラはかっこいいというよりは可愛い系の男子で、常に自信なさげになよなよしているけれど顔は悪くない。もう少し凛々しくしていれば女子からモテそうだ。

「特に何も考えてないよ。やることもないし、寝てようかな?」

 引きこもりだった私には1日部屋で寝ていることなんて造作もない。

「もしよかったらなんだけど…明日ちょっと術の練習に付き合ってくれない?」

 言いづらそうに切り出した。付き合ってと言われて何をすればいいのかわからないけれど、これから3か月共に過ごすわけだから親睦は深めておこう。

「うん、いいよ」

「本当?ありがとう!僕、風と地を使えるんだけど地の術が苦手で…シエルここに来るまでメインで地の神術使ってたよね?だからコツとか聞きたくて…」

 なるほど。確かにニコラは道中、水の神術をメインとして使っていた。私は使い勝手の良さからよく地の神術を使っていたので、それを見て声をかけてきたのか。

「じゃあ明日は特訓だね」

「うん、ありがとうシエル」

 そう言って笑うニコラは非常に可愛らしい。この3班の男子、目の保養になっていいな!
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