わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―

島崎 紗都子

文字の大きさ
16 / 59
第1章 わたしの師匠になってください!

お師匠様とデート? 3

しおりを挟む
 店を出てすぐ、道ばたでアクセサリーを売っている露店でツェツイはふと足を止めた。きれいに並べられた指輪や首飾りの中から、薄紅色の桜の花をかたどった髪留めに目をとめる。
「似合うんじゃねえ? 買ってやるぞ」
 背後からイェンがのぞき込み、ツェツイの視線の先の桜の髪留めに手を伸ばす。
「違います! そんなつもりじゃ……でも……」
 ツェツイは慌てて手を振り、肩越しにイェンを振り返る。
「でも?」
「もし、あたしが〝灯〟の所属試験に合格できたらお祝いに贈ってくれますか?」
「もし、じゃねえだろ? もっと自分に自信を持て。って、同じ事を言われただろ?」
 ツェツイは笑ってそうですね、と答え、え? と目を見開きイェンを見上げる。
「どうして」
 確かに、お師匠様の家に来た初日、しおれかけたすみれの花を前にして落ち込んでいた自分に、アリーセさんは自信を持ちなさいと言って、魔術のお手本を見せてくれた。
「お師匠様は知っていたのですか? でも、あの時部屋にいたのは、あたしとアリーセさんだけだった……」
 しかし、イェンはさあな、と笑ってごまかすだけ。
「それに、おまえが魔道士になったら、もっといいもんくれてやるよ」
「もっといいもの? それは何ですか?」
「今はまだ秘密だ」
「秘密? そう言われるとすごく気になります! 全然、想像つかないです。何なんですか? 意地悪しないで教えてください」
 意味ありげに笑うイェンの袖を引っ張り、ツェツイはせがむような目で見上げる。
 けれど、イェンは目を細め笑うだけであった。
 その後も町を見て回り、家へと戻る途中〝灯〟の裏庭へと寄った。
「ヒナたち元気に育ってるかな?」
 ツェツイは木の上を仰ぎ見る。
 すると突然、イェンは木に登り手を伸ばしてきた。
 一瞬驚いたツェツイだが、すぐに大きくうなずいてイェンの手をとる。
 軽々と引き上げられ、枝にしがみつく。
 首を伸ばし、そっと巣の中をのぞき込むと、二羽のヒナが揃って口を大きく開け鳴いていた。
「かわいい。こんなに大きくなったんだ」
「もうすぐ巣立つかもな」
 耳元に声が落ちツェツイはびくりと肩を跳ねた。
 頬が熱くて心臓がどきどきする。背後にいるイェンの顔をまともに見られなくて、振り返ることもためらわれた。
 木から落ちないようにと、背後から伸ばされたイェンの手がお腹に回されている。
 心臓のどきどきがばれてしまわないだろうかと、はらはらしていたその時、さわりと心地よい風が吹いた。
 揺れる髪を押さえ、ツェツイはそろりと視線を上げる。
 目に飛び込んできた光景に息を飲む。
 鮮やかな橙色の夕日が輪郭を滲ませ、空を雲を町並みを染め、ゆっくりとその姿を落としていく。
 うっすらと宵闇に染まっていく空に星が煌めき始めた。
 いつも見慣れた町並みが、まるで違った景色に見えて不思議な感覚にとらわれる。
「きれいな夕焼け」
 こんな素敵な景色を見るのはいつ以来だろうか。少なくとも母が亡くなってからはそんな余裕はなかったような気がする。
 生活のために働くことに必死で、学校の勉強も遅れをとりたくないと教科書にかじりついて、こうして顔を上げて周りの景色に目を向けることなどなかった。
『下なんか向いてても何もいいことねえぞ』
 お師匠様の言葉が脳裏を過ぎる。
「あたし……全然、余裕がなかったんだな」
 ツェツイはまぶたを伏せた。
 しらずしらず、涙があふれた。
 その時であった。
「おい、あんなとこに万年初級、落ちこぼれの無能魔道士イェンと、薄汚いがきがいるぞ。相変わらずすることがなくて暇そうだな。何やってんだ」
「何やってんでしょうね」
 見下ろすと、二人組の少年がこちらを指差し笑っていた。
 マルセルとルッツだ。
「バカは高いところが好きとか何とかって言うからな。何なら、一生そこにへばりついていればいいんだ」
「そうそう。君たちはずっとそこにいればいいのです」
 マルセルとルッツは声を上げて笑いながらその場から去っていった。
「あなたたち! ま、待ちなさい!」
 言い返してやろうと、身を乗り出しかけたツェツイだが、イェンに引き止められる。
「どうしてとめるのですか? だいたい、あの人たちは誰なんですか!」
「〝灯〟の魔道士だよ」
「あの人たちが? 〝灯〟の……」
「そ、俺よりも大先輩だ」
「……お師匠様はあんなこと言われて悔しくないのですか?」
「悔しい? 別に、悔しくも何とも思わねえよ」
 と、イェンは肩をすくめあっけらかんとした口調で言う。
「でも、お師匠様はほんとはすごい魔道士なのでしょう?」
「何故そう思う?」
「だって……」
「何度も言ってるだろ。あいつらの言うとおり、俺は万年初級、初歩の術も使えない無能魔道士だって。落ちこぼれで〝灯〟の笑いもの。それは事実だ」
 そんなの……と呟いて、ツェツイは唇を噛んだ。
「見返してやればいいのに」
 イェンはわずかに目を細め、ツェツイを見据える。
「おまえは魔術を手に入れたら、今と同じ事を思うのか? 見返してやればいいって」
 ツェツイははっとした顔になり、自分が言ったことに後悔してうなだれる。
「……ごめんなさい。お師匠様のことを悪く言われて、つい」
「二度とそんなことは口にするな」
 うなだれるツェツイの頭をイェンはくしゃりとなでた。
「おまえは意外に気の強いところがあるからな」
 それから無言で、夕日がすっかり沈みきるまで眺めていた。
 空が薄闇色に染まり、吹く風に冷たさが孕み始め、ツェツイは不意にぶるっと身体を震わせる。
「冷えてきたな。寒いか?」
 背後から抱きしめられたまま、頭をなでられる。
「大丈夫です」
「おまえは大丈夫としか言わねえな。ちゃんと自分の言いたいこと言わねえと損するぞ」
「平気です。ほんとうに」
「そのわりにはほっぺたが冷たいぞ。さて、帰るか。ここで風邪をひかれたら大変だ」
 軽やかに木から飛び降りたイェンは、ツェツイに降りてこいと両手を伸ばす。
「え? 無理です。こんな高いところから飛び降りたら、お師匠様の方が怪我しちゃいます。絶対押しつぶしてしまいます」
「心配すんな。しっかり受け止めてやる。俺を信じろ」
 お師匠様がそういうと、本当に大丈夫なような気がして。
 必ず受け止めてくれるような気がして。
 だから、思い切って木から飛び降りた。
 羽があったらいいのに。
 軽やかに身体が空に舞う羽があったら。
 そんなことを考えながら両手を大きく広げる。
「あれ?」
 落ちていく速度に逆らって、身体がふわりと軽く浮いたのは気のせいであろうか。
 けれど、そう思った瞬間にはしっかりとイェンの腕に抱きとめられた。
 今の感覚は何だろうと思う間もなく、イェンの首に腕を回してしがみついた。
「どうした? 怖かったか?」
 ツェツイは違うと首を振る。
 あたし、お師匠様の側にいたい。早く魔道士になって、お師匠様の側に並んで立ちたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~

☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた! 麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった! 「…面白い。明日もこれを作れ」 それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

『ラーメン屋の店主が異世界転生して最高の出汁探すってよ』

髙橋彼方
児童書・童話
一ノ瀬龍拓は新宿で行列の出来るラーメン屋『龍昇』を経営していた。 新たなラーメンを求めているある日、従業員に夢が叶うと有名な神社を教えてもらう。 龍拓は神頼みでもするかと神社に行くと、御祭神に異世界にある王国ロイアルワへ飛ばされてしまう。 果たして、ここには龍拓が求めるラーメンの食材はあるのだろうか……。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...