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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
禁忌の術 1
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「おい!」
腕を眼前にかかげ、燃えさかる炎の中ツェツイの姿を探した。
扉を開けてすぐに小さな居間。ツェツイの姿はない。
舐めるように炎がその手を伸ばしていく。
さらに奥の寝室へと向かうため足を踏み出した。
たいして広くもない家なのに、たちこめる煙と広がる炎で、思うように前へ進めない。それでも何とか奥の部屋へとたどり着いたイェンは、部屋の中央でうつぶせになって倒れているツェツイの姿を見つけた。
「ツェツイ!」
呼びかけるが返事はおろか、身動きすらしない。
「ツェツイ! 大丈夫か……おい、目を開けろ。ツェツイ!」
ツェツイの身を起こし、立てた片膝に小さな身体を寄りかからせる。
ツェツイの胸には双子たちから貰ったくまのぬいぐるみが大事そうに、まるで炎から守るように抱えられていた。
少々乱暴に頬を叩くと、小刻みにまぶたを震わせツェツイが目を開けた。
「お師匠様……」
口を開いた瞬間、ツェツイは激しく咳き込む。
煙を吸い込み喉を痛めたのだろう。
イェンは左手でさっと空気を切り裂く。
すると、炎の熱さも煙も嘘のように引いていった。
いや、周りの状況は何も変わっていない。
イェンの張った結界が二人を見えない壁で包み込んだのだ。
「おまえ……何でこんな無茶をしやがった! 炎の中に飛び込んでいくバカがいるか!」
声を荒げるイェンに、ツェツイはびくりと肩を跳ね、震えながら小声でごめんなさい、を繰り返す。
両腕を伸ばし泣きながら首に抱きついてこようとしたツェツイだが、何故か思いとどまり腕をひっこめた。
「あたし……炎くらい消せると思ったんです。でも、家の中に飛び込んだ瞬間、怖くて震えてしまって……消そうと思っても、詠唱が何も……何一つ思い浮かばなくて、あたし、何もできなかった……」
咄嗟の危機に陥った時に、パニックになって適切な判断をくだせず、詠唱が口にできないことはよくあることだ。
詠唱を唱えられなければ魔術は使えない。
魔術が使えなければ、もしもの状況の時にはまったく意味がない。
「あたし、これ以上、大切なものを失いたくなくて、アリーセさんからいただいた服もこの子も」
この子と言って、ツェツイは腕の中のくまのぬいぐるみを抱きしめた。
「それに、お母さんとの思い出がつまったこの家まで失ったら、あたしの居場所がなくなると思って……」
そこでツェツイは首を振る。
「それに、もしこの家がなくなったら、ディナガウスに行かなくてはいけないような気がして。
いろんなことが頭の中をぐるぐると回って、本当にどうしていいのかわからなくなって……結局、お師匠様に迷惑をかけてしまっ……」
〝灯〟の魔道士として確かな地位を得てもまだ十歳の子ども。
嫌がらせを受け、さらに突然、遠くへ行けと言われて戸惑いや不安を感じていないわけがない。
そして、追い打ちをかけるように、自分の家が火事で燃え、居場所を失うと恐れるのもあたりまえのこと。
俺は、そんなこともわかってやれなかったのか。
ツェツイに思いを打ち明けられ困惑した。正直、ツェツイとは距離を置くべきなのかと迷った。
ツェツイのことは可愛いと思う。懐かれて嬉しい。大切にしたい。
けれど、それは弟子だからであって、どう考えても、たとえ、恋心を向けられたとしても、彼女を一人の女性として見ることはできなかった。
あまりにも年が違いすぎる。
あんた、少しばかり悩むことになるかもしれないよ。
以前、アリーセに言われたことを思い出す。
まさに、その通りになっちまったな。
それでも自分なりに出した答えは、これまでと変わらずツェツイの師匠として接すること。
だが、ディナガウスの件にしても、ツェツイの判断だからと決めつけず、もっと彼女と真剣に向き合って話を聞いてやるべきだった。
これじゃ、師匠として失格だ。だけど……。
「そんなことより命のほうが大事だろ!」
思わずツェツイを引き寄せ強く抱きしめた。
腕を眼前にかかげ、燃えさかる炎の中ツェツイの姿を探した。
扉を開けてすぐに小さな居間。ツェツイの姿はない。
舐めるように炎がその手を伸ばしていく。
さらに奥の寝室へと向かうため足を踏み出した。
たいして広くもない家なのに、たちこめる煙と広がる炎で、思うように前へ進めない。それでも何とか奥の部屋へとたどり着いたイェンは、部屋の中央でうつぶせになって倒れているツェツイの姿を見つけた。
「ツェツイ!」
呼びかけるが返事はおろか、身動きすらしない。
「ツェツイ! 大丈夫か……おい、目を開けろ。ツェツイ!」
ツェツイの身を起こし、立てた片膝に小さな身体を寄りかからせる。
ツェツイの胸には双子たちから貰ったくまのぬいぐるみが大事そうに、まるで炎から守るように抱えられていた。
少々乱暴に頬を叩くと、小刻みにまぶたを震わせツェツイが目を開けた。
「お師匠様……」
口を開いた瞬間、ツェツイは激しく咳き込む。
煙を吸い込み喉を痛めたのだろう。
イェンは左手でさっと空気を切り裂く。
すると、炎の熱さも煙も嘘のように引いていった。
いや、周りの状況は何も変わっていない。
イェンの張った結界が二人を見えない壁で包み込んだのだ。
「おまえ……何でこんな無茶をしやがった! 炎の中に飛び込んでいくバカがいるか!」
声を荒げるイェンに、ツェツイはびくりと肩を跳ね、震えながら小声でごめんなさい、を繰り返す。
両腕を伸ばし泣きながら首に抱きついてこようとしたツェツイだが、何故か思いとどまり腕をひっこめた。
「あたし……炎くらい消せると思ったんです。でも、家の中に飛び込んだ瞬間、怖くて震えてしまって……消そうと思っても、詠唱が何も……何一つ思い浮かばなくて、あたし、何もできなかった……」
咄嗟の危機に陥った時に、パニックになって適切な判断をくだせず、詠唱が口にできないことはよくあることだ。
詠唱を唱えられなければ魔術は使えない。
魔術が使えなければ、もしもの状況の時にはまったく意味がない。
「あたし、これ以上、大切なものを失いたくなくて、アリーセさんからいただいた服もこの子も」
この子と言って、ツェツイは腕の中のくまのぬいぐるみを抱きしめた。
「それに、お母さんとの思い出がつまったこの家まで失ったら、あたしの居場所がなくなると思って……」
そこでツェツイは首を振る。
「それに、もしこの家がなくなったら、ディナガウスに行かなくてはいけないような気がして。
いろんなことが頭の中をぐるぐると回って、本当にどうしていいのかわからなくなって……結局、お師匠様に迷惑をかけてしまっ……」
〝灯〟の魔道士として確かな地位を得てもまだ十歳の子ども。
嫌がらせを受け、さらに突然、遠くへ行けと言われて戸惑いや不安を感じていないわけがない。
そして、追い打ちをかけるように、自分の家が火事で燃え、居場所を失うと恐れるのもあたりまえのこと。
俺は、そんなこともわかってやれなかったのか。
ツェツイに思いを打ち明けられ困惑した。正直、ツェツイとは距離を置くべきなのかと迷った。
ツェツイのことは可愛いと思う。懐かれて嬉しい。大切にしたい。
けれど、それは弟子だからであって、どう考えても、たとえ、恋心を向けられたとしても、彼女を一人の女性として見ることはできなかった。
あまりにも年が違いすぎる。
あんた、少しばかり悩むことになるかもしれないよ。
以前、アリーセに言われたことを思い出す。
まさに、その通りになっちまったな。
それでも自分なりに出した答えは、これまでと変わらずツェツイの師匠として接すること。
だが、ディナガウスの件にしても、ツェツイの判断だからと決めつけず、もっと彼女と真剣に向き合って話を聞いてやるべきだった。
これじゃ、師匠として失格だ。だけど……。
「そんなことより命のほうが大事だろ!」
思わずツェツイを引き寄せ強く抱きしめた。
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