王子様と落ちこぼれ魔道士 へっぽこ無能だと思っていた魔道士が実は最強すぎた

島崎 紗都子

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第4章 雪山編

8 迫り来る雪崩 最大のピンチ!

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 雪山に入ってから二日目。
 計画通り、夕方には山頂の山小屋へ到着する予定となった。
 山小屋で一泊した後はひたすら下山するだけ。
 そこから先は、小雪山を挟んだガルテン王国の隣、ヴァシュヴィシュ王国となる。

「暖かい湯につかりたいものだ」
「私は温かいものが食べたいわ」
「僕は暖かいベッドで眠りたい」
「熱燗だな。それと……」

 イェンはこぶしを握りしめる。

「コケーー?」

「女だ。俺もう我慢の限界! ヴァシュヴィシュに着いたらこの押さえきれない欲望を……むぐっ」

 突然、口の中に雪の固まりを突っ込まれ、イェンは目を丸くする。
 もちろん、誰がやったかは言う必要もないだろう。

「ぺっ、冷たい、何すんだよ!」

 蔑みの眼差しで、エーファが再び一握りの雪をつかむ。

「今のはあきらかにイェンが悪いからね」

 同情の余地なしと、イヴンが目角を立てる。

「俺は自分に正直に、あるがまま、思うがままに生きているだけだ。それの何が悪い」
「けだものめ」
「イェンは下品すぎるんだよ。それに、自分に正直すぎだよ」
「うるせえよ。処女と童貞に言われたかねえ」

 今の一言はまずかった。
 エーファは頬を引きつらせ、腰の剣に手を伸ばす。
 それを止めたのは、リプリーの不安げに揺れる声だった。

「ねえ、何? この地響き」
「地響き? 言われてみれば」

 エーファは辺りを見渡した。
 確かに、足下に重い振動が伝わってくる。

「地震?」
「ち、違うよ……あれを、見て……」

 震える手でイヴンは前方を指さした。
 差したその先、斜面の上から雪崩が急下降でこちらに迫ってくる。

「うそ……あれに巻き込まれたら」

 驚愕に目を見開き、リプリーは口元に両手をあてた。

「ま、助からねえな」

 あっけらかんとした口調でイェンは肩をすくめ、おもむろに、持参してきた酒を飲む。
 こんな時に、酒など飲んでいる場合かと咎める者はいない。
 皆、それどころではないようだ。

「コケーッコケーッ!」

 イェンの頭上でヤンがせわしなく羽を動かしている。

「逃げようにも、これでは逃げ場がない。
「ねえ! あそこに人影が見えるのは私の気のせい?」

 リプリーは目をこすり、再び前方に視線を凝らした。
 他の三人も首を前に突き出し、目を細める。
 雪崩から逃げるように斜面を下降してくる四つの人影。
 まさか、とイヴンたちは声をつまらせた。

 その人影は丸太をソリがわりに、直滑降してくる四人の男たちの姿であった。
 なぜここに? という疑問より、よく丸太から振り落とされないものだと不思議に思う。
 彼らもそれだけ必死なのであろう。
 その姿が間抜けだと、イェンは腹を抱えて笑い出した。

「こんな時に笑っていられる貴様の図太い神経が羨ましい」

 エーファは緩く首を振った。

「だってあれ、どう考えたってあり得ねえだろ」

 丸太に乗っている男たちを指さし、イェンは笑いすぎて目に涙さえ浮かべている。

「貴様はなぜそう平気でいられる!」
「何? 落ち込んだり、怒鳴ったり」

 イェンは肩をすくめるが、こらえきれずにぷっ、と吹き出し再び笑い出す。
 その間にも急激な勢いで雪崩が迫ってくる。

「リプリー! 風の精霊を喚んでイヴンと二人で逃げなさい!」

 厳しい声で言い放つエーファに頷き、リプリーは強ばった表情で両手を頭上にかかげた。けれど、いつまで待っても詠唱の言葉が出てこない。
 見ればリプリーは足を震わせ、今にも泣きそうな顔をしている。

「何をしている! 早くしなさい!」

 急かすエーファの声が、リプリーにプレッシャーをかける。
 それがかえってリプリーを混乱させた。

「そんなに焦らせたらかわいそうだろ」

 リプリーは目に涙を浮かべ、イェンを見上げた。

「できない……私の力ではみんなを助けるのは無理。私たちここで、し……」

 その先のリプリーの言葉を遮るように、イェンは人差し指をリプリーの唇にあてた。

「ま、ひよっこにはちと荷が重すぎるか」

 仕方がねえな、と肩をすくめるイェンの両腕に、突然エーファが涙を浮かべてすがりつく。

「お願いだ! この子たちを助けて。この通りだから。あんた魔道士だろう?」
「へっぽこだけどな」

 ここぞとばかりに言い返すイェンの言葉に、エーファは首を横に振る。

「頼む。もし、リプリーに何かあったら私は……私は……」

 エーファはその場に崩れ、ひざまずいてイェンの足下に泣きすがる。
 口調はしっかりしているが、どうやらこちらも恐慌状態に陥っているようだ。

「この程度で……」
「この状況がこの程度だとっ!」

 声を荒らげるエーファに、イェンはやれやれと肩をすくめた。

「おいおい、あんたが取り乱してどうすんだよ。そこのひよっこが、ますます不安になるだろ」

 見ればリプリーは雪の上に座り込み、何度もごめんなさいと、泣きじゃくっている。
 もはや、リプリーの魔術でこの危機を切り抜けるのは期待できそうにもない。

「何でもするから、お願いだ……」

 腕を組み、イェンは目を細めて足元のエーファを見下ろした。

「へえ。何でも? 俺にそんなこと言っちゃっていいのか?」

 雪崩はもう間近。
 前方を見据えていたイヴンはぐっと手を握りしめ、イェンを振り返る。

「イェン!」

 厳しいイヴンの声がイェンに放たれる。
 それが合図だった。

「ち、分かってるよ」

 軽く舌打ち一つ。
 イェンは颯と足を前に踏み出し、泣き崩れるエーファの脇を通り過ぎる。
 斜面上空を振り仰ぎ、右手を空高くあげた。
 その口元には不敵な笑み。
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