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第5章 危機一髪皇帝暗殺を阻止せよ
7 皇太后の元へ
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「芙答応さま、どうぞこちらへ」
陛下暗殺事件から一ヶ月がたった。
毒によって一時は危うい状態であった赦鶯陛下も、傷もほぼ完治し、毒も抜け、誰かの手を借りなくても自力で歩けるようになった。
元々、武術で鍛えていたので体力もあり丈夫だった。
そのおかげで回復も早かったのだろう。さらに、赦鶯陛下の居室は、現在聖域に近い状態だ。
それもこれも蓮花が部屋に巣くっていた亡霊どもを取り除いたおかげ。
それもあり、良い気が巡り、治りも早かった。
この日蓮花は、皇太后の体調が思わしくないと聞き、お見舞いにやって来た。
皇太后とはあまり面識はない。
もしかしたら門前払いをされるかと思ったが、意外にもあっさりと宮殿の中に入れてもらえた。
侍女によって寝室に案内される。
体調の思わしくない皇太后は寝台の背に寄りかかりながら休んでいた。
蓮花は眉根を寄せた。
なぜなら、皇太后の周りに黒い靄のようなものがまとわりついているのが視えたからだ。もちろん、よくないもの。
呪詛の気配を感じた。
何者かが皇太后に呪いをかけているのだ。これでは、体調が悪くなるのも当然だ。これらを散らして術者に跳ね返してしまえば、皇太后も元気を取り戻すだろう。
何より皇太后はまだ若いのだから。
「皇太后さまに拝謁いたします」
蓮花は恐る恐る顔をあげ、皇太后の身体の具合を尋ねる。
「体調はいかがですか? あまりよくないと聞き心配になってお見舞いに来ました」
「この通りよ。年には勝てないものね。日に日に身体が弱っていくのを感じるわ。起き上がるのも辛い状態」
「あたしにやらせてください」
蓮花は侍女の手から薬湯の入った器を受け取った。
「皇太后さま、お薬をお飲みになってください。少しでも元気になってくださらないと、陛下も悲しみます」
薬湯をすくい、皇太后の口元に持っていく。
皇太后に薬湯を飲ませながら、蓮花は心の中で経を唱えた。
呪詛を跳ね返す経だ。
皇太后にまとわりつくものよ、消え去れ!
蓮花の経によって、皇太后に絡みついていた呪詛の塊が散り散りになり、まるでこの場から逃げ出すように消えてしまった。
あらためて皇太后の様子を窺うため、蓮花は相手の顔を窺う。
今まで黒い靄に覆われ、はっきりと見えなかったが、呪詛を祓ったことにより、改めて皇太后の顔貌を見て蓮花は目を見張らせた。
美しい女性であった。年をとったといってもまだ四十代。まるで若い娘のようにきめ細やかな肌は、しっとりとしていて、髪もまだ黒く繻子のように艶やかだ。
皇太后は美容マニアだと、侍女の華雪が教えてくれたのは本当であった。
蓮花は側にいる華雪を見やる。すかさず、華雪は小さな入れ物を差し出してきた。
「皇太后さま、あたし、すごくいいものを持ってきたんです。きっと喜んでくださるんじゃないかと思って」
そう言って、蓮花は華雪からその小さな入れ物を受け取ると、蓋をあけた。すると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。中身は真っ白な粉だ。
「神仙玉女粉です。かの女帝も愛用したという肌に栄養を与える益母草を用いた粉の美容液。そして、こちらは口紅です」
蓮花は容器の中身を皇太后に見せた。
「この口紅に含まれるハナモツヤクノキは、血液を活性化し、うっ血を取り除く効果があるんです。長期間使用すると、唇の色をよりバラ色に変化させるんですよ」
神仙玉女粉を皇太后の手にすり込む。
「あと、これは金銀花で作った化粧水です。これをたっぷり肌に塗ると、しっとりもちもちの肌になります」
皇太后は美容に関心があると華雪から聞き、恵医師と一緒に化粧水などを作ったのだ。
どうやら効果は大だ。
その証拠に皇太后の口元に嬉しそうな笑みが広がっていく。
蓮花はちらりと侍女の華雪を見て親指を立てる。
ありがとう、華雪!
どういたしましてと、華雪は片目をつむった。
「あの……」
口を開いた蓮花を、皇太后は手をあげとどめる。
「分かってるわ。笙鈴のことでしょう?」
やはり皇太后は、蓮花がここに来た理由を分かっていた。
「はい……」
蓮花は素直に認めた。
「正直ね。この偽りばかりの後宮で、おまえの素直さは新鮮に思えるわ」
「すみません」
「あやまらなくていいのよ。そう、おまえの母、笙鈴は今どうしているの?」
皇太后の問いに蓮花ははやる胸の鼓動を押さえた。まさか、この後宮で母のことを聞けるとは思いもしなかったから。
だが、皇太后は母が亡くなったことを知らなかった。
「母は一年前に、亡くなりました。殺されたんです」
皇太后は驚いたように目を見開いた。
その顔は本当に衝撃を受けたという表情であった。
陛下暗殺事件から一ヶ月がたった。
毒によって一時は危うい状態であった赦鶯陛下も、傷もほぼ完治し、毒も抜け、誰かの手を借りなくても自力で歩けるようになった。
元々、武術で鍛えていたので体力もあり丈夫だった。
そのおかげで回復も早かったのだろう。さらに、赦鶯陛下の居室は、現在聖域に近い状態だ。
それもこれも蓮花が部屋に巣くっていた亡霊どもを取り除いたおかげ。
それもあり、良い気が巡り、治りも早かった。
この日蓮花は、皇太后の体調が思わしくないと聞き、お見舞いにやって来た。
皇太后とはあまり面識はない。
もしかしたら門前払いをされるかと思ったが、意外にもあっさりと宮殿の中に入れてもらえた。
侍女によって寝室に案内される。
体調の思わしくない皇太后は寝台の背に寄りかかりながら休んでいた。
蓮花は眉根を寄せた。
なぜなら、皇太后の周りに黒い靄のようなものがまとわりついているのが視えたからだ。もちろん、よくないもの。
呪詛の気配を感じた。
何者かが皇太后に呪いをかけているのだ。これでは、体調が悪くなるのも当然だ。これらを散らして術者に跳ね返してしまえば、皇太后も元気を取り戻すだろう。
何より皇太后はまだ若いのだから。
「皇太后さまに拝謁いたします」
蓮花は恐る恐る顔をあげ、皇太后の身体の具合を尋ねる。
「体調はいかがですか? あまりよくないと聞き心配になってお見舞いに来ました」
「この通りよ。年には勝てないものね。日に日に身体が弱っていくのを感じるわ。起き上がるのも辛い状態」
「あたしにやらせてください」
蓮花は侍女の手から薬湯の入った器を受け取った。
「皇太后さま、お薬をお飲みになってください。少しでも元気になってくださらないと、陛下も悲しみます」
薬湯をすくい、皇太后の口元に持っていく。
皇太后に薬湯を飲ませながら、蓮花は心の中で経を唱えた。
呪詛を跳ね返す経だ。
皇太后にまとわりつくものよ、消え去れ!
蓮花の経によって、皇太后に絡みついていた呪詛の塊が散り散りになり、まるでこの場から逃げ出すように消えてしまった。
あらためて皇太后の様子を窺うため、蓮花は相手の顔を窺う。
今まで黒い靄に覆われ、はっきりと見えなかったが、呪詛を祓ったことにより、改めて皇太后の顔貌を見て蓮花は目を見張らせた。
美しい女性であった。年をとったといってもまだ四十代。まるで若い娘のようにきめ細やかな肌は、しっとりとしていて、髪もまだ黒く繻子のように艶やかだ。
皇太后は美容マニアだと、侍女の華雪が教えてくれたのは本当であった。
蓮花は側にいる華雪を見やる。すかさず、華雪は小さな入れ物を差し出してきた。
「皇太后さま、あたし、すごくいいものを持ってきたんです。きっと喜んでくださるんじゃないかと思って」
そう言って、蓮花は華雪からその小さな入れ物を受け取ると、蓋をあけた。すると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。中身は真っ白な粉だ。
「神仙玉女粉です。かの女帝も愛用したという肌に栄養を与える益母草を用いた粉の美容液。そして、こちらは口紅です」
蓮花は容器の中身を皇太后に見せた。
「この口紅に含まれるハナモツヤクノキは、血液を活性化し、うっ血を取り除く効果があるんです。長期間使用すると、唇の色をよりバラ色に変化させるんですよ」
神仙玉女粉を皇太后の手にすり込む。
「あと、これは金銀花で作った化粧水です。これをたっぷり肌に塗ると、しっとりもちもちの肌になります」
皇太后は美容に関心があると華雪から聞き、恵医師と一緒に化粧水などを作ったのだ。
どうやら効果は大だ。
その証拠に皇太后の口元に嬉しそうな笑みが広がっていく。
蓮花はちらりと侍女の華雪を見て親指を立てる。
ありがとう、華雪!
どういたしましてと、華雪は片目をつむった。
「あの……」
口を開いた蓮花を、皇太后は手をあげとどめる。
「分かってるわ。笙鈴のことでしょう?」
やはり皇太后は、蓮花がここに来た理由を分かっていた。
「はい……」
蓮花は素直に認めた。
「正直ね。この偽りばかりの後宮で、おまえの素直さは新鮮に思えるわ」
「すみません」
「あやまらなくていいのよ。そう、おまえの母、笙鈴は今どうしているの?」
皇太后の問いに蓮花ははやる胸の鼓動を押さえた。まさか、この後宮で母のことを聞けるとは思いもしなかったから。
だが、皇太后は母が亡くなったことを知らなかった。
「母は一年前に、亡くなりました。殺されたんです」
皇太后は驚いたように目を見開いた。
その顔は本当に衝撃を受けたという表情であった。
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