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異端審問2

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 ゼロに対する審問が開始された。
 取り調べを行うのはトルシア、イフエール、シーグル各教の司祭が担当した。

「出生は?」
「知りません」
「家族は居るのか?」
「いません」
「貴様は誰から死霊術を学んだ?」
「師匠です」
「師匠とは誰だ?名は?」
「知りません。師匠は師匠です」
「その師匠はどこに居る?」
「知りません」
「なぜネクロマンサーなどになった?」
「他に生きる道を知りません」
「貴様は死者を弄ぶ許されざる行為を行っている自覚はあるのか?」
「私は死者を弄んでいるわけではありません」

 何を聞いても答えはするものの必要以上に答えないゼロの態度に司祭達も取り調べの主導権を握れずにいた。

「風の都市で起きた落盤は貴様の企みであるとの疑いがあるが?」
「違います」
「それを証明できるか?」
「できません。違いますとの答えのみです」
「それでは何の証明にもならないではないか?」
「逆に私の企みだった証拠を示してください」
「多くの者の証言がある」
「具体的には?」
「ネクロマンサーがあの落盤を起こしたとのことだ」
「ですから具体的に私が何をしたのですか?それを見た人がいるのですか?」
「あのような厄災を起こすような者は貴様しかおらぬであろう」
「私が厄災を起こして何の得がありますか?」
「我々に貴様の邪悪な考えなど分かるわけがなかろう」
「つまり、私があの事故を発生させた証拠も、その方法も、原因も分からないのですね?」
「だから貴様を取り調べているのだ。貴様しかしらない事実があるはずだ。何を企んでいる?」
「別に何もありません。私しか知らない事実というならば、私はあの日は現場から離れた自宅に居ました。事故の知らせを聞いて初めて現場に行きました」
「そんな証言は信用できない」
「でしたら信用できる証拠を示してください。あなた方も何も具体的な証拠を示していないではありませんか」

 司祭達は徐々に苛立ってくる。

「そもそも死霊術などを生業としているから疑われるのだろう」
「死霊術師は認められた冒険者職です。それ自体は法に触れていません」
「法以前に汚れある許されざる行為だ」
「倫理に反することは理解しています。しかし、それだけで捕縛される理由にはならないはずです。法や倫理を論ずるならば私が拘束されている法的根拠を説明してください」
「多少は超法規的措置を取ったかも知れない。ただ、我々は君に改心する機会を与えているのだ」
「私に改めなければならないことはありません」

 ゼロの取り調べは休みなく続けられた。
 ゼロの答えは司祭達の神経を逆撫でするに十分な内容であったが、ゼロは質問に対して真剣に答えているだけなので余計にたちが悪かった。


 その頃、聖務院の正門前を訪れたレナは正面切ってゼロとの面会を申し入れた。

「面会など許可できぬよ」

 応対した聖務院の役人は面会を拒絶した。

「なぜですか?この国では拘束された犯罪者でも外部との面会の権利は保証されているはずです。そもそも彼は何の法も犯していません。面会を拒絶する理由は無いはずです」
「何と言われようと面会は許可できない」
「国家機関である聖務院が法で定められた権利を阻害するのですか?」
「面会が許可されない理由は私は知らされていない」
「だったらその理由を知る人に取りついで下さい」
「その必要もなければ取りつがなければならない理由もない。何を言っても無駄だ。帰れ」

 にべもなく追い出されたレナだが、面会できないのは想定済みだった。
 聖務院の内部を少しでも把握しようと偵察目的で面会を申し込んだだけだったのだから。
 聖務院の敷地から外に出たレナは通りから外周を巡り侵入できそうな場所を探していた。
 目立たないように通行人に紛れていたレナだったが

「無駄ですわよ」

 突然背後から声をかけられて身動きができなくなった。
 振り向くこともできない。
 拘束されたわけでも武器を突きつけられたわけでもない。
 ただ背後から若い女に声をかけられただけである。
 しかし、背後から漂う殺気が尋常ではない。
 それだけでレナは全身に冷や汗が浮かんで動けなくなった。

「中に忍び込もうなんて、余計なことは考えないでくださいまし。あまつさえ彼を助けようだなんて」

 レナは本能的な恐怖を感じて答えることもままならない。

「悪いことはいいません。彼のことは諦めて大人しくしていることですわ」
「・・・嫌よ」

 レナの精一杯の虚勢に背後に立つその人物はコロコロと笑った。

「あら、よく声が出せたわね。勇ましいこと。でも、貴女が何をしても無駄ですわよ。むしろ彼を悲しませる結果になるのではなくて?」
「大きなお世話よ」
「本当に勇ましい。でも忠告はしましたわよ」

 言い残すとその女は殺気を消して人混みの中に姿を消した。
 レナは最後まで振り向くことができなかった。


 王都でゼロが拘束されて取り調べを受けていたその時、とある貴族の屋敷の執務室で当主である貴族とその執事が向きあっていた。

「突然休暇が欲しいとのことですが?」
「はい、直ぐにでも為さねばならない事態が発生しまして、暫くお暇を頂戴したく存じます」

 年若い当主、セシル・エルフォードはため息をついた。

「つまり、貴方はゼロ様を助けに行きたいのですね?マイルズ」
「・・・」
「隠しても無駄です。風の都市に派遣している衛士からゼロ様が拘束されたとの知らせが来たのでしょう?」
「申し訳ありません。ただ、友の窮地とあらば黙っているわけにはまいりません。当家の名を汚すようなことは行いませんのでご容赦いただきたいのです」

 セシルは首を振った。

「ダメです」
「しかし!なんでしたら私をお見限りしていただいても結構ですので」
「そうではありませんマイルズ。貴方は友の窮地を救いたい一心なのでしょうが、今回の件は我がエルフォード家の恩人の窮地でもあるのです。貴方1人に任せるわけにはいかないのですよ」

 セシルは決意を秘めた表情でマイルズを見た。

「此度の件、エルフォード家を上げて対処します。恩人のためなら聖務院にケンカを売ることも吝かではありません。必ずやゼロ様をお救いしますよ」

 マイルズは深く頭を垂れた。
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