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異端審問3

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 ゼロの審問が始まって3日、審問に当たっている司祭達は取り調べ後の部屋で頭を抱えていた。
 聖務院上層部からはゼロをきつく取り調べ、改心させてネクロマンサーを辞めさせるか、それが無理ならば何らかの罪状をもって投獄するように指示されている。
 更に最終手段としてゼロの抹殺の選択肢まで仄めかされていた。
 それなのに、この3日間の審問の結果、ゼロはネクロマンサーを辞める気配はない。
 更に何らかの罪状での投獄についても、そもそもゼロを拘束したこと自体が言いがかりにも等しい事実であり、その後の調査でもゼロの冒険者としての仕事ぶりは極めて優秀であり、法に触れるようなことがなかった。
 数年前にゼロがギルドからの依頼の最中に他の冒険者を殺傷した記録があり、その事実をもって罪に問おうとしたが、その記録を精査し、強制労働の刑に服している元冒険者から聞き取りを行い、その元冒険者に刑の軽減をちらつかせてみてもゼロを処断する材料は得られなかった。
 それどころか風の都市の冒険者ギルドからは

「ギルドの業務に支障があるから早急にゼロを解放しろ」

との催促が来ており、加えて風の都市の水道局から正式なルートでの抗議と苦情が来ていた。

「いっそのこと抹殺するか?」

 トルシア司祭が提案するが、イフエール司祭が首を振った。

「それも危険だ。実は魔導院からも今回のネクロマンサーの拘束についての文書が来ている」
「魔導院が何を?」
「上位のネクロマンサーは貴重だから審問が終了したら身柄を引き渡してほしいとのことだ。学術研究の助言が欲しいと言っているが、そんなのは建前で、実際には我等に対する牽制だろうよ」
「なぜ魔導院が我等を牽制する?」
「それについては特務兵から報告が上がっている。風の都市の冒険者の魔術師が嗅ぎまわっているようだ」
「忌々しい。いっそのことその魔術師を先に排除してはどうだ?」

 シーグル司祭が提案した。
 トルシア、イフエール司祭が検討したが、トルシア司祭が首を振った。

「今は放置しておこう。上手く利用すればネクロマンサーを抹殺するきっかけになるやもしれん」
「何か案があるのか?」
「うむ・・・」

 トルシア司祭の策を聞いた他の2人が同意し、その準備が完了するまで当面は審問を長引かせて時間を稼ぐことにした。

 翌日、ゼロの審問は変わらずに続けられた。

「貴様はネクロマンサーを辞めるつもりはないのか?」
「ありません」
「何故だ?何の得にもならず、報われないではないか」
「私は損得で死霊術師をしているわけではありません」
「それにしてもだ、人々に軽蔑されるだけではないか?」
「他人に何と思われようとも私には関係のないことです」
「他にも生きる道はあろう?死霊術と手を切れば貴様を解放してもよいのだぞ?」
「私の人生は彼等と共にあります。何と言われようと死霊術師を辞めるつもりはありません」

 連日の審問で繰り返された問答だが、ゼロの答えは全くブレなかった。

「何が貴様をここまで頑なにするのだ?」
「私は死霊術師である自分に誇りを持っています。その誇りを捨てるつもりはありません」
「他人に蔑まれることの何が誇りだ!」
「私は私の評価を他人に委ねるつもりはありません」

 この日も何の進展も無いまま時間だけが過ぎて夕刻になり、審問を終えたのだった。

 レナは何ら成果を得られないまま歯がゆい思いを募らせていた。
 謎の接触者の一件で自分が監視されていて聖務院に侵入しての救出は不可能であることを思い知らされた。
 その一件以来、情報収集に徹しているものの、得られる情報は皆無だった。
 唯一魔導院の賢者からゼロが無事であることの情報は得られているが、魔導院が牽制のためにゼロの身柄の引き渡しを求めているものの、審問が終わっていないと拒否されている状況であった。
 そんなレナの下に1つの情報が舞い込んできた。
 曰く、近日中に聖務院に拘束されているネクロマンサーがトルシア教総本山に移送されるとの内容だ。
 この情報は聖務院の調査を行っていた際にレナが滞在している宿の部屋に投げ込まれていた。
 その情報を鵜呑みにするほどレナは愚かではない、当然ながら罠であることは分かる。
 情報の提供者もレナが罠だと看破した上で乗ってくるのを狙って誘っているのだろう。
 しかしながら、罠であってもレナを誘い込むためにゼロの移送は本当に行われる筈だ。
 罠であると分かっていてもこれは大きなチャンスである。
 トルシア総本山は王都の北の険しい山にあり、移送となれば当然馬車で行われる。
 王都を出た後の開けた場所であればレナも魔法を存分に使える。
 おそらくは先の接触者が介入してくるだろうが、魔法戦に持ち込めれば勝機はあり、ゼロの救出の可能性も高まる。
 聖務院にかけられた疑惑は解消されないが、救出した後に魔導院に逃げ込めばどうとでもなる。
 そこから不当な弾圧に対する手を打てばいい。
 最悪の場合はゼロを連れて国外に逃れればいいのだ。
 ゼロはネクロマンサーとしての生き様に誇りを持ち、その一点だけは絶対に譲ることはない。
 なればこそ、この国に留まることに固執しないだろう。
 ゼロと自分の能力ならば他国に逃れてもまた冒険者として生きていける。
 シーナとの約束もあるから他国に逃れるのは最後の手段だとしても、レナはその選択をすることに躊躇はない。
 レナは敢えて罠の中に飛び込むことを決断した。
 この選択を含めて全ては相手のシナリオの内だろう、そんな事は百も承知である。

「見ていなさい、私のことを手のひらの上で転がしているつもりでしょうが、私はそんなに甘くはないわよ。大火傷をさせてあげるわ」

 レナは宿を引き払って姿を眩ませた。
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