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2回戦 マイルズとの決戦

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 控え室でマイルズとの戦いに備えて準備するゼロだが、今日は剣だけを装備し、鎖鎌は持っていない。
 約束したわけではないが、マイルズも剣のみを携えて出てくるだろう。
 剣と剣、真正面からの真っ向勝負を挑むつもりだった。
 その様子にレナとシーナは一言も発することはなく、静かに見守っていた。
 準備を終えたゼロが立ち上がる。

 丁度その頃、別の控え室でもマイルズが準備を終えていた。
 プレイトメイルを身に纏うマイルズはゼロと同じように剣のみを装備していた。
 室内にはセシルとメイド長がいる。

「マイルズ、いよいよゼロ様との決戦ですね?」

 セシルの声にマイルズは静かに笑みを浮かべた。

「セシル様、私の我が儘を聞き入れてくださいましてありがとうございます」
「いいのですよ、私も楽しみにしているのですから。思い切り楽しんできてください」

 2人のやり取りを聞いているメイド長も笑う。

「本当に、マイルズさんときたらゼロ様のこととなると我が儘になりますね。男の友情、ですか?私には理解できませんが、羨ましいものですね」

 メイド長の言葉にマイルズは照れ笑いを浮かべた。

「いいですか、マイルズ。エルフォード家の家名を背負って挑むのです。ゼロ様に勝ってくださいね?」

 そう話すセシルに膝をついて頭を垂れた後にマイルズは控え室を出る。
 奇しくもゼロが控え室を出たのと全く同じ時だった。
 ゼロも見送るレナとシーナを振り返る。

「戦うからには手加減なしです。勝てる気はしませんが、それでもマイルズさんには負けません」
「ゼロ殿の友、そしてエルフォード騎士の誇りにかけてゼロ殿に勝利してみせます!」

 2人はそれぞれの誇りを胸に友との戦いに挑むのであった。

 闘技大会3日目、会場は2回戦を前に多くの観客に埋め尽くされていた。
 その闘技場の横に設けられた壇上に立つ道化の衣装を身に纏った獣人の娘による試合前の前口上が流れる。
 動体視力に優れる獣人の彼女は試合の審判を兼ねているのだ。

「西の門から入場は、冒険者でも兵士でもない貴族に仕える執事。だからといって侮るなかれ、かつてはエルフォード騎士隊を率いていた正統なる騎士!その実力に些かの衰えはない。粘り強い引かない心、鉄壁の守りこそエルフォード騎士の本懐!友との対決を望み、再び剣を取りこの舞台に立つのはエルフォード家のガストン・マイルズ!」

 会場の歓声が一際盛り上がる。

「続いて東の門からは!彼が操るは背徳の死霊術!1回戦では大方の予想を裏切り大本命のミラーを倒した実力は本物か?未だその実力は未知数!そしてマイルズが焦がれた友との対決とは彼のこと!謎に包まれた漆黒の戦士、風の都市の冒険者、ネクロマンサーのゼロ!」

 ゼロが会場に立ち入るとブーイングと歓声が折り混ざる異様な雰囲気に変わった。
 マイルズに続いてゼロが闘技場に上がり、中央で2人は向き合うが2人の間に言葉はない。

「2回戦第1試合、マイルズ対ゼロの対決!何故に熱い友情で結ばれた2人は刃を合わせるのか!その理由を尋ねるのは無粋!男達の間に会話は無用!実力で語り合えばよい!さあ!試合開始です!」

 ゼロとマイルズは互いに剣を抜いた。
 ゼロは即座にスケルトンウォリアー20体を召喚した。
 全てが槍を装備している。
 召喚されたスケルトンウォリアーは散開して闘技場を囲むように佇立した。
 会場がどよめきとブーイングに包まれる。
 関係者用の観戦席で様子を見ていたシーナが首を傾げる。

「ゼロさん、剣だけで戦うつもりじゃなかったのでしょうか?」

 隣に座るレナは首を振った。

「あれはゼロの演出ですよ。ネクロマンサーとして出ているのだからアンデッドの一つも召喚しなければ盛り上がらないと思ったのでしょう」

 レナの言うとおりスケルトンウォリアーは闘技場の周囲に等間隔に並んで槍を立てている。
 まるで闘技場を守る衛兵のようだ。
 その禍々しい衛兵の守る闘技場の中央でゼロとマイルズは剣を構えたまま動かない。
 お互いに剣を正面に基本的な構えだ。
 しかし、その周囲はピリピリとした気に包まれている。
 それは闘気などという生易しいものではない、紛れもない殺気だった。
 2人は目の前の友を殺すつもりで立っている。
 会場を埋め尽くす数千の観客がその殺気に気圧されて静寂に包まれていた。
 ゼロとマイルズは剣を構えたまま微動だにせず、ただ時間が過ぎていくが、そのことには誰も気付かずに固唾を飲んで見ている。

 先に動いたのはマイルズだった。
 滑るように間合いを詰め、すくい上げるように剣を振り上げた。
 その刃を弾き上げたゼロがマイルズの首を目掛けて鋭い突きを繰り出せば、マイルズはその切っ先を紙一重で躱す。
 一瞬の間に数手斬り結び、再び間合いを取る。
 呼吸すらも忘れて見入っていた観客がため息をついた。
 互いの隙を探る2人、ゼロは剣を担ぐようにした斬撃の構え、マイルズは剣を引いた刺突の構えだ。

 ゼロが一足飛びに前に出る。
 担いだ剣を袈裟斬りに振り下ろす、狙いはマイルズの首筋だ。
 マイルズはゼロの喉元を狙っていた切っ先をゼロの剣筋に突き出してその軌道を逸らす。
 剣を逆手に持ち替えて身を翻すとゼロの胸目掛けて突きを繰り出すが、ゼロは咄嗟にマイルズを蹴り飛ばして距離を取る。

 再び間合いを取った2人だが、今度は双方同時に前に出て2度3度と剣をぶつけ合い激しく火花が散る。

「・・・・・・」

 シーナは両の手を口に当てたまま何も言うことができず、雰囲気に飲まれて涙を流している。
 シーナだけでない、観客の全てが2人の戦いに釘付けになり歓声もブーイングも上がらない。

「・・・ゼロ」

 レナもゼロから一瞬たりとも目を離さない。
 いかなる結果になろうともゼロの勝敗を見届けたいと思った。

 三度睨み合いになったゼロとマイルズ。
 ゼロは剣を腰の脇に回し次の手を読ませない構え、マイルズは正面に構えている。
 そして2人はじりじりと摺り足で間合いを詰めていく。
 あと数センチでお互いが一撃の間合いになる距離、マイルズが仕掛ける。
 突きを出すと見せかけて体勢を落とし、その脚でゼロの足元を狙う。
 完全にマイルズの術中に嵌まったゼロがその脚を刈り取られ、バランスを崩して倒れた。
 倒れたゼロの胸元を狙ってマイルズが剣を突き下ろす。

「ヒッ!」
「ゼロッ!」

 シーナが息を飲み、レナが声を上げた。
 会場の多くの者がマイルズの勝利を確信したが、そうはならなかった。
 マイルズの剣がゼロを貫く直前、ゼロは剣の柄頭で迫り来る剣を弾き返した。
 即座に体勢を立て直すゼロだが、マイルズが追撃をかける。
 そこから2人による真正面からの激しい斬り合いが始まった。
 その様子をセシルは観戦席から身を乗り出して見入っていた。

「マイルズ、凄い・・・」

 背後に控えるメイド長も頷く。

「本当に、あんなに楽しそうに」

 メイド長の言うとおり、闘技場の2人はまるで舞を舞っているようであり、それを楽しんでいるかのようだった。
 その上で双方が一歩も譲らない。
 お互い自らが認めた友を倒すため、友に自分の力を示すため、意地と意地のぶつかり合いだった。
 長いのか短いのか、見る者全てが時間の流れを忘れる中、決着の時が近づいていた。
 間合いを取り対峙する2人、ゼロは斬撃の構え、マイルズは刺突の構えだ。
 2人共に次の一手での決着を狙っている。

「ゼロ、勝って!」

 レナが勝利を信じ

「マイルズ、負けないで・・・」

 セシルが勝利を祈る。

 2人同時に動いた。
 双方が一直線に間合いを詰める。

ギンッ!!

 激しい金属音の後に2人は動きを止めた。
 ゼロの剣がマイルズの首筋で止まり、マイルズの手からは剣が離れて地に落ちている。

「参りました」

 マイルズが笑みを浮かべて静かに宣言する。
 決着の瞬間だった。
 一体何が起きたのか、その動きを目で追えた者は僅かで、大半の者が何が起きたのか分からなかった。
 2人が間合いを詰めた時、ゼロの斬撃よりも先に剣を突き出せる、そう確信したマイルズの剣をゼロの剣が叩き落とした。
 ゼロは最初からマイルズの刺突を迎撃することを狙っていたのだ。
 そしてマイルズの剣を叩き落とした剣の回転のまま身体を翻してマイルズの首目掛けて剣を振り下ろす。
 その刃がマイルズの首を捉える寸前に止めたのだった。

「勝負あり!風の都市のネクロマンサー、ゼロの勝利っ!」

 マイルズの声の後に高らかに宣言されたゼロの勝利、その直後、静まり返っていた会場が歓声に包まれた。
 それは勝利者ゼロ、敗者マイルズ、2人に送られた惜しみない歓声だった。
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