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ヘルムント・リッツ

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 ヘルムント・リッツはイフエールの神に仕える司祭であり、聖務院聖騎士団に所属する騎士の顔も持つ。
 また、非正規任務を請け負う聖務院特務兵でもある。
 厚い筋肉に包まれた巨漢の彼は果たしてどれが正職なのかといえば、本人に言わせると迷うことなくイフエール司祭だと答える。
 現にヘルムントは王都の片隅に自らの教会を持ち、そこで司祭として勤める傍らで孤児院を運営して人種に囚われずに身寄りのない子供達を育てている。
 彼の教会には人間だけでなく、獣人やシルバーエルフの子供もいる。
 彼自身は独身であり、聖騎士団や特務兵の任務で王都を離れることも多いが、彼を慕い、共に孤児院を運営するシスターによって支えられていた。
 彼が得る聖騎士の報酬の殆どが孤児院の運営に費やされ、身寄りのない子供達からは「お父さん」と慕われていた。

 そのヘルムントは現在大きな問題を抱えていた。
 ことの発端は数ヶ月前に遡るが、王都の冒険者ギルドで依頼を請け負った冒険者が行方不明になったことから始まった。
 冒険者が帰還しないこと自体は珍しいことではないが、その後も同じ依頼を受けた冒険者のパーティーが3組続けて帰還せず、問題が大きくなってきた。
 本来は聖務院が乗り出すような案件ではないが、行方不明になった冒険者の中に高位のシーグル司祭がいたことと依頼を出していたのが有力貴族だったこともあり、聖務院は事態の調査に特務兵を投入することを決めた。
 その任務の白羽の矢が立ったのがイザベラとアランの2人、実績も実力も十分な2人だったが、調査に向かったその2人までもが行方不明となったのだ。

 今回の事件でヘルムントには任務は下されていなかったが、義に厚い彼は知己のあるイザベラ達や冒険者の失踪について見過ごすことが出来なかった。
 武骨な性格でありながら柔軟な思考の持ち主であるヘルムントは行動に移ることとした。
 旅支度を整えた彼は見送る子供達を見下ろす。

「また暫くの間留守にするからシスターの言うことをよく聞くのだぞ。今回の旅先は風と水が綺麗で美味しい果物があると聞く。お土産を楽しみにしていなさい」
「はいっ!お父さん!」

 子供達は満面の笑みでヘルムントを見送り、共に見送る若いシスターはヘルムントの無事を祈った。
 王都を旅立ったヘルムントは西に向かって急いだのだった。


 風の都市の冒険者ギルドは午後の落ち着いた時間を迎えていた。
 ギルド内にいる冒険者も少なく、受付にいるシーナもお茶を飲みながら一息ついていた。
 シーナもギルドに長く勤めていて今では受付の責任者である受付主任を任されている。
 そうはいっても限られた人数で運営しているため主任といえど受付業務も担ううえ、カウンター全体に目を配らなければならないのだが、経験豊富な職員であるシーナにとっては難なくこなせる仕事である。
 本日の業務も順調、今日はゼロは姿を見せていないが2、3日休むと言っていたので少し寂しいが問題はない。
 最近はレナだけでなく双子のシルバーエルフと行動を共にすることが多いが、ゼロの交友関係が広がるのは良いことだと思う。

「でも、リズさん、エルフだけあって桁違いに綺麗なんですよね~。しかも、ゼロさんのこと・・・。ゼロさんの仲間が増えるのは良いのですが、ライバルが増えるのは困りますね・・・」

 他に聞かれない程度にため息をつく。
 そんなことを考えながらギルド内を見渡せば、入口から入ってくる人物を認めた。
 高位の司祭服に身を包んだ巨漢の男。
 シーナはその司祭に見覚えがあった。

「あの方は、たしか武闘会の決勝で。確かヘルムント・リッツさん。なぜ聖務院聖騎士団の方が?」

 シーナが面食らっている間にヘルムントは彼女の前に立つ。

「風の都市冒険者ギルドにようこそ。ご用件を承ります」

 シーナは鍛えあげて名人の域に達した必殺技の営業スマイルで先制した。

「仕事の依頼を出したいのだが」
「畏まりました。依頼内容をお伺いします」

 シーナはヘルムントに椅子を勧めて受付の書類を取り出し、ペンを取る。

「依頼内容は行方不明になった冒険者や聖騎士の捜索、必要に応じて救出である」

 シーナは聞き取りながら書類を作成する。
 王都のギルドでとある依頼を受けた冒険者の行方不明が続発していることは風の都市のギルドにも通知が届いている。

(あの通知の件でしょうか?だとすれば上位の冒険者にお願いする必要がありますね。っていうか、何故この風の都市に依頼を?これって聖務院からの依頼なんでしょうか?)

 色々と推察しながらペンを走らせる。

「そうしますと、南の山奥にある古城に向かった冒険者の捜索と救出ですね?」

 シーナが依頼内容を確認する。

「うむ、そのとおりである。此度の依頼は我も同行させていただく。こう見えて多少は腕に自信がある」

 ヘルムントの言葉に

(こう見えてって、見たまんまもの凄く強そうですけど)

とは思っても口には出さない。

「承りました。当ギルドに所属する高位の冒険者さんに打診してみます」

 依頼受付の書類をまとめたシーナだが、ヘルムントは更に言葉を続けた。

「この依頼、こちらから冒険者を指名させていただきたい」
「指名依頼ですね。畏まりました。どの冒険者さんを?」
「こちらに所属するネクロマンサーのゼロ殿である」
「えっ?」

 その指名にシーナは営業スマイルのままで固まった。
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