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世界の歪み

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 ゼロは身体の調子も戻りつつあり、徐々に仕事のペースを上げていた。
 今日はエルフォード家からの指名依頼の魔物の分布調査と駆除を行っていた。
 丘の上に立つゼロの眼下ではジャック・オー・ランタンに追い立てられたオークの群れがスケルトンの待ち伏せを受けて大混乱に陥っている。
 スケルトンに混じってイズとリズも討伐に参加していた。
 このオークの群れは最近になりエルフォード領付近に出没し、しばしば領内に入り込むこともあり、付近の村人や旅人を襲う等、被害が出ているため討伐の必要があるのだ。
 丘の上に立つゼロの横にはレナが立ち、背後にはバンシーとヴァンパイアのオメガが控えていた。
 討伐戦闘を見下ろしているゼロは状況のメモを取りながらも渋い顔をしている。

「やはり解せませんね。こんな人里に近い場所にこれほど大きな規模の群れがいるなんて」
「何かが起きているってこと?」
「少なくとも以前はこの辺りにこれほどの規模の群れが出没することはありませんでした」
「大規模な群れが移動してきた?」
「いえ、むしろ小さな集団が集まって大きな群れになったのかもしれません」
「どういうこと?」
「必要に駆られて群れを拡大したのですよ。弱い生物が集まる目的となれば自ずとわかりますよね?」
「より強い外敵から身を守るため」

 ゼロは頷いた。
 背後に控えるオメガも同意する。

「畏れながら、マスターの仰るとおり、あのオーク達は恐怖に支配されています。それはアンデッド達に襲われているからではありません」

 ゼロは腕組みして考え込む。

「もう少し調査してみましょう」

 オークの討伐を終えたゼロ達はその後数日間を要して周辺の地域の調査を行った。
 その結果はゼロの顔を更に渋くさせるのに十分なものだった。
 ゼロは森の中で夜営をしながら調査結果のメモを眺めて眉間に皺を寄せている。
 横にいるレナも深刻な表情だ。

「これは・・・ちょっと深刻なことになっていますね」

 調査の結果、魔物の分布が大きく変化している事実が判明した。
 森の奥に生息していた筈のオークが人里近くに追い立てられた原因と思われるものにオークの生息域にリザードマンやオーガや他の魔物が住み着いていることが判明したのだ。

「自分達よりも強い魔物に追われて弱い魔物が人里近くまで移動してきたってわけ?」
「それだけではありません。本来は水辺を好むリザードマンが森の中に住み着いていました。他にも山間部にいるはずのハーピーまで確認しましたからね。生息域の変化だけでなく、生態そのものが変わってきているのかもしれません」

 ゼロの懸念にリズが首を傾げる。

「リザードマン等が住み着いていたこと、確かに脅威ではありますが、冒険者の駆除討伐で対応が可能なのではありませんか?」

 その言葉にゼロは首を振る。

「確かに、それは可能ではあります。しかし、リザードマンやオーガがどうこうではないのです。彼等が生息域を変えたとなれば、より強力な何かに追い立てられたという連鎖的な事象が発生している可能性があります」

 ゼロはメモの束を雑嚢にしまい込んだ。

「とにかく、これ以上は私達の手に余ります。取り急ぎ報告をした方がいいでしょう。国内全域で更に詳しく調査をした方が良さそうです」

 翌日、依頼のあった地域に加えてその付近の調査を終えたゼロ達は風の都市に帰還してギルドに報告を入れるとその足でエルフォード家の屋敷に向かった。
 依頼の調査結果を直接報告するためだ。
 ゼロは1人で向かうつもりだったが、レナが一緒に行くと譲らず、イズ達兄妹からは同行を懇願され、それらに押し切られるかたちで4人での訪問となった。

「ゼロ殿の左目の件、聞き及んで心配しておりました」

 4人を出迎えたマイルズは真っ先にゼロの怪我について見舞いの言葉をのべた。
 共に出迎えたセシルも同様だった。

「ご心配おかけしました。少しばかり失敗してしまいましたが、どうにか命だけは拾ってきました」

 まるで他人ごとのようにおどけるゼロにレナは呆れ顔でゼロの背中を小突いた。

 その後、セシル達にイズとリズを紹介したゼロ達は応接室に通され、出されたお茶を飲みながら調査の結果を報告した。
 報告を受けたセシルは以前の調査結果と最近の魔物の出没事例、そして今回の調査結果を見比べた。

「ゼロ様の仰るとおり、何かよからぬことが起きているのでしょうか・・・」

 マイルズも難しい表情を浮かべる。

「現実に被害も発生していますし、冒険者の方々に任せるだけでなく、当家としても領内の警備を強化せねばならないと存じます」

 瞑目して考え込んだセシルが目を開いてマイルズを見る。

「エルフォードの騎士隊を再編成してはいかがでしょう?」

 しかし、マイルズはセシルの提案に反対した。

「いえ、騎士隊の再編成は得策ではありません。王家や他の貴族にあらぬ疑念を持たれかねません。当面は衛士の増員や外部への依頼、必要に応じて王国軍の要請で対応するべきです」

 セシルはマイルズの意見に納得し、頷きながらゼロを見た。

「そうですね。そうなりますと、ゼロ様にお仕事をお願いする機会も増えますね。くれぐれも気をつけてくださいませ」

 ゼロは肩をすくめた。

「私の手に負えるっ・・・」

 言いかけたゼロの脇腹をレナが小突く。

「私達の、手に負える範囲であればいつでもお受けします。ただ、この変化はどうにも気になります。私自身具体的に何に備えればいいのか分かりませんが、警戒だけは怠らないようにしてください」

 マイルズも頷く。

「当家だけでなく、国内全体に伝わるように私共で手配します」
「確かに、杞憂に終わればよいのですが、そうはならないと思います・・・」

 このギルドとエルフォード家に対するゼロの報告が世界の歪みが始まりを伝えるものだとはこの時には誰も知る由もなかった。
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