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古城に在りし者4

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 その古城は霧に包まれた山頂近くにあった。
 何時の時代の物なのか、その主がどうなったのか誰も知らない。
 周囲に都市はおろか村の跡すらないこの場に何故城が築かれたのかも分からないが、巨大な城壁に囲まれて広大な敷地を有するその姿は城というよりも堅牢な軍事要塞のようにも見える。
 ゼロ達は城から離れた小高い丘から城を見下ろしていた。
 見下ろすといっても城門は丘の下に見えるが、その全景を見るには見上げなければならない程の巨大さだ。

「すげぇな。王都の城には及ばないが、これほどの城をこんな山奥に建てるなんざ生半可なことじゃねえぞ」

 荘厳な城の姿を目の当たりにしたライズが呟く。

「城というより古代遺跡のようね」

 イリーナも呆気に取られている。
 その横で城の様子を窺っていたゼロの視線が城門で止まった。

「やはり、この城が元凶でしたね」

 ゼロの視線の先を追った全員が息を飲んだ。
 彼等の眼下の城門に向かうサイクロプスの巨体があった。

「ゼロ殿、あの巨人は・・」
「そうですね、先の個体です」

 サイクロプスはそのまま城門の中に姿を消した。

「あいつがいる城の中に入るのか・・・。厄介だな」

 ライズが唸る。

「それだけではありませんよ」

 ゼロが指差した城の屋根を見たレナが驚愕した。

「ワイバーン!それにグリフォンまで!一体どうなっているの?」

 城の屋根で翼を休める2体の魔物。
 下級ながらも竜種であるワイバーンと鷲の身体に獅子の下半身を持つグリフォンだ。
 本来はワイバーンはグリフォンを捕食する関係だが、そこにいる2頭は互いに気にもしていない様子だ。

「全ての謎はあの城の中にあるのでしょうね」

 ゼロの言葉にライズ達が奮い立つ。

「これは決死、というか必死の覚悟が必要だな」
「然り!イザベラ達を救うためには竜の口に入る危険も覚悟の上だ」
「まったく、ライズといると命がいくつあっても足りないわ」
「「私達兄妹はどこまでもゼロ様についていきます」」

 いずれも高い能力を持つ冒険者と聖騎士だ、このような光景を目の当たりにすると本能的に気持ちが高ぶってしまうのだ。
 そんな中でレナだけがゼロの表情に気を止める。
 ゼロは油断はしていないが、それ以上に不思議そうな表情をしている。

「ゼロ、何か気になるの?」
「はい、ワイバーンやグリフォンの能力ならばとっくに我々に気づいている筈です。開け放たれた城門といい、あのワイバーン達の様子といい、気になりますね」

 確かに、ワイバーンにせよグリフォンにせよ、大空を駆ける捕食者の彼等ならばゼロ達の接近に気づいている筈だ。
 現に2頭とも時折ゼロ達の方を窺っているも、特に気にしてはいないようだ。

「試しに偵察にスペクターを送り込んでみましたが、気になる報告がありました」
「どういうこと?」
「城の敷地には侵入できましたが、何らかの防御なのか、建物内には入れなかったそうです。そして、敷地内には多種多様な魔物がいるようですが、どの魔物も穏やかで、互いに争ったりはしていないようです」
「逆に気持ち悪いわね」
「はい、とはいえ城に行ってみる以外の選択はありません。油断しないで行きましょう」

 ゼロはアンデッドを召喚した。
 オメガ、バンシー、の他に複数のスケルトンナイトを召喚した。
 剣や槍装備の攻撃型を5体、大盾装備の防御型を5体、加えて弓装備の遠距離型を3体。
 因みにかつてからゼロに付き従っていた3体のスケルトンはスケルトンロードとなりゼロの背後に控えている。
 加えて先行偵察用にスペクターを2体。
 それを見てライズが賞賛の声を上げた。

「すげぇなゼロ、また能力を上げたな」
「いえ、成長したのは彼等ですよ。私などはまだまだ未熟者ですよ」

 ゼロは謙遜しながらも腰の剣に手をかけた。

「さて、行きましょう」

 一行はスペクターを先行させ、前面をスケルトン隊で固めて城に向かった。

 城門の前に立つゼロ達だが、妨害の気配はない。

「妙だな?」
「はい、あれほど私達を追い返そうとしていたのですがね」

 更に歩を進めて城門を抜けたゼロ達が見た光景は信じ難いものだった。

「おい、これはどういうことだ?」
「こんなの有り得ないわ」

 百戦錬磨のライズとイリーナですら目を疑う、そこには魔物達の楽園が広がっていた。
 サイクロプスやトロルが崩れた壁等の補修を行い、ミノタウロスやオーク、ゴブリンが畑を耕す。
 ラミアやアラクネが日向で微睡み、ユニコーンやバジリスクが気ままに歩き回る。
 ワイバーンとグリフォンのように捕食関係や敵対関係にある魔物ですら争うことなく穏やかに過ごしている。
 侵入者のゼロ達を気に止めもしない。

「どうする?攻撃するか?」
「いや、止めておきましょう。刺激しないようにしながら進みましょう」

 万が一ここの魔物と戦いになったらいくら何でも数が多すぎる。
 魔物側が手出ししてこないなら敢えてこちらも攻撃する必要はないのだ。
 ゼロ達は警戒を緩めることなく慎重に進み、城の前に立った。
 城の周囲には魔物の姿は無く、入口を守る者もいない。

「ここまで来たんですからお邪魔してみましょう」

 ゼロ、ライズ、ヘルムント、イズの4人がかりで重厚な扉を開く。
 アンデッドを先行させようとするもスペクターの報告のとおり何らかの力が働いているのか、先行しようとしたスペクターやスケルトンが足を止めた。

「主様、申し訳ありません。私やオメガですら抗うことのできない力に阻まれてしまいます。どうやら私達死人はこの城に入れないようです」
「マスター、この城にはとてつもない力の持ち主がおります。くれぐれも無理をなさらずに」

 ゼロは頷いてアンデッド達を戻して皆に向き直った。

「ここから先は我々だけです。警戒は最大限に、何時でも撤退できる体勢を維持して進みます」

 全員が頷く。
 そして、ゼロを先頭にいよいよ城内に立ち入った。

 城内に入るとそこにあったのは広間だった。
 といってもスケールが違う、闘技場程の広大な広間であり、手入れが行き届いていて塵1つ落ちていない。
 そうでありながら城内は魔物はおろか、何者の気配も感じられない異様な静けさに包まれていた。
 広間の奥には2階へと続く大きな階段があり、その先にはまた大きな扉がある。
 一般的な城の造りからすればその先にあるのは謁見の間だ。
 他にも城の各所へと続く扉や通路があるが、ゼロは2階の謁見の間の扉を見た。

「城内を探索したいところではありますが、私達は招かれてもいないのに訪問した無礼な客ですからね。これ以上は礼を失することが無いようにこの城の主に挨拶を済ませましょう」

 そう言って歩き出したゼロに緊張の表情を浮かべて全員が続く。
 いや、緊張だけではない、ゼロを除く全員が例えようのない恐怖を感じていた。

『この先に進んではいけない』
『あの扉の先に進みたくない』

と無意識の間に感じていたのだ。

 いよいよ2階にたどり着き、謁見の間の扉の前に立つ。
 ゼロは扉に手をかけ、押し開く前に振り返る。
 無意識の恐怖に駆られたライズ達がゼロを見ていた。
 冷や汗を流し、言葉すら発することができないながら、それでもゼロを見て全員が頷いた。
 ゼロが扉を開いて謁見の間に足を踏み入れ、その後に全員が続いた。
 謁見の間はこれまた広く、その奥には立派な玉座が据えられている。
そしてその玉座には1人の少女の姿があった。
 高貴なドレスに身を包んだその美しい少女は薄い微笑みを浮かべながら招かれざる侵入者を見ている。
 その視線に射抜かれた途端にゼロ以外の全員が恐怖で身動きできなくなった。
 その有り様を見たゼロは1人で玉座の前に歩み出るが、レナ達はそのゼロを止めるどころか、声をかけることすらできなかった。
 ゼロは玉座の前に跪くことなどせず、軽く会釈をすると口を開いた。

「急な訪問で失礼します。私は風の都市の冒険者のゼロと申します。宜しければこの城の主である貴女の名を聞かせていただきたい」

 臆することなく名を名乗ったゼロに一時は意外そうな表情を見せた少女は再び薄い微笑みを浮かべた。

「たいしたものだ。妾を前にして恐怖に囚われないどころか命知らずにも名を訊ねおった。良かろう、その胆力に免じて付き合ってやろう。妾は魔王プリシラ・ジーングロスである」

 その少女は自らを魔王と名乗った。
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