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没落貴族の葬送4

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 夜半に出発したノリスの葬列はゼロの思惑通りに寝静まった村を離れて人々の生活圏から離れた。
 ここからは森や荒野を抜けてシーグル教の総本山に向かう。
 その間に幾つかの街や村があるが、ゼロの計画ではそれらの場所で休憩を取るどころか、立ち寄る予定すらない。
 仮に必要が生じて街に寄るにしても、用件を済ませたら直ぐに街を離れ、街での休息を取るつもりはない。
 基本的に夜に移動し、昼間に野営する昼夜逆転の行程で、その行動の全てが旅人の常識を覆している。

「しかし、危険な夜に移動して昼間に休むとはな」

 無事に最初の朝を迎え、太陽も天頂に近づいたころになり野営の準備をしながらオックスが口を漏らした。

「確かに、昼間に野営して寝ているなんて他の旅人に見られたら馬鹿だと思われるわね」

 リリスも同意するが、その表情には余裕が感じられる。
 それもゼロの計画の根拠の説明を受けているからだ。

「確かに夜は襲撃の危険性が高いですが、何もその危険な時間に休む必要はありません。むしろ、緊張状態を維持しながら移動して、襲撃の可能性が低く、周囲の警戒をしやすい昼間に休めばいいのですよ」

 昼夜逆転の旅は通常の旅よりも身体に負担がかかる。
 しかし、5日程度の短期間であれば夜の闇と襲撃に怯えながら休むよりも夜は最大限に警戒しながら移動に費やした方が効率的でもある。
 尤も、ゼロが話したように夜の闇をものともしないアンデッド達がいてこその計画ではある。

 ゼロ達は街道から少し離れた見通しのよい場所に野営を組み、夕方まで休息を取ることにした。

「周辺警戒はスペクターが、野営地の警戒はオメガとバンシーが行いますから見張りの必要はありませんので全員が休んでください」

 食事の後にゼロが全員に伝える。

「見張り無しってのはありがたいな」
「そうね。アンデッド様々だわ」

 冒険者として旅慣れているオックスとリリスは器用にマントを日除けにして休憩に入る。
 食える時に食べ、休める時に休む、冒険者の基本である。
 オックスは大の字になって早速いびきをかき始めた。
 対してリリスは座ったまま、弓を抱えて目を閉じている。
 レナも荷物から自分の外套を出してうずくまっていた。
 馬車の中では横になれないため、ルークとマクレインは簡易テントの中で横になり、護衛メイドのエナはテントの前に陣取って警戒の姿勢を保ちながら休息を取る。
 そんな中でバンシーはゼロの傍らに無表情で立ち、オメガは近くの樹の上で警戒に当たっていた。
 更に野営地の外周を5体のスペクターが漂いながら接近するものに目を光らせている。

 その後、ゼロ達は日が傾くまで襲撃を受けることなく休むことができたが、ゼロが目を覚ました際にバンシーとオメガからの報告を受けた。

「主様がお休みの際に偵察と思われる魔物の接近がありました。数は3体と小規模であり、必要以上に近づかなかったことから判断し、こちらの戦力を把握するための偵察に過ぎないと思われます」
「ケットシーが3体、目標である悪魔の眷族と見て間違いないでしょう。わざわざこちらの戦力を教えてやる必要も無いので我々やスペクターは姿を隠してやり過ごしました。上手くいけばマスター達の戦力を過小評価してくれているかと思います。追跡をかけても良かったのですが、今回は見合わせました」

 2人の報告を受けたゼロは頷いた。

「囮の可能性もありますから追跡を出さなかったのは正解です。姿を隠したのもいい判断です」

 アンデッド達の判断を労ったゼロは出発の準備を進めていたオックス達に向き直った。

「おそらく今夜には何らかの動きがあります。警戒を最大限にして進みましょう。襲撃があったとして、その規模によってはアンデッドは秘匿し、我々だけで対応することも考えていますので、皆さんもそのつもりでお願いします」

 オックス達は頷いて即座に戦闘態勢に入れるように入念に準備を整えて出発した。
 馬車の前方にオックス、左右にレナとリリスが並進し、ゼロは葬列の殿を守る。
 更にオメガが葬列に先行して進路の警戒に当たり、バンシーはゼロの傍らに控える。
 5体のスペクターが周囲の警戒に当たるが、敵に気取られないように魔力を抑えて森の中を漂う浮遊霊に擬態して警戒に当たっていた。

 葬列が出発して数時間、深い森を貫く道を進むが、既に夜の帳も下り、周囲は闇に包まれていた。
 馬車に備え付けられたものと、オックスが持つランタンの明かりだけがぼんやりと闇を照らしている。
 そんな中でゼロの傍らを歩くバンシーがゼロに耳打ちする。

「主様、敵が近づいています。数はケットシーが10体、左右に分かれて徐々に近づいています。それぞれが剣や槍で武装していますが、弓を持つ者と魔法使いがそれぞれ1体混ざっています。接敵まで数分といったところです」

 既にスペクターからも同様の報告を受けている。

「数は10体、少ないですね。敵の首領はいますか?」
「いえ、周囲に強い魔力を持つ悪魔の存在はありません」
「ならば昼間の偵察に続いての威力偵察ですね。であるならば、こちらの手の内を晒す必要もありません。私達だけで対応しますから貴女も姿を隠してください」
「畏まりました。オメガはそのまま先行して警戒に当たるそうです」
「わかりました」

 バンシーが姿を消すとゼロは仲間に合図を送り迎え撃つ体制を整えた。

「魔物が接近、敵の数は少数です。アンデッドは使わずに私達だけで迎え撃ちます。決して油断はせずに。最重要は馬車の死守です」

 短い指示だが、これだけ伝えれば充分である。
 即座に全員が臨戦態勢に入った。
馬車の左手に控えるリリスが弓に矢をつがえて闇に目を凝らし、馬車を挟んで右手に立つレナは魔力を高めて周囲の動きを探る。
 暫しの沈黙の後、リリスが闇に向かって矢を放った。

ギャッ!

 闇の中に魔物の悲鳴が響き渡る。

「魔法使いは始末した」

 表情を変えることなくリリスが告げた直後、右手の森に向かってレナが雷撃の矢を放つ。
 闇を切り裂く一条の光が暗闇から飛来した矢を焼き飛ばし、その先にいた弓を構えた魔物の胸を貫いた。

「弓使いも倒した」

 レナとリリスは闇に紛れて葬列を包囲し、遠距離からの先制攻撃を仕掛けようとしていた魔法使いと弓使いのケットシーに逆撃を喰らわせて一気に始末した。
 リリスの矢を受けたケットシーはその重い一撃で頭部を吹き飛ばされ、レナの魔法の直撃を受けた方は体内を駆け巡る電撃に身体が耐えきれずに爆散した。
 残されたのは剣や槍を持った魔物達、オックスは戦鎚を、ゼロは鎖鎌を構えて闇を睨む。
 今、没落貴族ノリス・クロウシスの最期の旅を阻もうとする邪悪なる者達との長い戦いが始まった。
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