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貴族ノリスの旅路の終わり1

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 葬列を追う悪魔だが、その内心は逆に追い詰められていた。
 ノリスの命を奪い、恨みの一部は晴らしたものの、彼の復讐はまだ終わっていない。
 しかも、その後の策がことごとく撃退され、彼に残された手は、自らが先頭に立ち、残る全ての配下を投入する総力戦だ。
 現状でも自分が有利だとは思うが、楽観できる状況ではなく、次の一手を失敗すればもう終わりである。
 勝っても負けても残された攻撃の機会はあと一度だけ。
 その最後の攻撃をどのタイミングで仕掛けるか。
 葬列は休むことなく進んでいる。
 ならば、目的地まで距離があり、護衛の疲労が溜まる時だが、夜までは待てない。
 夜の帳が下りる前、夕暮れ時が最後の機会だと攻撃の機会を決めた。
 奇しくもゼロの読み通りであり、ゼロの術中に嵌まりつつあることを悪魔は知る由もなかった。

 先を急いでいるはずのゼロ達だが、その途中で足を止めていた。
 ゼロ達の前には今まで以上に木々が生い茂る森が広がり、狭い道が森の中へと続いている。

「この森の道はどの程度の長さですか?」

 ゼロはオックスに訊ねた。

「そうだな、森が深くて道が険しい箇所は今までのペースで進んで3時間弱だが、多少は速度も落ちるだろう。小休止を挟みながら4時間は見た方がいい」

 ゼロは葬列を見回しながらしばし考える。
 ただ、いつまでもここに止まることも出来ない。

「このまま進むと森の中で日が暮れます。この森の中で襲われるのは非常に危険ですね。あえてここで敵を迎え撃つか、それとも一か八か突き進むか・・・」

 ブツブツと独り言を唱える。
 そんなゼロの様子にレナは首を傾げた。
 しかも、その後の選択が更にゼロらしくなかったものだから尚更であった。

「あえて進みましょう。うまくいけば襲撃前に抜けられるかもしれません」

 更にゼロは馬車の中にいるエナを呼んだ。

「この先は何が起きるか予測できません。あらゆる事態に備えてください」

 エナはしっかりと頷いた。
 ゼロの言葉にオックスもリリスもマクレインも緊張の表情で聞いていたが、レナだけはゼロに対してひたすら違和感を感じていた。

(自分だけでなく他人の危険もある中で一か八かの賭けを選択する・・・ゼロらしくない。何か企んでいるの?)

 この時はレナですらもゼロの考えの意図が読めなかった。

 ゼロの指示の下、葬列は危険な森に分け入った。
 馬車の周囲を大盾を構えたスケルトン隊が守り、更にルークの許可を得て馬車の屋根の上にバンシーが控えている。
 バンシーに代わってオメガがゼロの横に控え、スケルトンロード2体が先行して進路の安全を確保する。
 森の中にはジャック・オー・ランタンが警戒に飛び回り、野良の魔物を葬列に近づけない。
 厳重な体勢を保ちつつ2時間ほど進んだところで事態が動いた。

「マスター、来ます。およそ3分後、背後と左翼からです」

 オメガの報告を受けてゼロも動いた。

「マクレインさん、馬車を止めてください。スケルトン隊は全周防御!レナさんとバンシーは魔法防御をお願いします。リリスさんは馬車の周囲で迎撃、特に魔法使いと弓使いを狙ってください。オックスさんとオメガは敵の首領と下級悪魔を探して仕留めてください」

 ゼロの指示に全員が襲撃に備える。
 馬車の周囲を守るスケルトン隊は大盾を2段に構えた阻止線を3重に構築した。
 やがて森の中から弓矢と魔法による遠距離攻撃が始まるが、数が少ないうえ、森の中にいたジャック・オー・ランタンの攻撃を受けているせいか、攻撃力に乏しく、スケルトン隊の大盾とバンシーの魔法防御に軽々と阻止される。
 そんな中で森の中を睨んでいたリリスが矢を放った。

グッ!

 直後、森の中に悲鳴にもならないくぐもった声が響く。

「魔法使いを1体仕留めたわ」

 言いながらリリスは次の矢をつがえる。

「この場で決着をつけますが、徹底防戦です!守って守って敵の数をすり潰します!」

 森の中から飛び出してくるケットシーが大盾の壁にぶち当たる。
 壁を崩そうと攻撃が加えられるがスケルトン達はその攻撃をひたすら受け止める。
 更に大盾を飛び越えようとした者はリリスやレナ、バンシーの攻撃に曝され、着地点に構えるスケルトン槍隊に貫かれる。
 オックスとオメガは躍り出てきた下級悪魔を相手に激しい戦いを繰り広げている。
 守り手有利のまま戦いが展開されていたのだが、事態が急転した。
 戦力の全てを投入した襲撃から乱戦に陥り、その中で馬車を牽いていた馬が突然暴れだしたのだ。

「マクレインさん!馬を落ち着かせて!」

 ゼロが叫ぶが御者席のマクレインは必死の様子で返答する。

「襲撃に怯えてパニックを起こしています!馬を切り離さないと馬車が危険です!」

 マクレインが手綱を操るが、それに逆らって片方の馬が立ち上がってしまい、その首筋に流れ矢が突き刺さった。
 更にパニックを起こして馬が暴れ出し、マクレインは腰の剣を抜いて馬車と馬を繋ぐベルトを切った。
 解き放たれた馬は更に暴れてスケルトンの防御壁を裏側から突き崩してしまう。

「ルーク様、ここは危険です!馬車から降りてください!エナはルーク様をお守りしなさい!」

 マクレインは馬車の中に向かって叫ぶ。

「待ってください!今馬車から降りては却って危険です!」

 ゼロが警告するがマクレインが否定する。

「もう1頭の馬が切り離せません!馬車は危険です!」

 その間にエナに守られたルークが馬車の中から避難し、馬が暴れたことにより崩れた防御壁の隙間から敵の来ていない右手に向かって駆け出してしまう。
 敵との衝突面でないため右翼に展開しているアンデッドも少ない。
 それを見逃さなかった数体のケットシーが2人を追った。

「2人を守りなさい!」

 スケルトン数体が2人の守りに走るが、機動力に欠けるスケルトンではケットシーに追いつかない。
 リリスとレナは押し寄せる敵の対処で手が回らなく、オックスとオメガは下級悪魔を相手にしていて余裕はない。
 ゼロは駆け出しながら光熱魔法で1体のケットシーを貫き、その間にバンシーが別のケットシーを凍りつかせる。
 それすらも突破したケットシー2体がルークに飛びかかった。

「ルーク様、お任せください!」

 しかし、その2体は一瞬にしてエナに切り捨てられた。
 ケットシーを葬ったエナの両手には2振りの短剣が握られており、その剣技にも隙がない。
 護衛メイドの名は伊達ではないのだ。

「エナさん、馬車の近く、防御壁の真ん中に戻ってください」

 ゼロの声を聞いたエナは頷いた。

「ルーク様!ゼロ様の指示に従います。私から離れないでください」
「うんっ!」

 一度は馬車から離れた2人だが、ゼロに従って馬車に向かって駆け出した。
 その時、2人の前に一際大きな魔物が降り立った。
 猫の頭部を持つケットシーに似ているが、その身体は他のケットシーの倍以上になり、感じられる圧も桁違いだ。
 その両手に伸びる爪は数十センチに渡り、1本1本が刃のように鋭い。
 遂に首領たる悪魔がその姿を現した。

「バンシー!2人を守りなさい!」

 ゼロは戦場を駆け抜けながら光熱魔法を放つが、その光は悪魔の目前で霧散する。
 バンシーもルーク達と悪魔の間に割り込み、その至近距離から氷結魔法を叩き込むが、悪魔には通用しない。
 敵の攻撃の一瞬の隙を突いてリリスが渾身の力を込めて矢を放つが、それもあっさりと叩き落とされた。

「バンシーの魔法も通用しないとは、魔法防御に特化していますね。ならば物理攻撃です!」

 ゼロは走りながら鎖鎌を取り出す。
 その間に後退してきたスケルトンロード2体が悪魔の左右を挟み、サーベルと槍を構える。

「スケルトンロードは牽制!バンシーは2人を連れて下がりなさい!」

 ゼロも悪魔の背後に立つと鎖鎌を構えた。
 悪魔はゆっくりと振り返ってゼロを見下ろす。
 この戦いで最大の障害が目の前に立つネクロマンサーであることを理解しているのだ。

「考えていることは同じみたいですね。これで終わりにしましょう!」

 ゼロとスケルトンロード2体は同時に悪魔に攻撃を仕掛けた。
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