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北の砦での再会

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 リンツと名乗った男は自分達を捨て駒部隊と呼んだ。
 聞けば、彼等は犯罪を犯して労役を科せられていた囚人で、減刑を条件に自ら志願した者達で編成された囚人部隊だった。
 とはいえ、生還の可能性が低い危険な任務に武装した囚人を当たらせるには武装したまま逃亡する等の大きなリスクがある。
 そこで囚人の中でも比較的ではあるが模範囚に対して任務の危険度を包み隠さずに伝えたうえで、減刑を条件にして希望者を募った。
 数百人の候補者の中でリスクとリターンを天秤にかけ、志願したのがここにいる囚人部隊であった。
 中には終身刑を科せられていたが、この危険な戦いに身を投じることが最後の贖罪だと志願した者もいる。
 かくいう隊長のリンツもかつては腕利きの冒険者であったが、犯罪に手を染めて山賊の頭領に身を堕とした犯罪者であった。

「確かに俺達は犯罪者の集まりだ。いざ戦いが始まれば腰を抜かして逃げ出す奴もいるだろう。だが、それは正規兵でもあることだ。俺達は捨て駒の囚人部隊だが、少なくとも一緒に戦う国境警備隊や守るべき町民に刃を向けたりはしねえ!そんなことは俺が許さねえ!」

 リンツは豪快で男気のある性格の持ち主なのだろう。
 現に彼の背後に立つ隊員も荒んだ表情ではあるものの、見方を変えれば決死の覚悟を決めて、ある意味で生への執着を捨てたようにも見える。
 ゼロはそんな男達の中に見覚えのある顔を見つけた。

「貴方はたしか・・・」 

 ゼロに声をかけられたリックスはばつが悪そうに笑った。

「ああ、久しぶりだな」

 その様子を見たリンツが首を傾げた。

「なんだリックス、このネクロマンサーと顔見知りか?」
「ああ、昔な。犯罪に手を染めていた俺を捕縛したのがこの人だ」

 囚人部隊にいたその男はかつて冒険者を襲う犯罪に手を染めてゼロに捕縛されたシーフのリックスだった。
 ドラゴン・ゾンビの騒動を生き延び、新たな労役に服していたが、この囚人部隊に志願したとのことだ。

「この戦いに生き延びれば俺はやり直せる。もしも死んだならば俺の運命もそれまでってことだ。受け入れる覚悟はあるつもりだが、死ぬつもりはない。俺はやり遂げて罪を償い、人生をやり直すんだ」

 リックスは決意に満ちた表情で語る。
 その言葉にリンツも頷いた。

「俺達だってそうだ!道を誤った奴等だが、心までは腐っちゃいねえ!いや、一度は腐ったかもしれないが、国や人々を守るこの戦いを生き延びて罪を償い、自由を取り戻すんだ!」
「「おうっ!!」」

 リンツの声に囚人部隊の男達の雄叫びが続いた。

 その後、ゼロはリンツに案内されて国境警備隊の詰め所を訪れた。

「よう、久しぶりだなゼロ」
「ミラーさん。お久しぶりですね」

 詰め所でゼロを待っていたのは、かつて闘技大会の1回戦でゼロと対決した国境警備隊中隊長のアレス・ミラーだった。

「ミラーさんはこの砦の所属だったのですか?」
「ああ、2ヶ月前からな。俺達警備隊は3ヶ月交代で国境と王都勤務に就いているんだ。で、俺の中隊は来月までの任期でこの砦の警備に就いていたってわけだ。まあ、俺達はこれが仕事だから仕方ないが、お前やリンツ隊長はこんな所に送り込まれて災難だな」

 ゼロやリンツ達の置かれた状況に同情するようなことを口にするが、ゼロもリンツもそんなことは承知のうえで自らの意志でここに来たのだ。

「私は別に何とも思ってませんよ。むしろここならば私の力を遺憾なく発揮できそうですよ」
「俺達だって自分の選択だ。ハイリスク、ハイリターンのこの戦いに自分の命を賭けるためにきたのさ。だから心配してもらう筋合いもねえよ」

 それを聞いたミラーは声を上げて笑った。

「ハハハッ!それはすまなかった。頼もしい限りだ。正直言って状況は最悪、1人でも戦力が欲しいところだからな。俺達は立場は違えども共に戦う仲間ってことだな」

 ミラーの言葉にゼロもリンツも同意した。

 その後、3人は自分達の置かれた状況を整理した。

「そうしますと、敵がこの山を越えて侵攻して来るのは間違いないのですね?」
「ああ、情報部からの確かな情報だ。敵の侵攻の主力は山道を抜けてくる2万の軍勢で、これを第1騎士団、聖務院聖騎士団、第2軍団、国境警備隊で迎え撃つ。こちらの総兵力は9千に満たないが、細い山道を抜けて侵攻して来る敵を山道の出口で包囲できるから有利に戦えるだろう」
「それに、国中の冒険者もそちらの砦に向かいましたしね」
「ああ。むしろ厳しいのはこっちだ。敵の別働隊3千がこの雪山を越えようとしている。敵本隊に比べれば遥かに少数だが、こちらは魔物ばかりで編成されている軍勢が遅くとも10日以内には山を越えて来るぞ」
「確かに人間達で編成した部隊ではそう易々とこの雪山は越えられねえからな」
「そして、何よりの問題が3千の敵に対して我々は2個中隊、百人程度しかいないってことだ」
「絶望的な差だな。これは賭けに負けたかな」
「確かに、いくら何でも圧倒的に不利だ。しかも、この町に住む住民も守らなくてはいけないからな」
「こりゃ無理だ。命がいくつあっても足りねえ。ただ、まあ仕方ねえか。賭け札はもう引いちまったから後戻りもできねえしな。だったら精一杯足掻いてみるか」

 ミラーの説明にリンツは軽口を叩きながらも真剣な表情だ。
 そんな中でゼロはミラーが示した地図を睨みながら考え込んでいる。

「・・・いや、そう悲観的にならなくてもよさそうです」

 ミラーとリンツはゼロを見た。

「何か策があるのか?」

 リンツの問いに顔を上げたゼロが答える。

「まず、戦力差についてですが、私の力でもう少し差を縮められます。それに、少しばかり策があります。それでも私達の不利に変わりはありませんが、少しはまともにやり合えるでしょう」

 それを聞いたミラーが興奮して手を叩いた。

「そうか、ゼロはネクロマンサーだからアンデッドを呼べるのだったな。どうだ?どの程度の数が揃う?闘技大会でお前と戦ったり見た限りでは数十は呼べるのか?」

 ミラーの期待をゼロはあっさりと裏切った。

「いえ、敵の軍勢とまともに戦うならば下位アンデッドでは心許ないですからね。スケルトンウォリアーを中心として、8百程度の部隊を揃えられます」
「はっぴゃく?そいつは凄いな。ミラー隊長よ、多少は望みが出てきたんじゃねえか?」
「ああ、厳しくて不利なことに変わりはないが、それだけの数がいて守りに徹すればここを守りきることができるかもしれない」
「ああ、引いた賭け札に強力なジョーカーが混ざっていたな!」

 ほんの僅かではあるが、生き残る希望の光が見えてきた。
 しかし、ゼロは2人とは全く別のことを考えていた。
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